「おおっ、陛下。某のために、貴重なお時間をいただき感謝いたしますぞ!」
「予定どおりではないか。外の雀たちを払いのけたのか?」
「あの連中、相変わらず口ばかりですな。ちょっと怒鳴ったら、すぐにどきましたぞ」
「あまりやりすぎないようにな」
「陛下、某は加減がとても上手なのです」
「はははっ、確かにそうだったな。そなたが怒っても、死んだ雀は一匹もおらぬからな」
アンデッド古代竜が、わずか十二歳の少年たちによって討伐されて王都中が大騒ぎになってから7日後。
ここ王城の謁見の間において、ヘルムート三十七世は、王宮筆頭魔導師であるクリムト・クリストフ・フォン・アームストロングと謁見を行っていた。
ここ数年、恒例となっていた王都西部にあるパルケニア草原偵察の報告を聞くためめだ。
彼は見た目が18歳くらいに見えるが、実年齢はもうすぐ四十歳になる。
余と同い年なのに羨ましい限りだ。
およそ五年ほど前から王宮筆頭魔導師を勤め、世間から天才と称されていたが、実は若い頃は魔力量が低く、あまり評価されていなかった。
王国軍の重鎮アームストロング伯爵家の次男なので、『魔法が使える貴族』という点で重宝されていたのみなのだ。
魔法は遺伝しないので、プライドが高い貴族たちからすれば、魔法で評価されて富や名誉や爵位を得る平民たちが気に入らず、だからこそ魔法が使える貴族を評価する傾向にあった。
クリムトはそれが嫌だったようで、真の力を得るべく、成人前に実家を出て長年冒険者をしていた。
余は魔法使いではないので知識だけだが、普通の魔法使いは成人すると魔力量が伸びなくなってしまう。
ところがクリムトは、今でも魔力量が増え続けている。
気がつけば王国でも有数の魔法使いとなっており、余の懇願を受けて彼は王宮筆頭魔導師となったわけだ。
身長二メートル十センチ、体重百三十キロという巨漢とローブの下から盛り上がって見える、まるで鋼のような筋肉。
その手には自分の身長と変わらないミスリル製で先端にスイカほどの大きさの真っ赤な魔晶石が付いた太い杖を持っていた。
見た目からして、魔法使いというよりも武道家や戦士と言った趣きのクリムトだが、見た目どおり魔法使いとしても戦闘特化タイプとされていた。
その膨大な魔力を使って極限まで身体能力を上げ、超高速の飛翔魔法で三次元を縦横無尽に動いて、敵を粉砕する。
そのあまりに戦闘力に、アーカート神聖帝国の貴族たちが『ヘルムート王国の最終兵器』とあだ名し、我が国の貴族たちまでそう呼ぶほどの男であった。
放出系の魔法は不得手だと本人は言うが、巨蛇を象った火炎を一度に八体まで出現させて自在に操ったり、高さ五十メートルを超える火柱をあげられるので十分であろう。
威力についても、不足なんてことはあり得ないのだ。
ここしばらく戦争がない今の世の中において、王宮筆頭魔導師にも特殊魔法が使えるなどのバランスが求められる時代だ。
そんななか、戦闘特化のクリムトがその職に任命された理由。
それは、年に一度行われる軍事演習において、『一個軍団にも匹敵する』と言われるほどの戦闘力を有しているからであった。
『戦争なんてしないが、下手に攻め込んで、苦労して編成した軍団がアームストロング一人に皆殺しにされたらソロバンが合わない』
これが、あるアーカート神聖帝国軍幹部の正直な感想であった。
抑止効果がある以上、クリムトを王宮筆頭魔導師を任命して当然と余は思ったわけだ。
「たとえ予定になかったとしても、余はそなたと会うための時間は惜しまぬよ」
「光栄の極みにございます」
王宮筆頭魔導師である以上にクリムトは余の幼馴染にして親友であった。
そんな彼に対し謁見というのはおかしな話かもしれないが、一国の王ともなると色々と忙しいので、いくら親友でもそう簡単に長時間話などできないというのが現実であった。
それでも余は、クリムトとはなるべく会って話せるように努力していた。
