ケイの転生小説 - 八男って13
「ですが・・・」

「そろそろ、私も限界なのですよ。意識と理性をなくし、本能だけで人を襲うゾンビにはなりたくありません」

 先生から最後に卒業試験として、聖魔法で自分を成仏させてほしいと頼まれてしまった。
 だがさすがにそれには、少し躊躇してしまう。
 僕は返答を保留していると先生は早く自分を成仏させて欲しいと懇願してきた。

「私は、極めて優れた魔法使いであったと思います。だからこれだけの長時間、肉体を保ちながら意識と理性まで保持していたのです」

 普通の語り死人は、長くても一年間ほどしかその形状が保たないらしい。
 それを超えると今度は次第に意識と理性が消えていき、肉体も徐々に腐ってゾンビと大差がなくなるのだそうだ。

「私にはもう時間がありません。我が最後の生徒、ルーク・フォン・ストラトス・ファブレ。私を最後に安心させてくれませんか?」

「先生……わかりました……」

 僕は、先生から渡されている手引書の最後の項目である『聖』の魔法のページをめくり、そこに書かれた内容を一読する。
 本には、基本的な概念しか書かれていない。
 この魔法が使えるのかは、本当に僕の適性のみにかかっていたのだ。
 本の内容をすべて頭に入れてから、まずは聖魔法の発動を目指す。
 だがさすがに特殊な魔法だけあって、最初はろくに発動すらしない。

「コツといえるかどうかは分かりませんが、治癒魔法が水系統なのは、人間の身体には水分が大量に含んでいるからです」

 体内の水に作用するイメージを浮かべると水系統の治癒魔法は効率よくかけられるようになる。

「攻撃魔法も同じで、空気中の水に作用するようにイメージをすると威力がまします」

 体内や空気中に水分が含まれているのは、学者が証明している。
 学者や大貴族などの知識層は知っている人が多く、それ以外にも魔法習得のために習った魔法使いも多かった。
 僕も先生に教わり、前世で学んだ知識や経験を思い浮かべながら魔法の修練に励み、魔法の効率化に成功した。

 どのくらい効率が良くなったのかというと200mlの水を生み出すのに10の魔力が必要だったのが、空気中の水分を水になるようにイメージすると2の魔力で済むのだ。

「ここまではいいかしら?」

「はい」

「それで聖魔法ですが・・・」

 聖魔法は、人間の体内にある生命力を魔力で複製するようなイメージを浮かべる。

「魔力で複製ですか?」

「魔力で複製するから何の影響もないわね」

「・・・・」

「体内の生命力を一箇所に集めて、その上澄みを体内にある魔力で複製します。上澄みの生命力は魔力で複製が終わると不要なので、元に戻します。魔力で複製した生命力を着火させるイメージを浮かべてください」

 徐々に聖系統特有の青白い光が両腕から出てくようになってきた。
 光の強さも練習を繰り返す度に強くなり、特にアドバイスすることがないようで、先生はなにも言わずに笑顔で僕を見つめていた。

「見本を見せられなくてごめんなさい」

 突然申し訳なさそうに先生が言うが、語り死人というアンデッド系の魔物になっているので、聖の魔法が使えなくなっても当たり前としか言いようがなかった。

 そして一時間ほどの時間が経った。

 数十回と魔法の練習を重ねた僕は、ついに『聖光』の習得に成功していた。

「先生」

 僕は、先生の魔力量の多さから浄化に失敗することを悟った。
 今の僕の魔力量は、『月のペンダント』『ミーミルの杖』を装備して30万ぐらいの魔力量があるのだ。この魔力量は、大よそ、上級・中の魔力量である。
 先生の魔力は、100万ぐらいある。この魔力量は、大よそ上級の上である。
 語り死人でもある先生なので聖の魔法だとものすごく効果を発揮して、先生を浄化するのも出来るだけの攻撃力を有していたのだが、僕の『聖光』の熟練度が低いのと魔道具のブーストを含めると威力は、75万ぐらいである。先生の防御力は、大よそ100万である。

