和弘と志木さんは、明るい顔で、僕たちに手を振った。
「みんな、お待たせ。カズくんとの会議は終わったわ。作戦を説明するから、みんなを集めて」
志木 縁子が和弘を呼ぶときの名前が変わったことに、全員が気づいた。
アリスが探るような目で和弘を見てくる。
和弘は安心させるようにアリスの肩を叩いたあと、耳もとで囁いた。
「それ、どういう意味で、仲直り、ですか」
アリスがジト目で睨んだ。
和弘は、あれー?
と首をかしげた。
それを見ていた志木さんが、胸の前で腕を組み、あきれ顔になった。
「カズくん、大物ね」
「馬鹿だっていっているように聞こえるぞ」
「いってるのよ。心配しないでいいわ、アリスちゃん。リーダー間のわだかまりを解消しただけよ」
アリスは目をぱちくりしたあと、ようやく納得がいったようで、なるほどとうなずいた。
「カズさん、がんばったんですね」
「アリスやみんなのおかげだ。あと、一番がんばっていたのは志木さんだから」
「はい。でも、わたし、嬉しいです」
アリスはにっこりする。
和弘はアリスの髪を撫でた。
アリスは幸せそうに目を細める。
「はいはい、そこ、いちゃついてないで。説明、始めるわよ」
志木さんが手を叩いて、静聴を促した。
現在、育芸館でレベル1以上になっている生徒は、ぼくを入れて13人。
システム上、ひとつのパーティは六人までだ。
ぼくたちは、3人、3人、六人、ひとりの4パーティに分かれることになった。
3人パーティは、和弘、アリス、たまきの主力パーティだ。
もう一組の3人パーティは、僕、白花、ミアのパーティだ。
「何で、ミアがいるんだ?」
「・・・ダメ?」
とミアが聞いてきた。
「別にかまわないけど、和弘さんのパーティじゃないのか」
「その辺は、事情があってね。アリスちゃんやタマキちゃんにも了解してもらったわ」
志木さんが言ってきた。
アリスとタマキを見ると頷いてきた。
和弘は志木さんと作戦を話してきたので、おそらくミアについてはしっているはずだ。
さて、残りの七人のうち、志木さんを除いた六人でパーティをつくる。
志木さんはソロだ。これは彼女の提案だった。
「いざというときのためよ。作戦を練る時間が欲しくなったときね」
ソロなら、自分がレベルアップするタイミングを自分で決められる。
白い部屋をとことんまで使い倒そうという彼女の発想は、頼もしい。
基本戦略は、簡単だった。
「育芸館は、籠城に向かない建物よ。脇の壁を壊されて侵入でもされたら、どうしようもなくなる。さっきのオークたちはそんなことしてこなかったけど、エリート・オークはどうかしらね。だからわたしたちは、打って出ましょう。幸いにして育芸館に至る道はひとつだけで、道幅も五メートル程度しかないわ。周囲は木々が密に生い茂っていて、集団戦が難しい。あそこなら、オークが何体いても、せいぜい三体程度しか横に並べない。守るのに最適の地形は外にあるのよ」
主力となるのは、槍を主武器に選んだ少女たちだ。
アリス以外にも、槍術を上げた者が三人いる。
そのうちのふたりは、さきほど居残って育芸館の防衛に貢献し、レベル2になっていた。
共に槍術スキルをランク2にしている。
彼女たちを横一列に並べて、道に壁をつくるのだ。
「槍の壁の前に浅い段差を掘るわ。この作業は急いで始めてちょうだい。二、三十センチでいいから、カズくん、お願いね」
和弘は了解、といった。
説明を最後まで聞かず、シャベルを持って育芸館を出ていった。
「左右の森からまわりこんで来るオークについては……」
志木さんの説明が続いている。
志木さんの説明が終わったので、志木さんの説明以外にもやれることをやることにした。
「サモン・ウェポン」
長槍を4本ほど召還した。
アリスたちに振ってもらった。
「大丈夫です」
「そうか。本当は弓といいたいけど」
「余裕があれば習得させるわ」
志木さんが言ってきた。
少し間が空くと
「しかし、風魔法を習得する人をあと二人ほど増やすというのはどうなんだ」
「これからのことを考えてね」
「これから?」
「ええ・・・・風魔法ランク2までには最低限、いってもらいたいのよ」
「・・・なんで?」
白花が疑問の声を上げる。
