ケイの転生小説 - 八男って19−2
「おいっ、俺たちは結婚したんだよな? せめて口くらいは利いてくれないか? 知らない仲でもないんだから」

「……」

「相変わらず強情だな。マルは」

 無事、ファブレ騎士爵家の跡取りであるマリオ兄貴が結婚したので、その弟で次男である俺も分家に婿入りすることとなった。
 他の弟たちみたいに領地を出て行かず済んだが、はたしてそれが本当に幸せなのかどうか……。
 俺が嫁ぐ分家は数年前、先々代ブライヒレーダー辺境伯の脅迫でファブレ騎士爵家諸侯軍を率い、大半の兵士と共に俺の大叔父にあたる従士長と、その息子三人全員が戦死してしまったのだ。
 分家には男子の孫もいたのだが、いろいろ不幸が重なり、女子しかいなくなり、そこに俺が婿入りすることになった。
 出兵時に本家で戦死した男子はおろか、一人も従軍していなかったため、分家の女性たちは本家に対し隔意を感じており、まあ感じないわけがないのだ。

 彼女たちは協力し合って懸命に家を保ってきた。
 開墾にも参加するし、自ら弓を使って狩猟もする。
 諸侯軍が壊滅状態のまま機能していないこともあって、これまで女性だけでもなんの問題もなかったのだ。
 どうせ諸侯軍とは言っても、たまに領民たちを集めて装備を点検、掃除、修理して、あとは狩りに出かけるだけだったのだけど。
 孤立したファブレ騎士爵領が他の貴族たちと紛争になるわけないし、治安維持といっても犯罪者なんて滅多に出ない。
 夫婦喧嘩が酷くなったとか、酔っ払って領民同士が喧嘩したとか、せいぜいその程度のものだ。
 軍隊っぽい訓練なんて、どうせ時間がないからできないしな。

「結婚式が質素だった点は謝るよ。俺は謝ってどうこうなる問題でもないけど」

 マリオ兄貴の結婚式とは違い、俺の結婚式は恐ろしいほど質素だった。
 その理由は双方にあり、分家は本家などまったく信用していないので、お金を使って豪華な結婚式を挙げたくなかったのだ。
 親父やマリオ兄貴からすれば、分家の結婚式が本家よりも豪華だったら本家と分家の上下関係のケジメつかないと思った。
 これに加えて、すでにオットーたちは領地を出ていたので、俺の結婚式に参加できなかった。
 参加しても出す飯がない……なんか自分で言っててなんか悲しくなってきたな。
 本家からは親父、おふくろ、マリオ兄貴、ティアナ義姉さんだけが参加して、少し豪華な食事会をして終わりだった。
 それは別にいい……よくはないが、 マルを始めとして、分家の女子たちは本家の男二人が大嫌いだ。
 それを口に出さないだけの分別……本人たちがいないところではボロクソ言っているがな。悲しいことに、すべて指摘どおりであったが……はあったので、まるで紙に書いてそのまま顔に張り付けたかのような笑顔で、分家の女性たちは親父やマリオ兄貴と話していた。

 その社交辞令から一歩も出ない会話は、花婿である俺の背筋を凍らせるのに十分であった。
 例外として、おふくろとティアナ義姉さんには好意的だったけどな。
 ただその理由が、二人は外から嫁いできて苦労しているからというのだから、ただ乾いた笑いしか浮かんでこない。
 俺から見ても、おふくろとティアナ義姉さんは大変そうだからな。
 同じ女性同士、共感し合うものがあるのであろう。

 最後、引き出物にとっておきのハチミツ酒が本家に送られたが、おふくろとティアナ義姉さんは口にできるかな?

