ケイの転生小説 - 異世界転移したら21
 石の中に入ってから外の時間はかなり過ぎたような気がする。
 ルチェルに俺の服を着せた。
 しかし以前と違い気持ちよさそうに眠っていた。
 顔色もよくなったのに目覚めない。

 もしかしたらという思いはある。
 この石の中で俺は腹を空かせない。
 それは単純に俺が無敵になったとかじゃなく、俺の時間が止まっているからじゃないだろうか。

 しかし、本当にこれはどうすればいいんだ?

 Eメーターの残量は、ルチェルの体を温めた際に消費したからあまり移動はできない。
 素材を魔力変換したら多少は動けるだろう。

『あああぁぁぁ――……くっそぉ』

 この先どれくらい歩けば街に着くのかもわからない。

『こんな洞窟でじっとしてても始まらないか』

 俺は川を跨ぐように浮遊して見ると突然、川に落ちてしまった。
 どうやらEメーターが切れてしまったようだ。
 どうやら川の流れで下流へ押し流されているようだ。

 石って不便だな。

 そのまま川を下って下って……外に出たら夜空に星が広がっていた。
 月のない星空。俺はただ川に流されている。



 海の上で何日……いや何ヶ月か漂流したと思う。
 浜辺に着いた頃なぜか桜によく似た木が俺を迎えてくれた。
 水は素材にならないらしい。
 ついでに俺を拾ったのはこの浜辺へよく来る1人の少年だ。
 腰に剣を差し、あまり目立たない顔のこの少年。毎朝剣を浜辺で振っている。
 黒髪黒目の見た目は日本人に見えなくもない。

「スハリュケウロ」

 まったく理解できない言葉がいきなり飛び出して来たのでびびったぜ……。
 他言語理解のためにこの少年をスキャンする。
 かなりなおざりな翻訳でなんとか半日掛けて解読した。
 結構高性能。

 お屋敷暮らしというのにも驚いたがこの少年の周囲は女性ばかりだった。
 リアルハーレムとかマジかよって。
 とたとたと歩いて来た10歳前後の女の子は着物姿だった。
 本当に日本じゃないのかと目を疑う。

「お兄様、お友達が見えてます」

「ああ、今行く」

 俺を置いて少年は行ってしまう。
 簡単に言うとここは日本ぽい文化の発展をした国だろうか?

 ここまでいきなり毛並みが変わると俺も驚く。
 黒い木の床が軋み、少女が俺を見ていた。
 俺も少女を見る。
 キスしてくれないかな?
 いきなり男と変な小瓶が床に転がるけど。

 女の子は俺を物欲しげに見つめた後、急に振り返った。

「シュレはそれが欲しいのか?」

「え、いいえ、お兄様の物を欲しがったりはしません」

「いいや、顔に書いてある」

 少年がそう言うとシュレの顔は真っ赤に染まる。

「上げるよ。それはシュレが自由にするといい」

「よろしいんですか?」

 楽に俺は手放された。
 宝石だ、金にしようって思われるよりは何倍もマシかもしれんが……女の子が欲しがるとかどんな色をしているんだろう。
 小さな手に包まれてキスなんかとは一番遠い人間に拾われたと思った。

「俺は少し仲間たちの集まりに出て来る、話は大叔母様にも通っているようだ。皆、俺の帰りを待て」

「かしこまりました」

 かたことの口調で返事をしているシュレ。
 少年は出て行ってしまう。

 俺も少女の手によって、そのまま連れていかれた。

「……ぇ――に、……か」

 少女に夢中でだれかの会話が聞き取れていなかった。
 俺は視点移動をした。

「――…ぉ…ところではないな」

 さきほどの少年の向かいにはもう1人の男がいた。
 歳は同じくらいに見えるのに体つきは全く違う。
 筋肉隆々でどうやって鍛えたのか不思議なほどだ。

「ならお前は何の理由もなく御三家の他に七剣士も集められたと思ったのか?」

「それはないが……まて、何か気配がある」

 ん?

「外か!?」

「いや、上だな……何かに見られている」

 おいおい……俺の視点移動って見られている側に感覚が分かるのかよ。

「山巫女様だろ?」

「いいや、山巫女様はこんな 下衆(げす)な視線は向けない」

 見るのやめようかな……。
 少年は浮いた腰を下ろした。

「恐らく山巫女様の手下だな、ずっと見られているからに俺たちの会話でも報告して汚名をそそぎたいんだろう」

「そんなんわかるかよ、魔女かも知れねえぜ」

 少年は鼻を鳴らす。

「魔女って何年前の話をしているんだ? 今じゃ魔女の存在こそ知られていてもその姿や魔法なんか分かりやしない」

「確かにウンカの言うとおりだ。ウンカはいつも正しい」

「お前は未だにその大剣を使ってるのか?」

「ああ、俺の相棒はいつもこいつだ」

 とんと叩く大剣は良い音がした。

「いい加減身のこなしを身につけたらどうだ? 速い攻撃は躱せないだろう」

「お前もいい加減筋肉つけろ」

 この2人はそこそこ仲が良さそうだ。
 馬車は霧を抜けると高い建物の前で停まった。
 あまり信じたくはないが、かなり不釣り合いだ。

 そもそもこの4階建てくらいある木造建築はこんな山奥までどうやって資材を運んできたのやら。

「あら、お集まりですか皆さん」

 白い袴……じゃない巫女っぽい服だがスカートの丈が膝より短い。
 赤いスカートはなかなか挑発的だ。

「うげ、七剣士はもう来てたのか」

 大剣使いの筋肉が顔をしかめる。
 そんな反応をするような不細工じゃないし、むしろ美人なのにどうしてだ?
 茶髪のロングを後ろに払うと背中にある剣の柄がちらりと見えた。

