ケイの転生小説 - 異世界転移したら39
 マポルに握られた俺はダンジョンに向かって歩いていた。

『バレちゃいましたね』

『仕方ないさ、俺がマポルのチートを甘く見ていただけだ』

 ダンジョン入場受付の場では木床をぎしぎしと踏みならす一行があふれかえっていた。

「ダンジョンを解放しろ!」

「食うもん寄越せ!」

「金を補償しろ!」

 ほとんど暴動の域だ。
 俺たちの脇を通り過ぎたのは屈強な装備に身を纏った4人だった。
 人垣を割っていくその姿を静寂が追う。
 フレンがその背中を追って俺たちにも着いてこいと視線で合図する。

「俺たちガーディアンが来たからにはもう心配いらねえ。とっとと通して貰おうか」

 受付の男は何かに気がついたように声を上げた。

「ランクSパーティ……ガーディアンホワイトナイズの方々ですか」

「おうよ」

 重厚な剣、そして盾。
 意匠の施された鎧や防具。
 どれも一級品だと素人目にもわかる。

「お前たちを困らせているダンジョンには俺たちホワイトナイズが落とし前をつけさせる。いいか?」

 どこからそんな自信が湧くのかは謎だ、それでもメンバー1人1人がものすごく強く見える。
 たった4人でもその意志は本物だった。

「ところで、先日勇者とやらが来たらしいじゃねえか」

「こちらですよ」

「おお、若先生」

 どうやらこの2人は知り合いらしい。
 フレデリアもそのことについて聞きたいのか、こちらのパーティの自己紹介を始める。

「飛剣のグレン、虎脚のコーナ、大剣の大将、回復のマット」

 その自己紹介はあまりにもおざなりで、簡単な会釈すらない。
 それはフレデリアの満足いくようなものではなかった。
 フレンが代わりにといった様子で説明を始める。

「彼らは私が数週間前からこちらに呼び出していたんです。以前、パーティでお世話になったことがありましたので旅先はだいたいつかめていました」

 フレンが淡々と説明を始めるのに合わせて大剣を担いだリーダー風の男は受付の男に向き合っていた。
 グレンが頭を掻く。

「あたいらの実力は聞いてるはずだ。通せないのかい」

「無駄な死者を減らすために現在は交代制となっております」

「死者だぁ? 今は誰が潜ってるんでい」

 リーダー男がどんと一歩踏み出すと受付は半歩退いた。

「今はシルバージュエルというソロの方が……」

「シルバージュエルだぁ? なんだそのふざけた野郎は」

 おいおい、北島ブームか? 同じようにジュエル付けやがって……。

「正式にはレイアーナと名乗っておりましたが、パーティ名を決めなければ50層以降は入場を許可できない決まりとなっておりましたので」

「待て、そいつソロって言ったのか?」

「あ、はい。実力はランクSのソロパーティをしている者です」

「今何層まである」

「げ、現在の報告では189層です」

 リーダー格の大男は今にも殴りかかる勢いで受付の男に掴みかかっていた。
 男の踵がわずか浮き上がる。

「189……そんなところに1人で行かせたって!? てめぇ、馬鹿だろ」

「し、しかし彼女には無数のダンジョン踏破の実績がありましたので、我々の制止もうまく働かず……」

 男は突き飛ばされ、ずかずかと入場していってしまう。

「止めてくれるなよ。もともと交代なんかいなかったんだろ」

「え、あ……」

 受付の男がフレンに気づいて目配せしている。
 フレンは顔の笑みを絶やさずただ作り笑いを浮かべているだけだ。

「それでは」

 俺たちは巨大ダンジョンの闇へと歩を進めた。

「大将、あたいは女なんか助けるつもりはないよ」

「フレン、すまないな。お前に義理立てはしてやれなかった」

「いえいえ、もともとそのつもりで呼んだのですから手間が省けました。おとがめは後々私が処理します」

 大将と呼ばれた男は丸太のように太い腕を頭の裏に回してフレンに詫びた。

「大将、聞いてるのかい」

「うるせえグレン。相手が女なら助けないとはお前はそれでも戦士か?」

 いきなりパーティ内でもめ事のようである。大将の野太い声がよく響く。
 マポルは先ほどからこのグレンという女の褐色に輝く胸に釘付けだ。
 それを知ってか知らずかグレンは胸を強調するように歩いている。

「慈善じゃないんだよ。あたいはその女が死にかけてても一切手出ししないからな」

 大将は軽く首を振ってダンジョン前に設置された列車を覗く。

「よし、こいつが使えるな。おい、これに乗るぞ。フレンの連れも乗れ」

 トロッコのようでもあるが、屋根のない列車といった感じだ。
 本来はもう少し乗れそうな規模ではあるものの、メンバーがこの数しかいなければ座席はあまりある。

「180層までは線路が敷かれてるじゃねえか」

 それはうれしさなのか、大将が何かを操作してレバーを倒すと列車が静かに動き出す。
 動力は魔石なのか、くべられている赤い宝石が光を発し、後方から蒸気が噴き出している。
 列車はまるで重力に従うように下へ下へと進んでいく。