 できれば一杯だけでも飲んで心を落ち着かせて欲しいところだが、俺はもう本家から出てしまった人間だからなぁ……。
 贈った引き出物を誰が飲むか、なんてことに口を出せるわけがないのだから。

「(それにしても、親父もマリオ兄貴も渋いよな)」

 結婚式に、異母弟のダスティンは仕方がないにしても、おふくろが産んだルークまで呼ばなかったのだから。
 とにかく質素な結婚式は終わり、晴れて俺は正式に分家の当主となった。
 これまで分家を取り仕切っていたマルを妻とし、本家と力を合わせてファブレ騎士爵領の発展に力を合わせていく……のは、少なくともしばらくは難しそうだな。

 なぜかと言うと、俺はマルの夫になったというのに、いまだに夫婦生活がなかったからだ。
 そういうことがなければ跡継ぎが生まれないわけだから、次世代では関係が修復するなんて夢は見られないわけだ。
 俺は個室が与えられていたが、この三日間ずっと一人で寝ていた。
 結婚しても童貞……貴族の次男以下で、結婚できなくて童貞は沢山いるけどな。
 こういうケースって、珍しいかもしれないな。
 毎朝同じ時間にマルに起こされ、一緒に食堂で食事をとるが、まったく会話がないので静かなものだ。
 子供の頃は一緒に遊んだりもしたんだが、やはり出兵の件が大きく響いていたわけだ。
 分家の人たちからすれば、俺は大叔父の仇みたいなものなのだから。

「(やれやれ、この針のむしろ状態はいつ終わるのかね?)」

 朝食をとりながら、俺はそんなことを考えていた。
 食事は本家よりもマシなものが食べられるので、それだけは婿入りしてよかったと思う。

「マル、今日も本家が人を出せと言ってきているけどなんとかならないものかねぇ……」

「それでいて、いつハチミツ酒作りを再開するのだとか抜かしているんだからね。あの親子は計算も想像もできないバカなんだろうね」

「開墾の指揮だけ執っていたら、領主面できて満足なんでしょうね。頭の中がおめでたくて羨ましくなるわ」

 いざとなると男性よりも女性の方が強いと聞く。
 婿入りしたとはいえ、元本家の人間がいる前で、親父とマリオ兄貴の悪口を言いたい放題。
 二人は俺に、『本家に対する不満が多い分家をコントロールするためだ』と言って送り出したのだが、これはかなり難しそうだな。
 それによくもまあ、あの二人も簡単に言ってくれるものだ。
 それに、マルたちが言っていることも間違ってはいない。
 男手というものがほぼ消滅した分家に対し、開墾の手伝い、通常の農作業、狩猟採集、ハチミツ酒造り、そして有事に諸侯軍を編成できるようにしておけだなんて、計算ができないバカ扱いされても仕方がないだろう。

「(俺はこの家を追い出されると、行く場所がないからなぁ……)開墾の手伝いは俺だけで行く。マルたちは、家の中の仕事をやってくれ」

「それでいいの?」

 突然発言した俺を新妻のマルが不思議そうな表情を浮かべて見つけた。
 それも当たり前か。
 本家からのスパイだと思われている俺が、分家のために動くと宣言したのだから。

「いいも悪いも、人員と作業量のバランスが取れていないんだ。特に開墾なんて力仕事で男がやるのが普通なんだから。俺が出ることで勘弁してもらう」

「それで本家の連中が許してくれるならいいけどね」

「突っぱねるしかないな。一応俺はファブレ騎士爵家の従士長で分家の当主だ。一族が割れるのは困るから、受け入れはするんじゃないかな」

「……」

 朝食が終わり、身支度を終えた俺は、開墾現場へと出かけようとした。
 すると、またもマルが声をかけてきた。

「どうした? マル」

「はい、これ」

「お弁当か」

 なんと、マルが俺にお弁当を渡したのだ。
 こんなことは当然初めてだ。

「いいのか?」

「まさか、本家の連中がお昼になにか食べさせてくれると思っているの?」

「それはないな」

 俺はもう本家を出た人間だからな。
 俺に昼飯なんて出してくれないだろう。

「そこまでおめでたい性格はしていないな」

「だったら、倒れられると困るんだから」

「ありがとうな、マル」

「お弁当くらいでそこまでありがたがらなくてもいいわよ」

 昔からそうだが、マルはちょっと素直じゃないところがあるからな。
 いまだギクシャクした夫婦である俺たちだが、 これから上手く行ってくれればいいなと思いながら、俺は開墾作業の手伝いに向かうのであった。