ケイの転生小説 - 甘い囁き5
 既読が付いてからすでに五時間ほどたつ。

 スマホの画面を確認するが、未だ返事はなし。
 まさかとは思うが、変な感じに受け取られたとか……いやいや、無難な文章にしたのだからそれはない。
 いきなりブロックとか意味不明な展開はさすがにないよな? はッ! もしや相手の電波状況が悪いのか? アホか、それじゃ既読が付くわけがない。

 では何故だ? 実はからかわれていて、友達と一緒に笑われてるのではと、最悪の予想が頭をかすめる。
 悶々とした気持ちのままベッドに寝転び、読みかけの漫画をパラパラとめくり始める。

 土曜の夕方、ドキドキしながら中野洋子にトークメッセージを送った。

 すでに脳内シミュレートを繰り返し済みで、駅前で待ち合わせして近所の大型ショッピングモールで買い物しながら遊んだあと、あわよくば家まで連れ込んでセックス――と、計画も万全。
 エロDVDを片付け、PC内のエロフォルダにも鍵をかけ、部屋の掃除もばっちりで陰毛一つ落ちてないはず。いつでも中野を連れ込む用意は出来ている。

 ……なのにだ。

 もう午後11時を過ぎだと言うのに、いっこうに返事が来ない。

 クソッ、自分から交換しようと誘ってきたくせに、返事も寄越さないなんてふざけんな。おかげで貴重な休日を無為に過ごしてしまったじゃねーか。
 撮り溜めしていたアニメを見るとか、まとめブログをあさるとか、いくらでも有意義な時間を過ごせたはずなのに……。
 ちょっと時間は早いけど、もうふて寝すっかなと考えていた頃、スマホがブルブルしだして新着メッセージ有りの通知が入った。

 ――ごめんね、返事遅れて。友達と遊んでたにゃり。

 中野からの返信にイラッとして、思わず壁を殴りそうになる。
 まあ良い、今は我慢。とりあえず返信が先だ。
 ここは卑屈に、『いや大丈夫だから、気にしないで』なんて送るべきか。いや、それもどうなんだという気がする。こちらがダメージ受けてるようなニュアンスの文章だ。もっとスマートに返さなければ。

 ――いや明日、予定とかあるかなって思って?

 良し、これだな。さりげなさを装いながらも完璧なお誘い文句。敢えて、言葉のキャッチボールはせず、こちらの要望のみを伝える高度なテクニック。やるじゃないか、俺。

 ――明日はもう約束入ってるんだ。再来週なら暇だよぉ。

 ――じゃあ、再来週遊びに誘っても良いか?

 ――おけおけ。楽しみにしてるじぇい。

 よっしゃ、アポも取れたし完璧な流れだ。待ってろよ、中野。俺様の暴れん坊をぶち込んで、ひーひー言わせてやるからな。

 ぶっちゃけ今まで女の子とデートなんてした事はないし、セックスはおろかキスすら未経験である。
 だが、今の俺は、『実は俺ってセックスしたら相当上手くて女の子をよがり狂わせちゃうんじゃないか心配』という童貞のみに許された無限の可能性を、現実のものとする手段を持ち合わせている。
 家にさえ連れ込めれば、俺の勝利は確約されたも同然。後は仕上げを御覧(ごろう)じろってなもんだ……ちょっと違うか。

 照明を消した暗い部屋のベッドの上で、フツフツと沸く欲望の渦に呑まれながら、静かに意識を沈めていった。



 休み明けの登校は、特に気分が滅入る。それは俺だけではなく、ほとんどの学生が感じる事ではないだろうか……。
 まあ、どんな事にも例外があって、気分が高揚して学校に行くのが待ち遠しいなんて感じる時もある。今の俺がまさしく、それ。

 チラッ、チラッ

 と機嫌の良い原因である中野に視線を向けるとあちらは相変わらずで、仲の良い男子と楽しそうにお喋りをしていた。

「それより、栞。お前、体は平気なのか?」

「ああ、ちょっと体調がおかしくなっただけで、なんともねーよ」

 三村達の会話から木嶋と久美の喧嘩は続行中との事。
 俺は顔が緩みっぱなしになっているのにも気が付かず、昼飯の弁当を食べた。



 二日、三日と何事もなく過ぎ去っていく。
 黒板の文字をただひたすらノートに書き写すだけの作業に没頭していた。

 カタカタと椅子の揺れる音が耳障りで、相坂の貧乏揺すりに気付く。
 『うるせーなあ』と、聞こえないような小声で文句を呟き横目で様子を窺うと、相坂の様子がどこかおかしい。

 俯いた姿勢を取り、左手で頭を支え、右手でシャープペンをコツコツとノートに叩きつけている。黒板を見ようともせず、ノートをとっている様子すらない。
 そうかと思えば今度は、親指の爪を噛みイライラとした様子で、『はぁ』と盛大な溜め息を漏らした。

 ここ数日、いつにも増して機嫌が良さそうにしていただけに、一転してこの様子なのは何かあったのだろうか?

 三村と喧嘩でもしたのか、それとも俺の与(あずか)り知らぬ彼氏にでもフラれたのか。

 相坂はイライラと相当落ち着かないようで、じっとその様子を窺う俺の視線にも気付かない。
 単に私生活に何かあり、虫の居所が悪いだけという可能性もある。

 明日は休日を迎えようかという金曜日の放課後、とうとう相坂がぶっ倒れた。

「栞! おい、栞!」

 クラスメートは帰り支度を終え、半数以上がすでに教室を出て、部活なり帰宅の途についている。俺の目の前で、椅子から立ち上がった相坂がふらついたまま、床に倒れ込んだのだ。

「だ……大丈夫。少し……貧血かなんかで、クラッとした……だけ」

 いつもの相坂とは違う弱々しい言葉遣いに相坂自身、相当弱ってるのが分かる。
 顔面も真っ青で、どうみても病人の顔であった。

「今から病院行くか?」

 三村が相坂に優しく問い掛けている。俺も女だったら惚れるかも知れないくらいの気遣いっぷりに、うっかり騙されそうになる。

「いや……どうせ、またパニック障害とか……言われるのがオチだし。薬飲んでしばらく……たてば落ち着くはず」

 相坂はそう言って鞄から薬を取り出し、真っ赤な舌の上に乗せそのまま飲み込んだ。喉仏が上下して、薬が食道を落ちる様が妙に艶っぽく映る。

「分かった。春日、悪いけど俺と栞の荷物を頼む」

 春日は三人分の荷物を持ち、相坂に肩を貸す三村の後ろをついていった。


 しばらくすると先生が来て、相坂について聞いてきたので説明した。

「悪いだが、このプリントを相坂に渡してほしい」

「はい」

 先生に頼まれたので相坂の家に行くことにした。
 相坂の家は学校から歩きで15分ほどの距離だという。

 きっちり15分かかり、辿り着いたアパートは、高級とまでは言わないまでもそれなりに小綺麗な感じで、このアパートの一室が相坂の住居との事だった。
 母娘二人で暮らしていると前に聞いた覚えがある。父親とは離婚でもしたのだろう。まあ、そこまで相坂のプライベートに興味ないので詳しくは知らないが。

 俺は、相坂の家に行く前にコンビニへと向かった。
 コンビニの途中で、春日に会った。

「春日くん」

「間・・・この辺だったか?」

「…ああ。相坂の家に行ってプリントを届けに来たんだ、具合悪そうだから何か見舞いの品を手渡そうと思ってね」

「そうか」

 そういうと春日は慌てて、どこかに行った。