「無礼です、ウンカ様もお越しでしたか」

「うん、山巫女様は俺たちに何かしてほしいみたいだね」

「さすがでございますね。どうやらただの親睦会に見せかけた何かのようです」

 筋肉大男は鼻を掻いた。

「気に入らねえな、何かってなんだ」

「ご自分でお考えに」

 巫女は背中を向けると1、2、3……全部で4本の小刀が見えた。
 腰に2本、背中に2本X字にして差している……いるよなあ、ああいうスタイルで刀を持っちゃう人。
 大したことない奴と見た。

「俺たちもまずは山巫女様にご挨拶しないとな」

 外見以上に中身の造りは日本のお屋敷というような感じだ。
 これを手掛けた奴は日本人だったに違いない。
 馬車が通っているときに見た家はこんなのじゃなかったし……。

「 白虎(びゃっこ)の護剣ウンカが参りました」

「 青龍(せいりゅう)の陣剣ガウガが参上した」

 襖の奥に話しかけたウンカに返ってくる返事はない。
 勝手に開いた襖、その先にいたのは白髪の女だった。
 歳は分からないが肌の艶はある。十代にも見えるがその物腰は落ち着いていて貫禄があった。

「山巫女様、お話を」

「玄武と朱雀は死んだ」

 2人の顔に今までに無い動揺が走る。

「死んだ? どういうことですか」

「そのままの意味だ」

「一体何故! 玄武も朱雀も手練れの剣士、易々と死ぬはずがない!」

 ゆらりと立ち上がった女は白髪の前髪の奥で見たことのある灰色の瞳をこちらに向けていた。

「笑止! お前たちは一体何を馴れ合っている? 七剣士も宮の者でさえ、誰1人孕んではおらぬ。加えて四神のお前たちでさえ馴れ合う始末……これを没落と謂わずなんという」

 焦りのようなものがガウガから感じられる。

「確かに俺たちの昔の定めでは七剣士は四神に付き従い、四神は1人になるまで戦うのが決まりだった。だが、そんな時代はもう古い!」

「違う、お前たちは本質が見えていない。何故自分たちが生かされているか気がついて居ないのだ」

 奥にあった襖からわずかな血の臭い、開かれた場所には先ほどの白装束の巫女と同じ格好をした少女が幾人か折り重なって伏していた。

「……山巫女様、これは――」

「七剣士の4人だ。玄武、朱雀には必要なくなったから刈り取った。お前たちも覚悟しておけ」

 明日の同じ時間にここに来いと言われた2人は死刑を宣告されたように青ざめていた。
 ただ、ウンカだけはすぐに落ち着きを取り戻したみたいだ。

「山巫女は俺たちにこれを見せるために呼んだのか?」

「違う、山巫女様は本来の目的を急いておられる」

「あんな奴を様付けで呼ぶのは止せウンカ! 止すんだ……」

 ウンカはガウガに事の顛末を話す。
 四神の剣士はかつて初代の魔女に付き従う4人の男だったこと。
 魔女がいなくなった後、男たちはそれぞれ魔女の代理人としてこの地を治めてきた。

「それは神話のように昔の話じゃねえか、何だって今更魔女なんか……」

「山巫女様は本当に信じておられるのかもしれない。魔女に並ぶ強さを持つ者が魔女に会うことが許されると」

「そのためにユビトとケンジは死んだってのか!? それだけじゃねえ! 関係のねえ七剣士まで殺しやがった――狂ってやがる……」

 ガウガは男泣き状態だ。状況はまだはっきりとは飲み込めないが、えらいことになってきたな。

「まて、誰か来る」

 廊下の角から現れたのは先の七剣士の1人だ。

「なんだ、ロウカか」

「どうされたのですか?」

 ロウカは胸の前に手をやって軽く驚いている風だ。
 それもそうだろう、さっきまで言い争っていたガウガが泣いているんだから。

「なに、ガウガのやつが山巫女様に労いの言葉を掛けられてな、感激してるのさ」

 何気にフォローするウンカだが、ロウカの目には怪訝そうな色が宿った。

「そうですか? そのようなお方とは存じませんでした。それよりもナナカがいないのですがご存知ありませんか」

「彼女が?」

 ガウガははたと顔を上げる。

「お前によく懐いてたあのナナカか」

 ウンカは思い詰めたように視線を下げていた。

「やはりそうですか、ウンカ様にそのようなお顔をさせるなんて許せません」

「俺はそういう顔をしていたかな?」

「はい」

 ウンカにあった迷いの顔は消えていた。

「ロウカ、済まないがナナカを探して来てくれないか?」

「かしこまりました」

 ロウカが消えたところでウンカの少し長めの髪が後ろを振り返る。

「いつまで見ているつもりですか」

 俺に掛けられた言葉だろう。
 いつまでって言われても答えられない。

「なあウンカよ、お前は感じるというが俺には全く感じ取れん。本当に誰かに見られているのか?」

 ウンカの黒目はきょろきょろと辺りを見回している。

『分かるのか?』

 ウンカの首が縦に振られることに俺は嬉しいやら何やら複雑だった。
 どう考えても嫌な予感しかしない。