ルチェルの身代金は500メランだった。
安っ。
男だと50メラン。男はさらにゴミみたいな値段になる。
割とこの世界では当然のように奴隷制があるのか、中には親に引かれてやってきた子供までいた。
子供の女の子は最低でも100メランはするようだ。
ちなみに1メランは100円ほどだと分かった。
つまりルチェルは5万円で売られたのだ。
他の女の子はルチェルくらいの歳だと100メランなのでルチェルは普通の子の5倍もの値がついたのだ。
おいこれ喜ぶところか?
腹部の落書きは綺麗に消され、5〜6人が入れる程度の小さな檻に放り込まれたルチェルは早くも今夜にかけて競りに掛けられるらしい。
その間ルチェルは尿意も便意も我慢しなくちゃならなかった。
他の一緒くたにされた女たちはひとまずオマルのようなものの中に用を足してはいる。
しかし、そんなものはとっくに溢れておりいつ取り替えに来るのかさえわからない。
衛生環境は最悪だ。
俺はといえば、目下ルチェルの老廃物や排泄物を素材として抽出中だ。
この炎天下でルチェルの体力も落ちてきたので体力にポイントを振ってもよかったが、生命力と体力の違いがよくわからない。
『……』
片隅で膝を抱えるようにしている女の子たちは何を考えているのだろう。会話はない。
中には結構歳を取った中年もいる。
人身売買に年齢は関係ないようだ。
檻から見える景色から分かることはいえば比較的ここは都会らしいということだった。
大きめの家も見えるし、広場に放置されている俺たちを見物客がぞろぞろとやってくるのだ。
キャラバンのような大きな団体もやってきて俺たちを品定めしている始末だ。
まるで人間が本物の商品だ。
臭いのか鼻を摘まむ者もいるが、そんな者はごく少数で首掛けられた値札を一目見ようとする者の方が圧倒的に多い。
「200メランか」
「使えそうにない」
「せめて50メランだったらな!」
人は相手を人間とさえ思わなければどんな風にもなれる。
俺は昨日まで普通に話していた人間たちがわからなくなりそうだった。
午後になって驚いたのは木の格子から豚のような生き物が頭を覗かせて女たちの排泄物を食い始めたことだ。
これには流石に現実を疑った。
「毎日恒例の奴隷市場だよ! 今日はいいのが揃ってるよ!」
「午前中に入札した奴隷は?」
「数が多かったものについては競売だ!」
日が沈んでから広場で叫ぶ男たち。
大抵は首に掛けられた値で売れていく。
ルチェルの入っていた牢屋からも2人、3人と次々と誰かに引かれて消えていった。
俺は案の定というか、ルチェルが競売にかかるのを見ている。
一通り取引が済むとルチェルはどこかに引かれていく。
台座の前に立たされると台座の横で男が声を張り上げていた。
「さて、本日の目玉だ! ここ数ヶ月ないほどに入札数が最も多かった奴隷をご覧に入れましょう」
まるでエンターテイメントのように男は叫ぶと拍手が沸き起こった。
松明の明かりがルチェルの顔を虚しく映している。
「この少女だ!」
台座の上に登らされると衆人から「おお」とどよめきが起こった。
「出身は分からないが商人に連れて来られてきた少女だ。歯は全部揃ってる、体も健康で傷1つ無い。子供も産める! さらにこの娘は処女だ」
500メランからと言うと男の手が上がった。
人差し指を立てている。
「510!」
次の男は四本の指を立てて見せる。
「550!」
ルチェルは泣きそうな顔になっていた。
檻の中では我慢していたのかもしれない。
『泣くなって、魔装が出来れば逃げられる』
こくこくと頷くルチェルは健気で本当に精神プラスされたのか疑わしくなる。
男の指は裏を向けて2本立った。
「1100だ!」
周囲からどよめきが起こった。
手の平を広げて手を上げた男がいる。
「1150!」
先ほどの男が裏を向けてまた同じポーズを取る。
「2300!?」
これには流石に周囲も驚きを隠せないのか。
たかだか1人の奴隷に20万も出すのは馬鹿らしいって感じか? 人の命だぞ?
