洞窟内では綾芽と眞鍋さんを先頭に進んでいる。
ダンジョン下層へ続く道は3人しか知らないからな。
北島は小声で俺に話しかけて来た。
「お前に話しておくと、岡崎のチートは被写体対象物の完全コピーだ」
ん? 何? 「明かりは俺が持つよ」ルチェルの持ってるランタンを貸して貰う。
「あいつに勝つためにはどうしても極東にある空間鏡面の魔石が欲しかった」
「全然話が見えないんだけど、なんで岡崎のチートをお前が知ってるんだ?」
北島と岡崎は既に出会っていたらしい。
商人に衣服を剥がれたのではなく、岡崎との戦いで衣服は燃えたとか。
「あいつは見た物すべてをコピーして複製できる。それも完全にオリジナルだ」
なにそのチート。
「人間、動物、金、はっきり言ってなんであいつが未だに俺の妹に拘るのかは理解できん」
確かにそんなチートがあったらもう異世界だろうとどうでもよくなりそうだ。
「意志のある者は岡崎の意思に同調して自由に動く。太刀が悪いのは知識や経験を持った分身が岡崎の味方になるってことだ」
「よくそんな奴と戦えたな」
「俺でさえその頃は俺自身の本気を知らなかったからな……」
なんと北島はコピー北島を電気分解させたんだとか。
もうその戦い神話だろ。
「巻き込むつもりはなかったんだけどな……出来れば俺1人でどうにかしたかった」
あいつは仲間を集めて戻って来た。それもチート持ち2人を。
そこまで説明されれば俺だって無視することはできない。
「本人は殺されてる可能性があるけどな」
「なるほど、そこまで完全なコピーか」
コピーした後は殺してしまえば自分には逆らわない……絶対服従のチートみたいなもんか?
やべえ、勝てる気がしねえ。
「2人共さっきから何をぶつぶつ話してるの? リッカたち先行っちゃうわ」
ルチェルが俺らを急かす。
ううん、袋小路じゃないかこの先。
「ルチェル、話があるんだ」
一応俺はルチェルにも現状を教えておく。
そんなチートな奴が本気でかかってきたらルチェルとの合体は避けられない。
そして合体後のコピーだけはなんとしても避けたい。
ルチェルにも一応話はしたものの、危機感は伝っているのか怪しい。顔を赤らめてるし。
「出たわよ! スライムタイラント!」
この世界はタイラントって付ければ何でも許されると思ってるのか?
確かに大きなゼリー状の奴だけども。
「それはシュライムタイラントよ。スライムじゃないわ」
ルチェルの突っ込みを受けている間にシュライム(強化)は木っ端微塵に殺されていた。
「ふー、こいつが一番キモいのよね」
ん? そういえば眞鍋さんのスキルってスキルを生み出すスキルだったよな。
「眞鍋さんのスキルってどんなスキルでも作れる?」
「そうだけど、無限じゃないから何でもといっても人に寄るかな」
人間にはそれぞれ獲得限界値というのがあり、猫や犬が人間の声帯を持たないから言葉を話すことができないように物理的に不可能とされるスキルや、脳や魔力のキャパシティから不可能とされるものは無理らしい。
「それにね、私がスキルを与えるときはその人の存在力を削るの。たぶん、魂みたいなものだと思う」
なるほど、それなりに代償はあったわけか。
「だからたくさんスキルを与えると、どうなるのかは怖くて試せない」
イメージとしてはその人の体を削ってそこに 情報(スキル)を書き込むような感覚らしい。
何度も掘れば、削れた分だけその人が消えてなくなっていくような感じか。
乱用は禁物ってわけだな。
――2階に到達した。
34層まで降りた経験のある2人の足取りはまだまだ軽い。
2人と距離を取って俺は北島に小声で呼びかける。
「もういっそ2人にも打ち明けた方がよくないか?」
俺の提案を北島は全力否定した。
「俺の妹はともかく眞鍋立夏はあいつと対峙することはできない」
「なんでだ?」
「それは言えないが、やるとしたら俺たちだけだ。いいか、妹も巻き込まないでくれ。あいつの狙いはあんな可愛くないやつだからな」
北島綾芽は充分可愛い、どこぞの事務所に所属するだけの容姿はしている。
「ほら、そっちいったよ!」
北島が片手で電撃を浴びせるとオオカミだか羊だかなんだかわからないものが丸焦げになった。
「スヌープね」
ダンジョンの広さは下層に行けば行くほど広くなっていった。
