世界樹の近くにつくられた合流スポットの広場には、たくさんのひとが集まっていた。
光の民と普通の人間、合わせて数百人。
回復魔法の使い手たちが、彼らの間を忙しく走りまわっていた。
その一角に、高等部組と育芸館組の姿もある。
志木さんを見つけて、彼女のそばに着地した。
「ただいま」
「おかえりなさい。大事がなくてよかったわ」
志木さんはそういって、皮肉に笑う。
ぼくは左右を見渡した。
高等部組が、やけに意気消沈しているようだった。
泣いている女子が結構いる。
男子も疲れた顔をしている。
「これまでわかった限りで、二人、亡くなったそうよ。ところでその子は」
「アヤって子らしい。ヘルハウンドのブレスで燃えていたところを救出した」
「なるほどね。よくやったわ」
「で、こっちは?」
「幸いにして、レギオンたちのおかげで犠牲者ゼロ。といっても、啓子さんについていったチームも含めて、うちが出したのはレベルの高い子が中心だから」
ぼくたちを除いても、平均レベルは高等部組に比べて育芸館組の方が高い。
当然だろう、育芸館組は、二日目の朝からずっと戦い続けてきた。
志木さんの指示のもと、組織的にオークに抵抗し、地道な狩りで戦力の底上げを図ってきた。
と……少し離れたところで、騒ぎが起こった。
見れば、高等部の男子が、小柄な少女ふたりを怒鳴りつけている。
あれって……中等部、つまり育芸館組の子だよな?
「だから、おまえのサポートが遅かったんだろ! アヤが死んだのは、おまえのせいなんだよ!」
「だ、だってっ! 彼女はわたしの魔法なんていらないっていうから……っ」
「うざってえいいわけしてんじゃねぇよっ。だいたい……っ」
考えるより先に少女たちの前に出ようとした。
「シャ・ラウ、あの子たちを守れ」
『承知した』
高等部の男子が拳を振り上げた、その瞬間。
彼の身体は、毬のように弾き飛ばされていた。
大柄な幻狼王は、少女をかばうように立つ。
「な、なんだ、おまえ! も、モンスターっ!」
『わが主は、少女に対する理不尽な暴力を許容しない。そう高々と宣言した。われは主の命に従うのみ』
高等部の方がざわついて、何人かがシャ・ラウに弾き飛ばされた男子の方にかけつけた。
剣や槍を構えている者たちもいる。
離れたところにいた光の民たちが、なんだなんだという様子でこちらを見ている。
「ごめんなさい、カズくん。高等部は後衛が少ないからってことで、うちから彼女たちを貸し出したのよ」
志木さんがそういって、幻狼王のもとへ走ってきた。
無言で高等部の男子たちを牽制していた幻狼王は、おとなしく志木さんに道を譲る。
志木さんに続いて、ミアもきた。
「ん。見た感じ、ヘルハウンドに遭遇したっぽい? 服が焦げてる。で、アヤって子はサクっちのいうこときかずに飛び出した」
志木さんを差し置いて、ミアが話し始めた。
サクっちっていうのは、ミアの後ろで震えてる子か。
「な、なんだ、チビ。おまえみたいなガキがしゃしゃり出て……っ」
「ヘルハウンドは学校にもいた。火のブレスはマジでヤバい。二日前、たまきちんマジで死にかけたし。なんで高等部、ちゃんと情報共有できてないの。そっちのリーダー無能すぎ」
うわ、結城先輩をディスりはじめた。
ミアのやつ、心なしか嬉しそうだ……。
さっき、ミアと結城先輩がしゃべっていたところを見ていたひとは多いはず。
でも目の前の男子は、どうやらその場面を目撃していなかったようだ。
ミアのことを、ただの生意気な中等部のガキだと思っている。
で、ミアと結城先輩の事情をわかっているぼくたちにとってはなんでもない言葉も彼にとっては違ったようだ。
