「おーい春日、俺はコーヒーと焼きそばパンな。あと、カツサンド」
四時限目の授業終了を知らせるチャイムの音が鳴り響いてすぐ、木嶋(きじま)猛(たけし)の呼ぶ声がした。
昼休みになり、椅子や机を動かす音、仲良しのクラスメイトと早速お喋りをし始める者と、授業中あれほど静閑としていた1ーDの教室がざわめき始める。そんな中、俺はいそいそと鞄の中から弁当を取り出していた。
「そういや、瞬……あのS高の女、捨てたんだって? いつか刺されるぞ、いやマジで」
「あー、あかり……違う、あけみだっけ? あの気色悪い喋り方する女。あたし、あいつの喋り聞くとイラっとしてぶん殴りたくなるわ」
「いやいや、待てよ。人聞きが悪いな。捨てたって言うか、元からあの子とは付き合っていないからな」
「くっくっ……またまた。やり捨てて置いて、往生際が悪いにもほどがあるぞ、瞬」
「マジでこいつ、女の敵だわ。性病が移るからあたしには触んなよ」
「勘弁してくれよ、お前ら……それよりタケ、お前こそ彼女の安田(やすだ)久美(くみ)ちゃんとはどうなんだよ?」
え? 久美ちゃんって、あの久美ちゃん? 彼女って……いや、嘘だろ?
思いがけず会話の端に知り合いの名前が聞こえ、手が止まる。
1ーAの安田久美は俺と中学が一緒で、実をいうと密かに想いを寄せている相手だ。物凄く優しい真面目な女の子だ。見た目は癒し系の美少女といった感じで、久美ちゃんがこの高校を目指しているとどこからともなく聞き付け、俺もこの高校を志望したくらいだ。
「ああ。この前、俺の部屋でやろうとしたけど、最後まではさせてくれなかったわ」
いやああああ…………嘘だろ。
「タケががっつくから、久美ちゃんが怖がってるんじゃないのか? さすが童貞なだけはある」
「うっせーよ! 童貞で悪かったな。でも、そんなんじゃなく、どうも久美はセックスはまだ早いんじゃないかみたいに思ってるみたいでさ」
「きゃあ。そりゃ清純通り越して、笑けるわ。アタシがあの子に大人の性教育ってもんを施(ほどこ)してやろうか?」
「まあまあ。久美ちゃんらしいじゃないか。タケも無理矢理は駄目だぞ。あの手の娘は無理に迫ると、拒絶反応引き起こすからな。部屋で二人っきりって事は、何もないってわけでもないんだろ?」
「ああ、口ではしてくれるんだけどな……」
「なあんだ。清楚系だと思ってたら、あの子もやるこたあ、やってるわけね」
その夜、俺はNTRというニッチな性癖に目覚める事もなく、枕を濡らしながら深い闇に身を投じた。
漆黒の闇の中で、息苦しさに覚醒する。重たい瞼(まぶた)をゆっくりと持ち上げると、暗闇の中に何者かが映った。
光源は見当たらないのに、何故かはっきりと認識出来る山羊のような頭。上半身は裸で、それが女性のものだと主張するように豊かな双丘が並んでいた。
うわっ! おっぱいモロ出しだよ。何? この人、痴女なの?
ヤバい状況なんじゃ……山羊の被り物した痴女が、部屋に侵入してます。た、たすけ……。
――我の名はラフォマイト。間悠、汝と契約を交わすため参った。
大声を出し助けを呼ぼうとした瞬間、山羊頭の声に遮られる。叫ぼうにも俺の声は掻き消され、滔々(とうとう)と流れるように語る山羊頭の声だけが頭を駆け巡る。どこか夢心地のような半分乱れた思考で、俺はこの悪魔の話を聞いていた。
この時を境に、俺の運命が大きく変えられるとも知らずに。
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