ケイの転生小説 - 八男って21
「大きい」

「ああ」

 ブライヒレーダー辺境伯の治める南部最大の商業都市ブライヒブルクを見下ろす山の高台で、僕とハクカは都市に圧倒されていた。
 人口は、二十万人くらいであると聞いている。
 ここまで到達するのに8日もかかったので、余計にそう感じるというものあった。
 ファブレ騎士爵領とブライヒレーダー辺境伯領の間には、自然豊かな雄大なリーグ大山脈と海路があり、数ヵ月に一度商隊が往復するため山道が作られていた。

 とはいえ山道は険しく、高度のせいで朝晩は凍るような寒さとなり、地球よりも凶暴な大きな野生動物に襲われることもある。
 滅多にないが、ワイバーンや飛竜の襲撃にも警戒しなければならなかった。
 そんな山道を往復1ヶ月だ。

 拡張もされたそうで、苦労したのはわかるけど、別に舗装されたわけでもないからわかりにくいなぁ・・・。
 僕は魔法で身体機能を強化し、周囲を警戒しながらハクカを連れてその道を進む。
 最初の難関は、リーグ大海路である。

「すごい」

「ああ」

 リーグ大海路と名づけられただけあって、海である。
 潮臭い臭いと波打つ水飛沫と大量に渦巻く大渦と大渦を悠々とわたる魚達、魚を付けねらう鳥。
 この海をどうやって渡るのかというとリーグ大山脈に続く天然の通路があるのだ。
 リーグ大浮島と名づけられた物であり、水草と塩等で構成された天然の草島があり、時折、島の一部から勢いよく噴出す海水や年中噴出している海水と優雅に泳ぐ魚と海水が固まり白き塊の塩で構成された土である。

「わあ」

 ハクカがぴょンぴょんと飛び跳ねる。
 一部分が沈む、跳ね上がる浮島。

「行くか」

「うん」
 
 このリーグ大浮島は、普通に歩くだけで15日ほどかかる。
 ボクが身体強化してハクカをつれて、1日10時間のベースで移動して2日ほどかかった。
 野生動物や魔物はいないのかというといるにはいるが、噴出する海水に嵌めて倒しているので、陸上は問題ない。問題は、海の動物達である。彼らが短時間なら陸上で生活できる上に噴出する海水すら利用して襲い掛かってくるのだ。

 襲い掛かってくる彼らの気配を感じると『魔法障壁』を展開すれば、問題ない。

 海の動物達や魚は美味であった。

 リーグ大浮島を通る抜けると自然豊かなリーグ大山脈が聳え立つ。
 この山脈にはワイバーンと飛竜が生息しているそうだが、山道やその周辺では滅多に出現しないとも聞いている。
 念のためなのと、どちらかというと野生動物への警戒が主であった。
 このリーグ大山脈は魔物の領域扱いになっているのだけど、比較的魔物が出るエリアとそうでないエリアがわかりやすくなっているそうだ。

 だが、かと言って必ずワイバーンが出ないというわけではないし、野生動物の熊や狼などは頻繁に姿を見せるので警戒は必須であった。
 そんな山脈を歩き、時折、襲い掛かってくる野生動物に鉄槌を下しつつ、魔法の袋に収納しつつ、素材を回収していく。
 リーグ大山脈の山道を普通に歩くと15日ほどかかる。
 この山脈も2日ほど歩いてようやく終わりが見えたのだ。
 後は、リーグ大山脈からブライヒブルクまでの街道を進むと普通に50日ほどかかるが、身体強化で進むと4日ほどで到着する。



「どうした? 坊主、嬢ちゃん」

「お使いで、街に買い物です」

 久しぶりの街に圧倒されたのち、僕とハクカはブライヒブルクの入り口へと移動する。
 近くに、よく冒険者たちが入る魔物の領域『ブライヒブルク大森林』があるので、このブライヒブルクは高さ三メートルほどの防壁によって囲まれていた。

