ケイの転生小説 - ボクは異世界で 24
 和弘と志木さんは、明るい顔で、僕たちに手を振った。

「みんな、お待たせ。カズくんとの会議は終わったわ。作戦を説明するから、みんなを集めて」

 志木 縁子が和弘を呼ぶときの名前が変わったことに、全員が気づいた。
 アリスが探るような目で和弘を見てくる。
 和弘は安心させるようにアリスの肩を叩いたあと、耳もとで囁いた。

「それ、どういう意味で、仲直り、ですか」

 アリスがジト目で睨んだ。

 和弘は、あれー?

 と首をかしげた。
 それを見ていた志木さんが、胸の前で腕を組み、あきれ顔になった。

「カズくん、大物ね」

「馬鹿だっていっているように聞こえるぞ」

「いってるのよ。心配しないでいいわ、アリスちゃん。リーダー間のわだかまりを解消しただけよ」

 アリスは目をぱちくりしたあと、ようやく納得がいったようで、なるほどとうなずいた。

「カズさん、がんばったんですね」

「アリスやみんなのおかげだ。あと、一番がんばっていたのは志木さんだから」

「はい。でも、わたし、嬉しいです」

 アリスはにっこりする。
 和弘はアリスの髪を撫でた。
 アリスは幸せそうに目を細める。

「はいはい、そこ、いちゃついてないで。説明、始めるわよ」

 志木さんが手を叩いて、静聴を促した。



 現在、育芸館でレベル1以上になっている生徒は、ぼくを入れて13人。
 システム上、ひとつのパーティは六人までだ。
 ぼくたちは、3人、3人、六人、ひとりの4パーティに分かれることになった。

 3人パーティは、和弘、アリス、たまきの主力パーティだ。
 もう一組の3人パーティは、僕、白花、ミアのパーティだ。

「何で、ミアがいるんだ?」

「・・・ダメ?」

 とミアが聞いてきた。

「別にかまわないけど、和弘さんのパーティじゃないのか」

「その辺は、事情があってね。アリスちゃんやタマキちゃんにも了解してもらったわ」

 志木さんが言ってきた。
 アリスとタマキを見ると頷いてきた。
 和弘は志木さんと作戦を話してきたので、おそらくミアについてはしっているはずだ。

 さて、残りの七人のうち、志木さんを除いた六人でパーティをつくる。
 志木さんはソロだ。これは彼女の提案だった。

「いざというときのためよ。作戦を練る時間が欲しくなったときね」

 ソロなら、自分がレベルアップするタイミングを自分で決められる。
 白い部屋をとことんまで使い倒そうという彼女の発想は、頼もしい。
 基本戦略は、簡単だった。

「育芸館は、籠城に向かない建物よ。脇の壁を壊されて侵入でもされたら、どうしようもなくなる。さっきのオークたちはそんなことしてこなかったけど、エリート・オークはどうかしらね。だからわたしたちは、打って出ましょう。幸いにして育芸館に至る道はひとつだけで、道幅も五メートル程度しかないわ。周囲は木々が密に生い茂っていて、集団戦が難しい。あそこなら、オークが何体いても、せいぜい三体程度しか横に並べない。守るのに最適の地形は外にあるのよ」

 主力となるのは、槍を主武器に選んだ少女たちだ。
 アリス以外にも、槍術を上げた者が三人いる。

 そのうちのふたりは、さきほど居残って育芸館の防衛に貢献し、レベル2になっていた。
 共に槍術スキルをランク2にしている。
 彼女たちを横一列に並べて、道に壁をつくるのだ。

