ケイの転生小説 - 異世界転移したら5
「ちょっ、あんた誰!?」

 飛び退いたルチェルは俺の視線よりちょっと下に居る。
 がんがんと頭が痛い。
 何か途方もなく不快なものを見た。とてもじゃないが、エロい気分は爆散したと言っていい。

 まあ俺は石だからそんな風に誰とか分かったところで
 ……いや、誰って俺を人だと認識――

「おおおぉぉぉ!?」

 人間だ、やったぞ! 俺に両腕と両足が生えている!

「なあ、ルチェル! 俺人間だよな?」

「え、なに?」

 ルチェルの両手を握って瞳を見つめる。特にさっきのような映像は流れてこない。

「俺が人間に見えるよな?」

 軽く頬を染めてルチェルは頷いた。
 思わず感極まった俺はガッツポーズで天を仰ぐ。
 一生石かと思って過ごすだけだと諦めていたが何と人間に戻れた!
 これを奇蹟と言わず何とやらだ。

「よっしゃあああ!」

 俺はルチェルたちに視線を戻す。
 よく見たらカナリアも金髪美少女じゃないか!

「じゃ」

 俺は立ち去ろうと思う。
 なんでかってそりゃこんな魔女よりチートの級友たちと再会して俺もチート能力開眼したいからだ。
 一度本で見たことがあるんだ。異世界転移はチート能力全開。
  級友(クラスメイト)がそうなんだから俺だって同じはずだ。手から雷出す方がよっぽどいい。

「じゃって……待って、待ってって――コラ゛ァ!?」

 何か今少女とは思えない声が聞こえたんだけど……。

「なんで勝手に消えるのよ。私の石を返しなさいよ。そして私のき、キスも返して」

「は?」

 カナリアが口元を片手で押さえて腹も押さえている。
 あれは絶対俺が何者か分かっている顔だ。

「石……ああ、石ね。あの黒っぽいやつ」

「そうよ、それよ」

 返す? 今更? 戻れと?

「じゃ」

 再び歩こうとしたところでルチェルが抱きついてきた。

「待てぇ! お願いだから嘘だと言ってぇ……!」

「くふ、ルチェルぅ。もう認めなさいよぉ、キスしたのはあなたの魔石よ。間違いないわ」

「だからそれを必死に否定しようとしてるんでしょうが!」

 カナリアは綺麗な声で可愛らしく悲鳴を上げた。

「でも傑作よ。良かったわね、旅のパートナーが出来て。黙っててあげるわ、ええ黙っててあげましょう。魔石がなくたって魔女は名乗れるわ」

「や、め、て、よ!」

 カナリアに掴みかかるルチェルは楽しそうだな。
 しかし俺が見たさっきのルチェルっぽい過去は何だったんだろうか。
 全然今のルチェルからは想像できない。

「ほら、あなたの一生のパートナーが呆れて見てるわよ」

「誰が一生よ、誰が!」

「手を掴まれて頬を染めてたでしょ」

「だぁああ――!? あれは違っ」

 この隙に逃げようかな。うん、そうしよう。

「あ、逃げた」

「えっ?」

 俺は思いの外森の中でも足が速かった。
 いや、こんな速く走れるか普通。草の根とかに足を取られそうなものだけど普通に地面を踏みつけただけで何の抵抗も感じない。
 そうか、地球じゃないから重力が違うんだ。
 他にもないかな何て思ってると小枝に躓いた。

 勢い余って木に寄りかかったら大木が発泡スチロールのようにばきぃと凄まじい音を上げて根元から折れてしまった……。
 森の神様ごめんなさい。
 いろいろ脆すぎるぞこの世界。

「見つけたわよ!」

 ルチェル追いつくの早……。
 それと同時に何故か全身の力が抜けていく。
 不思議に思っていると視界の右上に何かメーターのようなものが見えた。
 どんどん残量がゼロに近くなっていき、やがてそのバーがなくなると俺の視界が一瞬で草の中に落ちた。

『うそ、だろ……』

 右上には空のメーターがそのままだ。このメーター、嫌な予感しかしない。

「やった!」

 ルチェルの可愛い声と共に俺が両手に持ち上げられる。

『こんなのあんまりだ』

「なんでよ、私の魔石でしょあんた」

『俺はただの人間だよ』

 あれ?

『俺の声が聞こえる?』

「聞こえる……」

 マジかあ。ついにここでの独り言も外にだだ漏れか。
 ふるふるとルチェルは震える手で魔石を近くにある岩の上に置いた。

『え、何する気だよ』

「砕く」

『まてまて! 俺は魔石だから! 砕かれたら多分やばいから!』

「そうよね」

 ルチェル怖えわ。少し闇が入ってんじゃないか?