 戦闘経験はあるのかということで列車の中では色々と質問攻めにあっていたマポルのパーティ。
 唯一大将に心配されていないのはフレンくらいだ。

「問題は頭の回転だ。特にガキは使い物にならない場合が多い。経験もなければ、胆力もないからな」

「僕をガキっていうな」

「じゃあなんだ? お前が一番心配だ。声の勇者がこんなところにいたとは聞いちゃいたが、ここまでガキの匂いがするとは思わなかった」

「殺すぞ」

「殺す? 逆に聞きたいが、お前は死にかけたことあるか? 血を大量に流して意識が朦朧としたことは? 身体が切り裂かれて生死の境を彷徨ったことは?」

「ない、みんなそうならないように僕を守るんだ」

 大将は両腕を上げて首をすくめた。

「そういうのは雑魚のすることだ。俺はお前が俺に何か敵意を向けた瞬間にお前の喉をつぶす事が出来るぞ。どうだ、試してみるか?」

 マポルは言いよどむ。
 大人が子供に向けたのは殺意の塊でマポルの口先だけの脅しとは違った。

「くっ」

 大将の言葉が脅しじゃないと悟ったのかフレデリアの腰にしがみついた。

「だはは! フレン、こんなやつ上に置いてきてよかったんじゃねえか? 声の力さえなきゃただのガキ以下だぜこいつ」

「彼は彼なりに王命を果たそうとしているのです。そのような言い方は失礼ではありませんか」

 大将はどかりと腕を膝の上に乗せ、顎を支える。

「王命ねえ。最近はどこに行っても王は城から一歩も出ていやがらねえそうだ」

「それが?」

「帝都が物々しく武装をしているときに他の国の王は引きこもる。なんか変だと思わねえのか?」

「私は間者ではありませんので」

 暗闇は進んでいく。
 時折、妙な悲鳴が聞こえてくる。
 ダンジョンの魔物だろうか?

「100層に入ったか」

 一気に風景が神秘的なものに変わる。
 そこはまるで宝石の森だった。
 木々が生え、雲のような霧が天井にある。
 暗闇から急に光が見えてきたこの世界に俺はここが本当にダンジョンかと疑う。誰だって疑うだろ。

「綺麗……」

「これが古のダンジョン……世界最大のダンジョンですか」

 滝が落ち、湖が出来ている。
 もはや別世界があるだけだった。
 恐竜のような生物が木々の草木を食べている。

「俺たちはSランクになるために必ず100層以上を踏破する。ダンジョンってのは100層を越えた辺りから現実世界の複製みたいになるんだ……いいや、現実世界が複製といった方がいいかもしれないな」

 確かに、ここにあるものは全て地上の世界にも存在している。
 いないのは魔物だけだ。

 どこかの洞窟に入ると再び景色は暗く閉ざされる。
 101……102……その光景はずっと忘れていた故郷のようだった。
 どこか地球を思わせる景色。海や川、山とそこに息づく生命たち。
 もはや、俺たちはここから来たのではないかと思うほどだ。

「120層だ。気をつけろ、頭を出してたら凍死するぞ」

 一面が雪景色に変わる。
 俺たちは全員折り重なるように列車の中に横になる。

「しばらく過ぎれば大丈夫だ」

 洞窟に入り、顔を上げると雪景色が遠ざかっていく。
 人が生活しているような家が見えた。

 121……122……。
 気がついたのはこの階層はどうやら四季を繰り返しているように見える。
 春夏秋冬が巡り巡る。

『さ、桜だ……』

 不意に視界に入る幻想的な風景は桜の木を無数に生やしたダンジョンだった。

「綺麗ですね」

「ああ」

 思い思いに感嘆する中、俺は静かに涙していた。
 もう偶然ではない。
 この世界は地球とどこかで繋がっている。

 150層に来ると再び闇が訪れた。

「さ、こっから少し歩くぞ」

 セーフティルームというやつらしい。
 この層だけ魔物が出現しないため、ここに物資が運ばれまた上層の物資をためてここで一定の生活をしている地下都市のようなところらしい。

「地下生活にはまった奴はここで暮らしてるんだ。もっとも、今は知らんが」

 瓦礫が大量に散乱するおかしな空間に出た。
 天井には巨大な琥珀色の魔石が埋まっており、その半球体から下が照らされている。
 何もかもがめちゃくちゃになった空間。遺体もそのまま放置されている有り様である。