俺は少し腹立たしくも感じながら成り行きを見守っていると仮面を付けた変な男が手を内側に向けて上げた。
「11500……1万1500だ!!」
「「ええぇ!?」」「亡国の貴婦人以来じゃないか」「いや、あれは奴隷男爵だ」
「奴隷男爵か、なら仕方がない」
どうやら裏返しに手を上げると倍掛けになるらしい。
一気に5倍に上げるとか、何者なんだあいつは。
100万払うと? ルチェルは可愛いけどそんなに価値があると見抜いたのか? 既に通常の100倍の値だ。
「いませんか!? 1万1500――」
ここまで来ると10単位の表指で戦う連中は全員戦意喪失だ。
すっと手が上がる。
そこには指を2本、裏返しにした男。
「2万! 2万3000だァァ!!」
奴隷男爵は降参を合図するように仮面の前で手を振った。
「この奴隷には今年最高の金額2万3000メランが付きました!」
がやがやと衆目は散り散りとなっていく。ルチェルには絹のような上質なローブが着せられた。
そりゃそうか、200万の奴隷をなんの包装もなしに手渡したりはしないっていう商人のプライドがあるんだな。
手を上げた男が前に出て来る。
おい、何か見たことある顔だぞ……。
「ええと、御代はどちらで?」
この濃い感じの眉と体育会系の手。
鼻が太くて唇が厚い。
まあイケメンなんだがちょっと残念なイケメンといった感じだ。
「どこかの銀行に預金はされてますか?」
「いや、生で持ってるよ」
ドンと何もない空間から飛び出た麻袋には皿のような金貨がごろごろと入っていた。
「な、今一体どこから……王国金貨!?」
「そんなことよりこの子はもう貰って良いんだな?」
「え、ええ! きちんと200万メランはありますから……ありがとうございましたっ」
あまり気の好かない男だったが仕事には誠実な商人なようだ。
ルチェルを引き渡すと金貨を大事そうに抱えて何処かに消えた。
「よし、着いてきてくれ」
幸太、200万メランもの大金をお前はこの1週間で稼いだというのか。
人気の少ないところまでくると幸太はルチェルの縄をナイフで解いてくれた。
ルチェルが大人しかったのはきっと幸太がルチェルにやましい視線を送っていないからだろう。
幸太はこう見えて曲がったことが大嫌いなタイプだ。
女を買って好きなようにするなんて考えもしていないに違いない。
「君はもう自由だ。できれば愛の義賊コウタの名を覚えて置いてくれ」
『ルチェル、俺を実体化させてくれ。そいつは俺の知り合いだ』
Eメーターをてっきり戦闘に使うものとばかり考えていた俺の目論見は大きく外れた。
その代わり、俺の親友と話す機会が出来たんだ。
俺はルチェルが実体化させてくれるのを待った。
「なんで後ろを向いてるんだ?」
視点が急に反転して俺は自分の体を得たのに気づく。
「え、おまえ……まさかハク!?」
目の前にはあのバス事故以来、健全な姿をもう見られないだろうと思っていた幸太の影があった。
「久しぶりだな! コウ!」
近づくと俺と幸太は流れるようにひしと抱き合った。
「すまん、助けを呼んだつもりだったんだが車に轢かれたよ」
「ああ、眞鍋さんから聞いた。でもまさか生きてるなんてな」
「そっちこそ! あの怪我だったんだ……良く生きてたな」
俺はそう言うと幸太は深く溜息を着いた。
「生きてる……か、正直実感はねえよ」
あれだけいつも明るかった幸太が見せたそれは不安になるような暗い目だった。
「何が、あったんだ?」
「夢だよ。まだ俺はあのバスの中にいるような気がするんだ。ずっと毎晩同じ夢を見てる。いつ死ぬかもわからない自分、誰も助けに来ない現実だ」
確かあの時はバスの中で無事な者だけを探していた。
こちらの世界に来ている共通点らしいものは無事な人間である北島と眞鍋さんだけ。
幸太はなぜこちらの世界に来たのか。
「俺も眞鍋さんも北島も死んだからこっちに来た。そういうことじゃないのか?」
「ああ、2人のこともハクは知ってたんだな。それだけじゃないぜ、北島の妹もいた。あとは坂枝も見たな。たぶんあのバスに乗っていた全員がこっちの世界に来ているような気がするんだ」
その2人はバス事故が起きてから一度も見ていない。
幸太は親指で後ろを指した。
「俺の借りてる宿があるんだ。飯も食えるいいところだぜ、良かったら寄って行かないか」
「いいのか? ルチェルは腹ぺこなんだ」
「お前はいいのかよ」
俺は昔の馴染みに戻ったような気がしてルチェルと幸太の後に続いた。
幸太の宿とはレストランと宿が一体となったような建物だった。
木造であることには違いないのだが、結構高そうなところだ。
ルチェルがその日暮らしをしていた宿とは雲泥の差がある。
「帰ったよメファ」
「おかえりコウ。あんた今日も奴隷を買ったらしいね? もうこの街じゃあんたを知らない奴はいないって噂になってるよ」
「まあね、それより今日は昔の友達を連れてきたんだ」
後ろを見てメファという女性は顔を綻ばせた。
「いらっしゃい綺麗なお兄さん」
メファは 侠気(おとこぎ)のある姐御っぽい女性だった。
スレンダーな体格に似合わず幸太を叱る。
「あんたね、いつかそのうち背中から刺されるよ。奴隷屋を儲けさせることは新しい奴隷を作るだけだからね」
「わかってるよメファ……今日で終わりだ。買った女の子から昔の馴染みが出てきたんだ。まさかと思ったよ、メファの言うとおりだった。もう本当にこれで終わりさ」
俺は気になったので聞いてみた。
「ああ、正義っていうのは意識で行うものじゃないってね。メファが言うには何でも正義になり得るからほどほどにしないとだめだって。その、色々勉強させてもらってるのさ」
メファは鼻で笑う。
「やらしい言い方だね!」
嫌味っぽくない至って軽い明るい調子だったが、幸太は顔を赤くした。幸太にしては珍しく歯切れも悪かった。
「ま、積もる話もあるだろうし今日は俺が奢るから泊まってけよ」
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