ケイの転生小説 - 異世界転移したら34
「ひゃあっ!?」

 変な声で起き上がったシスターを見ながら俺は思案中だった。
 教会に水をもらいに来たらなぜかシスターに閉じ込められる。
 加護? を受け取りに来た勇者が怒ってシスター出せと言う。
 俺は身の危険を感じて石に戻った。
 ルチェルやシュレと連絡が取れない。
 神父に箱に仕舞われた。今ココ。

『あ、あなたは……ここはどこですか?』

『1つ聞きたいんだけど、俺のこと勇者だと思ったのか?』

 見た目は同い年くらいだ。
 ちょっと年下かもしれないが、さらさらの黄色い髪に翡翠のような眼を付けた女の子。
 これが普通の出会いならもう少し気分も高揚したのに。

『え、はい……ち、違うんですよね!? あはは、私バカだなー……勇者とふつうの男の子を勘違い、しちゃうなんて……』

 先細りしていく声に俺は同情なんかしないぞ。
 一方的に殺されそうになったことには同情するけど。

『た、助けてください! お願いします!』

 必死なこの顔。綺麗な顔が睨むもんだから迫力あるぜ……。

『ううん、助けて欲しいのは俺も同じだよ』

 見ろよこの状況。どうやったら逃げられる?
 俺は彼女に周囲の状況を見せてやった。

『凄いですね! 魔法ですか』

『まあ、魔法だけどここが今いるところ』

 机の上に鍵のかかった箱。その中に俺たちの入った石がある。

『え……私達の姿が石の中にありますけど……』

『石になるのは俺の力だけど、君が入ってるのはなりゆきだね……』

 部屋の中で音がしたのそちらの方へ視線を動かすと長身の男が入って来ていた。その後ろには怪しげな男達。
 身なりこそ街の住人だが、その目が完全に据わっている。

『ウィプス神父!』

 女の子の方は声を上げて驚いていた。

「アリヤはまだ見つからないのか? 見つけたら必ず殺せ、息の根を止めろ! 勇者様には事故死していたということで納得頂くしかない」

『ひぃっ』

 服が引っ張られて重い、離せ。

 ドタンと部屋から男たちが消えるとウィプスという男は俺たちの方へ近づいてきた。
 箱を開けてまじまじと覗かれる。

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私の早とちりでした、命だけは命だけはどうかお助けください!』

 溜息を付かれて神父は声のトーンを落とす。

「鑑定師に見せてみるか……く、我が教会の未来のために大金を出して買った娘が……」

『神父……申し訳――「何の役にも立たないとは、やはり母親同様クズの子はクズというわけか!」

 静まり返る部屋。
 ウィプスは箱をしっかり施錠して部屋を出て行った。

『ひっぐ……うっ……』

 俺が来てしまったばかりに。
 アリヤの泣き入る姿を見ながら俺は横になって寝る準備をしていた。
 事情が全く分からない上にこう閉じ込められてしまっては何もできない。
 せいぜいルチェルかシュレの見飽きたステータスをいじくるか、山巫女の500年越しのスキルをチェックしていくだけだ。

『私、どうすればいいですか?』

 完全に捨てられた子犬みたいになってるな。

『寝たらどうだ? 明日話し合おう』

 というか、話が見えない。事情を説明してくれよ。
 その言葉はぐっと呑み込んだ。

 一晩経てばきっと良くなってるさ。



『あのぅ、あのぅ……』

 アノーアノうるさいな。
 俺を揺すっているのはこの金髪翠目の女の子。
 あ、夢か……そうかぁ、夢かぁあ――……。
 金っていうより黄色っぽい髪しやがって。

『痛た――っ?』

 こんな琥珀色の世界で何もすることなんかなかったのだろう。
 まだ眠たい俺を不安げに見下ろしているアリヤの髪を引っ張ってみた。朝から辛気くさい顔を見せてくれたお礼だ。