途中で現れたモンスターはそりゃ奇っ怪なのも多かったけど、おおよそこの2人の相手じゃない。
綾芽のチートはずっと観察しているが、よくわからない。
ただ時折綾芽の対峙するモンスターは不自然なほど動きが鈍いときがある。
眞鍋さんに聞いても本人から聞くようにと念を押されてしまった。
15層に到達してから俺たちは一旦休憩することにした。
ダンジョン開始2時間ほどだ。
眞鍋さんの時計がそう告げている。
「ダンジョンに入ると時間の感覚がなくなるからね。一応食事も途中で手に入ったし、適当に食べながら行こう」
こんな積極的な眞鍋さんは見たことがない。
いや、本来の彼女はこれで学校での彼女は少し違ったのかもしれない。
綾芽に至っては何も変わっていないが。
「でも、まさかハクがモンスターをなくすとは思わなかったわ」
「ああ・・・あれな、なくすというか魔力還元とかそういったものに変換するだよな」
モンスターを丸々変換したらかなりの魔力とポイントが手に入った。
実は、朝、石に戻ったとき山巫女のスキルの中に変換効率というスキルを手に入れて、人以上の物体であっても容易に変換できるようになったのだ。山巫女も魔女なら魂とか吸収できるみたいだから案の定であった。その代りこの変換効率のポイントは3億ポイントとスキルポイントの中ではかなり上位に食い込む。
その代りこの変換時のポイントや魔力は今まで1ポイント程度だったのが平気で300ポイントとか行くのでトータルで見ればかなりいい気がする。
俺の探知に3つの影が着いてくるようになったのは20層からだ。
途端に広さを増したダンジョンには既に光源と呼べるものさえあった。
どっからだよと思えば魔石があちこちで発光しているからだ。
「ここからようやく魔石採取できるの、みんな気をつけてね色んな魔石があるけど綺麗なやつほど高値だから」
「割れたら価値下がる」
宝石みたいなもんか。
「ところでシュレは何色が好きなんだ?」
俺は不意に疑問に思って聞いてみた。
考えて見ればこれだけ長くいて好きな色さえ知らないなんて笑い種だ。
「私は、青色が好きです……ハク様は?」
俺は迷わず答える。
「俺は空色かな」
「空色ですか……」
「お、シュレ。ここに良い色の石が――」
突如地響きが迫り俺たちはその場から動けなくなる。
地盤が崩落するのはまるでコマ送りのように見えた。
全員が点在しているこの状況。
「シュレ!ルチェル!」
間違いなく仕掛けられたと思いながら俺はシュレと近くにいたルチェルの体を抱き意識を手放していた。
――――。
体を揺すられる感覚に意識が覚醒していく。
全身を包むような激痛は俺の意識を一瞬で引き上げる。
「――がッ!?」
「・・・え!ハクが・・・・いや〜〜!」
俺はルチェルの悲鳴が聞こえたので慌てて、意識を取り戻す。
「なんだこりゃ……」
泣いてる……てか、ルチェルの足下が血溜まりになっている!
「ルチェル! 怪我は?」
「・・・え、ハクなの・・・でもこっちにいるのもハクよね」
「ああ・・・俺の能力で蘇りという魔法を使えるんだ」
自分に近づき、変換をした。
魔力は増えなかったが、何かが増えた気がする。
「シュレは?」
「ここにいます」
俺の背後にいた。
けがをしているのか右腕から血を流すシュレがいた。
「大丈夫なのか?」
「はい、この程度なら」
「北島たちは?」
「知らない」
やあやあと軽快な声が響く。まだ煙が酷いこの中で男の陽気な声。
「え……」
声はすぐ近くから聞こえる。
「ルチェル、シュレ、今出て行っちゃダメだ。北島を見つけるんだ」
二人の頭を引っ込め、ルチェルとシュレは小さくわかったと呟いた。
「岡崎……それに後ろの2人も、何しに来たの」
「つれねえこと言うなよ。ずっと知ってただろ、俺がお前に入れ込んでいることをさ。こんな世界に来たんだ、2人で楽しくやろうじゃねえか」
俺は落ちてる魔石を拾うように指示して魔力を充填していく。
視点を移動して状況を把握するとやはり最悪の展開だった。
綾芽は取り囲まれており、傍に岩に潰されて息絶えているとしか思えない眞鍋さんの反応がある。
北島に至っては結構下まで埋められたみたいだ。この辺りでは探知できない。
大丈夫、あいつは死なないはずだ。
それより眞鍋さん……死んだのか?