「田上宮さんのこと悪くいうんじゃねぇよっ! あのひとはちゃんとヘルハウンドのことも教えてくれてた!」
「じゃあ、悪いのってアヤって子だよね?」
あ、男子が黙った。
ミアがこっちを振り向いて、ドヤ顔してる。
「だ、だいたい、おまえ、なんなんだよ! 中等部のくせに、偉そうにしやがって!」
別の男子が出てきた。
サクって子が、びくっとその身をすくめている。
志木さんが、その子をやさしく抱きしめた。
「だいじょうぶよ。もう面倒だから、ミアちゃんに全部任せましょう」
ミアは新しく前に進み出た男子をジト目で見上げた。
「馬鹿にしてんのか、おまえ!」
男子はミアに掴みかかろうとして、彼女のそばにすくっと立つシャ・ラウに気押される。
まー、でかい狼だからな、無理もない。
「な、なんだよおまえら! だいたい、そうだ、賀谷! おまえみたいな底辺がなんで、育芸館でボス面してるんだよ!」
和弘は、彼の視線をまっすぐに受け止めた。
「カズさんの悪口はやめてください!」
いつの間にか志木さんの腕から逃げたサクって子が、叫んだ。
ミアを押しのけ、前に進み出る。
「カズさんは、わたしたちを命がけで救ってくれました!中等部では、先生もいなかった。誰も助けてくれなかった。でもカズさんたちだけは、みんなをまとめて、生きている子を助けてくれたんです!わたしたちを地獄から救いだしてくれたんです!ほとんど一日で本校舎も奪還して、次の日には蜂の出どころも潰して、この世界樹とコンタクトを取ったのだって、カズさんたちです。カズさんたちがいなきゃ、わたしたちは誰ひとり、昨日を生き残れなかったんですよ!」
和弘のために怒ってくれているその顔を見ていて、思い出す。
ああ、彼女、二日目の午前中に女子寮で助けた子のひとりだ。
大柄な男子は、顔を真っ赤にしていた。
いまにも殴りかからんとしているけれど、そこはシャ・ラウが牽制している。
でも、彼の周囲の男女が、もっと剣呑な雰囲気を出していた。
高等部の方で、結構、フラストレーションが溜まっているのか。
無理もないけど、それを育芸館組にぶつけるのは勘弁だなあ。
なおもいい募ろうとするサチを、ミアが制した。
「ん。もういい」
「でも、ミアちゃん! わたし、どうしてもこのひとたちがカズさんを見下すの、我慢ならなくて……っ」
「カズっちは、あんまり気にしてない。……サチっちがカズっちに感謝していれば、それでおっけー」
ミアは「それに」と呟き、森の奥をちらりと見た。
あー、これって。
はたして、予感の通りだった。
「仲間同士の揉めごとは堪忍でござるよ」
結城先輩が、木々の間を抜けて現れる。
その横には啓子さんとリーンさんの姿もあった。
「忍法、遠耳の術によって、おおむね状況は把握しているでござる。ひとまず、ミア、こう見えて兄もいろいろがんばっているでござるから、そのあたりわかって欲しいでござるよ」
「ん。黙れバカ兄貴」
「それは拙者の業界ではご褒美でござる!」
あ、啓子さんが笑顔で結城先輩の頭をはたいた。
真面目にやれってことか。
ふたりの一歩後ろに下がっているリーンさんは、にこにこ顔だ。
高等部の面々が、呆気にとられている。
結城先輩とミアの顔を交互に見ていた。
「え……兄妹?」
ひとりが、ミアを指差した。
ミアが寝そうかつ嫌そうな顔で「遺憾ながら」とうなずいた。
「ん。こんな変態な兄を持った妹の気持ち、わかるか」
「あ……うん、すまん」
さっきまで威勢がよかった男子が、なぜか身を小さくして謝罪した。
「何故、そこを謝罪するでござるか」
結城先輩がひとり、首をかしげる。
なんでですかねえ。
次
