二十分ほどのち。
ぼくは、今日5体目となるオークから逃げていた。
ハクカが待ち構える落とし穴まで、オークを誘導しているのだ。
上空で使い魔のカラスが、かーと鳴いた。ぼくを応援しているのだろうか。
今度のオークは、いままでと違って槍を手にしていた。
さびた粗末な槍だが、竹槍よりは強そうに思える。
落とし穴に落としたあと、この槍をなんとかしなきゃな、とぼくは考える。
ぼくはオークに追いつかれないよう、しかし引き離しすぎないよう、適度な距離を取って逃げている。
落とし穴の近くまで来た。
ちらりと木陰を見る。
打ち合わせ通り、ハクカが太い木の裏に潜んでいるのが見えた。
ぼくは落とし穴を飛び越え、反対側に着地する。
三度目だ。
慣れたものだった。
振り向く。
ぼくのあとを追ってきたオークは、重い足跡を響かせながら、ぼくと同じ場所を通過し……。
偽装された落ち葉に足を踏み入れる。
オークの姿が消え、次の瞬間、下方からすさまじい悲鳴があがる。
穴を覗きこむと、穴の底の竹槍が、オークの身体を見事に刺し貫いていた。
今回はいつもより槍の刺さりがいい。
おかげでオークは手に握っていた槍を取り落としていた。
槍の対策を立てずに済むのはありがたかったが……。
これで致命傷になったら、まずいんじゃ?
急ごう。
「ハクカ!」
「うん!」
木陰から出てきたハクカが、
「竹槍!」
「・・・えい!」
ハクカは緊張した面持ちで竹槍を握った。
ぼくは彼女に駆け寄り、その震える腕に触れる。
「マイティ・アーム」
ハクカの両腕が淡く輝いた。
レベルアップのおかげか、さきほどより光が強い。
「ありがとう」
「がんばって」
ハクカは、手足を震えさせながら、穴のなかに竹槍を突き入れる。
オークのうめき声が、穴の底から響いてくる。
ハクカのひと突きごとに、オークが悲鳴をあげる。
ハクカは無我夢中で穴のなかに突きを入れ続けた。
やがて、オークの悲鳴が止む。
穴のなかを覗きこんでみると、致命傷を負ったオークの身体が薄く消えていくところだった。
ハクカの身体が、ぴくりと硬直する。
それはほんの一瞬の変化だったが、ぼくはたしかに、ハクカの雰囲気が変化したことを理解する。
そう、彼女はレベル1になったのだ。
ぼくと同じ立場、あの白い部屋に入る資格を得たのだ。
そしておそらく、この一瞬、彼女はあの部屋で長い時間を過ごした。
ノートPCでいろいろ調べろ、とぼくはアドバイスしていたから、それに従っていれば、少なくとも一時間か二時間は過ごしたに違いない。
だからこそ、彼女は落ち着いている。
ハクカが、おおきく息を吐き出す。
槍を手にしたまま、ぼくを振りかえる。
「治療魔法を取りました」
ハクカはいった。
「白い部屋、本当だったんだね」
ぼくは苦笑いした。
「ちょっと信じられないような現象だよな」
「うん」
実際、ぼくだって、立場が逆だったら……。
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