「おっと、俺の体内時間を操って逃げようったってもうこの間のようにはいかねえぜ」
岡崎の後ろにいつの間にか現れた影。
綾芽だ……。嘘だろ……コピーって何の初動もなしに出来るのか!?
「っち」
岡崎と他2人の動きが鈍くなる。後ろに避けようと緩慢に動いているが綾芽だけが普通の速度で肉迫する。
しかし寸前のところで途端に綾芽の動きも遅くなった。
偽綾芽の蹴りが綾芽に刺さる。
「ぐっ」
岡崎たちが急に震えるようにして後ずさりした。
「危ねえ危ねえ。お前のその技が多人数に対して有効だとは知らなかった。綾芽、お前のチートを俺に説明しろ」
「誰が――「私のチートは対象者の体内時間操作……自他含め特定の行動に要する認識時間は私の基準で書き換えられる。限界数は3」
偽綾芽が全部喋ってる……本当にコピーした人間の意思を思うように操れるようだ。
でも、なら何故……。
偽綾芽の頬に舌を舐め這わす岡崎。
「これだ、何の抵抗もないこの様子。これが俺は我慢できねえ」
黒髪を後ろから掴み上げても偽綾芽は表情1つ崩さない。
岡崎の後ろの2人もよく見れば無表情だ。
こいつ、やりやがったに違いない。
「お前ら、なんとしてもこの女を生け捕りに(・・・・・)しろ」
後ろの2人が駆ける。
俺は2人と思った次の瞬間1人しか捉えていなかった。
青の粉塵が舞うと同時に綾芽の目の前に坊主頭の男が立ちふさがる。
どう見ても一瞬で綾芽の目の前に移動したとしか思えない動きだ。
「ッッ――」
綾芽はどうしてか男の攻撃を躱している。
「説明しろ」
岡崎の言葉に偽綾芽が照りついた頬を晒しながら答える。
「時間操作は自分自身を対象とすることで自在に加速することも可能」
「ッチ、ふざけた能力だ。岩渕!」
長身の男が瓦礫の端を掴むと一瞬で弾丸となって炸裂した。
あり得ない動きで綾芽はそれを回避するも坊主男の瞬間転移は綾芽に纏わり付く。
綾芽が高速で移動するF1なら坊主男のそれはワープする宇宙船だ。
さすが北島の妹といったところか、戦闘経験なんてなさそうに見えてかなりセンスがいい。
坊主男は生け捕りを命令されているせいか、攻撃が単調だった。
もともと戦闘経験が浅いのかも知れない。
「伊藤! ちんたらやってんじゃねえ! てめぇの命なんざどうなろうと良いんだよッ!」
これが皮切りか、伊藤の動きが先ほどの比ではなくなる。
まるで伊藤が同時に何人もいるように見え始める。
伊藤のチートは空間転移といったところか……岩渕はこの岩盤を破砕した能力。
恐らく広範囲の何かだ。
綾芽が飛ぶ。
伊藤の蹴りを受けて転んでしまった。
再び3人にブレる伊藤。まるで合わせ鏡でも出来たように伊藤が本体を中心に波状に広がる。
なんだこれ格好良すぎる……伊藤が幾重にも分身して綾芽を一斉に殴り蹴り殴打する。
その1打1打は1人のものでもほぼ同時に攻撃すれば見ている側からは数人いるようにしか見えない。
「終わったか……」
ほっと安堵したのか岡崎。ゆっくりと凹凸の地面を綾芽に近づいていく。
伊藤は満足げに離れた。
俺はまだここにいるっての。
「まずいな。そろそろ俺はいくよ?」
「ハク・・・魔装したほうが」
「無理だな。ルチェルの体がついていかない。ここにウンカがいれば話は別だったけど」
「ウンカって・・・だれ」
「お兄様ですね」
「ああ」
すでに仕掛けは完了していた。
次
ダンジョン下層へ続く道は3人しか知らないからな。
北島は小声で俺に話しかけて来た。
「お前に話しておくと、岡崎のチートは被写体対象物の完全コピーだ」
ん? 何? 「明かりは俺が持つよ」ルチェルの持ってるランタンを貸して貰う。
「あいつに勝つためにはどうしても極東にある空間鏡面の魔石が欲しかった」
「全然話が見えないんだけど、なんで岡崎のチートをお前が知ってるんだ?」
北島と岡崎は既に出会っていたらしい。
商人に衣服を剥がれたのではなく、岡崎との戦いで衣服は燃えたとか。
