ケイの転生小説 - 異世界転移したら13
「そういえばあんたの名前って本当にハクだったのね」

 朝食の席で石に戻った俺に話しかけるルチェルは少しだけ機嫌が良かった。
 俺が消えて幸太と2人きりなのを喜んでいるのか?
 それとも昨日何かあったんだろうか。
 薬草付けのスープに黒くて固いパン。豆と香草の煮付けが朝食メニューのようだ。

「ルチェル、そいつ本当に石なんだよな?」

 幸太は心配そうに俺を眺めている。
 俺は2人を斜め上から見るような視点にいるが2人はそれを気づいてない。
 こうして見ると似合いのカップルに見えなくもないか?

「ええ、何故かは分からないけどいつも戻れるわけじゃないのよ」

「ふうん、本当に困ったことになったみたいだな……そうだ、俺がハクの手助けをしてやろうか」

『どういうことだ?』

 ルチェルも訝しんでいる。
 食事の手が少し止まるが、ルチェルは首を振った。

「奴隷のことだけでも助けて頂いたのにこれ以上お世話にはなれません」

 幸太はにやりと笑う。

「いいや、俺が安心できるまではハクの傍にいさせてもらう。君を信用してないわけじゃないが――」

 そこでメファが奥のカウンターからまたやってきた。

「何だか面白そうな話をしてるね」

 必ずお金は返しますからとルチェルは断ろうとするのを見てメファは幸太頭を軽く小突いた。

「ハクは昨日あたしにちゃんとこの子を守るって言ってたよ」

 え、俺そんなこと言ったか?

「マジかよハク」

 俺は石の中で首を横に振ってみる。
 当然向こうには伝わらない。

 ルチェルは丁度食事を終えたところで席を立つ。

「少し出てきます」

 気分を害したとも取れる声色に顔を見合わせる2人を置いてルチェルは宿を出た。
 丁度そこに風変わりな白衣の男が立っている。

「これを」

 男はルチェルに手紙のような書を手渡すとそのまま宿の中に入っていった……ように見えた。

『今のは?』

「 八面白老(はちめんはくろう)。私たちの親みたいな存在よ」

『はちめんはくろう?』

「そ、嘘……招集がかかってる」

 ルチェルは書を開いて確認してから燃やした。
 一瞬の出来事で気にとめるものはいない。ちょっと魔女っぽかった。

 通りは朝のせいか籠を下げた女性も多い。
 とにかく皆、いろいろな生活があるみたいだ。

「八面白老っていうのは8つのお面を持ってる白い老人のことよ。お面っていってもあの裸の人が付けてたようなお面のことじゃなくて……なんていうか8つの力みたいなもの」

 魔女の親玉と言ったところだろうか。魔女の親玉は魔女じゃないんだな。
 そんなことが分かる頃にはルチェルは小走りで人通りの少ないところに着いていた。
 例の魔法陣を描き、空間に穴を開ける。

「サカシナの精よ、魔女の井戸端へ道を開け――」

 魔法陣へ入ると水の精のようなティアが可愛らしく座っていた。
 何だか表情がなくて何考えてるか全然わからない子だ。

「お待たせして申し訳ありません」

 ランク5と称されるティアはゆっくりと首を横に振って立ち上がる。
 身長はルチェルより低いくらいだし、ランクって強さのことじゃないのか?
 ティアは強そうには見えない。

「行く?」

「はい」

『何が始まるんだ?』

 緊張しているのか、答える余裕も無いのかルチェルは息を呑んでティアの描いた魔法陣を見つめている。

「サカシナの精よ、魔女の井戸端へ道を開け――」

 ティアの開いた 空間の穴(ゲート)の先では既に10人の少女を先頭に円が作られていた。
 ティアを含めて全員魔女なのだろう。
 先頭の魔女の後ろに連なるのは多数の女の子たち……これも多分魔女だ。
 ルチェルも周囲に倣ってティアの後ろに並んでいる。

 青い異質な空間はガラスで出来ているかのようで声が良く響くみたいだ。
 壁という壁は見当たらずいよいよもって異空間のような気がした。

「遅いわぁ、待ちくたびれちゃった」

「これで全員ね」

 中心に立つのは先ほどルチェルの会った八面白老という人物か。

「此度の緊急招集に応じた 11人の魔女(イレブンウィーラー)の諸君にはある決断をして貰おうと思う」

 白老は白いフードを脱ぐと不気味な瞳をこちらに伺わせた。
 白髪の中に見える瞳は見えているのかいないのか、瞳孔が灰色だった。
 その瞳で睨まれるものだから俺は顔が引き攣ってしまう。

「かのバースラの地にアンタイラントが発生した」

 床にどこかの景色が浮かぶ。
 巨大なモニターの上に立っているみたいだ。
 その中に現れた1匹の巨大なアリ……これがアンタイラントか?

