ケイの転生小説 - 異世界転移したら24
 幾重にも並ぶ魔女の屍。
 ウンカは 既に立っているのもやっとのように膝を折っている。
 それに対して山巫女……魔女は仮面の下に何も映さないくすんだ瞳を携えている。

「殺せ……」

「玄武と朱雀も同じ事を言った。お前たちはどうしようもない程に弱い……人間という器で魔女という人外を殺すためには何かが足りない。狂気か? 闘志か? 愛か? それとも――」

 襖の奥が開く。魔女の隣には巫女装束に包まれたもう1人の姿が現れた。

「ナナカ……」

 憎しみか。
 俺たちの前でその少女は血飛沫を上げた。
 絶命に違わない心臓への突き。そこから正面への反転は美しいほどに淀みのない動きだった。

「く、ソオォォおおおッ――――!」

 仮面の奥で笑う魔女。
 白眼には何も映していない。
 死を渇望する1人の人間の狂気。

 500年の歴史? 魔女? どうでもいい。コイツの狂気は完全に常軌を逸している。

「お兄様!」

「ウンカ様」

 玉砕覚悟の攻撃を思いとどまらせたのはロウカの声だった。
 ウンカの肩が切り裂かれ、血糊が天に飛翔する。
 その血の中には魔女のものもあった。魔女は既に死ぬことしか考えていない。

 俺はウンカの元へ走った。
 Eメーターを全力で使用すると景色がスローに流れる。

 俺はゆっくりと走っているような感覚だ。

 奴が床に仕掛けた魔法は俺という 脅威(イレギュラー)を一瞬で判別・認識してきた。
 死にながら戦う魔女に俺は戦慄を覚えながらも走るしかない。
 踊り狂う蛇のような魔法は走りながら 魔女(やつ)の足跡から出ていた魔法陣のもの。
 これはウンカを捕らえるための罠だったんだ。

 魔女の屍を踏み越えて奴の生命活動が一瞬終わる――、 
 あの魔女が死ぬほんのわずかな瞬間、その瞬間に俺は全神経を注いだ。

【経験値変換しますか?】〔素材・魔女の魂(UR)〕

「ここだッ!」

 俺は選択した。

 途端に爆風と白む光に包まれながら大量の力が俺の中に流れ込むのが分かる。
 見たことのない景色、見たことのない言葉と魔術、そして様々な人の生き死にが俺の脳内を駆け巡っていく。

「うぉおおおおおお――――!!!」

 一瞬ではち切れそうになる意識を全力で繋ぎ止める。
 自分が何処に居るのかもわからない。
 気を失えば奴は出て来る。そう思わざるを得なかった。
 大量の魔力が全身を作り替えるような激痛。

 揺れる屋敷は軋みを上げて亀裂が入る。
 下の階からは使用人たちが悲鳴を上げていた。
 途端に意識が白み始め……俺の周囲は空白に染まった。



 ――。

『私に死をもたらす者がまさか見ず知らずの人間とは……』

 白濁とする意識の中に現れたのは先ほどの白髪の少女だった。
 今の彼女の瞳は黒く漆黒をもたらしている。

「お前を取り込んでやる」

 俺はただそれだけを告げた。

 一歩足を踏み出す度に魔女の記憶が流れ込んでくる。
 500年前にあった2人の魔女の物語。
 足が震え、恐怖と悲しみ、そして絶望感が襲いかかる。

『私の記憶を踏み越えてくるのなら来るが良い!』

 吐き気を無視して、全身の寒気を無視して。

 ただ俺は前に進んだ。

「なあ寒いのか?」

 その言葉は自分ではない誰かの声だった。
 そこにいた男はくすんだ金髪で少女を見ていた。
 彼の笑顔の後ろに光が差した時、少女の中にあった人間への恐れは薄くなった。

「マキト? ……その子は?」

 マキトの声はこの淀んだ世界にあって明るい。
 近づいてきた女性は少女よりもいくらか年上だった。
 空のように澄んだ髪で優しげな瞳を少女に向けている。

「立てるかい?」

「はい……」

 少女は自らをユシンと名乗った。
 男の名をマキト、ここではない世界から来たという。
 日溜まりのような笑顔を見せるマキトは各地に眠る神々の力を人間の調和のために探し求めて旅をしていると話す。

「君の村は大変な目に遭ったけれど、悲観することはないよ。君は生きているのだから」

 人生は楽しいことが一杯ある。辛いことも悲しいこともあるけれど、生きているというのは楽しいことだとマキトは声高に宣言した。
 ユシンにはその言葉が本当にそのように思えた。

「マキト、あまり無責任なことを言わないように」

「君にもいつか分かる日が来るよ」

 ユシンは村での別れを惜しむとその旅路は3人のものとなった。
 互いの気心をも知れてきたとき、ユシンは時折見せる2人だけの視線に疎外感を感じるようになる。

「マキトはどうして神の力を人間の調和に使うの?」

「それが人の成すべき事だからさ。今の世の中には信じる心も思いやる心も育まれない。人は自分だけ見ていては失敗する生き物だからね」

 変わった人だと思った。
 この世界にはそんなことをする人間は1人もいない。

 人のためにというような人間は気が狂っているか、生きることをやめた人間だ。
 そう思いながらユシンは彼と行動を共にしていた。
 彼の行動は大抵が報われないものばかりだったのに彼はいつも嬉しそうにしていた。

 彼が人々から勇者という称号を与えられたのは各地にいた魔法使いの力を借りて災厄を望む者を討ち滅ぼしたときだった。
 ユシンは彼の力になろうと旅の途中で魔法を極めつつあった。

「ねえ聞いて。私のこの魔法が成功すればもっとユシンの役に立てるようになるよ」

 マキトは笑ってユシンを褒めた。
 ユシンは焦っていた。とてつもなく強大な力を持ち始めた2人。
 神々の力を使い、常識では考えられないような力を行使し続ける2人を現人神と呼ぶ者さえいた。
 そしてその神の力へ至るために2人の名声を騙る人間も現れ始める。
 ――魔女だった。

「死なないようになったくらいじゃ、2人には追いつけない……」

 この時既に3人の思い違いは始まっていた。
 神の力は人の意志で操れるものではなかった。
 マキトは最初から己の力を過信し、女はマキトの力を疑わなかった。
 気がつけばユシンは2人の死に取り残されることになる。

 世界には2つの災厄が起こった。
 マキトは己の力を制御仕切れず、宝石を 鏤(ちりば)めたような龍の姿に己を変え神々の宝物竜と呼ばれる人間を喰らう 災厄(かいぶつ)になった。
 その制御に力が及ばなかった女は地下深くに眠り、いつの日かそこに人間たちを呑み込むような大きな穴が出来た。
 いつかその穴蔵はダンジョンと呼ばれ、そこからは毎年強力な魔物が排出される。

 500年の時を経てユシンは己を殺しうる者を育成し四神と名付けた。
 全てを諦め、全てを終わらせようとした女の末路だった。