「ひどい臭いだ」

「アウトブレイクはアンタイラントだったか? ここの連中ならわけなく倒せただろうに」

「数が尋常ではなかったと聞いております。国が魔女教会に正式助力を求めたほどに」

「魔女教会……ああ、嫌な響きだ」

 どうやら誰も魔女には好意的な感情を持っていないらしかった。

「どうやら運搬装置はまだ生きているらしい。これでいけるところまで行くぜ」

「物資はあるか?」

「少し集めよう」

 街の様子は壊滅といって差し支えなかった。
 残っているのは両端にある街だけだ。そのわずかなところから食料や水を積み込む。

「防具用のメンテナンス器具はあったか?」

「簡易のものならバックパックにある。しかし、本格的なものはないな」

 アンタイラントほどの巨体が4億もここを通った爪痕がわかる。しかし、連中はどういうわけか他の層に痕跡は残さなかったようだ。
 マポルは不安そうな表情を隠さなくなってきた。
 魔物とやりあった経験があるとはいってもこのレベルまではないと思える。

「よし、準備は出来た。お前たちは?」

「もともと私たちはマポル様を中心としたパーティですので」

「そうかい、そりゃ身軽だな」

 マットという男がフードの影でふと笑ったような気がした。

 151……152……続く闇はどうにも不思議だった。

「この辺はな、1層深くなるのに1年と言われるほどに苦労したと言われている」

 小一時間列車に揺られ続けた俺たちは180層に到達した。
 その間続いた通路には髑髏が転がっていたりいかにも体に悪そうな霧が立ちこめていたりとおよそ100層からの神秘的な景色からはほど遠かった。

「線路はここまでのようだ。物資も大半は無駄になっちまったか。後は脚で稼ぐぞ」

「帰りは私が転移門を開きます」

 フレンの意外な言葉に大将は目を丸くする。

「おま、精霊術師のくせして魔女と取引してんのか?」

 フレンが変な視線を浴びている。

「まあ、僕ではなく妻ですよ。それより、奥に何かいませんか」

 壁全体が淡く発光するこの階層では馬鹿に広い空間に異物があればすぐに発見できる。

「ありゃゴーレムだな。ただのゴーレムじゃねえ、軟体ゴーレムっつうここより上層で普通にボスクラスのやつらだ」

 その体躯は土色をしているが、動きが気持ち悪いほどぬるぬるしている。
 普通ゴーレムといえば鈍いイメージがあるが、こいつらはまるで軟体動物のように奇っ怪な歩みでこちらに近寄ってきた。

「仕掛けてくるぞ! コーナ! まずはお前のをぶちかましてやれ!」

 まるで岩の突進だ。ぶつかれば死は免れないレベルに思える。
 コーナはもこもこした帽子を面のように付けた。

「呪いのアイテムですか……」

 フレンの声に大将が高らかに笑う。

「そうだ、コーナは稀に見る呪いアイテムを着け外しできる才能を持っていてな。あの面を被った時のコーナは――」

 岩が割れる音が鈍く響いた。
 人間の力ではおよそあり得ない力の暴虐を残してコーナの姿が消える。

 ゴーレム次の瞬間には粉々に粉砕しており、何が起きたのかと俺はEメーターを消費して動体視力に魔力を注ぎ続けた。
 コーナの移動速度は虎などと比較にならないほど速い。
 しかもなぜか重量が体積に比例していない。
 一歩踏み出すと足場が爆発する。

「まさしく虎の如し」

 大将の表現はどう考えても控えめで、虎というよりは砲弾がスーパーボールのように跳ね回っているようにしか見えない。

 最初の2体を粉砕し、後から来た5体もコーナ以外動く間もなく処理された。

『これがSランクのパーティか……』

 まるでチートだ。やはりこの世界は常識外れがうじゃうじゃしているようだ。

『ハク様、Sランクパーティについてですが、世界でも5つしか存在しないそうですよ』

 アリヤによるとそもそも100層まであるダンジョンが存在しないらしい。
 つまり、Sランクを目指すなら絶対にこのダンジョンに潜る必要があるということだ。

『200層が発見されたらSSランクの称号が出来るんでしょうか……』

 アリヤは他にもSランクパーティには様々な特権があることを教えてくれた。
 どうして知っているのかと尋ねたら勉強好きだったんだとか。

「終わったな、ご苦労さん」

「……ウゥ」

 コーナが仮面を取り外すと澄まし顔の少女が現れた。
 コーナって女の子だったのか。

 そういや、グレンも女性だしこのパーティ何気に女性多いのか。

「ご丁寧にも181層からはボスの連続みたいだな……まったくシルバーエンジェルなんてSランクパーティ聞いたことねえ。本当にいるのか?」

 ジュエルだぞ……。

「どちらにせよ、新たなアウトブレイクの手がかりは下層にしかありません。前回同様であれば……ですが」

 アンタイラントのときは既にその碑文が記された魔石が見つかっていたらしい。
 しかし、それを誰も信じなかったため被害は西の大陸にまで広がった。

 今回現れた碑文は世界の危機を謳うものですらあるため、世界中のSランクパーティに招集がかかっているとのことだった。
 たまたまフレンは特別な連絡手段を持っていたからこれだけ早くに大将らが到着しただけなのだろう。