 とはいえ、魔物が今までに己の領域から外へと侵攻した例は条件を満たさない限り一回もなく、多分これは対人間用なのであろう。
 長らく戦争もないヘルムート王国であったが、完全に平和というわけではない。
 貴族同士による領地や水利権などが原因の小規模な小競り合いなどは、数年に一度は必ず発生するからだ。
 領地が接している貴族同士にはこの手の争いが多く、ブライヒレーダー辺境伯家も近隣に数家仲がよろしくない貴族家が存在すると聞いた。

 ちなみにファブレ騎士爵家には、そんな利権争いをする貴族などは存在しない。
 リーグ大山脈や海路によって、物理的に隔離されているからだ。

「坊主、嬢ちゃん。身分証はあるのか?」

「ないです。商業ギルドで会員証を作ろうかと」

「そうか。身分証がないから入街税の銀貨一枚は払えるのか?」

「大丈夫です」

 身分証は、農村などでは発行してくれる場所がないので持っている人間は少ない。
 発行してもらうには、ギルドがある都市まで出向く必要があったからだ。
 7歳ぐらいの子供が加入できるギルドだと商業ギルドか工業ギルドがある。商業を生業とする商業ギルドに対して、工業ギルドは職人や生産職を生業とする人を支援するギルドである。
 職人や商人の世界では、僕くらいの年齢の子供でも丁稚奉公をしているケースがなくもない。
 しかも、師匠や親方の命令でブライヒブルクにお使いに行くケースも多く、比較的簡単に身分証を作れるようになっていた。
 ちなみに冒険者ギルドは、15歳以上の人間で、冒険者予備校を卒業した人間でなければ加入できないようになっている。

「なるほどな。そのウサギを売るのか」

 門番の兵士は、僕とハクカが腰にウサギの皮を数枚ぶら下げているのを確認する。
 これは、山道の途中で得た成果であった。

「はい、なにかを売る際には商人ギルドの会員証が必要だと聞きましたので」

 正確には、身分証が必要であったのだ。
 街の住民は最初から身分証を持っているし、各種ギルドに所属していれば会員証がその代理を果たす。
 品物の売買の際には、防犯のためにこれを提示する義務があった。
 僕たちは門番に入街税銀貨1枚を支払ってから、ブライヒブルクへと足を踏み入れた。
 この入街税は、街に入る際には必ず支払わなければいけないものだ。
 銀貨1枚は高いのだが、身元不確かの人間に対しての措置であり、身分証さえ作れれば、銅貨1枚の支払いで済むのだ。
 銅貨一枚なのでそれほどの金額でもないが、定期的に出入りしている人には結構負担になるかも知れない。
 ちなみにこの世界の通貨制度であったが、これはリンガイア大陸ではすべて統一されている。
 ヘルムート王国とアーカート神聖帝国では貨幣のデザインが違っていたが、条約によって使われている金・銀・銅などの量が統一されていたので、別にどちらを使っても問題にはならなかった。

 あとは、貨幣の種類と価値であったが、お金の単位はセントが採用されている。

 ただ、貨幣経済に触れる機会が数ヵ月に一度やって来る商隊から売り買いすることくらいしかなく、普段は物々交換で済ませてしまう我がファブレ騎士爵領では、滅多に耳に入らないワードではある。

 銅貨一枚で一セント、銅貨十枚で銅板一枚で十セント、銅板十枚で銀貨一枚で百セント、銀貨十枚で銀板一枚で千セント、銀板十枚で金貨一枚で一万セント、金貨十枚で金板一枚で十万セント、金板十枚で白金貨一枚で百万セント、白金貨十枚で白金板一枚で1千万セントとなっていた。

「商人ギルドへようこそ。会員証の発行ですね。必用事項をこの書類にお願いします」

 門番のお兄さんに教えてもらった商人ギルドがある大きな建物へと入ると、そこには様々な用件で訪れた人たちでごった返していた。
 会員証発行窓口と書かれた窓口で座る若いお姉さんに話しかけると彼女は口調は丁寧ながらもマニュアルに沿った対応で僕たちに書類を書かせる。

