ケイの転生小説 - 八男って5
「じゃあ、僕はこれから剣の稽古があるから」

「ありがとう、ローランお兄様」

「なあに、可愛い末っ子のためさ」

 朝食後。
 僕に詳しく自分の家についての説明をしてくれたローランお兄様であったが、彼は剣の稽古があると言って屋敷を出て行ってしまう。
 昨日の夢の内容から、ローランお兄様はあまり剣が得意ではないようで、下級とはいえ貴族の嗜みとして、早く剣を覚えようと自主的に訓練を重ねているようであった。

 とはいえ、実はこのファブレ騎士爵家に優れた資質を持つ剣の使い手は、存在しないらしい。
 こんな未開の大自然と魔物の棲み処に四方を囲まれた領地なのでみんなリアル・モンハン状態なのかと思えば、実はそうでもないようだ。

 ここ数千年間、大繁殖をしない限り、魔物が自分のテリトリーから出て来なかったという事実が大きかった。
 たとえすぐ近くに魔物の住まう領域があったとしても、そこに踏み込まなければ魔物の脅威には曝されない。
 そうでなければ、とっくにファブレ騎士爵領は自然に戻っているはずだ。
 言っては悪いが、このファブレ騎士爵領は農村であり、幼い子供以外は全員がなにかしらの仕事を割り当てられているのだ。

 当主を含めて魔物がいない平原等を開墾したり、野生動物しか住まない草原や森で肉を得るために狩りを行い、川で魚などを獲りを行なっているそうだ。空いた時間に剣や弓などの武芸や乗馬などの稽古を行なう。

 どこの地方下級貴族家も大半はうちと似たような感じらしい。

「あれ?貴族としての礼儀作法などは習わないの?」

「私たちのような辺境の下級貴族だと他の貴族家との交流は皆無に近いわ。貴族としての礼儀作法が必要な叙任にしても当主以外が習う必要性がないのよ」

 意外と稽古の内容が少ないので、僕はクリスお姉さまに聞いてみるのだが、彼女は訝しげな表情をしながら僕に答えていた。
 ようするに、このファブレ騎士爵領が続く限りは、当主が代替わりをする際には遠路遥々王都に行きそこで叙勲を受けるが、あとは貴族としての礼儀作法などほとんど必要はないということのようだ。

 それにその叙勲の儀も代々ファブレ騎士爵家に伝わる鎧を着て謁見の間へと向かい。

『我、ヘルムート王国国王ヘルムート○○世は、汝、○○に第10位騎士爵を授けることとする』

『我が剣は、陛下のため、王国のため、民のために振るわれる』

 このやり取りだけで終わってしまうらしい。
 ヘルムート王国には騎士など山ほどいるので、忙しい王様が長時間相手などしないのであろう。
 クリスお姉さまは、ハンカチに花の刺繍を施しながら説明してくれた。
 確かに、一生に一回このやり取りをするだけなら、礼儀作法も必要ないであろう。
 大貴族や中央で官職に就く法衣貴族は別としてだ。

 文字の読み書きは、クリスお姉さまに教わったのである。
 大半の家だと母親が教えるそうだ。

「それで、計算なのですが……」

 これは、収穫量などの計算のために親から自然と学ぶそうだ。

「難しい文字の読み書きや計算は・・・」

 辺境だと使うことがないそうだ。
 ただし

「家を出ることが分かっている三男たちは、それぞれ独自に学ぶわね」

「書斎で本を読んできます」

「そうね。それが一番いいわ。あなたは、ローランお兄様に似ているようだから」

 クリスお姉さまとの話を終えた僕は、急いで書斎へと向かっていた。
 みんなそれぞれに忙しいらしい。
 兄たちとは年齢も離れていて、まるで会話すらなかった。
 書斎に行く途中に顔を合わせたが、特に会話がなかったのだ。
 これは別に僕を嫌っているということではなく、あまりに年齢が離れ過ぎているので接点がないというのが正解なのであろう。
 夢の記憶の中では、ようやく最近少しずつ剣や弓の稽古を始めていたが、まだ六歳の子供に無理は禁物であり、残りの時間は他の大人たちの迷惑にならないようにする。

 これが、僕に課せられた使命とも言えた。

「全然期待していなかったけど、思っていた以上に蔵書の数が多いな」

 下級貴族家でもそれなりに歴史があるので、父の書斎にある蔵書の数は多かった。
 分野も歴史や地学から、文学、数学、鉱物、生物、魔物学などの平成日本で言うところの高校卒業レベルから、簡単な童話や絵本に、料理の本まである。

 料理の本があるのに、なぜかうちの食事がえらく貧粗であったが、その料理に使う材料が確保できないせいだと思う。

「普通に読めるな。というか、日本語」

 家族と日本語での会話が成り立っているでそんな予感はしていたが、この世界は日本語が共通言語になっている。
 ただ若干の違いはあるようであった。

 まず、庶民や中央の王宮に縁のない下級貴族などが少しは読み書きができるという文章。
 これには、まったく漢字が使われていなかった。
 漢字部分がひらがなで、ひらがなの部分がカタカナで記載されているのだ。
 この世界に普及している大半の文章がこの形態らしく、僕にはかえって読み難いと感じてしまう。

 次に、このヘルムート王国や隣にあるというアーカート神聖帝国でも、王族や皇族、大貴族、中央政府で発行される公文書や教会や各種ギルドの上層部、各分野の学者や学会など。
 ようするに偉い人たちが使用しているのが、普通の日本語の形態に近い文章であった。
 僕には、もの凄く読みやすかった。
 というか見慣れたものであったが、一部に意味不明な部分も存在している。
 なぜか、一部名詞に英単語が混じっているのだ。
 他にも日本語をわざわざローマ字表記したものもあった。
 とはいえ、英単語は難しくても高校レベルだし、大半の文章は日本語なので意味がわからないということはなかったが、ある本では漢字表記であった名詞が、別の本ではローマ字表記だったりと、その法則がいまいちよくわからなかった。

 さらに美しい失礼のない公文書とは、ひらがなとカタカナが七割、漢字が二割、その他が一割というのが黄金比率らしい。
 正直どうでもいいような気がするが、そんなことを気にするのが、世界が違えど官僚や役人という生き物なのかもしれない。
 僕は見た目六歳の子供なので、今はできる限りの体力作りや武芸の訓練に励み、あとはこの書斎の本から、この世界で生きていくのに必要な知識を蓄えるのがいいであろう。

 そんな風に考えながら本棚の端に目を向けると、そこには僕が今一番知りたいと思っていたジャンルの本が並んでいた。

「初めての魔術、中級魔術、上級魔術、魔法薬製造の基礎、初めての魔導具作り。おおっ! 魔法って本当にあるんだ!」

 僕は、もしかしたら魔法が使えるかもと心躍らせながら本を手に取るのであった。