ケイの転生小説 - ボクは異世界で 79
 僕たちが、世界樹に行き、いつもの手順で何度かワープし、リーンさんの家に辿りつく。
 組織のリーダーにもかかわらず、彼女の執務室たるこの木のうろ周辺は静かである。
 見張りの兵士がぼくたちに気づいて、リーンさんに来客を告げる。
 許可を得て、木のうろに入った。
 木のうろには、志木さんたちがいたが全員表情が硬い。

「なにがあったんですか」

 ぼくが単刀直入に訪ねた。
 壁面の橙色の魔法照明に照らされるリーンさんの顔が、いささか青白くなっているように思えた。

「世界樹の結界の一部が、綻びました」

 リーンさんは、端的にいった。
 平静を装っているが、その声はわずかに震えている。

「モンスターの一軍が、世界樹のすぐ近くまで攻めよせています。なかには四天王の姿も確認されました」

 それは、今日聞いたなかでも最悪の報告だった。



 世界樹を覆う結界のうち、三か所に穴ができた。
 修復までに要した時間は、たったの五分。
 だがそのわずかな間に、一千体以上のモンスターが内部へ侵入してしまったという。

「一千体……ですか。しかも、四天王まで」

 楔を持つ人類五つの拠点。
 大陸を守護する楔のうち、ふたつはすでに失われた。
 世界樹の楔をモンスターに奪われたとき、大陸の滅亡という予言が成就する。

 人類にも、ぼくたちにも、もう逃げ場なんてない。
 世界樹を守るために、最後のひとりまで戦う以外、生き残る方法が存在しない。

「それで、みんなで作戦を練っていたわけか」

「ええ・・・といってもまずは敵の情報がわからないと作戦なんて立てようないでしょう」

「そうだな」

 僕たちは、志木さんたちをまねて、車座になって座った。僕の両隣が、ハクカとリーンさんであった。
 リーンさんのおつきの女性が、犬耳をぴくぴくさせながらお茶を持ってきてくれた。

 お茶を飲む。
 驚いたことにひんやりとしていた。
 少し甘い液体が、喉をすっと通っていく。

「精霊魔法を用いて冷却しているのです」

 リーンさんが微笑む。

「それで、侵入してきた四天王についての情報は?」

「そうですね。四天王の一体、植物の王アガ・スーについて」

 四天王の一体、アガ・スー。
 このモンスターが木々を操ることに長けていることからついたふたつ名が、植物の王であるらしい。

「アガ・スーの種族は、トレントであるといわれています」

「トレントって、こっちの兵士も使ってましたよね」

 アリスが素直な疑問を口にした。

「はい。トレントは、この地に古くから棲む種族でした。我々、光の民とは友好関係にあります。もっとも、現在は原生種が少なくなり、使い魔として召喚している個体の方が増えているのですが……」

「ルシアがいってた、クリムゾン・タートルみたいなタイプなのかな。あれは昔、ルシアのご先祖様が召喚したあと、あの地に棲みついたって話だけど」

「ひょっとするとトレントも同様であったのかもしれませんね。歴史に残る限りもっとも古い光の民の伝承にもその名が記述されておりますから、遠い過去の話でしょうが……」

 まあ、そこまで来ると召喚されたのか土着なのかって区別することじたい、意味がないか。
 この世界の成り立ちも実のところ、どこまで神話通りなのかわからないし。
 現在進行形で召喚しているトレントもいるみたいだしなあ。

 木々を操る、樹木の化け物ねえ。

「森のなかで戦うと危険な相手なんですね」

「はい、アリス。おっしゃる通りです。さすがに世界樹が操られることはないと思いますが……あのあたりは特に、樹齢千年を超える大木が多いですから」

 この森、世界樹以外の木もでかいのばっかりだ。
 でも世界樹周辺は、特におおきな樹木が多い。
 それだけ、あのあたりのマナが濃いということなんだろうか。

「アガ・スーの能力ですが、あまり樹齢の高い木を操った場合、動きが鈍くなるとの報告があります。トレントも齢を重ねすぎると老化による弱体化が著しくなるようですので、それと同様の現象なのかもしれません」

 トレントも老いるのか……。
 いや、生きている以上、なんにでも老いはあるんだろうけど。

「それよりも厄介なのが、蔓状植物を無数に操る能力でしょう。大樹などと違い小回りがきき、しかも百体以上を同時に操ります。アガ・スーは、ランペイジ・ソーンと呼ばれるこの能力を用いて、七つの森の国を滅ぼしています」

「単騎でよね。……能力的に考えると、妥当なところかしら」

 志木さんがいう。
 うん、森のなかならどんどん味方を増やせるんだから、そりゃ単独で蹂躙する方が効率いいよなあ。
 って、あれ、じゃあ。

「ひょっとして、ほかのモンスターと連携するとか苦手なんじゃ」

「その可能性もございます」

 和弘の言葉に、リーンさんがうなずく。
 今回、結界のほころびから侵入したモンスターは千体を超えるという。

「希望的観測だけで戦うわけにはいかないわ」

 志木さんが、ぴしゃりといった。

「アガ・スーのほかの能力ですが、ほぼ不明です。と申しますか、これまでは植物を操る能力だけで、交戦したあらゆる軍を叩きのめしてきています。数少ない記録によれば、その護衛を抜けて本体に戦いを挑んだ暗殺部隊もあったようですが……ひとりの帰還者も出しておりません」

「リモート・ビューイングみたいな観察系魔法を使ったって記録はないんですか」

 リーンさんは、黙って首を振った。
 まー、そういう魔法って国家機密だろうし、他国に逃げ延びたひとたちが知らなくても当然か。
 ぼくたちとしては、そういう情報こそ持って逃げて欲しいわけだけど。

