「助けてくれてありがとう」
「サンキューね、ヴェル君」
「あのさぁ……。一応俺たちも助けたんですけど……と言っておく」
「悪いわね。本当は、エルヴィン君やリッド君も凄いんだけど……」
「魔法って、マジで反則だよなぁ……」
放課後の午後。
「先に二人が倒していた狼も貰ってしまっていいのかな?」
「さすがに、その権利を主張するほど図々しくないわよ。助けて貰ったお礼として受け取ってちょうだい」
「ボクもイーナちゃんも先立つ物がないから他にお礼に出せるものがなくてね。あっ! なくもないのか!」
「ルイーゼ、ストップ!」
「それに大半の狼を倒したのは、ヴェル君なわけだしね」
実は俺たちが駆けつけた時、現場にはすでに絶命した八頭の狼の姿があった。
二人は自力で八頭の狼を倒していたが、そこで体力の限界がきて、仲間を殺された狼たちの攻撃に対し防戦一方の状態であったというわけだ。
俺たちは、彼女たちが先に倒していた狼の毛皮八頭分の権利は向こうにあると思っていたのだが、二人は助けてもらったお礼として俺たちにくれるという。
ふと横を見るとリッドがもの凄く嬉しそうな顔をしていた。
実入りが増えて嬉しいのであろう。
彼女たちとしては俺たちに借りを作りたくないようで、ここは素直に貰っておいた方がいいと俺は思ったわけだ。
俺たちは、先に狩った獲物を予備校側から指定された冒険者ギルドが経営する買取所へと置いてから、予備校近くにあるレストランへと移動する。
以前は、ブライヒブルク近隣に住む農民のふりをして、商人ギルドカードを使ってバザーで獲物を売っていた俺であったが、今は指定された買取所に持っていくだけなので楽になったものだ。
前の癖で、『解体をしなければ』などと思っていた俺であったが、買取所にはプロの解体者たちがいるので、逆に素人が下手に解体などしないようにと予備校から釘を刺されている。
「あれ? ……ああっ」
買取所の受け付けで俺は、知り合いの商業ギルドの職員と顔を合わせてしまった。
受付で呼ばれたフルネームを聞かれてしまい、身分の詐称がバレたので焦ったのだが、向こうは気にしていないようだ。
あとでエルヴィンが話していたが、『農民の子供のフリをして副業に励む貴族の子供なんて、地方だとさして珍しくもないからな。俺もそうだったし』ということらしい。
さすがに犯罪目的での偽名がバレると大変なことになるが、零細貴族の子供のアルバイト目的の偽名は、身元が確かなので逆に安心されるそうだ。
さらに言うと、ベテランのギルド職員が見れば、農民の子か貴族の子かなんて大体はわかってしまうらしい。
その辺は、さすがはプロと言うべきであろう。
確かに、あの商業ギルドの職員は俺に声さえかけてこなかった。
「8番の札をお持ちの方」
「はい」
結局、猪14頭は毛皮込みで銀貨420枚、ウサギは合計14羽で毛皮込みで銀貨14枚。
そして狼20頭であったが、毛皮込みで銀貨10枚となっていた。
今日の合計は、銀貨444枚で一人頭銅板1085枚である。
2割ほど差し引かれて、1人頭が銅板868枚である。
移動途中で見つけた各種素材が一人頭4320個ほどである。リッドやラトの素材は、本人の了承を得てチーズやミルクといった各種食料品と交換したのだ。
『俺たちは助かるけど何に使うんだ?』
『錬金術だ』
『錬金術士だったのか』
『ああ』
日雇いの肉体労働が銀貨1枚である。
アルバイトとは思えない金額であったが、これはわざわざ遠方の狩り場まで足を運んだおかげであろう。
街の近くで狩りをしている連中は、いつも半分くらいボウズなのが普通だからだ。
それでも近場で狩りをする予備校生が多いのは、街から離れた場所で狩りをすると危険が多いから。
今日の二人のような結果になるのだ。
「知ってはいたけど、今日初めて目のあたりにしたわ」
「目のあたり?」
「ええ、バウマイスター騎士爵家の八男は、かなり強力な魔法が使えるって」
「実際、凄い魔法だったね。ボク驚いたよ」
予備校近くにある学生御用達のレストランに到着した俺たちは、奥のテーブル席に座り、8人分の『本日のお勧めディナー』を注文する。
一人前銅板5枚と少し高めではあったが、肉が沢山入った濃厚なシチュー、川魚のフライ、新鮮なサラダとコスパは非常によかった。
パンは白くて柔らかいものが二ついていおり、飲み物はマテ茶、デザートにアッイプルパイ。