王というのは孤独であり、いい意味でも悪い意味でも誰に対しても言動が変わらないこの親友は、余にとって非常に貴重な存在であったからだ。
「今年もパルケニア草原の偵察任務ご苦労だったな」
「いえ、偵察自体は非常に楽でした。もう七代もの王宮筆頭魔導師が毎年直々に偵察していますし、パルケニア草原には飛行型の魔物がおりませんので。それに残念ですが、目新しい情報はないのです」
「なにも変わらず、安定はしているが、結局のところグレードグランドを倒せなければパルケニア草原は開発不可能か」
「残念ながら……」
ヘルムート王国の首都スタットブルクは人口が百万人を超える大都市であったが、実は代々の王が宿題にしている課題があった。
それは、あまりに人口が多いので食料供給に難を抱えていたのだ。
勿論完全自給など不可能なので、王国側もそこまでは求めていない。
ただ、穀物類を補給する主な穀倉地帯が、スタットブルクから千キロ近くも離れたホールミア辺境伯領だというのが問題なのだ。
距離的な問題もあるが、安全保障の観点から、直轄地内にも大規模な穀倉地帯が欲しいというのが王国の本音であった。
小・中規模な穀倉地帯は数ヵ所存在するが、大規模なものとなると作れる場所が非常に限られる。
その条件に一番合致する場所だが、実はスタットブルクから百キロと離れていない場所に存在していた。
それが、パルケニア草原だったのだ。
このパルケニア草原は広大で平坦な草原地帯で、降水量もあり、農業に必要な水も三本も河が流れているので、開発は比較的簡単にできる。
農業の専門家も太鼓判を押すほどであったが、ではなぜ今まで誰も開発しなかったのか?
それは、このパルケニア平原が魔物の領域であったからだ。
「平らな土地なので、今回もグレードグランドはよく見えました。のん気にホーンシープの群れを襲って捕食中でしたな」
「あの忌々しい老土竜め」
グレードグランドとは、パルケニア草原を縄張りとする巨大な属性竜であった。
年齢は五千歳を超えるとされ、全長は三十メートルほど。
先のアンデッド古代竜には及ばないが、人類にとっては災厄クラスの化け物であった。
「パルケニア草原ならば、あのグレードグランドさえ倒せれば、冒険者たちと軍王国で一気に魔物を駆逐可能なのだが……」
大半の魔物の領域は、森や山地や高原、砂漠、岩場などの魔物の完全駆逐が難しい場所にあるか、わざわざ駆逐する手間が惜しい地形が大半になっている。
ところがパルケニア草原なら、グレードグランドさえ倒せばすぐにでも大規模農地の開発が可能であった。
王都から百キロほどしか離れていない草原地帯が魔物の領域でなくなれば、周辺地域とのアクセスで余計な迂回をする必要がなくなるのだ。
流通経路の観点から考えても、経済効果は計り知れないものとなるはずであった。
「そう考えて、代々の陛下は……」
「死屍累々でしたな」
冒険者を多数集め、グレードグランドの首を狙ったり、王国軍が功績を求めて出兵要請を運動し、それを時の王が認めて数千人規模の軍勢が壊滅したりした。
王国が成立したばかりの頃には、貴族たちが戦に慣れていたこともあり、攻略が容易な魔物の領域の開放に多数成功している。
成功していなければ、大陸の痣である魔物の領域は今の倍以上はあったであろうし、ただ無人なだけの未開地へのアクセスも繋がらなかったであろう。
しかし今は、ここ千年ほど魔物の領域の開放が成功した例をほとんど聞かない。
簡単に開放可能な場所は、すでに古の先祖たちがとっくに解放していたからだ。
残っているのは、地理的に難所であるか、そこを守る魔物やそのエリアの食物連鎖の頂点であるボスの討伐難易度が高いかのどちらかであった。
「よくも、属性竜ばかりが直轄領に残ったものよ」
「戦乱の世を駆け抜けた先祖だからこそ、厄介なところは避けたのでしょうな。いつか子孫がやってくれるであろうと」