「ルチェル! 見つかった?」

 カナリアが遅れてやってくる。

「うん」

 森の中なのにスキップしそうな勢いだ。

「随分嬉しそうねあなた」

「だって魔石がようやく手に入ったんだもん」

 すっげえ反応に困ってるよカナリア。
 おまけにカラスみたいな黒い鳥がぎゃあってこっち見て鳴いた。

「それで……魔装はできるようになったの?」

「え?」

 でたああ! 魔装!

「出来るわよね?」

 にっこりと微笑むルチェルさま。
 お願いですから砕かないでくださいよ、マヂお願いします。

『出来るかと言われましても……その「出来るわよね?」

 こわいこわいこわい。

『とりあえず、どういう風にやるのか参考を見せてくれ。ほら、一度も俺見たことないし』

「魔石がね、カナリアの魔装が見たいって」

 カナリアはにこにこしてたのに急に真顔になった。

「嘘でしょ」

「こんなことで嘘ついても仕方ないよ。参考がないとできないっていうんだから何とかお願い、ね? この通り」

 カナリアはやれやれと首を振ってルチェルから離れた。

「1つ貸しだからね」

 カナリアの手には金色に輝く卵大ほどの石があった。

「……」

 何か意を決したようにそれを見つめるとカナリアは次の瞬間くいっと顎を上げて卵を口に頬張った。
 胸を叩いて一気に飲み込むその姿はおおよそ美少女のやるべき行動じゃない。

『なんか凄いな』

「こら」

 数秒後、バリバリと音を立ててカナリアの衣服の上から金色の電撃が走り出し何かが浮き上がってくる。
 スカートとかまくり上がってしまって俺はそこに視線が釘付けになった。

 結果としては臍に丸く穴が空いていて太腿が晒されたちょっとえっちな鎧の完成というわけだった。
 肩や胸にはしっかりとした甲冑が着いているし、魔装に相応しい重装備に見える。

「すごいね」

「でしょ?」

 カナリアも自身の魔装に満足しているようだ。
 問題は俺にこれを再現できるのかということか。

「さ、やってみて」

 まず、右上のバーが多分何らかのエネルギーメーターなのは言うまでもない。
 そしてそれが溜まるタイミングがたぶんしょうもない。

『正直に言うと、今すぐはできない……と思う「はあ?」

 当然そういう反応ですよね。

「砕くわよ?」

 冗談じゃない。出来ないことを出来ないといって殺されるのは洒落にならん。

『分かった。そこまで言うなら裸になって』

 たぶんこの方法でしかエネルギーは溜まらないんだ。
 何度か感じた劣情にこの石全体が脈動していたのは俺も記憶にある。

「ほら、なったわよ」

 ルチェル、迷いねえな!

「どうしたのルチェル!?」

 くそ、マジで方法が思い浮かばん。とりあえず思い付いたままに指示してごまかすしかないな!

『そのまま俺をルチェルの体が見える前に置いて』

「なんでよ!? ねえ本当にこれって魔装と関係あるの?」

 そんな怪しいおじさんの言うこと聞いてる女の子みたいなのはやめてくれ。
 俺だって必死だよ。

「なんだか、だんだんエッチになってきましたね」

 カナリアが止めてくれればなあ。

 ひとまずルチェルの裸体を眺めてみる。
 ううん、胸もないし、くびれもない。でもまあ少女然としてて興奮はする。
 おっ? メーターが動き出した。
 何かが満たされるように右上のメーターが溜まっていく。

「白く光ってる。認めたくなかったけど本当にこういうことなの?」

「認めなさいよルチェル。あなたの根源はこのエッチな感じなんでしょ」

「やだあ、毎回魔装する度にこんなことするなんて絶対やだよぉ……」

 ふむ。メーターは溜まったが次にどうするかが問題だな。

『ルチェル、もっかい俺にキスしてみてくれ』

「もういい」

『は?』

「こんなの耐えられない!」

 ルチェルが服を着込んでいく。
 まあ、気持ちはわからなくもない。
 女の子にこんなことさせるなんて厳しすぎたんだ。

「ルチェル、魔女にならないなら私たちに道なんかないわよ?」

「だって、ずっとえっちなことばっかりじゃない!」

 なんだろ、ポイントの方が1増えてるな。

 前回よりも少ない?

