ケイの転生小説 - 自分が異世界転移60
「皆、無事か!」

 土屋さんは、丸太を糸で操り前方に見える敵を優先的に倒していく。

「おう、今のところ問題なしっ」

 居合による抜刀術により、近寄る敵が瞬時に切り伏せられていく。
 権蔵の目は真剣そのもので、攻撃に集中することにより、雑念を追い払っているのだろう。

「前に、まだまだ敵が沢山いるよ」

 存在感が全くない草の塊が前方に現れた。
 かなり前まで進み状況を確かめにいっていたゴルホが、いつの間にか戻ってきている。

「ゴルホ先まで行き過ぎ」

 サウワも途中まで付いていったようなのだが、ゴルホの隠蔽技能には届かないようで、無理せずに直ぐに戻ってきた。
 サウワとゴルホの二人だけなら、この包囲網を突破できそうなので、先に逃げるように言い聞かせたのだが、決して首を縦に振らなかった。

 こんな会話を交わしながらも、サウワは手にしたミスリルの鎌をオークの首に滑らせ、喉笛を掻っ切っていく。
 ゴルホは近寄ろうとするオークの足元に地面を操作して凹凸を作り出し、躓かせてから、オーガから譲り受けた槍で止めを刺していくスタイルだ。

 光お姉ちゃんは、僕にお姫様抱っこされながら風でオークを倒していた。
 僕は、左手で剣を振り下ろし、オーガたちを切り下ろす。

「桜、ついてこられるかい」

「大丈夫です! 私の事は気にしないでください!」

 顔は緊張で強張っているが、息に乱れもなく走り方も安定している。体力的にもまだ余裕がありそうだ。
 それよりも問題は後方に続くオーガたちか。

 60近くのオーガがいたというのに、逃避行中に半数近くが命を散らしている。
 何名かのオーガは後方から追いかけてきたオークを足止めする為に、その場に残り時間を稼いでくれた。
 彼らの命を無駄にしない為にも、僕たちは生き延びなければならない。

「もう、何匹倒したのかも、わからないぜっと」

 木の上に潜んでいたオークの射手を権蔵が水月で叩き落とす。
 それでも数が多すぎるので、僕と土屋さんが攻撃するが全ての射手を葬るには数が足りなすぎる。

 矢が一斉に放たれ、雨のように降り注ぐ。

「光お姉ちゃん」

「ええ」

 光が風の渦を広範囲に張り巡らし、矢をそらしていく。
 どれぐらいの時間を走り続けているのか。時計を見ればわかることなのだが、その動きですら億劫になるほどの疲労感がある。
 いやな予感がするな。

「土屋さん! 方向はこっちでいいのか?」

「ああ、オークやハイオークの包囲網が一番薄いのはこの方角で間違いない!」

 土屋さんは、前方の敵を斧で薙ぎ倒しながら、そう答えていた。

「あと少しで、森の切れ目に到達する! そこから先は小さな草原があり、また森があるが、オークたちが配置されていない! 頑張れ、みんな!」

 もう返事を返す元気もないのだろう。全員がほんの少し頭を下に揺らした。
 ゴルホは土使いの能力を使い過ぎで、もう精神力が尽きかけているようだ。ギリースーツで表情は見えないが、走る速度が少し落ち、体が時折左右に揺れている。

 サウワ、権蔵、桜、光お姉ちゃん、ルイちゃんも疲労の色が濃い。後方からついてくる数少ないオーガの生き残りも同様だ。まだ、脚を止めるわけにはいかないが、ある程度引き離したら、何処かで休憩しなければならない。

 密集する木々の間から漏れる光が、段々と強くなっていく。

 もう少しで一時的だが森が終わるようだ。ここを越えれば、身を隠す場所もない草原に入り。再び森に入った際には、少し斜めに方向を変え、追っ手を撒くしかない。

「よっし、森から出るぞ!」

 木々の間をすり抜け、飛び出した先には膝下まで雑草が伸びた平原が広がっている。
 森にぽっかりと開いた直径1kmもない空き地みたいな平原なのだが、そこに魔物の影はない。