「今のルークでは、私を浄化することは不可能でしょう。長年、『聖』の魔法を使っている方なら、私を浄化できるだけの威力は放てるでしょう。ですので・・・『器合わせ』をしようとおもいます」

「『器合わせ』ですか?」

「はい」

 これまで完全に独学の僕は知らなかったが、これは短期間で一気に魔力量を上げる修練方法らしい。
 お互いに両手を握り合って輪を作り、双方の体に徐々に大量の魔力を循環させていく。
 すると魔力が少ない人の魔力量が、魔力が多い人と同量になるそうだ。

「ただこれは可能性の問題ですね。最初からその人の最大魔力量は決まっているから、それを超えて魔力量が増えることは魔道具でも使わない限りありえないのです」

 簡単に説明すると魔力量が10の人と100の人が器合わせを行った場合、理論的には魔力量が10の人は100になる。
 だが、その人の魔力限界値が10の場合にはまったく成長しないし、30だと30までしか上がらない。
 もし200の場合でも100までしか上がらないので、これをしたからといって修練をサボっていいわけでもないようだ。

「あの……。そんなに急に魔力量を成長させて大丈夫ですか?」

「命の危険はありませんけど、限界魔力量が低い人に一気に大量の魔力を流すと魔力酔いで二〜三日具合が悪くなります」

 そんな説明を聞きながら、僕と先生は両手を繋ぐ。
 それから共に目を瞑り、双方が体内の魔力を沸き上がらせながら、お互いに繋いだ手から相手の魔力路を経由して、魔力袋へと魔力を流すイメージを思い浮かべる。

 すると次第に、先生の手から膨大な魔力が流れ込むイメージが頭に思い浮かんできた。
 十分間ほどこの状態が続いていたが、突然一気に魔力の流れが止まってしまう。

「はい、これで器合わせは終わりです」

 『器合わせ』が終わって双方が両手を話す。

「やはり見込んだ通りですね。今のルークは魔力量だけなら私に匹敵するレベルになっています。でも、まだそれが限界でもない。ルークは、歴史に残る素晴らしい魔法使いになれますよ」

「そうなんですか?」

「・・・鍛錬を続ければ大丈夫ですよ。さて・・・・いよいよですね」

 先生を成仏させる時間になり、僕は柄にもなく鼻を啜り涙を流しながら『聖光』を発動し、それを指先に貯めていく。
 生前、高位の魔法使いであった先生が魔物化している以上、それを成仏させるためには、相当な威力の『聖光』を放たなければいけなかったからだ。

「先生」

「私は満足しています。このまま天地の森の奥地でゾンビとして彷徨うところであったのを、こうして生徒に自分の技を伝えることができました。安心していけますよ」

「先生」

 僕は涙が止まらなかった。
 この世界の魔法習得は、確かに自分だけでなんとかしなければいけないのが現実だ。
 なぜなら、自分で有効であった修練方法が他の人に適合する確率がかなり低かったからだ。
 だが先生の鍛錬方法は、まるで奇跡のように僕に合っていた。
 この1ヶ月で得た成果は、自分だけで修練していたら何年もかかっていたであろう。

「このまま慢心することなく努力を積み重ねてください。君は……ルークは、必ず歴史に名を残す魔法使いになりますよ」

「はい……」

 涙と鼻水を啜り上げ、僕は貯めていた『聖光』を先生に向かって放つ。
 すると先生は、一瞬にして青白い光の渦に包まれた。

「いい魔法です。まるで苦痛を感じません。むしろ心地良い暖かさに包まれているようです」

 その言葉とは裏腹に、先生の体は徐々に見た目が薄くなっていった。
 今にも向こう側が透けてしまいそうで、本当にもうすぐ先生は消えてしまうのだ。

「先生、今までありがとうございました」

「ルーク、気持ちよく成仏させてくれてありがとうございます」

 その言葉を最後に先生は魔法の袋を残し、その身を青白い光の粒子へと変え、天に昇って行ってしまった。

「先生……」

 これが、僕が唯一先生と認めるアティとの短い交流のすべてであった。



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