光の民と普通の人間、合わせて数百人。
回復魔法の使い手たちが、彼らの間を忙しく走りまわっていた。
その一角に、高等部組と育芸館組の姿もある。
志木さんを見つけて、彼女のそばに着地した。
「ただいま」
「おかえりなさい。大事がなくてよかったわ」
志木さんはそういって、皮肉に笑う。
ぼくは左右を見渡した。
高等部組が、やけに意気消沈しているようだった。
泣いている女子が結構いる。
男子も疲れた顔をしている。
「これまでわかった限りで、二人、亡くなったそうよ。ところでその子は」
「アヤって子らしい。ヘルハウンドのブレスで燃えていたところを救出した」
「なるほどね。よくやったわ」
「で、こっちは?」
「幸いにして、レギオンたちのおかげで犠牲者ゼロ。といっても、啓子さんについていったチームも含めて、うちが出したのはレベルの高い子が中心だから」
ぼくたちを除いても、平均レベルは高等部組に比べて育芸館組の方が高い。
当然だろう、育芸館組は、二日目の朝からずっと戦い続けてきた。
志木さんの指示のもと、組織的にオークに抵抗し、地道な狩りで戦力の底上げを図ってきた。
と……少し離れたところで、騒ぎが起こった。
見れば、高等部の男子が、小柄な少女ふたりを怒鳴りつけている。
あれって……中等部、つまり育芸館組の子だよな?
「だから、おまえのサポートが遅かったんだろ! アヤが死んだのは、おまえのせいなんだよ!」
「だ、だってっ! 彼女はわたしの魔法なんていらないっていうから……っ」
「うざってえいいわけしてんじゃねぇよっ。だいたい……っ」
考えるより先に少女たちの前に出ようとした。
「シャ・ラウ、あの子たちを守れ」
『承知した』
高等部の男子が拳を振り上げた、その瞬間。
彼の身体は、毬のように弾き飛ばされていた。
大柄な幻狼王は、少女をかばうように立つ。
「な、なんだ、おまえ! も、モンスターっ!」
『わが主は、少女に対する理不尽な暴力を許容しない。そう高々と宣言した。われは主の命に従うのみ』
高等部の方がざわついて、何人かがシャ・ラウに弾き飛ばされた男子の方にかけつけた。
剣や槍を構えている者たちもいる。
離れたところにいた光の民たちが、なんだなんだという様子でこちらを見ている。
「ごめんなさい、カズくん。高等部は後衛が少ないからってことで、うちから彼女たちを貸し出したのよ」
志木さんがそういって、幻狼王のもとへ走ってきた。
無言で高等部の男子たちを牽制していた幻狼王は、おとなしく志木さんに道を譲る。
志木さんに続いて、ミアもきた。
「ん。見た感じ、ヘルハウンドに遭遇したっぽい? 服が焦げてる。で、アヤって子はサクっちのいうこときかずに飛び出した」
志木さんを差し置いて、ミアが話し始めた。
サクっちっていうのは、ミアの後ろで震えてる子か。
「な、なんだ、チビ。おまえみたいなガキがしゃしゃり出て……っ」
「ヘルハウンドは学校にもいた。火のブレスはマジでヤバい。二日前、たまきちんマジで死にかけたし。なんで高等部、ちゃんと情報共有できてないの。そっちのリーダー無能すぎ」
うわ、結城先輩をディスりはじめた。
ミアのやつ、心なしか嬉しそうだ……。
さっき、ミアと結城先輩がしゃべっていたところを見ていたひとは多いはず。
でも目の前の男子は、どうやらその場面を目撃していなかったようだ。
ミアのことを、ただの生意気な中等部のガキだと思っている。
で、ミアと結城先輩の事情をわかっているぼくたちにとってはなんでもない言葉も彼にとっては違ったようだ。
「田上宮さんのこと悪くいうんじゃねぇよっ! あのひとはちゃんとヘルハウンドのことも教えてくれてた!」