「槍の壁の前に浅い段差を掘るわ。この作業は急いで始めてちょうだい。二、三十センチでいいから、カズくん、お願いね」

 和弘は了解、といった。
 説明を最後まで聞かず、シャベルを持って育芸館を出ていった。

「左右の森からまわりこんで来るオークについては……」

 志木さんの説明が続いている。



 志木さんの説明が終わったので、志木さんの説明以外にもやれることをやることにした。

「サモン・ウェポン」

 長槍を4本ほど召還した。
 アリスたちに振ってもらった。

「大丈夫です」

「そうか。本当は弓といいたいけど」

「余裕があれば習得させるわ」

 志木さんが言ってきた。
 少し間が空くと

「しかし、風魔法を習得する人をあと二人ほど増やすというのはどうなんだ」

「これからのことを考えてね」

「これから?」

「ええ・・・・風魔法ランク2までには最低限、いってもらいたいのよ」

「・・・なんで?」

 白花が疑問の声を上げる。

「女子寮、育芸館ともに開放して、残すところは校舎と男子寮と職員寮になる。そこで有用になるかもしれないのがサイレント・フィールドになる」

「ええ・・・といってもオーク次第になるわね」

「お疲れさまです」

 後ろから声をかけられた。
 振り向けば、中等部の女の子がひとり、ぼくのそばに立っていた。
 さっき育芸館の留守番をしていた子のひとりだ。

 白いお皿を手にしている。
 海苔を巻いたおにぎりが四個、乗っていた。

「具がシャケ缶しかなくて、申し訳ないんですけど……」

 はにかんでぼくを見上げてくる。

「あ、手が汚れていますよね。いまハンカチを」

「ありがとう」

 水で手をきれいにした後、彼女からハンカチを借りて、手を拭いた。
 ぼくはおにぎりを食べた。
 塩分のきいたおにぎりは、労働のあとだからか、とてもおいしかった。
 というか、お腹がすいていて、あっという間に四個全部、ぺろりといけてしまった。

 そういえば朝食は日の出前だったんだよなあ。
 午前中だけでいろいろありすぎて、お腹がすく、ということすら忘れていた。

「ごちそうさま。すごくおいしかった」

「お粗末さまです。わたしが握ったんですよ」

 そういって、少女は笑った。

「へえ〜、料理上手なんだね」

「いいな〜、私、下手なんだよね」

「白花ちゃんも頑張れば、上手になりますよ」

「そうかな」


 それから20分ほどのち。

 槍を持つ少女三人が、横幅五メートル、高さ二、三十センチ、奥行き三メートルの浅い溝を挟んで、敵を待ち構えている。
 彼女たちの後ろには、和弘と使い魔の灰色狼が一体。
 和弘の後ろには、僕、白花、ミアの3人がいる。
 残りのメンバーは左右の森と樹上に展開していた。

 地鳴りがする。
 中等部本校舎の方面から、土煙があがっている。

 準備万端で待ち構えるぼくたちのもとへ、オークの大軍が進撃してくる。
 地面が揺れているのは、彼らの行軍の音だった。
 うわあ、ものすごい迫力だ。

 オークたちの先頭が、五十メートルほど先のカーブを曲がる。
 ぞくぞくと曲がる。
 ぼくたちの姿を見つけて、怒号をあげる。

 オークたちは凶暴に猛り狂い、土を踏みならして迫ってくる。
 圧倒的な暴力が近づいてくる。

 槍を持つ少女たちが怯えるものの……。
 なんとか、全員が踏みとどまる。

 女子寮の戦いを反省し、今回は彼女たち全員に付与魔法ランク1のクリア・マインドをかけてあるのだ。
 意志を強くするというこの魔法のおかげで、彼女たちはオークの大軍を見ても逃げ出さずにいる。

 しかし、それにしても。
 オークの数は、マジで百体以上だな。

 ぼくは極力、平静を装った。
 もっとも内心では、だいじょうぶだろうかと怯えまくっている。

 先頭のオークが、和弘の掘った溝のなかに足を踏み入れる。
 二番目のオークもそれに続く。
 オークたちが一斉に武器を振り上げ……。

「いまだ、ミア!」

「ん。アース・ピット」

 ミアの無気力な声で、魔法が発動する。
 地魔法ランク3、アース・ピットは、地面に穴を掘る魔法だ。
 効果範囲は直径三メートルの円。深さは最大で五メートル。

 ただし、一気に深い穴ができるわけではない。じょじょに沈み込む。
 とはいえ、これを溝に沿って発動すれば……。

 向かって左手にいたオーク、前後あわせて三体の足もとがおおきく揺れる。
 ちょうど武器を振りかぶり踏み込んだところだった三体が、思わずバランスを崩した。

 そこに、槍を持つ少女たちが次々と刺突を入れている。

 後続のオークは踏みとどまろうとするが、勢いがついたさらに後ろのオークたちが背中を押す。
 オークたちは折り重なって、沈降していく地面に倒れ伏す。
 次第に深くなっていく穴に、ぞくぞくと落ちていく。

 そして右手のオークたちも、横の相棒たちが消えたことで動揺した。
 立ち止まってしまう。

「アース・ピット」

 情け容赦なく放たれたふたつ目の穴が、右手のオークたちの足もとにもひらく。
 こちらもまた、後続にどんどん押し出され、先頭のオークから順番に落ちていく。

 オークの悲鳴。
 潰されて呻く声。
 断末魔の絶叫が響き渡った。