「女子寮、育芸館ともに開放して、残すところは校舎と男子寮と職員寮になる。そこで有用になるかもしれないのがサイレント・フィールドになる」
「ええ・・・といってもオーク次第になるわね」
「お疲れさまです」
後ろから声をかけられた。
振り向けば、中等部の女の子がひとり、ぼくのそばに立っていた。
さっき育芸館の留守番をしていた子のひとりだ。
白いお皿を手にしている。
海苔を巻いたおにぎりが四個、乗っていた。
「具がシャケ缶しかなくて、申し訳ないんですけど……」
はにかんでぼくを見上げてくる。
「あ、手が汚れていますよね。いまハンカチを」
「ありがとう」
水で手をきれいにした後、彼女からハンカチを借りて、手を拭いた。
ぼくはおにぎりを食べた。
塩分のきいたおにぎりは、労働のあとだからか、とてもおいしかった。
というか、お腹がすいていて、あっという間に四個全部、ぺろりといけてしまった。
そういえば朝食は日の出前だったんだよなあ。
午前中だけでいろいろありすぎて、お腹がすく、ということすら忘れていた。
「ごちそうさま。すごくおいしかった」
「お粗末さまです。わたしが握ったんですよ」
そういって、少女は笑った。
「へえ〜、料理上手なんだね」
「いいな〜、私、下手なんだよね」
「白花ちゃんも頑張れば、上手になりますよ」
「そうかな」
それから20分ほどのち。
槍を持つ少女三人が、横幅五メートル、高さ二、三十センチ、奥行き三メートルの浅い溝を挟んで、敵を待ち構えている。
彼女たちの後ろには、和弘と使い魔の灰色狼が一体。
和弘の後ろには、僕、白花、ミアの3人がいる。
残りのメンバーは左右の森と樹上に展開していた。
地鳴りがする。
中等部本校舎の方面から、土煙があがっている。
準備万端で待ち構えるぼくたちのもとへ、オークの大軍が進撃してくる。
地面が揺れているのは、彼らの行軍の音だった。
うわあ、ものすごい迫力だ。
オークたちの先頭が、五十メートルほど先のカーブを曲がる。
ぞくぞくと曲がる。
ぼくたちの姿を見つけて、怒号をあげる。
オークたちは凶暴に猛り狂い、土を踏みならして迫ってくる。
圧倒的な暴力が近づいてくる。
槍を持つ少女たちが怯えるものの……。
なんとか、全員が踏みとどまる。
女子寮の戦いを反省し、今回は彼女たち全員に付与魔法ランク1のクリア・マインドをかけてあるのだ。
意志を強くするというこの魔法のおかげで、彼女たちはオークの大軍を見ても逃げ出さずにいる。
しかし、それにしても。
オークの数は、マジで百体以上だな。
ぼくは極力、平静を装った。
もっとも内心では、だいじょうぶだろうかと怯えまくっている。
先頭のオークが、和弘の掘った溝のなかに足を踏み入れる。
二番目のオークもそれに続く。
オークたちが一斉に武器を振り上げ……。
「いまだ、ミア!」
「ん。アース・ピット」
ミアの無気力な声で、魔法が発動する。
地魔法ランク3、アース・ピットは、地面に穴を掘る魔法だ。
効果範囲は直径三メートルの円。深さは最大で五メートル。
ただし、一気に深い穴ができるわけではない。じょじょに沈み込む。
とはいえ、これを溝に沿って発動すれば……。
向かって左手にいたオーク、前後あわせて三体の足もとがおおきく揺れる。
ちょうど武器を振りかぶり踏み込んだところだった三体が、思わずバランスを崩した。
そこに、槍を持つ少女たちが次々と刺突を入れている。
後続のオークは踏みとどまろうとするが、勢いがついたさらに後ろのオークたちが背中を押す。
オークたちは折り重なって、沈降していく地面に倒れ伏す。
次第に深くなっていく穴に、ぞくぞくと落ちていく。
そして右手のオークたちも、横の相棒たちが消えたことで動揺した。
立ち止まってしまう。
「アース・ピット」
情け容赦なく放たれたふたつ目の穴が、右手のオークたちの足もとにもひらく。
こちらもまた、後続にどんどん押し出され、先頭のオークから順番に落ちていく。
オークの悲鳴。
潰されて呻く声。
断末魔の絶叫が響き渡った。
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