 その巨大なアリは人間に噛みつくと一咬みで首をもいだ。

「たった1匹……ですの?」

 白老は首を振る。

「推定は……4億だ」

「4億!? 500年に1度の大魔災か!?」

 白老の首がその声の方に向くと静かに頷いた。

 大陸中を埋め尽くしている黒い影。
 人間の街を襲い、今も数を増やし続けている映像が流れる。

「この依頼にあたっていた 魔女(ウィーラー)は既に死んでいる者もいる」

 次々と述べられるランクの欠落。
 その数は7人だった。うち再起不能が6人。これが多いのか少ないのかは謎だ。

「私たちに情報が来ないのはなぜなの?」

「情報を伝達する手段がないからだ。1日で周辺の村、街、都市、全ての人間だけが食いつぶされる。西の大陸は壊滅状態に陥りつつ在るということだ」

 ぞっとするような広大な地域が示された。
 世界の数分の1が消えようとしているのか?

「こんな状況になるまで魔女に助けを求めない国もどうかしてますわね」

 何かあの喋りとあの見た目気になるな。
 視線を老人の頭上に移して見ると11人の魔女たちはみんな綺麗な女の子たち……というわけでもないようだ。
 明らかに男みたいな奴もいるし、顔を隠してるのもいる。

「諸君らには全員総出で事に当たって貰うことになっている。ランク1の君もだ」

「仰せつかりましたわ」

 わざとらしい挨拶でランク1が後ろに後退する。
 顔を隠す意味があるのか? ランク1って恥ずかしがり屋なんだろうか?
 ふわふわの長い髪だけがはみ出ているけど、青い光のせいかピンクにも赤にも見える。

「先に仕事だわさ。白老、その転移ゲートを出現させえな」

「接続ノードは84だ」

「うひょー、魔力使わせるのかい。いいさね、いいさね」

 変わった緑髪の子もおかしな言葉を発しながら魔法陣を描く。
 ルチェルとは比べものにならない速度だ。

「じゃ、みんなしばらくは開けて置くからご自由に」

「ちょっと、魔力をこの空間に繋げるなんて恥を知りなさいよ」

 誰かが追っていった。

 残された魔女たちも半分くらいは空間に入って行く。
 残ったのは後ろに連なる魔女がいるリーダーだけだ。

「ランク3、ランク5、ランク8の君らは 舎弟(サブ)を持ったか……本来、一桁台の君らが 舎弟(サブ)を持つことの意味は自身の終わりを予見しているときだけだが、そう受け取っていいのかな」

 白老の喋りはやけに軽い。

 それぞれは特に言葉もなく頷く。

「あたいはもうそう長くランク3はやれない。あと1〜2回の魔力解放でシーダーになる。後任は後ろにいるこいつだ」

「……」

「私は有能な後継者を発見したので、譲ります。シーダーにはまだ当分先ですが、シーダーになり死ぬつもりはありませんので引退です」

 白老はティアをあのくすんだ瞳でじっとみている。
 ティアも白老を見ている。
 何なんだ?

「ティア、お前はいつも何も言わねえからわからねえ。その目、知ってるぜ。ランク1を殺し掛けた時の目だ」

 ランクってやっぱ強さじゃないのか?

「殺されたのはティアさんだったじゃないですか。ティアさんは既にシーダーなんですから引退は遅すぎたくらいです」

 静寂が場を支配した。
 というかよく見たらランク8の後ろにいるのはカナリアじゃないか?
 白老は目を瞑り首をカクカクと不気味に動かし始めてそれから再び目蓋を開けた。
 変わらず灰色の眼が周囲を睨んでいる。

「うむ、うむ……では、諸君らの代わりに 舎弟(サブ)が此度の依頼を受けよ」

 それから少し間を置いて、

「無論、ランク上位の戦いをその目で見ながら共に戦うのだ。良いな」

 言い終わると同時に再びゲートが開き、ぞろぞろと先ほどの魔女たちが戻って来た。

「あらま、まだここにいたんかい? さて報告だ白老」

 ランク1の面付きが一歩前に出た。

「敵の集団は数こそ驚異的に増やしてはいるものの、私たちの戦力で問題なく片付けられる。以上」

 白老にとっては嬉しい知らせのはずなのに反応はいまひとつだった。

「次に襲われる街に避難勧告を出し、魔術によって人間の生体反応だけ残してあります。明日の朝には推定5億のアンタイラントが襲来するかと思われます」

 静寂の中、白老は一言だけ「良い」と答えた。