「魔女教会が出てきてしまえば、国は関与できなくなりますからね。帝都は本気ですよ、ほとぼりがさめれば皆さんに魔女狩りの任が下るやも」

「冗談よしてくれや、魔女なんて見た目は子供だ。あんなものと戦うなんて俺はごめんだぜ」

 182層になって雰囲気は一変した。

「これは……どこかの神殿のようですね」

「おいおい、先方の門が閉じていくぜ」

 一度誰かが通ったのか先にある開いていた門が閉じる。
 駆けだして中央まで来た俺たちの頭上に光が差した。

 石畳に反射する光。
 そこへ舞い降りたのは――人間そのものだった。

「これが……ボス……?」

 マポルの声は震えている。

「母さん……」

「母上……」

 何の冗談か、俺も自分の母親の姿が見える。
 これを殺すなんて何かの悪い冗談にしか思えない。

「はは、あははは!」

 フレデリアは笑い出した。

「待ってください、これは幻覚です!」

 フレンの声に反応するように母が動く。
 鋭利な腕を大将の持つ盾で弾かれその母の姿は獣のように反転した。

「くそ、これが最新深層ってわけか!」

 ギュァァァァアアアアア゛ア゛――――。

 異形の声を石壁に反響させるそいつは顔だけを残して身体を無数の腕に変形させる。
 胸からは乳房をいくつも蛙の卵のようにぶらさげて……。

『うっ……』

 背中から血しぶきを上げて黒い翼を生やす。
 それは翼ではなく人毛だった。

 コーナが腕の密集部分を吹き飛ばすと同時に大量の血飛沫が白壁に塗られる。
 怪物の咆哮が俺たちの元に届くとフレンやターニャが血を吐いた。

「魔素破壊か……」

「グレン! お前の見せ場だぜ!」

 大将はまだ余裕そうに指示を飛ばす。
 グレンはボウガンのような武器を構えると魔石をセットする。
 その瞬間に炎に包まれた矢がマガジンのように空中に列をなした。
 ガトリングのように射出されていく矢を受け、一瞬で怪物の面が炎に埋め尽くされる。

 それで終わりだった。
 怪物は一歩も動かなくなり、後には焦げた臭いが立ちこめるだけだ。

 183、184……と階層を進める俺たち。
 どういうわけか、あれ以降のボスは現れなかった。
 そして189層で戦う1人の少女を見つける。

「お、おい……冗談だろ……」

 その部屋を埋めていたのは無数に現れている浮遊ゴーレム。
 181層で戦ったゴーレムが空中に蠢いている。その数は100か200か、もっといる。
 それも速度もパワーも桁違いで、仲間を攻撃してしまったゴーレムはその仲間を一撃で粉砕していた。

 もっと異様なのは戦いの渦中の人物はそのゴーレムの動きを上回って余りある攻撃を繰り出している点だ。

「なにもんだあいつは」

 間違いなくその動きの速度は俺の魔装状態と酷似する。
 ただ違いは俺を越えるほどの繊細な身のこなしにあった。
 ゴーレムを拳の一撃で屠り、突き出された拳に合わせて上体を折り、身体をバネのように空中へ復帰する。
 しかし次々と破壊されていくゴーレムはその数を減らしはしない。
 よく見れば彼女の遠くで複製を行うゴーレムがいる。

「加勢するぞ!」

 大将の声で全員が前に出る。こちらに気づいたゴーレムが一気に襲いかかってくるのを見て大将がシールドを掲げた。
 その瞬間、ゴーレムたちが沈黙する。

「また珍妙なアイテムを手に入れましたね」

 グレンが次々とゴーレムを破壊していく。

「メデューサの盾さ。魔力を注げば能力が解放される」

 完全な石化にはならなくとも動きを止めるという。
 そんな盾……やっぱチートじゃねえか。

 しかし、動きの止まったゴーレムを破壊していくだけでは全く足りない。
 こちらに気がついた渦中の少女が戦闘を離脱して俺たちの隊列に割り込んできた。

「おま! モンスタートレインは勘弁だぜ!」

「違う。そこのペンダントを借りる」

 マポルの方へまっすぐ歩いてきた少女は銀髪のまさしくシルバージュエルだった。

「なにをする!」

 マポルの制止もおかまいなしにペンダントを奪うと少女は口付けをする。
 そこに割り込んで俺の唇を奪ったのはカナリアだった。