「あいつは見た物すべてをコピーして複製できる。それも完全にオリジナルだ」
なにそのチート。
「人間、動物、金、はっきり言ってなんであいつが未だに俺の妹に拘るのかは理解できん」
確かにそんなチートがあったらもう異世界だろうとどうでもよくなりそうだ。
「意志のある者は岡崎の意思に同調して自由に動く。太刀が悪いのは知識や経験を持った分身が岡崎の味方になるってことだ」
「よくそんな奴と戦えたな」
「俺でさえその頃は俺自身の本気を知らなかったからな……」
なんと北島はコピー北島を電気分解させたんだとか。
もうその戦い神話だろ。
「巻き込むつもりはなかったんだけどな……出来れば俺1人でどうにかしたかった」
あいつは仲間を集めて戻って来た。それもチート持ち2人を。
そこまで説明されれば俺だって無視することはできない。
「本人は殺されてる可能性があるけどな」
「なるほど、そこまで完全なコピーか」
コピーした後は殺してしまえば自分には逆らわない……絶対服従のチートみたいなもんか?
やべえ、勝てる気がしねえ。
「2人共さっきから何をぶつぶつ話してるの? リッカたち先行っちゃうわ」
ルチェルが俺らを急かす。
ううん、袋小路じゃないかこの先。
「ルチェル、話があるんだ」
一応俺はルチェルにも現状を教えておく。
そんなチートな奴が本気でかかってきたらルチェルとの合体は避けられない。
そして合体後のコピーだけはなんとしても避けたい。
ルチェルにも一応話はしたものの、危機感は伝っているのか怪しい。顔を赤らめてるし。
「出たわよ! スライムタイラント!」
この世界はタイラントって付ければ何でも許されると思ってるのか?
確かに大きなゼリー状の奴だけども。
「それはシュライムタイラントよ。スライムじゃないわ」
ルチェルの突っ込みを受けている間にシュライム(強化)は木っ端微塵に殺されていた。
「ふー、こいつが一番キモいのよね」
ん? そういえば眞鍋さんのスキルってスキルを生み出すスキルだったよな。
「眞鍋さんのスキルってどんなスキルでも作れる?」
「そうだけど、無限じゃないから何でもといっても人に寄るかな」
人間にはそれぞれ獲得限界値というのがあり、猫や犬が人間の声帯を持たないから言葉を話すことができないように物理的に不可能とされるスキルや、脳や魔力のキャパシティから不可能とされるものは無理らしい。
「それにね、私がスキルを与えるときはその人の存在力を削るの。たぶん、魂みたいなものだと思う」
なるほど、それなりに代償はあったわけか。
「だからたくさんスキルを与えると、どうなるのかは怖くて試せない」
イメージとしてはその人の体を削ってそこに 情報(スキル)を書き込むような感覚らしい。
何度も掘れば、削れた分だけその人が消えてなくなっていくような感じか。
乱用は禁物ってわけだな。
――2階に到達した。
34層まで降りた経験のある2人の足取りはまだまだ軽い。
2人と距離を取って俺は北島に小声で呼びかける。
「もういっそ2人にも打ち明けた方がよくないか?」
俺の提案を北島は全力否定した。
「俺の妹はともかく眞鍋立夏はあいつと対峙することはできない」
「なんでだ?」
「それは言えないが、やるとしたら俺たちだけだ。いいか、妹も巻き込まないでくれ。あいつの狙いはあんな可愛くないやつだからな」
北島綾芽は充分可愛い、どこぞの事務所に所属するだけの容姿はしている。
「ほら、そっちいったよ!」
北島が片手で電撃を浴びせるとオオカミだか羊だかなんだかわからないものが丸焦げになった。
「スヌープね」
ダンジョンの広さは下層に行けば行くほど広くなっていった。
途中で現れたモンスターはそりゃ奇っ怪なのも多かったけど、おおよそこの2人の相手じゃない。
綾芽のチートはずっと観察しているが、よくわからない。
ただ時折綾芽の対峙するモンスターは不自然なほど動きが鈍いときがある。
眞鍋さんに聞いても本人から聞くようにと念を押されてしまった。
