ケイの転生小説 - 八男って32−2
「私は、そんな生活は嫌だもの」

 夕食が終わり、私たちはヴェンデリンたちと別れて自宅への道を歩いていた。
 隣にいる幼馴染のルイーゼも同じだけど、成人後には実家からも出ていかなければならない。
 残っていてもいいけど、それは親から勧められる縁談を断れないことを意味していたからだ。
 いい嫁ぎ先なんてまず奇跡でも起こらなければ難しく、もし相手が七十歳を超えた老人でも家に残っていれば断ることなど出来ない。
 オマケの三女が成人後も家に残るというのは、そういうことを覚悟しなければいけないのだ。

「イーナちゃんは頭がいいから、色々と考えるよね」

 見た目が幼いせいで周囲はあまりそう思っていないようだけど、実は私などよりもルイーゼの方がよっぽど頭はキレると思う。
 いくら家が近所同士で幼馴染でもあって立場が似ているとはいえ、私たちが親友同士なのは、心の奥底では似た者同士だからだ。

「私たちは、チャンスを得たと思う」

「うーーーん、ヴェル君のことだよね?」

 同年齢で同じ冒険者志望なのに、狼から助けられるという不甲斐なさであったが、だからと言って私たちがもの凄く弱いというわけではない。

 他の特待生でも、多分同じような結果になっていたであろうからだ。
 要するに、ヴェンデリンがあまりに強過ぎるのだ。

「イーナちゃんは美人さんだから、ヴェル君の目に留まるかな?」

「それはないわよ」

 小さい頃から、顔立ちは整っていると周囲からよく言われていた。
 ただ、槍術を習っているせいではないと思うけど、目付きが鋭い時があって怖いと言われることも多かったからだ。
 他にも、考え事をすると口数が少なくなる傾向もあり、男性からすればなにを考えているのかわからず、たまに喋ると厳しいことを言う女の子に見えるはず。

 とても女性としては、ヴェンデリンから好まれるタイプとは思わなかったのだ。
 体型も標準的だし、むしろ可愛い容姿をしているルイーゼの方が男性へのウケはいいと私は思っている。

「ボクは、チビっ子だもの」

「そういうのが好きな人も一定数いるって」

「イーナちゃんは突然なにを言うのかと思えば。体型は、年齢的に将来に期待するにしても。イーナちゃんは期待できるけど、ボクは厳しいかも……」

 実は、ヴェンデリンはルイーゼのような娘がタイプかもしれない。
 私も数に入れれば、二人でツータイプとも言えた。

 選択肢は、多い方がいい?

 しかしまあ、自分で言っていてしょうもない考えだと思うわ。

「なんてね。今は友達になれて、パーティーでも組めれば最高かな」

 一方のルイーゼも、サラっと凄いことを目論んでいるようね。
 予備校生は、卒業までは魔物の領域に入れない。
 年度の後半から始まる、熟練パーティを教官役とした実習を除いてだけど。
 それに備えて事前にパーティを組み、狩りで連携を確認するくらいのことができなければ、冒険者に相応しくないと言われても反論はできない。

 今はそういう大切な時期だと予備校生は誰もが思っていたのだ。
 だから、自然とヴェンデリンに目が向いてしまうのよね。

「ライバルはとても多いわ」

「だよねぇ。ヴェル君がいると圧倒的だし、エル君やリッド君やルーク君もあれでなかなか凄腕の剣士だもの。ボクたちと同じく特待生だから」

 とはいえ、いきなりパーティ結成要請を出すのはバカのやることよ。
 実力のない人間がいきなりパーティを組んで欲しいと頼みに言っても、実力の高い人からすれば、『邪魔者や足手纏いはお引取りください』という結果になるのだから。

