魔装の力ははっきり言って規格外だった。
ルチェルの行動を無視して服からビームっぽいものを射出できた。
蜘蛛はそいつに触れた瞬間にそこから真っ黒に切断され、後には蟹が茹で上がったような匂いが立ち籠める。
誤ってルチェルの腕を切り落とさないかだけ心配したが、後半では別に切り落としても生えてくる魔法があるんじゃないかと思えたほどだ。
こんな馬鹿げた魔装だが、ルチェルは気に入ってくれただろうか?
「やったわ。この魔石すごいのね」
ルチェルは喜びながら蜘蛛の牙をもいでいる。
左右合わせて50本近い蜘蛛の牙はルチェルのぺっちゃんこな鞄をぱんぱんにしていく。
俺は5ほど増えたポイントをどう使おうか迷っていた。
もう少しストレス耐性と精神力に振って上げないといけない気がする。
23匹の蜘蛛に囲まれて動けなくなるようじゃ先が思いやられるし、俺が攻撃を担当するにしてもいつも敵を倒せるとも限らない。
「ふぅ、こんなところね」
24匹狩ったわけで、240メランってところか。
何メランになるのか聞いてみよう。
「馬鹿にしてる?580メランよ」
ふぅ。知力に振った方が良いのか。
村に戻ると相変わらず級友が村のヒーローだった。
今日は宴になるようで村の真ん中で鍋物がいくつか作られている。
楽器なんかも持ちだした村人がいたりなんかして子供たちがはしゃいでいた。
もちろんそんな浮かれた気分に混ざることもなくルチェルは真っ直ぐ村長宅へ押しかける。
「何か用ですかな」
「チャイルドマベイラスを狩ってきたわよ」
「見せて頂けますかな」
ルチェルは鞄を開けて村長に見せると村長はそこから2つだけ牙を取ってから10メランをルチェルに手渡した。
「は?」
流石村長である。不貞不貞しい顔でルチェルの睨みにも臆さない。
「私は数までは指定しておりません。そんなに狩られても払えないのです」
一瞬食い下がったり、血を見ることになるぞと脅すかとも思ったらルチェルは意外とあっさり引いた。
『いいのかよ』
「数の指定を受けなかった私の落ち度よ。それに商人に売った方がもっと高値で買い取ってくれるわ」
本当かねえ。
商人は商人で買い叩くと思うけどね俺は。
「本当ですか? もちろん 無料(ただ)でやりますよ」
「左様ですか、嬉しいことだ」
どうやら北島と村長が俺の認識範囲に入ったみたいだ。
色々な会話がチャットログのように流れる仕組みを作ったのは正解だった。
気張ると周囲の音を拾えるのでそれを何とか吹き出しのように文面化して同時に把握できないかという試行錯誤もやっていたのだ。
こうして見事に会話の中から特定の会話を聞き出すことに成功したのだからこの石の何でも機能もあながち捨てたもんじゃない。
さらに範囲を限定的にするとこの通り、俺はルチェルのなけなしの金で得たつまらない食事の風景から飛び出して北島と村長、そして村人の集まる場所へ視点を移動できる。
「護衛に衛兵が連れて行かれるのは村の損失ですからね」
男が割って入るように酒を持ってきたみたいだ。
「しかしこの時期に商人が通るのは希なことなんですよ。本当にね。帝都で何かあったのかと勘ぐりたくなりますよ」
はははと笑う村人だが何がおかしいのかさっぱりだ。
「ここだけの話ですが北島様、帝都には決して近づかない方が良いでしょう。最近妙な力を持ったやつを収集して戦に駆り立てようという動きが強まっているらしいのですよ」
話によると今は国政が乱れており、ガザル帝国に北の民であるイウェド人が攻めてきていてさらに属国だったシュンガー国が反乱軍を率いて南から進行しているらしい。
こう聞くとガザル帝国が終わりそうだが、帝国は圧倒的な力を持った者を集めて抵抗しているのだとか、掃討しているのだとか。どっちかわからない話が続く。
おまけに隣国の共和国ミシュレイは王家暗殺の騒動があって今は共和制の崩壊寸前らしい。
もし万が一共和制が崩れれば帝国に攻め入るだろうと誰もが考えているらしい。
「そうですか、貴重なお話をありがとうございます」
北島は持ち前の冷静さだ。
