しばらく歩くと、誰かが来る気配がした。
がさり、という草を掻き分け、踏みつぶす音と共に現れたのは異形の生物だった。
長く尖った耳と鼻。頬まで裂けた口から見え隠れする鋭い牙。獣の皮を腰に巻き付け、手には、頑丈そうな棍棒。
身長は、僕より少しだけ高かった。肌の色は深緑だろうか。土で薄汚れているので、地肌があまりよく見えない。
「ゴブリン……なのかな」
小説の挿絵やゲームで見たことのあるゴブリンらしき風貌をしている。それが二体、じりじりとこちらに、にじり寄って来る。
見た目は醜悪だが、敵と判断するには早い。知能があり、まともな性格をしたゴブリンが出てくる物語を幾つも目にしてきた。スキル表にも『ゴブリン語』があった点も考え、意思の疎通ができる可能性は高い。
「ええと、戦う気はありません」
手にしていた剣を地面に突き刺し、両腕を軽く上げる。戦意が無い事を表現して、何とか微笑み話しかけたが、相手は棍棒を構えたまま下ろす気配はない。
「言葉ワカリマスカ?」
一か八か人間の言葉が通じる可能性に賭けてみたのだが、相手は更に警戒を深め、飛びかかってきた。
「魚人に続いて、ゴブリンも駄目なのか」
剣を構え、向かってきた1匹に『気』を発動させ、斬りつけた。
1撃で、瀕死になっていった。
斬る感触に顔をしかめながら、もう1匹のゴブリンに視線を向けると僕は、驚いた。
そのゴブリンの左手には、かじられた跡のある――人間の右腕があった。その腕の手首には金属製の腕時計があり、あれが転移者の腕であるのは間違いない。
ピクリとも動かなくなった死体を見つめ、僕は吐き気を堪えていた。
相手の体を観察していた僕の目の前で、ゴブリンの死体が発光を始めた。
ゴブリンの死体が光の粒子となり、大気へと溶けていく。
足元には身に纏っていた毛皮や棍棒、それに食べかけの腕が残されている。そして、もう一つ、さっきまではなかった物があった。
僕は薄汚れた親指程度の宝石を指で摘まんだ。
僕は、ゴブリンたちがやってきた方向に向かうことにした。
転移者の引き千切られた腕から腕時計を取り外すと左手に巻いた。
僕は、転移者の腕を毛皮に包み進むことにした。
暫く歩き続けていると嗅いだだけで嫌な気分になる臭いが微かに漂ってきた。
血の臭いが徐々に濃くなっている。ゴブリンたちが死体の断片を持っていたということは、そういうことなのだろう。
「何もないか」
僕は、足早に進む。
すぐ近くまで寄ると、足元からぐにゃりと何かを踏んだ感触が伝わってくる。
「見たくないけど、時間をかけるわけにはいかない……なっ!」
意を決して足元に目をやると、嫌な予想は的中したようで、そこには無数の肉片が散らばっていた。
あの肉がこびり付いた白いのは骨なんだろうな。
周辺の草には血がべっとりとこびり付き、血の臭いが充満している。
視線を向けると――目が合う。
目を限界まで見開き、口元から涎を垂らした生首とご対面した。
「うっ」
予想はしていたが、だからと言って驚かないかは別問題だ。心構えがあった分、大声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
見たところ、二十代前半といったところか。短髪の特徴のない顔をした男性だ。
これ以上見つめ合う理由もないので、生首から視線を逸らし生徒手帳を探す。ここは乾きかけている血と肉片が見当たるばかりで、生徒手帳が見当たらない。
となると、お肉の下か生首の下あたりにあるのか。
僕は、埋葬用に穴を掘りながら、先ほどの右手を穴に入れ、毛皮を手袋代わりに手に装着し肉片と生首も穴に入れ、埋葬した。
その下にあった生徒手帳を手に取った。
『魂喰らいが発動しました。スキルポイントが手に入りました。魂を死を司る神に献上します』
やはり声が聞こえる。
周囲を見渡すが誰もいない。
一つ目の生徒手帳を手に入れた時と同様に血を拭き取り、中を拝見する。
名前年齢性別にざっと目を通す。そこは特に必要としない情報だ。
ステータスにポイントを『体力』以外何も振っていないな。ということは自滅か。ゴブリンに殺されたのではなく、死体をゴブリンに食われただけのようだ。
スキル欄には結構な数のスキルが記載されている。
『鍛冶知識』『鍛冶』『採掘』『採石』『採掘知識』『鉱石知識』『精錬』
【スキルを選んでください】
「スキルを選ばなかったらどうなるんだ?」
【その場合は、自動的に獲得されます】
どうやら強制のようだ。
『鍛冶』
を選んだ。
アイテムは何を所有しているんだ。
『アイテムボックス』
アイテムボックスがダブってしまった……まあ、かさばる物でもないし、二倍物が収納できるのだから、後で探して頂いておこう。他には何があるのかな。
『採掘セット』
『鍛冶セット』
最後のひとつに『大きな毛布』が入っていた。
周辺からアイテムボックスを探し出し、その中に採掘セットと鍛冶セットと毛布も入れておいた。
アイテムを貰い受けた彼の遺体にも手を合わせておく。
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