「一気に平原を突っ切るぞ! もう少し耐えてくれ!」

「ゴルホ、すまないが土に罠の気配がないか、調べてもらえるか」

「……うん。だ……い丈夫。土は普通」

 土屋さんは、大きく横に傾いたゴルホの手を取り、ゴルホを肩に担ぎあげた。

「走れ……る」

「いいから、少しでも体力を回復しておいてくれ。まだ、ゴルホの力が必要になるから」

 平原の中心部まで達したところで土屋さんが立ち止まった。

「すまない……みんな。やはり、罠だった」

「どういうことですか、土屋さん!」

 立ち止まった土屋さんの周りに仲間とオーガが集まる。
 その顔には不安と言う文字が具現化した表情があった。

「周囲を完全に囲まれている。その数も敵が何であるかも不明だ」

 その言葉を肯定するかのように、平原を取り囲む木の陰から、何百、何千もの魔物が歩み出てきた。

「二足歩行の犬か?」

 革鎧でもなく、半袖半ズボンと言う簡素な衣服を身に着け、手には岩を削っただけの短剣なような物を手にしている。

「コボルトか?」

 犬型の魔物として有名なのはコボルトだろう。本来はゴブリンと同一視されていたりするようだが、犬の姿をした魔物という認識が一番広まっていると思う。

「犬の姿をしているところからわかるように、鼻が利き、犬のように素早く走ることができる魔物――だと思うが、ゴルホ、サウワ間違いないかい」

「あってる」

「うん、間違いない。土屋お兄ちゃん」

 逃亡者を追い詰める存在としては、これ程最適な魔物もいないな。

「でも、なんで、コボルトがこんなところに……あ、オークと敵対していて、加勢にきてくれたのかも!」

 そんな希望的観測を口にした桜だったが、その表情は無理して作られた笑顔で、自分の言葉に無茶があることを理解しながらも、僅かな希望にしがみ付こうとしているかのようだ。

「ないだろうな。あの、殺気は全て俺たちに向けられている」

「どうする、土屋さん! このまま立ち止まっていたらオークたちに追いつかれちまうぞ!」

 後方から押し寄せるオークの群れ。周囲にはコボルトの大群。
 仲間は肉体精神共に限界が間近。
 土屋さん草原に右手を着いた。

『ミトコンドリア、来てくれ!』

 手を添えた地面から緑の光が溢れ、光の粒子が人型に収束していく。
 翡翠のような緑の輝きが周囲に満ち、眩しさに瞼を閉じる。

『ミトコンドリア、呼ばれて飛び出て、即参上!』

 今の状況には場違いすぎる、元気に満ち溢れた声が心に響いてきた。

「おお、まだミトコンドリアがいたか!」

「お願いね、ミトちゃん!」

 権蔵と桜とサウワの表情に光が射す。絶望の底にほんの少しだけ射し込んだ光に、希望が湧いたのだろう。

「登場台詞はいいから、周囲の敵を何とかしてくれ」

『うわ、みんな、ボロボロだね! うひょー、わんさかいるなー。流石に全部やれる自信は無いよ?』

「出来る範囲で構わない。できれば、逃げ道ができるように倒して欲しい」

 突如光と共に現れたミトコンドリアに警戒してコボルトたちの歩みが止まっている。

『でも、土屋』

 そこで、言葉を区切る。

『じゃあ、いっくぞー!』

 ミトコンドリアが両手を天に掲げると、平原の周囲に立ち並ぶ木々が騒めき、その根が地面から飛び出すと、平原に足を踏み入れていたコボルトの体を貫いていく。

 後ろから不意打ちを食らい、コボルトたちの統率が乱れる。僕たちを襲うだけで済むと考えていたところに、木々が敵に回るという事態に理解が追い付いていないのだろう。

 それでも、木の範囲から逃れていたコボルトたちは、こちらに襲い掛かってくる。

「うっしゃー、迎撃するぞ!」

 自分を鼓舞するように大声を張り上げ、権蔵が刀を振るう。
 サウワがギリギリでコボルトの攻撃を避け、ミスリルの鎌が光の軌跡を描く。
 僕も剣を振るい、敵を倒していく。
 ゴルホは精神力が殆ど尽きているのだろう。土を操ることを一切せずに、気配を殺し、相手に認識されない状態からの突きで、何とか対応している。

 だが、コボルトは鼻が利くので、姿が見えなくても臭いで感知しているようで、ゴルホは苦戦しているようだ。

「土屋さん、土屋さん! 顔が真っ青ですよ! このままじゃ!」

 桜が土屋さんの前に立ち、愛用の包丁を手に誰もここを通さないと踏ん張っている。
 仲間とオーガが土屋さんを取り囲むようにして庇っているが、ミトコンドリアが取りこぼした数はかなりのもので、ギリギリのラインで耐えているに過ぎない。

「ごふっ、ごほっごほっ!」

 土屋の口から、血が流れ足元の雑草を赤く染めた。

「口から血が! も、もう、ミトちゃんをしまってください! これ以上は土屋さんが、死んじゃいます!」

 桜が戦闘中にもかかわらず、土屋さんに飛び付くと抱きしめてきた。

「何か、何か、この状況で使える物はっ!」

 桜が自分のアイテムボックスから、中身を取り出しては周囲にばらまいている。
 この状況を覆すような、都合のいいアイテムなんて存在しない。そんなことは、桜も重々承知しているだろう。
 だが、じっとしていられない。無駄だとわかっていても、何かをせずにはいられない。その気持ちは痛いほどわかる。