 とはいえこの書類、書くのは名前と出身地くらいであった。

 住所は村の名前を適当に、名前はルークのみで姓を持たない平民の子供の振りをすることにした。

 虚偽記載ばかりであったが、犯罪さえ犯さなければこの程度の虚偽では問題にはならないらしい。

「初回の会員証発行は無料です。ですが、再発行には再発行手数料として銀貨一枚がかかりますので失くさないように注意してください。それとバザーで品物を売る際には、常駐の責任者に位置の指定を受け、品物が売れた際には売り上げの1割を納めるようにルール違反には、厳しい処置が待っているので悪しからず」

 どこまでも事務的な受付のお姉さんの元を辞した僕とハクカは、バザーなるものが行われている区画へと向かった。
 受け付けのお姉さんの説明どおりに街のメインストリートに繋がる少し細い路地に入ると、そこでは数百人もの老若男女が道の端でゴザを広げて様々な品を売っていた。
 中には僕とさして年の違わない子供たちもいて、なるほど僕が商業ギルドの会員証を求めても受付のお姉さんは特に驚きもしなかったはずだ。

「坊主、嬢ちゃん。お父さんの手伝いなのか?」

 バザーを仕切るギルド職員の中年男性に話しかけると彼は僕とハクカが親が狩った獲物を売りに来た子供だと思ったようで、優しい声を返してきた。

「自分で罠を仕掛けて獲りました」

 別に魔法が使える事実を公表する必要もないので、僕は自分が住んでいる村の近くで罠を仕掛けてウサギを獲ったのだと説明した。
 よく見ると、他にも同じように罠でウサギや鴨を獲って売っている子供の姿も確認できた。
 ホロホロ鳥は……獲るのが難しいので視界の中には売っている人を確認できないな。

「へえ、小さいのに腕がいいんだな。あそこの空いている場所で売るといい。ウサギの毛皮と肉か。常に足りない状態だから、すぐに売れるだろうさ。今の相場は、肉と毛皮で一羽銀貨3枚くらいかな?」

「おしえてくれてありがとうございます」

「いいってことよ」

 指定された場所に行く途中で他にも狩ったウサギの毛皮と肉を売っている人を見たが、値札はみんな銀貨3枚からであった。



 胸下まで伸ばした赤い髪をポニーテールをしたスカートを穿いた少女がルークとハクカを見ていた。

「イーナちゃん、どうしたの」

 それを不審に思った青い髪の道着姿の子供が尋ねた。

「あ、ううん」

「・・・バザー?商人ギルドがやっているやつだよね」

「同じくらいの年の子が自分で獲ったってウサギ売りに来てたからついみちゃった」

「いいなぁ、ボクたちも自分で狩りが出来たらいいのにね」

「家の事を考えたらいい顔をされないでしょうし・・・仕方ないわ。将来冒険者として身を立てるためにも今は鍛錬に励みましょう」

「そうだね・・・へへ、イーナちゃんがいてよかったぁ」

 青い髪の子供が笑みを浮かべながら言う。

「私もよ、ルイーゼ」

「一緒に頑張ろうね」

「そうね」



 僕たちは売却に時間をかけたくなかったので、標準価格である銀貨3枚を売価に設定し、持参したゴザの上に14羽のウサギを並べる。
 すると、すぐに声をかけてくる男性がいた。
 見た目はいかにも商人風の四十歳前後の男性であった。

「お父さんのお手伝いかな?」

「いえ、自分で罠を仕掛けて獲りました」

「ほう、その若さでいい腕をしているんだね。肉も新鮮だし、毛皮のなめし方もいい」

 血抜きも、解体も、皮のなめしも。
 プロの最高級品には劣るものの、魔法を使えばそこそこの品質でできるから当然といえば当然であった。
 その魔法を習得する手間と獲物にトドメを刺し解体することへの抵抗感の方が難題であったほどなのだから。
 前世では、肉はスーパーなどでパック詰めしたものしか買ったことがないので、当然と言えよう。
 特に困ったのが、血や内臓を抜く工程であった。
 アレは、元現代人にはそう簡単に慣れるものではないとだけ言っておこう。

