ぼくは、リーンさんに手伝ってもらい専従契約の儀式をやることにした。
地面に特殊なインクで魔法陣を描き、触媒となる貴重な魔法物質をばらまいたりする。
ちょうどカナーグとの儀式が終わったあたりで、
「状況が変わったようです」
「そうか」
「カズたちに知らせます」
「ああ」
リーンさんと一緒に執務室に向かう。
リーンさんが鷹で志木さんと結城先輩に事情を説明する。
志木さんも結城先輩も偉く前向きな返答であった。
そして、和弘が転送されてきた。
「黒翼の狂狼アルガーラフから協力の要請がありました。シキとユーキは、前向きな返答をしたいとの意見です」
「そうきたか……」
「はい。やはり亡霊王ディアスネグスは、世界を滅ぼしてでも魔王のあとを追おうとしているようです」
しばしののち。
ぼくを含めた13名の生徒が、学校の山のふもと戦場から少し離れた木陰に出現した。
全員が、裏に例の布を縫い込んだジャージを着用している。
そこには、一体の黒豹とおぼしき動物が待ち構えていた。
いや、黒豹に似た体躯のモンスターである。
結城先輩が勝手にクァールと名づけたらしい。
なんかの古典SFに登場するクリーチャーの名前とのことだ。
いいのかな……まあいいか、別に。
で、お座りしていたクァールが、ぼくたちの出現に反応してゆっくりと立ち上がる。
赤い目で、ぼくたちを順に見て……。
和弘と視線を合わせる。
『おまえが、リーダーか』
クァールのテレパシーが脳に響いた。
「そうだ。詳しい話を聞かせてくれ」
『亡霊王ディアスネグスはこの山に存在する楔を用いて別の世界に転移しようとしている。やつがそれを為した場合、この大陸は今度こそ崩壊するだろう。わが主はそれを阻止したいと考えている。その限りにおいて、われわれとおまえたちは共闘できると』
「ディアスネグスの目的について、証拠はあるのか」
クァールは鼻で笑った。
『証明などできるものか』
ま、そうだよな。
「誠実で結構。共闘期限はいつまでだ」
『わが主が亡霊王ディアスネグスを討伐するまで。主は、ここで必ずや奴を打倒すると決意されておられる』
「逃げられたりした場合は。あるいはそっちが撤退する場合は」
『万が一にもそのようなことはないが、そのときは互いがディアスネグスとその配下とのすべての交戦を終了するまでとしよう』
なるほど、妥当なところだ。
「わかった、それでいい。ぼくたちは、なにをすればいいんだ」
『ディアスネグスの精鋭が、楔のもとに辿りつこうとしている。これを阻止して欲しい』
「楔は、どこにある」
『おまえたちがチュートーブと呼ぶ場所のホンコーシャの地下だ』
中等部本校舎の地下。
まさか、あそことは……。
「どうして、それがわかった」
『われらが軍団は、ザガーラズィナーのもとにスパイを送り込んでいた』
「スパイ……味方に、か」
いやまあ、彼らにとっては潜在的な敵だったんだから、それも当然か。
アルガーラフは、ずっとこういった事態に備えていたのだろう。
いやまあ、いくらなんでもぼくたちが四天王を二体も倒すなんてミラクルに期待していたとは思えないんだけど……。
『おまえたちのもとに送り込んだスパイは、すべて殺されたがな』
ああ、そういうことか。
いろいろなことの整合性がとれたような気がした。
「ドッペルゲンガー……。あいつらは、おまえたちの手のものだったのか」
ぼくたちがどういう立場なのか、きっと以前から探り続けていたに違いない。
そして……目の前のクァールが、いきなり和弘を見てリーダーだと判断したのも、ぼくたちに関する情報が相応に揃っていたとするなら理解できる。
もっとも、そのドッペルゲンガーは高等部でだいぶ殺戮したっぽいし、シバのやつに化けて扇動とかもしてたっぽいし……結城先輩にとっては、かなり憎むべき敵だったんじゃないかな。
そう思って、彼をちらりと見れば。
面頬の奥、鋭い眼光でクァールを睨む彼の姿があった。
クァールは気づいているのかいないのか、まったく動じていない。
結城先輩の方も、余計なことはなにもいわない。
と……。
そのクァールが全身を震わせた。
切り立った耳が、ピンと立つ。
『どうやら、ディアスネグスの精鋭がチュートーブに向かったようだ。時間がない』
「わかった。こちらはすぐにでも出発できる。中等部の本校舎に向かえばいいんだな」
和弘は、背中を振り返る。
取り引きの行方を黙って見守っていた人々が、うなずいてみせる。
第一パーティが、和弘とアリス、たまき、ルシアの四人。
第二パーティは、高等部から結城先輩と啓子さんに中等部から長月桜と火魔法使いの百合子と潮音で五人
第3パーティは、僕、ハクカ、アカネ、アリハの4人。
合計でたったの13名だが、忍者コンビ以外は全員がランク9のスキルを持つ精鋭中の精鋭である。
というか、ランク9のスキル持ちという条件で集めたところこの13人しかいなかったというのが実情なんだけど……。
足りない分は、使い魔で補うことになる。
とりあえず、そう、中等部までの道のりを踏破するためにも。
「サモン・ファミリア:天亀ナハン」
全長五メートルくらいはある巨大な亀が出現する。
甲羅の上に、浅黒い肌の老人の上半身が乗っていた。
仙人のように中華風の服を着た、瞑目する老人だ。
老人は微動だにしないが、亀の頭部がこちらを向いて、軽く頭を下げる。
和弘はナハンにうなずき、僕たちに甲羅の上に乗るよう促す。
「ナハン、ぼくたち全員を乗せて姿を消せるか。普通のやつじゃなくて、アンデッドからも身を隠せる高度なやつだ」
『可能だ、主よ』
「じゃあ、それで移動する。方角はこちらで指示を出す」
リーンさんの鷹が二体、ナハンの上に舞い降りた。
最後に、ちゃっかりとクァールもナハンの甲羅に飛び乗った。
天亀が宙に舞い上がる。
「ガメラのように回転はしないのでござるな」
なにいってんだこのひとは。
「高速回転したら、とうてい乗れたもんじゃないでしょう……」
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