ケイの転生小説 - 八男って77
「起きて、陸君」

「あれ? ここは?」

 俺が目を醒ますと、そこは森の中ではなかった。
 もう二度と見るはずがない日本の夕方の教室。
 慌てて自分の姿を確認すると高校時代の制服姿で、容姿も当時の自分に準じた仕様になっていた。
 黒髪で、中肉中背で普通の顔をした生徒。
 これが、俺の高校時代であった。

「どうかしたの?陸君」

 俺を起してくれた同じ制服姿の女性を見ると彼女にはもの凄く見覚えがあった。

「いや、なんでもないよ。そろそろ帰ろうか?ハクカ」

 今の俺はルークではなく、山田陸として行動することにまったく違和感を覚えていなかった。
 リッド、ヴェル、エル、ブランタークさん、導師と共に魔物の保護のため森に出かけているはずなのに、今のこの状況をおかしいとは思わないのだ。

「はい、陸君・・・・・もうみんな、帰ったんだよね」

 時間を確認したら夕方の六時半で、残ってるのは部活動でグラウンドにいる連中くらい。
 もう教室には、二人しか残っていなかった。

「だからね」

 そう言うとハクカは俺に顔を向けてそのまま目を閉じる。

「(これは! これは、ひょっとすると!)」

 ハクカは、俺にキスをしてほしいのか!

「(しかし、ここで慌てては思わぬ失敗が! 一旦深呼吸をしつつ……)」

 すでに心の中は、世界大戦勃発直前並の騒乱状態に陥っていた。
 だが、ハクカにここまでされたら、後は自分からキスをするのみである。
 『据え膳食わぬは……』というからな。

「(生きててよかった!)」

 そう思いつつ、お互いに背中に手を回して抱き合ううちに固い感触に気がついた。
 おかしいハクカの身体はやわらか・・・・・・ピンクの霧が晴れると、目の前にリッドの顔がアップで映っていた。
 リッドの顔が徐々に近づいてきたので、とっさに

「スタン」

 といい、全身から雷を放出し、リッドを

「ギャア〜〜〜〜〜」

 痺れさせた。

「目が醒めたか!」

「ルーク?」

「ギリギリセーフだな」

「もう少しマシな起こし方はなかったのか」

「あれを見てもそれがいえるのか」

 導師とヴェルが抱き合っていた。
 隣では、エルとブランタークさんが抱き合っていた。
 二組は、そのまま唇を・・・・。

「助かったよ。ルーク」

 2組の姿を見てルークがとても感謝をしていた。

「ようやく、目が醒めたようである!」

「ええと、導師?・・・・・・・・・認めたくない!」

「気持ちはわかるけど、現実を直視しようよ」

「このように、『桃色カバさん』は人を色の欲に誘う幻術のようなものを使うのである! 今回、女性陣を連れて来なかった理由はわかるであろう?」

 確かに、女性陣が男性陣とキスをしていたのでは風聞が悪い。
 何よりもハクカと他の男性がキスする姿なんて見せたら、他の男性には病死してもらうことになりかねない。
 下手をすると他の貴族たちが、『そんなふしだらな娘は、男爵の婚約者に相応しくないのでは? 代わりに私の娘を……』などと言い出しかねないからだ。

 だから導師は、ブランタークさんにすら事情を説明しないまま、俺たちをここまで連れて来たのであろう。

「はい……。ところで、導師」

「なにかな?」

「失礼します!」

 ヴェルは、いまだに抱きついたままの導師を強引に振りほどくと、そのまま近場の草むらへと移動する。
 そして……。

「うぇーーー! 一生物のトラウマだぁーーー!」

「某とて、普通に女性が好きなのであるが……」

 ヴェルはしばらく草むらの影でゲーゲー言い続けるのであった。

「しかしこのカバ。自分が保護動物だからって、調子に乗っているような……」

「あのな、ヴェル。カバが調子に乗るとかないから……」

「魔物だって生きているんだから、時に調子に乗ることもあるだろう」

「別にどっちでもいいよ……」

 結局、俺たちはあれから数度カバの保護を試みたが、その結果はすべて失敗。
 合計で5つほど、ヤツは俺の脳裏にピンク色を植え付けることに成功した。
 次は、中学校の野球部の部室で。