「じゃあ、悪いのってアヤって子だよね?」
あ、男子が黙った。
ミアがこっちを振り向いて、ドヤ顔してる。
「だ、だいたい、おまえ、なんなんだよ! 中等部のくせに、偉そうにしやがって!」
別の男子が出てきた。
サクって子が、びくっとその身をすくめている。
志木さんが、その子をやさしく抱きしめた。
「だいじょうぶよ。もう面倒だから、ミアちゃんに全部任せましょう」
ミアは新しく前に進み出た男子をジト目で見上げた。
「馬鹿にしてんのか、おまえ!」
男子はミアに掴みかかろうとして、彼女のそばにすくっと立つシャ・ラウに気押される。
まー、でかい狼だからな、無理もない。
「な、なんだよおまえら! だいたい、そうだ、賀谷! おまえみたいな底辺がなんで、育芸館でボス面してるんだよ!」
和弘は、彼の視線をまっすぐに受け止めた。
「カズさんの悪口はやめてください!」
いつの間にか志木さんの腕から逃げたサクって子が、叫んだ。
ミアを押しのけ、前に進み出る。
「カズさんは、わたしたちを命がけで救ってくれました!中等部では、先生もいなかった。誰も助けてくれなかった。でもカズさんたちだけは、みんなをまとめて、生きている子を助けてくれたんです!わたしたちを地獄から救いだしてくれたんです!ほとんど一日で本校舎も奪還して、次の日には蜂の出どころも潰して、この世界樹とコンタクトを取ったのだって、カズさんたちです。カズさんたちがいなきゃ、わたしたちは誰ひとり、昨日を生き残れなかったんですよ!」
和弘のために怒ってくれているその顔を見ていて、思い出す。
ああ、彼女、二日目の午前中に女子寮で助けた子のひとりだ。
大柄な男子は、顔を真っ赤にしていた。
いまにも殴りかからんとしているけれど、そこはシャ・ラウが牽制している。
でも、彼の周囲の男女が、もっと剣呑な雰囲気を出していた。
高等部の方で、結構、フラストレーションが溜まっているのか。
無理もないけど、それを育芸館組にぶつけるのは勘弁だなあ。
なおもいい募ろうとするサチを、ミアが制した。
「ん。もういい」
「でも、ミアちゃん! わたし、どうしてもこのひとたちがカズさんを見下すの、我慢ならなくて……っ」
「カズっちは、あんまり気にしてない。……サチっちがカズっちに感謝していれば、それでおっけー」
ミアは「それに」と呟き、森の奥をちらりと見た。
あー、これって。
はたして、予感の通りだった。
「仲間同士の揉めごとは堪忍でござるよ」
結城先輩が、木々の間を抜けて現れる。
その横には啓子さんとリーンさんの姿もあった。
「忍法、遠耳の術によって、おおむね状況は把握しているでござる。ひとまず、ミア、こう見えて兄もいろいろがんばっているでござるから、そのあたりわかって欲しいでござるよ」
「ん。黙れバカ兄貴」
「それは拙者の業界ではご褒美でござる!」
あ、啓子さんが笑顔で結城先輩の頭をはたいた。
真面目にやれってことか。
ふたりの一歩後ろに下がっているリーンさんは、にこにこ顔だ。
高等部の面々が、呆気にとられている。
結城先輩とミアの顔を交互に見ていた。
「え……兄妹?」
ひとりが、ミアを指差した。
ミアが寝そうかつ嫌そうな顔で「遺憾ながら」とうなずいた。
「ん。こんな変態な兄を持った妹の気持ち、わかるか」
「あ……うん、すまん」
さっきまで威勢がよかった男子が、なぜか身を小さくして謝罪した。
「何故、そこを謝罪するでござるか」
結城先輩がひとり、首をかしげる。
なんでですかねえ。
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