確か双子の女もえらく冷静な奴だったし兄妹は似るのかな。
俺は視点をルチェルに戻して頼んで見ることにした。
『ちょっと実体化したいんだけど』
「……」
しばらく何かの葛藤があったのか、首を傾げたり首を振ったりして奇妙な動きをしてからルチェルはNoと言った。
「なんか嫌な予感しかしないのよね」
『逃げることを心配してるのなら一緒に着いてきてもいいよ』
「私が代わりにそれをやるんじゃだめなわけ?」
そうまでしてキスするのが嫌ですか。そうですか。
『商人が来るらしいんだよ。ちょっと見てみたい』
「へえ……そうね、この牙を買ってくれるかもしれないわね」
俺はそんなことより級友と会いたい、そして商人の話を聞きたい。
恐らく俺の予想ではこの異世界で一番情報通なのは商人だ。
「でももうそんな時間じゃないし、今日は疲れたから寝るわ」
ルチェルの独り言を訝しむようにして見つめる食事処の叔母さんはテーブルを見て「最近の若い女の子
は後片付けに来ることもできないのォ?」と愚痴っていた。
ルチェルに聞こえていたのかどうかは不明。
お祭り騒ぎとはいってもみんなに軽い食事が配られて一杯のワインを飲むだけのイベントだ。
篝火を大目に焚くのでそれなりにお祭りっぽく見えるが数百人しかいないお祭りはどちらかというとクラス会のレベルだった。
おっと思ったらルチェルの近くに北島と幸太がいた。
「昼間はわざわざ忠告してくれてありがとな」
ルチェルに気があるのか北島も幸太もちょっと視線が熱い。
「別に、怪我しないうちにああいうことはやめてくれればいいわ」
「ところで君の名前は?」
少し思案した後にルチェルと名乗った。
「俺らくらいの年の子って少ないらしいから仲良くしような」
幸太のやつさり気に握手とか求めてやがる。
ルチェルは汚物でも見るような視線……にはなってないか。
「私今日は疲れたからもう休むの。さよなら」
「あ、ああ。おやすみ」
「さよなら」
北島は相変わらずクールに見送ってるけど幸太はもうだめだな。完全にルチェルから目が離せない感じだ。
俺もこいつの可愛さは認めるけどな。
がやがやとした喧騒を背に歩いて馬小屋に着くと空いている中に入る。
ルチェルが一瞬顔をしかめたのは臭いのせいだと思う。まあ俺は石だからこういうとき助かる。
試しにルチェルをスキャニングしてみると、不快感とストレス値が上昇していた。
ちなみに右上のメーターはルチェルの裸以外にもいろいろな劣情を催したときに溜まるっぽいのでEメーターと名付けた。
俺がEメーターを見ている最中に馬小屋に近づく人物があった。
『ルチェル、起きろ』
すーすーと臭い馬小屋の臭気を出し入れしているルチェルは一向に目覚める気配がない。
俺は何事も起こらないことを願って近づく男を 探知(スキャン)してみたが、状態異常に『劣情』と書かれていた。もうだめだ。
咄嗟にそのとき閃いたので俺はEメーターを消費して浮遊を試してみることにした。
かなり規格外な石だし浮くくらい出来るだろうと思ったら出来ました。
コントロールは波打つ水面を走る自転車のような難しさだ。
なんとかルチェルの口元に降りることが出来た俺は実体化に成功した。
うん、魔装を意識していなければ普通にこうなることは何となく分かっていたんだ。
「でもな……」
大木を触れただけで吹き飛ばすような男に殴られたら人間はどうなってしまうんだろう?
俺はなるべくルチェルをそっと持ち上げて軽く抱きしめてみる。
これで勘違いして帰ってくれるといいんだが。
「っひっく」
やってきた男はまるでゾンビみたいな足取りだ。
ルチェルを起こしたい。何で俺がルチェルの貞操を守ってるんだ?
何で俺がここまでせねばならん……。
まったく気が進まないがルチェルの唇を奪って見ると馬小屋臭かった。
最悪だ……。マジで何やってんだろ俺。
「んだよ、男連れだったのかあ?」
帰れ、帰ってくれぇえ。
ルチェルの舌がマジで馬の糞臭い。
そのくせ何か知らんがもぞもぞ動き始めたし起きるんじゃないか?