「全部貰おうかな。また売りに来てくれると嬉しいな」

「「ありがとうございます」」

 ウサギは全部で銀貨42枚で売れた。

「すみません、品物が切れました」

「坊主、嬢ちゃん、早いな。いい品だったし当然か」

「売り上げは銀貨42枚だな。1割分の税金だから銅板42枚ほど納めてくれ」

「わかりました」

 すぐに売り上げの1割の銅板42枚をギルド職員に納める。

「早く売れてよかったな。この後はどうするんだ?」

「父に頼まれて、お米を買って来るようにと」

「米の相場は、十キロで銅板5枚くらいかな? 産地とか、品種とかでもかなり違うけどな。一番近い米屋はメインストリートを北に行ってすぐだ」

「ありがとうございます」

「おう、いつでもこいよ。坊主達ぐらい腕がよければ大歓迎だ」

 僕はギルド職員にお礼を言い、近くの米屋で十キロ銅板5枚の米を買ったのだ。

「後は、帰るだけか・・・ただ時間が余ったな」

「ルーク・・・おみせみてみたい」

「お店か」

「うん」

「そうだな」

 僕たちは、お店を見て回ることにした。
 食料品店を見て回ると

 リンゴ 1個   2セント
 大根  1個   1セント
 小麦粉 1kg  5セント
 パン  1斤   10セント
 炭   1kg  10セント

 だった。
 これが高いか安いかで言えば、日雇いの日給が50セント、職人の日給が200セント、大工の日給が300セント

 である。
 1家の平均年収が9万セントである。
 一家の食費が4万セント、燃料費が7200セント、水代が840セントで合計5万セント。
 残金が4万セントである。医療費や娯楽費等で差し引かれるので実際には2万セントぐらいしか残らないのではないかな。

 大体の食品の相場が分かった。
 
 ふわ

 と匂いが漂ってきていた。
 匂いの場所を見ると

 食堂か?

 いい匂いだな

「ルーク・・・ダメ」

 ハクカが僕を見ながらいう。

「いいよ・・・僕もおなかすいたからな」

 食堂に入りシチューを注文した。

「たのしみだよね」

「ああ・・・そうだな」

「お待たせしました。お待ちのシチューです」

 具沢山のシチューが来た。
 僕とハクカは、手を合わせていただきますをしてから食べた。

 ハグハグ

「おいしい」

「ああ」

「「ご馳走様でした」」

 やはり食は栄養だけではいけない。
 味にこそ真髄があるのだ。
 パンとチーズだけで言い訳がない。
 最も最近のファブレ領は、季節の野菜類が収穫できるようになってきている。
 食事の内容は、パンとチーズと野菜スープとサラダと多少は増えている。ただし、野菜スープとサラダは、塩のみで出汁なし、パンは、ボソボソしたものである。
 1年前より遥かにマシな食事といえるが、具沢山のシチューを見るとなんとも言いづらい物がある。
 
「2つで銅貨10枚になります」

 銅貨10枚ほど支払い、お店を出た。
 道中、ハクカと先ほどのシチューの感想を言いながら帰った。

「はい、これ」

「・・・え・・・ルークが倒したんだよ」

 僕は、ハクカに売れた金額の半分、銅貨1890枚ほど手渡した。

「ハクカがウサギを半分持ってくれたり毛皮をなめしてくれたおかげだよ」

「でも」

 尚も渋るハクカ。
 ハクカを困らせたくない。
 困っているとハクカの母親が出てきて、ハクカを説得してくれた。

「・・・ハクカ・・・」

 ハクカの母親がなにやら耳打ちをした。

「(・・・ハクカがルーク様の手助けしたのだから、受け取る権利があるわ。困った顔をするより笑顔でお礼を言った方がいいわ」

「(おかあさん・・・はんぶんはおおいとおもうよ)」

「(それならハクカがお礼に料理を作ってあげればいいのよ)」

「(おかあさん・・・わたし、おりょうりできないよ?)」

「(私が教えてあげるわ)」

「(・・・うん)ありがとう、ルーク」

「おう」

 ハクカの笑みに見惚れながら頷いた。