「同じことを言いたい気分だな。そうも言っておれぬが」
「前人未到の魔物の領域ならば、運がよければ土亀や風鳥がボスという場所もあるかもしれません」
「可能性で強行軍をしても意味があるまい。以前、病弱の跡取り息子を治す霊薬の材料を求め、貴重な軍を壊滅させた者がおる」
「ブライヒレーダー辺境伯ですな」
「先代と先々代のな。今代の当主は、そんな無謀な真似はしないであろう。どうにか、立て直してくれたようだしな」
先代と先々代のブライヒレーダー辺境伯の魔の森と天地の森への遠征と、その軍勢の壊滅は王宮でも衝撃をもって受け止められていた。
これが、男爵程度の独断専行なら王宮側も気にも留めない。
だが、ブライヒレーダー辺境伯家が、王国南部諸侯の取り纏め役であったことから騒ぎは大きくなった。
もしブライヒレーダー辺境伯領に混乱が生ずれば、王国南部の統治に大きな影響が出ていたからだ。
「そなたの親友も亡くなったしの」
「はい。アルフレッドはあんな無茶な遠征で死んでいい男ではなかった。某の親友にして、最大のライバルだったのです」
王都で同じ魔法使いの素質を持って生まれ、一方は親の顔も知らぬ孤児の出で、自分は王国有数の名家アームストロング伯爵家の次男であった。
本当なら一生視線すら合わさないで人生を終えたであろう二人は、共に魔法の才能があったために冒険者時代には何度も一緒に仕事をしたことがあると聞いていた。
クリムトからすれば、親友の死は身を裂かれる思いであったであろう。
余も彼の親友だからわかるのだ。
「同じ魔法使いながらまったくタイプは違いましたが、某とアルフレッドはウマが合いまして。正直なところ、戦闘バカの某よりも多彩な魔法を器用に使いこなす彼の方が、王宮筆頭魔導師に相応しいと思っていました」
実は、余も候補に入れていたのだが、王都で孤児として育った彼は王国に対しあまりいい感情を持っていなかった。
そんな人物を無理やり王宮筆頭魔導師にするのは不可能であり、その前に彼の方が冒険者を引退後、ブライヒレーダー辺境伯家のお抱え魔法使いになってしまった。
ところがその選択は、彼の若い才能を永遠に閉ざしてしまった。
なんと言えばいいか、アルフレッドは運が悪かったのであろう。
「いつか某は、アルフレッドと本気で魔法勝負をしたいと思っていたのですが……」
「アルフレッドのことは、師匠であるブランタークも惜しんでおったからの」
クリムトは、アルフレッドの師匠であったブランタークとも知り合いであった。
魔力量は自分たちに及ばないが、その不足を頭脳と経験と技量で補っていた尊敬すべき人物であると前に彼から評価を聞いたことがある。
少々口が悪いのと酒好きがすぎるのがタマに傷だそうだ。
「そのブランタークだがの。アルフレッドの弟子の面倒を見ておるらしい。今は、王都に滞在しておる」
「そういえば、某はその件を聞きたかったのです!」
やはり、年若いアルフレッドの弟子が気になるのか。
自分が唯一認めたライバルが、語り死人になってまで自分の技を伝えた弟子の存在。
しかもその弟子は、兄の結婚式で王都に向かう途中。
奇跡のような確率で発生、遭遇したアンデット古代竜を2人で打ち破ってしまったのだから。
「陛下がその少年たちを呼び出した時には、某はパルケニア草原でしたので」
きっとクリムトは、なんというタイミングの悪さだと思ったのであろうな。
もし彼の兄の結婚に間に合っていたら、招待状もないのにパーティー会場に乱入していたかもしれない。
さすがに、家族が止めるか。
あれだけの功績を挙げて、突如騎士爵になった少年だ。
これを機に縁を結ぼうと欲深な連中が殺到しているらしいから、導師が会場に乱入しようものなら、せっかくの兄の結婚披露パーティーで無粋な真似はしてくれるなと財務卿であるルックナー侯爵から釘を刺されてしまうであろうからだ。
