ケイの転生小説 - ボクは異世界で 96
 ぼくたちが階段を上まで駆け上がったとき、その先に待機していたはずのエリート・オーク二体は、すでに倒れていた。
 首と胴が切り離された豚人間モンスターが、その姿を消していく。
 先行したたまきに斬り伏せられたのだ。

 いまのたまきに、エリート程度じゃなあ。
 周囲には、ほかのモンスターの姿はない。
 ここは控えの間と呼ばれる教室の半分くらいのひろさを持つ待機室で、すぐ目の前の大扉を開ければ、そこが目的地の大広間である。

 かつてはそれなりに見栄えがよかったのだろう、石造りの頑丈な部屋だった。
 リーンさんがいうには、ここと隣の大広間で、他国の大使とかを迎えたのだという。
 だからなのか、高そうな赤いカーテンとか絨毯とか絵画とかがいろいろあって……。

 でもそれらは、みるも無残に破壊されていた。
 絨毯もカーテンも、びりびりに引き裂かれている。
 きっと壮麗だったのだろう絵画は斧で真っ二つに叩き割られ、床に打ち捨てられていた。

「そこのドアを開けるわ、カズさん!」

「いや、開けるのはパラディンに任せろ」

 万が一、罠がかかっていたりしたら、たまきの身が危うい。
 それだけじゃなく、最強戦力の彼女が無力化されでもしたら非常に困る。
 こういうのは、使い捨ての駒の役割だ。

 パラディンふたりが、大扉をこじあける。
 待機室の三倍くらい広い大部屋が見えた。
 周囲の石壁には豪奢なカーテンがかかっていて、明かり窓から陽が差し込んでいる。

 カーテンや壁面は少し薄汚れているけれど、ぼくたちがいる部屋と違い、損傷は激しくない。
 その広い部屋の中央に、頑丈そうな石造りのテーブルがある。
 テーブルのそばに立つ女五人が振り返った。

 全員が幅広のローブをまとい、杖を手にしている。
 フードを深くかぶっていて、その表情はようとして知れない。
 女たちを守るように、少し遅れて黒いオークが二体、両脇から現れた。

 黒いオークは、もちろんジェネラルだ。
 かん高い声をあげてぼくたちを睨む。
 その口が、なにか言葉にならない言葉を紡いで……。

 なにも、起こらない。

 あ、これは……ぼくたちの精神にかかる魔法をなにかかけたのか?

 だとしたら、ラッキーだ。

「カズさん、あの女のひとたち、やっちゃっていい?」

「あ、そうか。たまき、あいつらの正体は大蛇だ。いや……ナーガ、か」

 どうやら幻影の魔法と精神攻撃系の魔法を使ってくるのは間違いないみたいだけど、もちろん、それ以外の攻撃方法だってあるに違いない。

「お蛇さん? とにかくやっちゃえばいいのね!」

「ああ。中央のやつがボスみたいだ」

「わかったわ!」

 和弘はヘイストを皆にかける。
 ほぼ同時に、たまきが部屋のなかに踏み出す。
 ナーガたちをかばうように、ジェネラル・オーク二体が進み出るが……。

 サークレットのナーガが、なにかを呟く。
 その瞬間、ジェネラル・オークの片方の全身が赤い輝きに包まれる。
 あれは……ヘイストかっ!

「パラディン!」

 和弘の合図で、二体のパラディンがジェネラル・オークに踏み込む。
 激しく刃を交え始めた。
 すぐにもう一体のジェネラルも、赤く輝く。

 お互いにヘイストがかかっているから、条件は互角。
 二対二で、推定される互いの武器ランクも同等。
 しかし、パラディンには、和弘のほかの付与魔法もかかっている。

 戦いは、少しだけパラディンの方が有利だ。
 とはいえジェネラルも、油断すれば指弾があり、その身のこなしもたいしたものである。
 油断できる相手では、まったくない。

 だけど、ぼくたちの前衛はパラディンだけではない。

「たまき、いけっ」

「わんっ」

 犬のように叫んだたまきが、飛ぶように駆け出す。
 ジェネラル・オークのそばをすり抜けて、ナーガたちに迫った。

「援護します」

「「ファイア・ボール」」

 ルシアとアリハが、ナーガたちに攻撃魔法を放つ。
 といってもたまきが巻き添えになることを考慮し、ランク5の火の球だ。
 いちおうレジストをかけているとはいえ、フレンドリィ・ファイアだからなあ。

 はたしてルシアの放ったファイア・ボールはナーガたちに直撃……する寸前、ナーガのボスの手前に虹色のスクリーンが展開される。

「しまった、リフレクションだ!」

 和弘の叫び声と炎の球が反射されたのは、ほぼ同時だった。
 ルシアがぼくたちの前に立ちはだかる。

「アイス・シールド」

 ぼくたちの全身を包み隠すほどの氷の壁が展開され、ファイア・ボールの爆発を防ぐ。
 爆風が脇を通って、壁を黒焦げにする。

 氷の壁が消え、前方の様子が判明する。
 たまきの攻撃をリフレクションでもって対処しようとしたナーガ二体が、ちょっとした時間差攻撃によってまたたく間に斬り捨てられるところだった。
 銀の剣を振るう少女は、反射の盾などものともせず、ただ一瞬だけタイミングを外すことで対処してみせたのである。

「こんなの、何度もひっかかるわけないじゃないっ!」

 たまきは、青い返り血を浴びながら、そう叫ぶ。
 残りは、ナーガ二体と中央のボス・ナーガ。

「カズ。ナーガには、群れを統率する貴種、ロイヤル・ナーガと呼ばれる者が存在するようです」

「あいつが、それか」

 たまきがナーガ二体を切り捨てている間に、ロイヤル・ナーガがなにやら呟き、たまきの方を見る。
 とたん、たまきを包むヘイストの赤い輝きが消えた。

「え……え、うそっ」

「ディスペルか! たまき、ほかの魔法は……っ」

「マズいよカズさん、ちょっとちからも落ちてるカンジっぽい!」

 ちからが落ちているってことは、マイティ・アームがきれたのか?

 ってことはこいつ、一度に複数の魔法をディスペルするのか!

 最悪のタイプのデバッファーだ。
 で、この場合、一番マズいのが、アイソレーションを消された可能性で……。

「たまき、強引でもいい、さっさとロイヤルを倒せ!」

「わかってる、けどっ」

「パラディン」

 僕の合図でパラディンが動き出す。
 ナーガ二体が前衛に立ち、幻影を解除して、上体をそらす。
 上からたまきに噛みつこうする。
 鋭い牙が、きらりと光る。

 そこにパラディンが、剣を振るう。
 ナーガは、あわてて避けるが武器ランク11のパラディンが相手では歯が立たず、たやすく葬られた。

 ロイヤル・ナーガが魔法を使った。
 たまきの身体が、電撃に打ちすえられる。
 その動きが一瞬、とまった。

「こんにゃろーっ」

 アツくなって、たまきが突進する。
 ロイヤル・ナーガがなにか呟き、目の前に虹のバリアが形成されるも……。

「そんなの、来るってわかってればっ」

 たまきの斬撃は、リフレクションの効果時間切れギリギリを狙い、繰り出される。
 一刀のもと、その身を真っ二つに叩き斬る。
 これまでになく素晴らしい一撃に、ぼくは思わず、感嘆の声を出す。