『お、おはようございます。あのあの、私っていつまでここに居ればいいんでしょうか』

『出たら殺されるんじゃないの?』

 本当は出られないけどな。

『でも、やはり責任は負うべきだと思いまして……私、皆さんに大変なご迷惑をお掛けしてしまいましたし』

 ううん、この異世界にもこういう律儀な子はいるんだな。
 感心してしまう。

 ちょっと外の様子を見てみよう。
 ふと浮いた視線の先に神父の後頭部が見える。
 ハゲ散らかしたその頭は日光を浴びてギンギンに輝いている。油ぎっていてテカテカだ。

『あの、神父の頭が眩しいです』

『ここはどこだ?』

 街路を歩いているようだが、色々露店が建ち並んでいる。
 朝の市場ってやつみたいだ。テントも多いし、売り物は軒並み食材だ。

『たぶん大通りの横道です。この先は薬屋が近いんです。教会からは近道なんですよ』

 嬉しそうにしてるなあこの子。

「神父様! 憐れな私にお恵みください」

 乞食だろうか。身なりがぼろぼろで痩せ細っている。

「失せろ、ゴミめっ」

 蹴り飛ばされた女性は道ばたに横たわる。

『ひどい……』

 俺もそう思う。だけど、この世界じゃ良く目にする光景だ。

 神父は突き当たりにある煤けた店に入ると暗がりからやってきた小太りの婆さんに木箱を突き出した。

「これを鑑定して頂きたい」

「なんだって教会の神父様がこんなところに用さね」

「つべこべ言わずに鑑定して頂きたい。報酬ならし払う」

 どんと机に置いた袋からはメランの輝きが見える。
 どんだけ金積んでんだ。

「ふぅん、並々ならぬ事情ってやつかい。いいさね、ちょっとまっとれ」

 俺は婆さんに運ばれて不気味な文様が描かれた机の上に載せられる。
 この白髪交じりのしわくちゃ婆さんは一体なんなんだ?

『あの、どうなっちゃうんでしょうか……』

『わからん』

 いきなりキスされて戻されるなんてことはないと思いたいが。

「……」

 婆さんは文様に手をかざすと緑色に発光する。

「汝の姿を見せたまへ――汝の姿を見せたまへ――」

 やがて光は尾を引くように消えていった。
 静寂が数分の間部屋を支配した。

「どうだ?」

「ああん……これはただの石じゃない。凄まじい力、そうだね加護が付いてる。恐らく――「ルウニーネの加護か!?」

 婆さんは頷いた。

「よし、よし……これで首の皮一枚で繋がった……後は王に謁見するだけだ」

 神父はぶつぶつ呟きながら手を握りしめている。

「鑑定証明書を大至急用意して貰おう」

「まったく……まぁまぁお偉いことで」

 婆さんはしぶしぶといった感じで書類を書き上げた。
 最後に印鑑のようなものを押して差し出すと神父はさっとそれを奪い取り箱を抱えて店を飛び出す。

『楽しいことが起こりそうじゃないか』

『全然楽しくないですぅ……うう、胃がちくちくしますぅ……』

 神父は教会に戻ると大慌てで机に筆を走らせる。
 ……アリヤが読み上げていった。

『この度は王政に関わる教会の役割を全うできず誠に申し訳ございませんでした。今回の事態を重く受け止め 件(くだん)の者につきましては、こちらで極刑に処すことと致しました。生け捕りにした際には可能の限りを尽くした拷問を行、いますので是非ご参加下さい……』

 アリヤが膝を折って青ざめている。

『出るか?』

『い、いやですぅ! 絶対出さないでください! ここで生きていきますぅ!』

 さっきと言ってることが真逆だ……責任はどうしたと弄るのは酷か。
 続きを見よう。

『さて、ルウニーネの加護につきまして情報がございます。加護を授かりし者につきましては未だに見つかっておりませんが、加護につきましては本人からは失われたものと思われます。代わりに加護を持つ装飾品を見つけましたのでこちらを献上に取り急ぎ参りました。つきましてはご拝謁の機を頂きたく存じます。 我々一同今回の不手際を深く反省し、いかなる処遇も甘んじて受け入れる所存です。サウリャ王家の方々におかれましてはますますのご清栄をお祈り申し上げます』

 いつの間にか王家への献上物になってしまったのか。
 これじゃルチェルのところに帰るのは当分先になりかねないな。

『あの、おな、お名前を伺ってもよろしいですか?』

 今更ね。

『狭間白だよ。ハクって呼んでくれて構わない』

『いえ、ハク様とお呼びさせて頂きます! はい!』

 媚売りまくりか。返って怖いよ。

『そんなに心配しなくても外に追い出したりしないよ。俺だっていつでも出られるわけじゃないんだ』

 少し緊張が解けたようだ。

『そ、そうですか。私をいじめたりします?』

『どういう意味?』

 よく分からない子だな。
 まあ、今のところはできることもないし大人しく献上されてしまうのを待つほかない。
 わざわざ鍵付きの箱に入れるあたり徹底してるしな。

 ウィプス神父が動いた。
 どうやらこれから馬車で王城まで行くらしい。
 さてはてどうなることやら。