「ミト・・・少しいいか」

『どうかしたの、秋』

「僕の精神力を使えないか?」

『契約すれば使えるよ』

「今、契約できるか?土屋さんはそろそろ限界だ」

『・・・無理だよ。土屋と契約を解除しないと契約できないよ』

 ミトコンドリアが力を殆ど振るわずに草を操り、敵の足止めや邪魔に集中している。
 サウワにコボルトの攻撃がきた。
 ギリギリでかわそうとするするが、すでに疲労の限界か。

 バコ

「ありがとう」

 サウワに攻撃しようとしたコボルトに拳をぶち当てて、吹き飛ばした。
 光お姉ちゃんを降ろし、桜の位置を確認した。

「サウワとゴルホと光お姉ちゃんは、桜の護衛」

 僕が前に出て、コボルトを攻撃した。

「しっかり、しっかりしてください! ダメ! 死なないで、紅さん!」

 ボロボロと涙を流し、アイテムボックスの中身も無くなったのだろう。
 最後に取り出したモノを握り締めたまま、桜が膝を突く。

「契約解除できるか?」

『汝の願いはそれか?』

『・・・土屋がやばいね。土屋・・・契約を解除するよ』

『汝の願いはそれでよいのだな』

 ミトコンドリアが、契約を解除した。
 僕の身体に触れ

『契約』

「だ、誰ですか!?」

 桜はその声に反応して辺りを見回している。
 ミトと僕の体から緑の光が溢れてきていた。

「はい! 私は力が欲しい! 皆を守れる力がっ!構いません! 力をください!」

 桜は強い想いを込め、はっきりと断言した。
 爆風が吹き荒れるが――僕や仲間たちは吹き飛ばされることなく、コボルトのみが宙を舞い、周辺を囲う木々の根元や幹に叩きつけられた。

 振り返ると、三色の光が上空を貫いていた。
 見ると三色の光が溢れているのは木片のようだ。僕たちは、木片を凝視した。
 三色の光が竜巻のように上空に伸びていたのだが、その光が急速に収まり収束すると、木片が桜の元に近づいていく。



 誰も動くことができず黙って見守っている中、木片は桜の失われた左腕の場所へと移動する。
 そして、目も眩むような光に視界が白く染まると、光が消滅した。
 いつものジャージ姿の左袖は力なく垂れ下がっていただけなのだが、今は袖の中に確かな物体があった。袖口からは真っ白な手が飛び出している。

「桜……その手……」

「へっ、えっ!? 腕が生えた!? な、何で!?」

 桜が左腕を掲げて袖をまくり、右手でペタペタと触っている。

「か、感触もある。普通に動く……これって……え、願いの義手?」

 虚空に向かい呟く桜が、慌てて周囲に散らばった物から生徒手帳を探し出し拾い上げた。
 開いた生徒手帳を思わず、オーガも含めた全員が覗き込む。
 桜が開いたページのある部分を指さし「こ、これですか! 土屋さん、土屋さん、見てください!」と開いたページを土屋さんの眼前に押し付けてきた。

 そこはスキル欄とアイテム欄で、見覚えのない文字が書き込まれている。

『願いの義手』

(数十万もの時を生き、神に近づいた聖樹から取れた木材で作られた義手。その義手は木でありながら神や悪魔に近く、どのような理にも縛られない。義手の力により新たなスキルが与えられる。ただし、この力は義手の力による為、他者に奪われることもなく与えることも叶わない)

『精神力増加』10『植物使い』7『植物再生』7『闇の霧』7『吸収』7『治癒』7

 その内容に言葉も出ない。

 何だこの馬鹿げた能力は。

「皆さん、回復します! 『治癒』」

 義手から注がれる白く温かい光が体の芯に沁み込んでいく。
 傷だらけだった僕たちとオーガたちの傷が見る見るうちに塞がっていった。

「うおおおっ! 何かよくわからねえが、すげえじゃねえか、桜姉さん!」

「腕が生えた、凄い! 桜!」

「カッコいい、桜」

『桜の腕から、聖樹様の力を感じる。そっか、うん、ボクも手伝うよ!』

 ミトコンドリアが義手に顔を近づけ、何度も頷くとすくっと顔を上げた。その表情は喜びに満ち溢れていた。
 周辺の木々の根と枝が伸び、まだ体勢を整えきれていないコボルトたちに襲い掛かる。あれはミトコンドリアの振るった力のようだが、僕の体には全く負担がかかっていない。

『大丈夫だよ、秋! 聖樹様の力借りているから!』

「うん、一緒に頑張ろう、ミトちゃん!」

 僕たちが逃げてきた方向から飛び出してきたオークたちに、桜が手の平を向けると地面の中から飛び出してきた無数の根が、オークたちを串刺しにしていく。
 コボルトが根に貫かれ、枝が首に巻き付き、窒息どころか首をねじ切られていく。
 オークたちも次々と撃退されていく。