「ローラン、えらく熱心ではないか」
「僕は王都で下級官吏の試験を受けるので、そのための勉強ですから」
「そうか。しかし下級官吏の試験は難しいと聞くぞ」
「ですから、ちゃんと勉強しないといけないんですよ」
書斎で勉強をしていると今日もトビアス兄さんがやって来た。
会話の内容は毎回同じだ。
まずはトビアス兄さんが、熱心に勉強する僕を褒め称える。
続けて僕が、下級官吏の試験勉強ですとトビアス兄さんに答える。
これはもう、お互いに確認作業のようなものだ。
どうしてこんな面倒くさいことをしているのかといえば、すべてとは言わないが、大半が名主であるダンゾウのせいだろう。
彼は、僕が領主になることを望んでいるからね。
しかも、時おり嫌らしい搦め手で責め立ててくる。
去年のわざと計算間違いをして提出した徴税報告書。
僕も知らんぷりをしていればよかったのだけど、つい見逃せなくて間違いを指摘したら、ダンゾウは僕を褒め称え、それがわからなかったトビアス兄さんは渋い顔をしていた。
父も父で、どうして僕にそんなものを見せたのか。
父は計算なんてできないはずだけど……ダンゾウの態度でなにかおかしいと勘づいたのかもしれない。
トビアス兄さん泰然自若としていればよかったのに、以後トビアス兄さんは僕が気になって仕方ないらしい。
五男である僕がファブレ騎士爵家の家督を継ぐなんてあり得ないから心配しないでいいし、僕としてもここに残っていてもねぇ。
書斎の本はすべて読んでしまったし、ずっと田舎育ちなので王都に対する憧れもあった。
下級官吏になって王都で生活するというのは、僕自身の強い希望でもあったのだ。
「今日はなにを読もうかな?」
「ルーク、今日も読書かい? 熱心だね」
「本を読むのが好きですから」
「ルークとクリスと僕くらいか。この書斎の中に入るのは」
ファブレ騎士爵家が書斎を持つのは、領民たちに対する見栄みたいなものだからね。
本は高価なので、それをこれだけ沢山持っていることを領民たちに見せつける。
とはいえ、ファブレ騎士爵領の人たちはそんなことほとんど気にしてないけど。
こんな田舎の領地では、本を読む習慣すら育たないのだから、他の貴族たちに対する見栄……もないかな。
なにしろ、ファブレ騎士爵家領は他の貴族たちとの交流なんてほとんどないのだから。
それに以前、商隊の人が教えてくれた。
うちの寄親であるブライヒレーダー辺境伯家は、蔵書量が十万冊を超える図書館を持っており、それは領民たちにも開放されているそうだ。
王都にも同じような施設が複数あって、うちの蔵書量くらいだと見栄も張れないのだから。
「ルークは大きくなったらなにになりたいのかな?」
「僕もローランお兄様のように、王都で下級官吏を目指します」
「夢が叶うといいね」
「はい」
ルークは、まだ五歳になったばかりだというのに賢くてしっかりした子だ。
僕とタイプが似ているから、将来無事にこの領地を出て下級官吏の試験に受かることを願うよ。
「おっと、僕もちゃんと勉強しないと」
成人したルークの面倒を見られるよう、僕がちゃんと下級官吏の試験に合格しないとね。
ほぼ落ちることはないと思うけど、油断は禁物だ。
しっかりと勉強しなければ。
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