 この世界の国々が情報を共有し、連携して戦えるようになるまで、だいぶいろいろなことがあったんだろう。
 リーンさんの口ぶりからして、今日の作戦がその初めて、だったのかもしれない。
 そんな状況じゃ、たしかに……情報がないのも仕方ないよなあ。

「ちなみに、アガ・スーと一緒に侵入したモンスターって?」

「オークを中心とした人型モンスターが中心のようです。ほかに、足の速い四足歩行獣型モンスターが百体ほど。ジャイアントも五十体ほど確認されています」

「脳筋編成っぽいわね」

 たしかに、凝った作戦を取れるような面子じゃなさそうだ。
 統制のとれた攻撃とかは、まず無理そう。
 それだけが唯一の救い、かなあ。

「オーク退治は、育芸館組の十八番ですね!」

「アリスちゃんのいう通りだけど、嫌な十八番ね……」

「といっても、ジェネラルを倒せるのは、ぼくと秋のパーティと桜さん、結城先輩、啓子さんくらいですか」

 育芸館組が高等部組と共闘すれば、オークは充分に殲滅できそう。ジェネラル1体なら育芸館組の1パーティであたれば、勝てるかな。
 ジャイアントと獣型モンスターは、ぼくたちを中心にして分断、殲滅でまあイケるか。
 アガ・スーについては情報が少なすぎてなんともいいがたいけど、その能力がただ樹木を操るだけなら対抗手段はあるだろう。

 問題は、これらがいっしょくたになって出てくることで……。
 うん、いっぺんにこいつら全部は無理ゲー。
 このままじゃ、どうしようもない。

「そうね。すべてのモンスターが一気になだれ込んでくる限り、こちらにつけいる隙はなさそう」

 志木さんが、いった。

「つまり、モンスターたちが数の利を失えばいいわけだよね」

 和弘は皆に、ひとつの提案をする。
 すでに敵は進攻中だが、光の民の親衛隊がなんとか遅延作戦を展開しているとのこと。

 たぶん、被害は甚大だろうけど……。
 いまここで、きっちりとした反撃ができなければ、すべてが終わる。
 彼らが稼ぐ一分、一秒を利用して、万全の対策を練るのだ。

「こういうことをいうべきではないのでござろうが……今回、多少の犠牲は許容いたすほかないでござろう」

 損害の許容。
 その話になったとき、一瞬、口ごもってしまった志木さんにかわり、結城先輩がそういった。
 いままでとは違い、どうしても和弘たち以外のマレビトが最前線の危険な場所を担当することになるからだ。

 ルシアを含めた和弘たち五人は、決戦兵器として、アガ・スー戦に投入される。
 これは決定事項だった。

 いかに和弘たちを消耗させず、アガ・スーのもとへ送りこめるか。

「損害を出すとしても、最小限に抑えなければなりません」

 リーンさんがいう。
 彼女の手持ちの軍は、昨日、今日で極限まで消耗しているはずだった。
 いまは唯一、無傷だった親衛隊を投入しているありさまだ。

 それでも彼女は、ぼくたちの損害を厭う。
 理由は単純で、将来にわたっても神兵級以上と渡り合うことができそうな存在は、ぼくたちマレビトだけだからだ。

 僕たち以外のグループも、あと数日、この激戦を生き延びるだけで、神兵級を相手にできるようになるだろう。
 ほかの者たちも同様で、一か月間、ひたすら戦い続けて生き残れば、ぼくたちは間違いなく、モンスター軍に対する切り札になれる。
 レベルアップと白い部屋の存在は、この絶望的な世界の人類にとって、唯一の希望、最強のチートなのだ。

 とはいえ、そのチートを得た者は、マレビトだけではなくて……。
 ルシアと彼女の姉妹。
 生き残った『素子』はルシアを除いてたった十七人だけど、彼女たちだって、明日以降は充分な戦力になるだろう。

「せめて、明日ならなあ」

 思わず、和弘はそんな言葉をこぼしてしまった。
 皆が苦笑いする。

 うん、そうだよね。
 モンスターがこっちの都合のいいように動いてくれるなら、どれほど楽か。
 いやまあ、これからぼくたちがすることは、それに似ているんだけど。

 つまり、モンスターたちを、ぼくたちの都合のいいように動かす。
 最適の数、最適のルート、最適の場所に誘導する。
 しかるのち、殲滅するのだ。

 リーンさんとぼくたちは、世界樹周辺の地図を見ながら討議を重ねた。
 途中でルシアとミア、たまきもやってくる。

 アリスが治癒するまでもなく、ルシアの右手はくっついていた。
 育芸館組のほかの治療魔法使いにキュア・ディフィジットをかけてもらったとのことである。

「敵が世界樹付近に侵入したと聞きました。リーン、姉たちも参戦を望んでいます」

「そうですか……。では、この後方に。なるべく遠距離攻撃の得意な者だけを参戦させるようにと」

「はい。伝えておきます」

「アリハ・・・君はどうする?お姉さんたちと一緒に戦うか?それとも僕たちのパーティは入る」

「・・・オラーお姉さまに許してもらえるならば、アキたちのパーティに加入したいです」

「伝えておきます」

 ルシアが出ていく。
 入れ替わりに入ってきた兵士が、親衛隊の足止めは限界に近づいていることを告げてきた。
 まあ……よくやってくれたと思う。

 ぼくのMPも満タンになった。
 ぼくたちの装備にハード・ウェポンやハード・アーマーをかけて強化した。

 志木さんが、ぱん、と手を叩いた。
 皆が注目する。

「それじゃ、今日最後の大仕事よ。みんな、生き延びましょう。絶対に勝ちましょう」

 リーンさんをはじめとした全員が、うなずく。
 ぼくたちは順々に、会議室となったリーンさんの家を出ていく。