冒険者予備校生に相応しい、お値段分の価値があるメニューとなっていた。
「高いメニューを奢ってもらって悪いな」
「賭けは、エルの勝ちだからな」
外食だと高くつくので、自炊している予備校生も多いと聞くから。
今日のアルバイトで成果がゼロだった人たちは、余計にそうであろう。
「私たちまで奢ってもらって悪いわね」
「今日は思わぬ不幸で実入りがなかったから助かったよ」
「気にしないでくれ。今日は実入りがよかったから」
お腹も減っていたのでまずは目の前の暖かい食事を片付けることにし、デザートまで平らげたあと、食後のマテ茶を楽しみながら話をすることにした。
「しかし災難だったな」
「いやぁ……。1つ目の狼の群れに手間をかけすぎてね」
エルヴィンの慰めにルイーゼがなぜあれほど大量の狼に囲まれる羽目になったのかを説明する。
俺たちと同じく、街から離れた場所で狩りを開始して運悪く八頭の一つ目の群れと遭遇し、狩猟に時間をかけすぎてしまい、十二頭の二つ目の群れをおびき寄せてしまったようだ。
いくら特待生でも、彼女たちはまだ十二〜三歳でしかない。
狼の群れとのダブルヘッダーは、今の時点では荷が勝ちすぎていたようだ。
「実は狩りは初めてだったんだ。ボク、狼があんなにずる賢いなんて知らなかったよ」
ルイーゼの話によると普段の二人は道場や街の中で訓練ばかりしており、狩りというものを経験したことがないそうだ。
そのせいで、スタミナの配分を間違えてしまったらしい。
「狩りをしたことがないのか?」
「別に意外ではないぞ、ヴェル」
「そうなのか?」
「ああ。街に住んでいる貴族なんて、家臣でもそんなものさ」
俺やヴェンデリンやエルヴィンのように、実家が田舎だと貴族でも狩りを行う。
冒険者などまず来ないからだ。
他にも、武芸の鍛錬や趣味と見なされていた。
逆に街の貴族や家臣たちは、狩猟は冒険者や狩人の仕事なのでそれを奪うような真似はしないし、武芸の鍛錬は正式な訓練メニューがあり、狩りの他にいくらでも趣味や娯楽は存在しているというわけだ。
「狼は単独だと、ある程度訓練を受けた人間ならそう苦戦はしないけどね」
狼の怖さは群れで襲ってくることであり、数頭を倒したり傷を負わせても、いつの間にか自分も怪我をしていて、次第に体力を失って最後には寄ってたかって……というパターンで命を落すケースが多かった。
「元々お前さんたちは、パーティの組み方が間違っている」
槍のイーナ、魔闘流のルイーゼ。
どっちも前衛タイプなので、せめてどっちが一人は弓を準備しておくべきであるとエルヴィンは助言した。
「その点うちは、俺は剣も弓も使えるし、ヴェルも弓も魔法も使えるわけで。バランスがいいわけだ」
「バランスは関係ないと思うけど」
「どうしてだ? ヒレンブラント」
「イーナでいいわよ。いい、確かにあなたの剣の腕は優れているし、弓も上手なのはわかる。でも、ヴェンデリンの魔法が凄すぎて全然関係ないのよ。ヴェンデリンなら、その辺の子供と組んでも結果は同じじゃないかしら?」
「そうだね。イーナちゃんの言いたいことはわかる。ヴェル君の魔法って、すでに超一流の冒険者レベルだもの」
イーナの発言に、ルイーゼも賛同していた。
「でなければ、同時に8頭もの狼を魔法の矢で殺せないわよ。魔力の量もだけど、魔法の精度がすでにベテランクラスなのよ」
「ズルいとは言わないけど、エルヴィンは圧倒的にパートナーに恵まれているわね」
「しゃあないだろう。その辺は運だからな」
普通こんな言い方をすると不遜に聞こえることも多いが、エルヴィンには不思議な魅力があってあまり敵を作らない羨ましい性格をしていた。
それに、エルヴィンの言ったことも事実だ。
「エルヴィンの言うとおりね」
「そうだね。これも運。袖振り合うも多生の縁だよ」
「私とルイーゼが前衛、エルヴィンは状況に応じて前衛の剣と後衛の弓を兼用。そして、ヴェンデリンが弓と魔法で後衛と。バランスのいいパーティーね」
「なんか、勝手にパーティが結成されているけど……」
「いいのかな?」
ハクカが勝手にパーティ結成を決めていることに戸惑っていた。
「パーティを結成したいならヴェンデリンに今伝えれば済む話だ」
「そうだよね」
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