 ピコンと変な音が響いて俺の視界に先ほどカナリアが斃した『キモい蜘蛛』が現れる。
 どうやら一度マーキングを行ったモンスターは自動索敵されるらしい。
 敵意を向けているのに2人はまだ気づいてない。
 だいたい23メートルほど後方だ。

『おい、敵が来たぞ』

「待って、今話してるから」

 いいのかよおい。
 あと10メートルだぞ。

「さっきも気になったんだけど、ルチェルその石と会話してるの?」

 もうすぐそこだな。

「何かいる!」

 カナリアが振り返ると蜘蛛が飛び出すのは同時だった。

「きゃあぁぁっ!」

 さすがにあの中型犬並の蜘蛛が目の前に突然現れれば誰でも叫ぶよな。

「カナリア!?」

 かしゃかしゃと気持ち悪い音を立ててカナリアの装甲を食い破っている。
 装甲はかろうじて耐えているようだけど、女の子が巨大蜘蛛に襲われてるなんて衝撃的すぎて忘れられそうにない。

「深淵よ光となりて炎を穿て! ――ファイア!」

 ルチェルの突きだした右手から炎が吹き出ると蜘蛛も燃えたがカナリアの綺麗な髪も少し引火した。
 キシャアと嫌な音を上げて蜘蛛が森に消える。

「あつっ!?」

 飛び起きたカナリアは髪をぱたぱたと挟んで火をなんとか消し止める。

「ルチェル!?」

 眉間に皺が寄ってかなり怒っているのが分かる。
 綺麗な髪だったもんな。少し耳元のところが縮れちゃっている。

「ごめん、でも食べられるよりはマシだったでしょ?」

「ううん」

 悩むところなのか。

 一件落着かと思ったら今度はピコンという音が立て続けに複数現れた。
 あ、これあかんやつや。

『ルチェル、囲まれたぞ』

「は、何言ってるの?」

『さっきのキモい蜘蛛が俺たちを囲んでる』

 カナリアはルチェルの言葉を聞いて絶句する。

「仕留めなかったの?」

「マベイラスパイダーを魔装なしで仕留めるなんて出来ると思う?」

 後の俺の知識になるが、とある冒険者が新大陸にてマーベラス(すばらしい)を口ずさんでいたところ集団行動を行う巨大蜘蛛の軍勢に襲われ死亡。
 その今際の際に放った言葉がマベイラスだったということだ。
 以降、マベイラスパイダーは集団で獲物を狩る恐るべき蜘蛛として知られるようになったらしい。

「私は戦線離脱するわよ。こんなの戦うだけ無駄だし何匹いるかもわからない。魔力の無駄。短い付き合いだったわね」

「待ってよ! 私にこの状況をどうしろっていうの?」

「魔装もやめたって言った自分で考えてくれる? 私たちはもう 魔女(ウィーラー)なのよ。この程度の窮地も抜けられない魔女なら遅かれ速かれ死ぬわ。安心して、あなたのランクは50だからいくらでも替えはいる」

「あんまりよ」

「じゃあね」

 背を向けるカナリアにルチェルは叫ぶ。

「助けてあげたじゃないっ」

「それは魔装を見せたのとチャラよ」

 カナリアは一息で木々の上空へと飛んでいった。

 あんなのありか?

 敵の数は分かっているだけで23。
 ルチェルのあんな過去を見せられた後では冷やかす気にもならない。
 こんなところで死ぬなんてこの子には酷だ。
 蜘蛛が10匹くらいわらわらと見えた瞬間にルチェルはもう固まってしまっている。

『ルチェル、泣くなよ。俺が出れば多分お前が逃げるくらいは時間稼ぎ出来るはずだ』

「泣いてないわよ……」

 震える声で言っても説得力が無い。
 俺もこんなところで死ぬ気はないが、あの大木すら平然となぎ倒す力があればこの程度の蜘蛛は殴り殺せる気がする。

『もう一度だけ言うぞ? この石にキスするんだ』

 そうすれば俺が実体化できると、そう思った。
 ルチェルが恐る恐るキスする瞬間、俺はどうせ死ぬかもしれない最期のキスなんだからとルチェルの裸を想像してしまった。
 次の瞬間には衣服を吹き飛ばして俺の視界はルチェルの背後にあった。

『あ……れ……?』

 俺は何処に居るんだ? 俺の視野がどうもおかしい。
 まるでルチェルを俯瞰しているようだ。
 ルチェルの周囲が手に取るように分かる。
 ちなみにルチェルは下が黒のスカートで、上が白のYシャツ要するに、中学生の女子の制服を身につけている。

「う、そ……魔装? これが私の?」

 俺はそんな彼女の声を聞きながらまるでルチェルにひっついているような感触に満足していた。