ケイの転生小説 - 異世界転移したら7
 目覚めると既にルチェルは行動を開始していた。
 どこかを歩いているらしい。
 ううん、俺も魔石の中で眠っていたわけだけど安全地帯すぎて怖い。

 目覚めたらルチェルの強姦後とか普通にありそうだ。

「起きた?」

『何で分かった?』

 ルチェルは鞄をどんと降ろすと近くの岩に腰掛けた。

「商人にこの素材を売るって言ったの覚えてるわよね?」

『ああ』

「売れなかったの、1個も」

『へぇ……』

 何故かルチェルが沈んでいる理由が分かった。

「あんなに苦労したのに捨てるなんて出来ないし……」

 商人にも持ち運べる限度があるということだろうか。

『何て言って断られた?』

「この牙は加工しないと売り物にならないって」

 確かにな。
 しかし何に加工されるのか皆目見当が付かない俺たちにこれを売る術はないわけだ。

「もう疲れた。仕事を探すって言ってもこの村貧乏だし、帝都を目指すしかないみたい」

『帝都ねぇ』

 帝都には近づくなって誰か言ってなかったっけ?
 ルチェルが動かないので牙を見つめていると何故かスキャンが発動した。

【マベイラスパイダーの牙】
・素材魔力値 168
・硬度6
・経験値還元率6%
 ――。

 何か出た……。
 俺はルチェルに素材を近づけるように頼む。

「う、あんまり触りたくないんだけど」

【魔力還元しますか?】
【経験値還元しますか?】

 2択だ。
 俺はまず魔力還元してみることにする。
 するとEメーターがわずかに回復した。
 さらにルチェルのポイントが1増える。

「えっ、消えたわよ!?」

 魔力還元はルチェル強化だったか。

 次に経験値還元するとEメーターのバー全体の長さが少し伸びた。
 マベイラスパイダーの身体情報を獲得したらしく、構造が把握できたけどキモいので映像を閉じた。

『なるほどなあ』

「何よ、どうしたのよさっきの素材」

 端的に言うと素材を吸収することでパワーアップできるみたいだ。
 俺自身のパワーアップが出来ることは黙っておく。
 というか、ルチェルも少しは恩恵受けるんだから一緒だ、たぶん。

「やった、それならこれ全部吸収しちゃいなさいよ。こんな重たい素材を担いで移動とかしたくないし魔装が増えるならドンドン吸収しちゃって」

 どんどんねえ。
 俺は牙を10個経験値として吸収したところでバーが2段になったのを確認した。
 46個の牙を吸収したことで俺のバーは結構伸びたと思う。途中から伸びが悪くなったのでルチェルに対して魔力変換を行った。
 総内訳として、Eメーターのバーは3段になっており、ポイントは26ポイントである。

「はあ、軽くなったあ」

 お互いウィンウィンの関係になれたな。
 気を取り直したのかルチェルは商人の元へ再び歩き出した。

 商人はキャラバンとでもいうのか、複数の四つ足歩行の動物を引き連れて大きな荷車を引いていた。
 これが馬といえば馬にも見えるがラクダのようにも見える。
 なんだかロバとかそういう類だろうか? よくわからん。

 男が荷台を整理しているとルチェルに気づいたのか二度振り返ってこちらに向き直った。

「なんだ、お嬢ちゃんまた来たのか?」

 商人は厚手の皮をなめしたジャケットを着込んで上等なブーツを履いている。
 防寒対策ばっちりと言う感じで腰にはロープがあったり色々と装備が充実していた。

「さっきも説明したけど、私は魔女よ。ねえ、依頼はない?」

「依頼ねえ、道中は衛兵に守って貰うつもりだし……あ、そうだこの先の魔物を斃してくれたら報酬を出すよ。そうだな、俺たちは明日カルーロを目指して出発するんだ。だからそこまでの道の途中で人間を襲うような奴を斃してくれたらその獲物に見合った報酬を渡そう」

 なんか軽いノリだな。
 でも商人のほうはこれといって嫌そうな顔はしていない。

「いいわ、取引成立よ」

 ルチェルの体内スキャンをしてみるとわずかな尿意がある以外は普通だ。
 空腹値が昨日より少し増えているのはたぶん稼ぎが少ないせいだろう。
 俺の方はどうにも石の中にいる分には腹が空かないようだ。

 早速村を出発したそうにしたルチェルだったが、俺は待ったを掛けた。

『もう少し商人と話してくれないか?』

「ええ?」

 露骨に嫌そうな顔をするルチェルに俺はま、別にいいかと思った。

 ルチェルのトイレが済んで村を出発してから商人とは別に級友に会っていないことを思いだした。
 眞鍋さんとは少し話せたけど、幸太や北島とは一度も話せてない。
 でもどうせルチェルは俺の実体化を許さないだろうし、またいつか別の日に会えるだろう。
 ひとまず俺はのんびりとポイントの振り方を熟考した末、ルチェルに聞くことにした。

『なあ、ルチェル』

「なによ」

『お前を強化するとしたら何にポイントを振ってほしいだ』

 ルチェルにポイントについて説明した。

「魔力」

 との答えだったので17ポイント分を魔力に注いだ。

「はあ、疲れたわね」

 歩き始めて1時間半ほど経ってルチェルは木陰に腰を下ろした。
 俺は全く疲れてない。

 ついでに言うと索敵に何も掛からない、退屈な時間を横になりながら景色を眺めていただけだった。

「なんとか言いなさいよ」

『髪の毛乱れてるけど、梳かしてないのか?』

「よ、余計なお世話よ!」

 両手でウェーブした髪を梳くが地毛が波打ってるので絡まるみたいだ。

「はぁ……何処で落としたのかしら」

『何を?』

 ルチェルの表情は少し暗い。

「櫛よ。鞄の中に入れて置いたのに今朝見たらなくなってたの」

 そう言って鞄の外側のポケットを開け閉めしてみせる。
 そんなボタンもチャックも着いてないところに入れたらそりゃ落とすわ。

「おーい」

 急に声が上がったので索敵を発動すると男が1人駆けてくるのが分かった。
 あまりに反応がないから途中から切ってたの今思い出したよ。危ねえ。
 双眼鏡モードにして男の身なりをチェックするとどうやらグレードの低い商人っぽい。