「ルーク・・・頑張ったね」

「・・・ああ」

「じゃあ・・・ご褒美に」

 ミュウと抱き合い・・・違和感に気づいた俺がスタンでエルを全身痺れさせた。

「もっとマシな方法が」

「キスして違和感に目覚めるか?」

「すまない」

「情熱的なキスをありがとうよ」

「ブランタークさんこそ、これまで培った経験で、なんとかあのカバの術を防いでくださいよ! 師匠の師匠なんだから!」

「無理だから、俺は嫌だったんだよ!」

「もう3回試みる」

「失敗するって、わかっているのに……。こんなの、本当のブランタークさんじゃない……」

「あからさまに手を抜くと評価が落ちるからだよ! 坊主だってそうなんだから、今日はもう諦めろ!」

 予想どおり、三回目も駄目であった。
 舞台は、小学生の頃に参加していたサッカー倶楽部の控え室へと移り、リアがそっと目を瞑り、抱きしめ、キス・・・違和感に気づき・・・・

「スタン」

 で、ヴェルを痺れさせた。

「ルーク……」

「ヴェルか……」

「助かった…」

 4回目は、神社の祭りに参加し巫女姿のエリーゼと抱き合い、お互い目を瞑り・・・いい加減に違和感に気づいた俺は、目の前の導師の顔を見て

「エアハンマー」

 導師を吹き飛ばした。

「ひどいである」

「キスされるよりはマシです」

 5回目は、親戚の結婚式で遊びでウェディングドレスに着替えたセイと抱き合い、キスをしようとしたところで、目の前の霧が晴れ、ブランタークさんに気づきスタンで痺れさせた。

「情熱的なスタンをありがとうよ」

「・・・セーフ」

「それで、6回目はどうしますか?」

「最低限、挑戦はしたんだ。もう帰るぞ」

 ブランタークさんは、もう義理は果たしたとばかりに帰り支度を始めていた。

「でも、このままカバを放置ですか?」

「つうか、アレに害をなそうと考えても無理だろうが」

 確かに、どうしてわざわざカバを保護区に移動させる必要があるのかわからなかった。
 あの幻術の前には、どんな密猟者でも手が出せないだろうに。

「実際、朝に監視員が様子を見に行くとなぁ……」

 密猟者が木に抱きついてキスをしていたり、二人以上だともっと凄いことになっていたケースも少なくないそうだ。
 当然それが男同士であろうと、女同士であろうともだ。

「過去の保護依頼においても冒険者たちが悲劇に巻き込まれる案件も多くあったのである!」

 気がついたらそういう関係になっていて、責任を取って結婚する羽目になった男女の冒険者。
 そのまま、新しい種の愛に目覚めてしまった者もいるらしい。

「エリーゼは、連れて来れませんね」

「左様、ホーエンハイム枢機卿がうるさいのである!」

 教会関係者にとって、同性愛は異端にも等しい罪である。
 非生産的で、道義にも劣ると見つかると、厳罰に処されるのが常であった。

「ヴェルと導師のキスなんて見たら、気絶するだろうな」

「エルとブランタークさんもな」

 結局臨時依頼は失敗に終ったのだが、他の冒険者がすべて断った任務なのでペナルティーは課せられなかった。
 強制依頼料として慰謝料込みで一人当たり銀貨10000000枚ほどもらった。
 なお、問題の『桃色カバさん』であったが、卵が孵ると自主的に親子で保護区に移動したそうである。
 完全に、働き損な一日であった。

「家に帰って、イーナとルイーゼに口直しをしてもらおうかな?」

「ヴェルはそれでいいとして、俺達は」

「自力で頑張れ」

「ヴェルは地獄に落ちると思うぞ」

「それ以前にイーナとルイーゼといつの間に婚約したんだ?」

「してないぞ」

「おい」

「まあ・・・責任を取るなら問題ないのでは」

「まあヴェルなら問題ないか」