和弘の身体がいま、幻狼王シャ・ラウとうりふたつになっていた。
シェイプ・チェンジは、自分自身にのみ使用できる魔法である。
シェイプ・チェンジにはひとつ制限がある。
モンスターの能力は種族固有のものに変化し、特殊能力の類は使用できるが、魔法に関しては本来の術者が使用可能なものしか使えないのだ。
たとえば本来のシャ・ラウは多数の魔法を持っているものの、和弘が変身したシャ・ラウのクローンは、和弘の保持している付与魔法と召喚魔法しか使用できない。
和弘は自身にヘイストをかけ、僕たちのもとから飛び出す。
赤い光をまとい、四本の脚で空中を蹴り、ぐんぐん加速する。
一直線にアガ・スーのもとへ。
アガ・スーは和弘の接近に気づき、触手のような枝を伸ばしてくるも……。
「アクセル」
付与魔法ランク7である。
効果は、意識を加速させる。
和弘がアガ・スーの枝をかわし、足もとに来た枝を蹴ってさらに加速する。
アリスとたまきが、結城先輩と啓子さんが、四方から攻撃を加える。
四体のファイア・エレメンタルが、アガ・スーの枝葉を焼き払う。
本物のシャ・ラウが、迅雷のごとく走り敵の狙いを分散させる。
和弘の右手が銀色に輝き、アガ・スーにかかっていた魔法をすべて解除する。
大樹の全身がまばゆく輝いた。
同時に、激しい衝撃波が全周囲に巻き散らされる。
銀狼の姿になっていた和弘は、アガ・スーの前から吹き飛ばされ、人間に変化していた。
バリアが消えた一瞬を見逃さず、アリスたち四人がアガ・スーに捨て身の突撃を開始していた。
そのなかで巨大トレントの至近距離までたどり着けたのは、啓子さんただひとり。
「もーらいっ」
啓子さんの刺突が、アガ・スーの目のひとつを貫く。
ほぼ同時に、少し離れたところからアリスの伸ばした槍が別の目を貫通する。
耳を弄する絶叫が響く。
アガ・スーは巨体を振り乱して、暴れ出した。
まだ無数の目は残っているものの、さきほどまでのような正確な迎撃はいっさいない。
だが、これほどに大暴れされては、啓子さんですら迂闊に近づけなかった。
「アガ・スーに攻撃を集中だ!」
さきほどまでと違い、やみくもに枝葉を振り乱す超巨大トレントに火魔法の雨が降り注ぐ。
ミアの打ち出した光のビームも幹に吸い込まれる。
連続して爆発が起こる。
和弘は地上に降り立ち、ファイア・エレメンタル四体をすべてディポテーションで送還する。
「シャ・ラウ!」
和弘は叫ぶ。
シャ・ラウの全身が赤黒く輝き、幻狼王は咆哮と同時に飛び出す。
迅雷と共に疾風が吹き抜けた。
轟音が響き渡り、地面がおおきく揺れる。
幻狼王がアガ・スーと衝突したのだ。
空気がビリビリと震えた。
アガ・スーの絶叫が響き渡る。
シャ・ラウの身がひとまわりおおきくなったような錯覚を覚えた。
いや、白銀のオーラのようなものが、幻狼王を取り巻いているのだ。
紫電がきらめく。
次の瞬間、幻狼王を中心として、巨大な爆発が起こった。
砂煙が視界を覆い尽くす。
煙から、シャ・ラウが飛び出てきて、和弘の前に着地した。
何度も何度も地面が揺れる。
「すまない、ありがとう。……で、倒したのか」
『・・・・・・・・・・・』
「え、それってアガ・スーじゃなくて……」
『・・・・・・・・・・・・』
「待て、シャ・ラウ。いまの言葉の意味、どういう……っ」
『・・・』
『魂くらいが発動しました。アガ・スーの魂を喰らい、スキルとスキルポイントに変換します』
土煙を割って、馬ほどのサイズの黒い影が飛び出てくる。
シャ・ラウの全身が紫電を帯び、雷撃を放つ。
だが黒い影は、あっさりと雷撃をかわし、肉薄してくる。
狙いは……和弘かっ!
「させないわーっ」
和弘と黒い影の間に、啓子さんが割り込んだ。
白い剣を振り下ろす。
黒い影から、鋭い刃のようなものが三本、伸び……。
一本が、啓子さんの胸に突き刺さった。
残る二本が、彼女の両腕を斬り飛ばした。
彼女の身体が、スローモーションのように倒れていく。
あ……うあ?
なにが、起こった。
いま、こいつは、なにを……っ。
黒い影は、和弘とシャ・ラウの前に降り立つ。
獣型モンスターだった。
四本の脚で地面を踏みしめ、顔をあげる。
ぼくは目の前の黒い影を、茫然と見る。
シャ・ラウよりはひとまわりちいさい、狼のような姿をしていた。
漆黒の体毛、背中から翼のようなものが生えている。
その両翼の先端は、鋭いカッターのようになっていて、しかもいま、それを長くのばしていた。
啓子さんの両腕を切断したのが、この翼のカッターだ。
そして頭部、赤い獰猛な双眸の上、額の真ん中にこれまた伸縮する白い角が生えていた。
啓子さんの心臓を突き刺したのが、この角である。
いまは彼女の血で、てらてら輝いていた。
鋭き刃の翼もつ一本角の大狼。
そのとき、上空で、ルシアが叫ぶ。
鋭く、そして喘ぐような声で、ぼくたちに警告を発する。
「黒翼の狂狼アルガーラフ! 四天王の一角が、なぜここに!」
その言葉をもって、ぼくたち全員が理解する。
目の前の存在がなんであるか。
どれほどの脅威であるかを、その瞬間に察する。
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