「ナニアレ」

『商人みたいだぞ。鞄の中に素材がいくつか入ってる。後は生活用の消耗品だな』

「え、そんなこと分かるの?」

 一応スキャニングはEメーターを消費すれば高度になるからな。

 やってきたのが盗賊でしたとかだと面倒臭くてたまらんから先に使っただけの話だ。

「いやあ助かったよ。君、この辺の子じゃないよね。これを預かってくれないか?」

 そう言って商人が突然手渡してきたのは包みだった。
 スキャンしてみると肘ほどのまでの短剣。歪な模様が柄と刃施されており実用的な剣でないことが分かる。
 何だか凄く嫌な予感がする。

「いたぞ! 引っ捕らえろ!」

 遠くから声が聞こえたのでルチェルはそれを鞄にしまった。
 男に追われて商人が逃げていくと今度は甲冑を着込んだ男が数人ルチェルを取り囲んだ。

「お前、今やつに何か渡されなかったか?」

『渡しちまえよ』

 ルチェルはあれを良いものだと思ったのだろうか。
 鞄にしまってしまったのだ。

「いいえ、何も。近くの村はどこかと聞かれたので向こうにあると教えました」

「協力感謝する」

 庇う必要があったのか?
 甚だ疑問である。

 男たちが息巻いて消えたところでルチェルは早速預かった包みを鞄から取り出した。

「立派な短剣ね」

『なんで庇ったんだ?』

「渡したら共謀だとか言われると思って」

 まじか。

『で、そいつはどうするんだ?』

「売るわ。丁度お金もないし、少ししっかりしたもの食べたいもん」

 背に腹は変えられないか……ま、いいけどさ。

 ルチェルの行軍が再開した。
 この世界の自然はやはりどこか地球の風景とは違う。
 青い空に浮かぶ雲はなぜか薄い水色に見える。
 遠くまで人の気配が無い世界がどうしても孤独感を掻き立てた。
 風が静かに凪いでいる。

 地平線を見下ろすような高い崖。向こうに見える岩場は時折その色を銀色に変える。
 ルチェルは景色を見てもすぐに下を向き、そのまま靴を見るように無言で歩いている。
 日本にあるような靴よりもずっと質素で皮一枚で出来たような靴だ。

『足、痛くないか?』

「そういえばあんたの靴は見たことない靴だったわね」

『まあなあ』

「別に心配いらないわよ、魔女になるのに一応試練は受けたしいざとなれば治癒魔法もあるから」

 そのいざって時は来るのか。
 やせ我慢しているような気もしたが、ルチェルのスキャンはやめておいた。
 こんなことでいちいち彼女を疑っていたら何1つ信じてやれなくなりそうだ。
 ルチェルの息遣いを聞きながら道なりに歩いて行くと何やら人工的な壁が見えてくる。

「一旦休憩するわ」

 そう言って腰に下げていた水筒をルチェルは呷った。
 竹みたいな植物で出来た水筒みたいでルチェルは時折そこから水を飲んでいる。本当に原始的だ。

 そこからさらに半日経ってようやく門を潜ることができた。
 てっきり門番に通行料を支払えとか来るかと思ってた。ルチェルのような子供は見逃されるのかもしれない。

「さっさと宿を取って休みたいわあ」

 背伸びしてみせるルチェル。足は本当に大丈夫そうだ。
 1日中歩き通しだったわけだし、そう思うのも当然だろう。

 この街、360度を壁で覆われていてなんだか外に強大な敵でもいるかのような造りになっている。

「すみません、この街の武器屋はどこにありますか」

「ん、剣士か? ああ、ギルドの子か。若いのに大変だな、東の門の近くだよ」

 日も暮れてきたところでルチェルは水を空にした。
 武器屋はほどなくして見つかる。
 屈強な男たちが出入りする中、ルチェルは明らかに場違いなほどに細身だった。

「らっしゃい! ん、おいおい店を間違えてるぜ」

「買取をお願いしたいんです」

「見せてみな」

 ルチェルは預かった短剣を見せると武器屋の親父はひげ面を掻いて怪訝な顔をした。

「お前さん、こいつはオーダーメイド品だろ?」

「じゃあ高値で買い取ってくれますか?」

 少しルチェルの顔に笑みが差す。

「逆だよ逆。こいつは儀式用短剣だ。つまりどこぞの宗教家が俺たち鍛冶屋に作らした専用の剣さ。お前さんの宗教は?」

 ルチェルは少し考えた後に「ユウト神を信仰しています」と答えた。

「どこでこいつを手に入れたか聞いても? どんな呪いがされてるか知れないし出来れば買い取りたくない品なんだ」

 表情が曇っていくルチェルはほとんどただ同然の金額で剣を売った。
 店を出てからしばらくしてルチェルは呟く。

「なんなのよもう……」

『落ち込むなよ、そいつで早く飯を食って休め』

 俺はルチェルの体調が飢餓状態に移行しつつあるのを 察知(スキャン)している。
 加えて疲労に脱水(小)とまでなっているのだから早めに何か腹に収めた方がいいと判断していた。
 少しだけ涙しているような気がしたのは気のせいだろうか。
 そこまでは把握したくない。
 精神力にポイント……マジで振ってやった方が良かったかな。