「私たちって、冷静に考えてどうかな?」

「ええと……」


 正直、他の特待生に劣るということはないと思う。
 二人共、入学成績はトップ5に入っているのだから。

「考えても仕方がないから、申請用紙を出してしまおうよ」

「ルイーゼ、あんたねぇ……」

 たまにこういう直感的な行動や意見を述べるのが、ルイーゼという私の親友であった。
 ところが、意外とその結果が悪くないのだ。
 直感力に優れているのかもしれないわ

「駄目なら、向こうが破棄するって。駄目元駄目元」

「なんて行動がポジティブなのかしら……」

「それとね。昨日のことなんだけど、ボクが昨日、買い物をしようと一人で街中を歩いていた時にことなんだけど……」

 ルイーゼによると突然道端で占いをしているお婆さんに呼び止められたそうだ。

「無料で観てあげるって言われたから。せっかくの無料だからね」

「占いなんて当たるのかしら?」

 私はまったく信じていないけどね。

「で、その占い師のお婆さんはなんて?」

「『迷うくらいなら、試してみるのが吉』だって。つまり、迷うくらいならパーティの申請用紙を出してしまった方がいいわけ」

「占いで言われたからなのね……」

 話を聞くと有名な占い師でもなさそうだし、そんな簡単に言われたとおりにして大丈夫なのかしら?

「先に誰かに申請用紙を出されて、向こうが『いいか』ってなったら困るよ。パーティはよく変更があるけど、それまで待つのも面倒だし、最初のパーティがしっくり行っていると判断されたらチャンスはもうないから」

「それは困るわね……」

 この状況では、ルイーゼが抜け駆けしなくても、誰かが抜け駆けするかもしれない。
 先手を打たれるのは癪なのは事実。

「駄目ならさぁ、他の特待生たちと組んで経験と腕前を上げつつ、次のチャンス待つ。二段構えの作戦だよ」

「ルイーゼにしてはよく考えているわ」

「イーナちゃん、ルイーゼにしては、は余計だって」 

 そんなわけで私たちは、駄目元でパーティー申請を四人で出してしまうことにした。
 次の日にパーティー申請用紙を記入して提出すると一番の関門だと思われた担任のゼークト先生は却下しなかった。

「入学順位が五位以内の四人か。戦力バランスも悪くないし、こういうのは命がかかっているからな。経験を積ませるために成績下位者も入れろとは言えないな」

 命がかかっているので、成績上位者と下位者をバランスよく組ませてなどとは、元冒険者でもあったゼークト先生は言えないようだ。
 それに、私たちはまだ一人前の冒険者ではない。
 ただの見習いなのだから、余計にパーティ編成には万全を期すべきなのだ。
 近い順位の者同士で組み、成績下位者は狩りなどで経験を積んで、将来は魔物に対応できるように訓練をする。
 これが、正しい予備校の目的なのだから。

「優秀なパーティは一つでも多く欲しいからな。申請書は庶務の方に出しておく」

 パーティー申請は呆気なく通ってしまったわね。
 唯一の問題は、肝心のヴェンデリンたちはなにも知らないという事実よね。
 それが一番の問題な気もするのだけど、もう申請書は出してしまったので、あとは結果を待つしかないわ。

「イーナちゃん、大丈夫だって」

 一方ルイーゼは、まったく心配していなかった。
 ある意味、この娘は大物だと思う。
 そして肝心の、勝手にパーティーを組まれてしまったヴェンデリンたちだけど……。

「なあ、エル」

「思う所がないとは言わんが、他の成績下位者と組んでもな。こんなものだろう」

「そうなのか?」

「冒険者も他の仕事と同じさ。組んで駄目なら、解散して新たにパーティを編成する。なにも、一生同じパーティでなければ駄目なんて法もないんだからさ」

「そう言われるとそうだな。じゃあそれでいいよな」

「いいんじゃねえ」

 ヴェンデリンはどこかよくわかっていないような部分がなくもないけど、呆気なく私たちとパーティを組むことを了承した。
 エルヴィンは意外だったけど、その考え方は極めてドライなようね。
 もう申請は通ってしまっているし、組んで駄目なら新たに考えればいい。
 実際、有名な超一流の冒険者パーティでも、初期からまるで同じメンバーなんてことは100パーセントあり得ないそうだ。
 みんなパーティの結成と解散を繰り返し、メンバーの入れ替え続けて今のベストメンバーになった。
 友達作りじゃないんだから、当然とも言えるわね。

「まあいいか。それじゃあよろしく」

「よろしくね」

「よろしくな」

「……よろしく(優秀な魔法使いって、あまり細かいことを気にしないのかしら?)」

 私は、自分の親友は今さらとして。
 ヴェンデリンがもの凄い大物なのだと思うことにして、まずは足手纏いにならないよう、努力することを誓うのであった。