「しゃあねえ、仲間に入れて貰えないなら帰るか」
よし、よしっ!
俺は男が立ち去ったのを見送ってから視線を戻すと薄目を開けたルチェルが俺を見ていた。
「…………」
硬直。
殴られるのも覚悟した。
しかし、そうはならずにルチェルはぺろぺろと小さな舌を這わせて俺の口内に侵入してきた。
やま、めろぉ……今のお前は馬臭いんだよっ!
ぐぐっとルチェルの体が強ばってからしんなりと寝息を取り戻したルチェルはまたすーすーと寝息を立て始めた。
こいつマジでどういう神経してんだ?
とにかく口を濯ごう……確か村の中に井戸があったはずだ。
俺は馬小屋を出てから傍にあった茂みに唾を吐いて熱の冷めた村を歩いて行く。
もう外を出歩いている奴なんか居ないと思ったら立夏さんがさっきの酒飲みに絡まれていた。
「やめ……」
どこかの納屋に連れ込まれたのを俺は見てしまった……。
ルチェルが強姦されるよりもクラスメイトの女子が強姦される方が何倍もキツい。
俺は迷うことなく後を追って納屋に向かう。
月明かりに照らされたそこは周囲から見ればあまり人気の無いところだった。
「おら、大人しくしろ」
「んんぅ……!」
抵抗できないのか、しないのかはともかく俺は男の襟を持ち上げると後ろに引き飛ばした。
それで終了。納屋の入り口を盛大にぶち壊してがらがらと音を立てて男は悶絶した。
Eメーターがおかしな動き方をしてしる。
なんだか立夏さんのあられもない姿を見て減った地点よりも逆に増えた。
すぐに胸元を隠してしまったのがちょっと残念だ。
「え、うっうそ狭間君?」
「眞鍋さん久しぶり」
そう言って手を差し出す。もちろん握り返したりはしない。
すっと引くと天上に吹っ飛ぶ恐れがあったので慎重に持ち上げた。
なんだか甘酸っぱい良い香りがしてくらくらする。
「……良かった、狭間君は助けを呼びに行って事故に遭ったって……」
「うん、でもみんなと同じだよ。それから――」
一応ルチェルのことは伏せて交通事故に遭った後にここに来たことを話した。
しかし、眞鍋たちには続きがあった。
「私たちは警察に保護された後に空き地に降ろされたの……そしたら変な服を着た人たちが来て……」
理由はわからないが鉄砲を向けられて全員撃たれたらしい。
その辺のとんでもない話は理解しがたかったけど、眞鍋さんの様子に嘘はない。
現状としてこんなおかしなところにいるわけだし、何が起きても不思議じゃないけど。
「でも本当に良かった。狭間君を見た人は絶対死んだって言ってたから……」
そこで話は途切れてしまう。元々そんなに親しくなかったし仕方がない。
視線のやり場もなくなって俺は眞鍋さんを見下ろすと少し視線があって胸元をすっと意識して隠されてしまった。そんな仕草を見てEメーターが上昇したので俺はショックだった。
「じゃ、じゃあ俺はもう行くよ。気をつけて……そいつ、他の女の子にも酷いことしようとしてたんだ」
「う、うん。そうだ、この村にいるの?」
「まあいるといえばいるけど、探さないで貰える? ちょっと複雑なんだ……」
「何か手伝う?」
「大丈夫、困ってはないから。また何処かで会おう」
「う、うん、またね」
眞鍋さんやっぱり胸元が開けたままじゃまともに喋れないよな。俺の気遣いが足りなかった。
ひとまず伸びた男を引き摺って村の堆肥場に捨ててから俺は井戸で口を濯いだ後、水を飲み潤した。
俺はこのままルチェルの前から消えようかとも少し考えてから元の石に戻ることを決めた。
馬小屋で大人しく寝ていたルチェルの元で再び石に戻る。なんて律儀なんだ俺。
日本人じゃなきゃとっくにアウェイに旅立ってるね。
『カナリアの方が大事にしてくれそうな気がするなあ』
ちょっとした妄想をしながら俺も眠りに就いた。
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