15層に到達してから俺たちは一旦休憩することにした。
ダンジョン開始2時間ほどだ。
眞鍋さんの時計がそう告げている。
「ダンジョンに入ると時間の感覚がなくなるからね。一応食事も途中で手に入ったし、適当に食べながら行こう」
こんな積極的な眞鍋さんは見たことがない。
いや、本来の彼女はこれで学校での彼女は少し違ったのかもしれない。
綾芽に至っては何も変わっていないが。
「でも、まさかハクがモンスターをなくすとは思わなかったわ」
「ああ・・・あれな、なくすというか魔力還元とかそういったものに変換するだよな」
モンスターを丸々変換したらかなりの魔力とポイントが手に入った。
実は、朝、石に戻ったとき山巫女のスキルの中に変換効率というスキルを手に入れて、人以上の物体であっても容易に変換できるようになったのだ。山巫女も魔女なら魂とか吸収できるみたいだから案の定であった。その代りこの変換効率のポイントは3億ポイントとスキルポイントの中ではかなり上位に食い込む。
その代りこの変換時のポイントや魔力は今まで1ポイント程度だったのが平気で300ポイントとか行くのでトータルで見ればかなりいい気がする。
俺の探知に3つの影が着いてくるようになったのは20層からだ。
途端に広さを増したダンジョンには既に光源と呼べるものさえあった。
どっからだよと思えば魔石があちこちで発光しているからだ。
「ここからようやく魔石採取できるの、みんな気をつけてね色んな魔石があるけど綺麗なやつほど高値だから」
「割れたら価値下がる」
宝石みたいなもんか。
「ところでシュレは何色が好きなんだ?」
俺は不意に疑問に思って聞いてみた。
考えて見ればこれだけ長くいて好きな色さえ知らないなんて笑い種だ。
「私は、青色が好きです……ハク様は?」
俺は迷わず答える。
「俺は空色かな」
「空色ですか……」
「お、シュレ。ここに良い色の石が――」
突如地響きが迫り俺たちはその場から動けなくなる。
地盤が崩落するのはまるでコマ送りのように見えた。
全員が点在しているこの状況。
「シュレ!ルチェル!」
間違いなく仕掛けられたと思いながら俺はシュレと近くにいたルチェルの体を抱き意識を手放していた。
――――。
体を揺すられる感覚に意識が覚醒していく。
全身を包むような激痛は俺の意識を一瞬で引き上げる。
「――がッ!?」
「・・・え!ハクが・・・・いや〜〜!」
俺はルチェルの悲鳴が聞こえたので慌てて、意識を取り戻す。
「なんだこりゃ……」
泣いてる……てか、ルチェルの足下が血溜まりになっている!
「ルチェル! 怪我は?」
「・・・え、ハクなの・・・でもこっちにいるのもハクよね」
「ああ・・・俺の能力で蘇りという魔法を使えるんだ」
自分に近づき、変換をした。
魔力は増えなかったが、何かが増えた気がする。
「シュレは?」
「ここにいます」
俺の背後にいた。
けがをしているのか右腕から血を流すシュレがいた。
「大丈夫なのか?」
「はい、この程度なら」
「北島たちは?」
「知らない」
やあやあと軽快な声が響く。まだ煙が酷いこの中で男の陽気な声。
「え……」
声はすぐ近くから聞こえる。
「ルチェル、シュレ、今出て行っちゃダメだ。北島を見つけるんだ」
二人の頭を引っ込め、ルチェルとシュレは小さくわかったと呟いた。
「岡崎……それに後ろの2人も、何しに来たの」
「つれねえこと言うなよ。ずっと知ってただろ、俺がお前に入れ込んでいることをさ。こんな世界に来たんだ、2人で楽しくやろうじゃねえか」
俺は落ちてる魔石を拾うように指示して魔力を充填していく。
視点を移動して状況を把握するとやはり最悪の展開だった。
綾芽は取り囲まれており、傍に岩に潰されて息絶えているとしか思えない眞鍋さんの反応がある。
北島に至っては結構下まで埋められたみたいだ。この辺りでは探知できない。
大丈夫、あいつは死なないはずだ。
それより眞鍋さん……死んだのか?