もっとも、それを素直に聞くクリムトとは思えぬがな。
「某は、その少年たちに会いたいのである」
「その気持ちはよくわかる。だが、もう数日待つがいい」
「もう数日ですか? おおっ! ついに某の作戦が承認されましたので」
「いくらそなたが強いとはいえ、あのグレードグランドを一人では討てまい。余とて、そんな博打でそなたを失いたくはない」
属性竜に、いくら精鋭でも軍を向けるのは無謀の極みであった。
遠方から広範囲にブレスを吐くので、どうしても無駄に損害が増えてしまうからだ。
下手をすると一撃もできないまま殲滅されてしまうであろう。
南部で古代竜討伐のために組織された有志連合がまさしく一撃で殲滅されたのだ。
竜を討つには、古来より『飛翔』が使える魔法使いによる攻撃が有効とされる。
『飛翔』が必須なのは、竜があまりにも大きいので、地上で武器を振るっても足元くらいしか傷つけられず、いくら俊敏に動けたとしても、その巨大な尻尾を振り回されれば回避どころか、蝿のように潰されてしまう。
強力な魔法使いによる少数精鋭での闘い。
下手な軍勢数千名よりも強力な魔法使い一人の方が圧倒的に勝率が高い要因でもあった。
しかしながら、さすがにクリムトもグレードグランドを一人で倒すのは荷が重いと感じているようだ。
「某の身を案じていただけるとは、光栄の極み」
「そこでだ。魔法の素人の策と笑ってくれてもいいがの。そなた、バウマイスター準男爵、ファブレ準男爵、ブランターク・リングスタットの4名ならばどうかの?」
余の作戦案に、クリムトはこれまで見たことがない、心からの笑みを浮かべていた。
「某とバウマイスター準男爵とファブレ準男爵でグレードグランドへの攻撃を続け、後方でブランターク殿が補佐を行う。十分に勝機あり!」
4人ならば、それも全員が一流の魔法使いだ。
勝算は十分にありそうだな。
「それはよかった。では、余の権限においてグレードグランドの討伐命令を出すとするか」
「ずいぶん急ぎである」
「本来なら修行を行い成人まで待ってであろう」
「・・・某が太鼓判を押したとはいえである」
「古代竜襲撃で中央南部と南部全域に大量の難民が生まれたのだ・・・推定50万人ほどだ」
「50万人であるか!」
「うむ」
「王都のスラムも拡大傾向とはいえ、一度に50万人は王都が滅びかねないである」
「その通りよ。そこで、パルケニア草原を使うことにしたのだ」
「確かにあれだけ広大であれば数千万人ぐらいは余裕であるか」
それから余は、統治者として次々に家臣たちに命令を出していく。
ブルックナー農務卿には開墾事業の準備進めるようにさせた。
エドガー軍務卿にはグレードグランド討伐後にその他の魔物を組織的に狩るように命じた。
その他にも、ステムの住民や古代竜の攻撃で難民となった者たちを優先的に開拓民にさせたりした。軍と共同で魔物を狩る冒険者の募集をギルドに送り、これらの行動に必要な予算の執行準備をルックナー財務卿に命じたりした。
楽観は禁物だが、余はグレードグランドの討伐作戦は絶対に成功しそうだと思うようになっていた。
「大変に楽しみでありますな」
「そうよな。そなたとバウマイスター準男爵とファブレ準男爵で、派手に祝砲をあげるが良い」
余が一度命じた以上、あとは作戦実行まで前に進んでいくのみ。
さて、余がバウマイスター準男爵とファブレ準男爵とブランタークに命令を出したら、あの3人はどんな顔をするかな。
可哀想な気もするが、古代竜襲撃のせいで50万人にも難民が発生したのだ。
王都や南部に50万人の難民を受け皿にするのは、厳しい物がある。
ファブレ準男爵とバウマイスター準男爵には、是非とも50万人の難民を救助するために動いてもらわねばならないのだ。
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