ケイの転生小説 - 異世界転移したら43
 カナリアがレイアーナから魔石を受け取った。

「なんか匂うわね」

「彼の体内から出てきたの」

「そう」

「ハク、私に着いてきて。会わせたい人がいる」

 転移門を開くレイアーナ。

「何処に行く?」

「200層。そこにいるのは魔女じゃない」



 碑文魔石の置いてあった場所にレイアーナと俺が再び立つ。
 カナリアは連れてきていない。
 石造りの空間は思ったよりも狭くマンションの1室程度の大きさしかない。
 柱を中段から切り立てた台座のようなところには窪みがある。

「ここ、確か碑文魔石が置いてあった場所ですね」

 レイアーナはゆっくりとその窪みに血を滴らせていく。

「ここにはもともと何もなかった。碑文魔石をここに置くことはこの国の王の指示」

 そうなるとレイアーナは1人でここまで来られたことになる。
 あれだけの敵を前にそんなことが出来るのかと思ってそういえばゴーレムを倒した後に現れたボスは全部人型だったことを思い出した。
 189層だけが、ゴーレムの無限分裂だった。
 ゴーレムそのものは弱い。それを無数に出すことがボスでの仕様というのは今一ぴんとこないものがあった。

 ――石が動く。

 前の壁が徐々に下がり、吹き抜けた通路が現れた。
 吹き抜け通路は空模様になっていてここが地下とは思わせない。
 雲の上に浮かんでいるようだ。

 やがて訪れた突き当りの部屋にそれはいた。
 1人でかがむ少女の姿のそれは背中にブロンズの髪を流している。
 赤紫色のワンピースのような簡素な服で手足は白色だ。

「戻ってきたのね」

 くるりとこちらを振り返る少女の顔は少女とは形容できない恐ろしい顔をしている。
 眼下は深く窪み、ミイラを無理矢理動かしているような背徳感。
 そして白目の瞳に走る紫色の血管が呪いをまき散らすように俺たちの方へぐるぐると色を見せた。

「彼女はこのダンジョンの最終ボスであり、このダンジョンを生成した本人」

 レイアーナは静かに言い放つと少女は立ち上がった。
 つぶされたような声の中に抑揚が宿り俺は気持ち気圧されている。

「こんにちは。私の名はルタ。核にして祖。500年、この世界を守ってきた者」

 レイアーナが一歩前に進んだ。
 その表情は見えない。

「あの話を……この子にも」

「いいでしょう。この世界についてお話しします」

 この世界は球で出来ている。
 球の外は闇で覆われ、光る球によってのみこの世界には昼が来る。

「世界は、この世界はとある側面の裏側です。物質を生成するにはその物質を固めるのに必要な力があります。でなければなんらかの衝撃で物質は粉々に消え去る」

「いきなりわからなくなったが」

「水の中に泡があると思いなさい。泡は砕けても泡です。そういう力がこの世界、球と球の外側全体に表側の力として働いている」

 レイアーナに至っては疑問にさえ思っていないのか、単に理解力が高いだけなのかはわからない。

「表側の正体はここと似た世界です」

 俺はすぐに地球のことを思い出した。

「ですが、それは単なる表と裏であって私たちの滅びの運命とはもう1つの力によって繋がっている」

 誰もがよく知るその力は憎しみとルタは言った。

「憎しみの力は死しても消えない。この世界に安定をもたらし、同時に破壊ももたらす。私は憎しみを手にするために旅をしてここで憎しみを孕む女となった」

 かつての神話では敵を滅ぼしたのではなく、封印した。
 それも世界が救えないと知って、ただ世界の寿命を先延ばしにしただけ。
 そして自分たちの名声を騙る魔女さえ利用した。

「私はここで死ねない。世界の死を遅らせるためには憎しみを魔女たちが共有し、その力をうまく溜め込む必要がある。……でなければ世界は憎しみの渦によって瞬く間に滅ぶ」

「それは人間の滅びということですか?」

 ルタは頷いた。
 ルタの表情は変わらない。
 この部屋の背景も変わらない。
 ここで500年。
 俺は気が遠くなる感覚がした。

「私は古の娘。1000万年以上も前よりこの繰り返しを行ってきた。憎しみは魔物として解き放ち、人間が再び愛に気がつくまで私は魔物を解き放ち続ける」

 ルタは顔色を変えずに口を開く。むらさき色の死人のような唇だ。

「マキトという男と旅はした。彼はこの世界を気に入っていた。私は自らの運命に従い、この世界を終わらせる予定だった。人間たちを極限まで減らし、再びわずかな愛に浸れるように」

 2人の旅は別々の目的だった。
 ルタは世界を終わらせるため。
 マキトは世界を救うため。
 この旅の行く末がハッピーエンドではないことは俺でも分かる。

「マキトは全てを知ったとき、私に懇願した。誰も殺さないでほしいと、誰も死なさないでほしいと。私は答えた。私も好きでやっているのではないと。ただ、これは必要なことだからと」

 必要。世界に憎しみが必要。
 否、ルタが憎しみを必要としていた。

「憎しみの力。それだけが世界を保てる唯一の力。この世界を保っているのは憎しみだけ」

 じゃあ表の世界は? 何の力で?

「憎しみを効率よく生み出すことをマキトは私に約束し、この地で別れた」

 じゃあ……マキトは……。

「白老……」

 ぽつりと呟いた。

「魔女と憎しみ、そしてマキト。白老はマキトだ。何らかのチートでそいつは魔女を量産している」

 斃すのか? マキトを?

「マキトはあらゆる概念を宝石にして操る力の持ち主。誰も彼には敵わない」

 そうか、だから魔装なんだ。
 憎しみを消して人間に奉仕させ、気づいたときに憎しみの対象が自分たちが憎んでいた人間であったことに気づかせる。
 良い趣味してるぜ……。
 これで憎しみが熟成されるとでも思っているに違いない。

「彼が生み出す魔女は私に力の行使を遅らせる。魔女……彼女たちは人間に愛されたくとも愛されなかった存在、私にも伝わる、愛を求めるが故に裏切られた彼女たちの怨嗟が、憎しみが、怒りが。苦しみから解放されるために魂を貪り生き長らえて憎しみをさらに増大させていく彼女たち……私の力(にくしみ)を彼女たちの群が越えようとしている」

 まさか……それじゃ竜のことは……?

「黄金竜の降臨は魔女とマキトの意志。マキトはもう、私のことを忘れている。世界に憎しみをもたらすこと。人間を減らして、憎しみの種をもう一度育てることを考えている。今や、私の役目はもうほとんどない……」

 どこか哀しげな調子で語るルタを俺は冷めた感情で見つめていた。
 憎しみの種(シーダー)。そういうことだったのか。

「竜を倒せるのか?」

「竜はマキトの力を全解放したときの姿。500年前に彼が行った」

 勇者伝説はマッチポンプかよ。

「しかし、いくら力を持つとはいっても竜の姿になるのはなぜだ?」

「彼の宝石は力の概念を取り込む。彼の中で最強と思われる力の象徴が竜であるというだけ」

 読めてきたぞ。確かに竜なら古今東西最強の生物。
 マキトはこの世界に来てそれを力の根源にしたんだ。
 俺が魔装したルチェルなら倒せるか?

「マキトを殺してほしい。私は女神としての役割を果たすためお前にこの事実を話した」

 は……女神……?