「おっと、俺の体内時間を操って逃げようったってもうこの間のようにはいかねえぜ」
岡崎の後ろにいつの間にか現れた影。
綾芽だ……。嘘だろ……コピーって何の初動もなしに出来るのか!?
「っち」
岡崎と他2人の動きが鈍くなる。後ろに避けようと緩慢に動いているが綾芽だけが普通の速度で肉迫する。
しかし寸前のところで途端に綾芽の動きも遅くなった。
偽綾芽の蹴りが綾芽に刺さる。
「ぐっ」
岡崎たちが急に震えるようにして後ずさりした。
「危ねえ危ねえ。お前のその技が多人数に対して有効だとは知らなかった。綾芽、お前のチートを俺に説明しろ」
「誰が――「私のチートは対象者の体内時間操作……自他含め特定の行動に要する認識時間は私の基準で書き換えられる。限界数は3」
偽綾芽が全部喋ってる……本当にコピーした人間の意思を思うように操れるようだ。
でも、なら何故……。
偽綾芽の頬に舌を舐め這わす岡崎。
「これだ、何の抵抗もないこの様子。これが俺は我慢できねえ」
黒髪を後ろから掴み上げても偽綾芽は表情1つ崩さない。
岡崎の後ろの2人もよく見れば無表情だ。
こいつ、やりやがったに違いない。
「お前ら、なんとしてもこの女を生け捕りに(・・・・・)しろ」
後ろの2人が駆ける。
俺は2人と思った次の瞬間1人しか捉えていなかった。
青の粉塵が舞うと同時に綾芽の目の前に坊主頭の男が立ちふさがる。
どう見ても一瞬で綾芽の目の前に移動したとしか思えない動きだ。
「ッッ――」
綾芽はどうしてか男の攻撃を躱している。
「説明しろ」
岡崎の言葉に偽綾芽が照りついた頬を晒しながら答える。
「時間操作は自分自身を対象とすることで自在に加速することも可能」
「ッチ、ふざけた能力だ。岩渕!」
長身の男が瓦礫の端を掴むと一瞬で弾丸となって炸裂した。
あり得ない動きで綾芽はそれを回避するも坊主男の瞬間転移は綾芽に纏わり付く。
綾芽が高速で移動するF1なら坊主男のそれはワープする宇宙船だ。
さすが北島の妹といったところか、戦闘経験なんてなさそうに見えてかなりセンスがいい。
坊主男は生け捕りを命令されているせいか、攻撃が単調だった。
もともと戦闘経験が浅いのかも知れない。
「伊藤! ちんたらやってんじゃねえ! てめぇの命なんざどうなろうと良いんだよッ!」
これが皮切りか、伊藤の動きが先ほどの比ではなくなる。
まるで伊藤が同時に何人もいるように見え始める。
伊藤のチートは空間転移といったところか……岩渕はこの岩盤を破砕した能力。
恐らく広範囲の何かだ。
綾芽が飛ぶ。
伊藤の蹴りを受けて転んでしまった。
再び3人にブレる伊藤。まるで合わせ鏡でも出来たように伊藤が本体を中心に波状に広がる。
なんだこれ格好良すぎる……伊藤が幾重にも分身して綾芽を一斉に殴り蹴り殴打する。
その1打1打は1人のものでもほぼ同時に攻撃すれば見ている側からは数人いるようにしか見えない。
「終わったか……」
ほっと安堵したのか岡崎。ゆっくりと凹凸の地面を綾芽に近づいていく。
伊藤は満足げに離れた。
俺はまだここにいるっての。
「まずいな。そろそろ俺はいくよ?」
「ハク・・・魔装したほうが」
「無理だな。ルチェルの体がついていかない。ここにウンカがいれば話は別だったけど」
「ウンカって・・・だれ」
「お兄様ですね」
「ああ」
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