ケイの転生小説 - ボクは異世界で 115
 蓄魔石は、すべて和弘たちが持つことになった。
 最初は「半分くらい結城先輩たちが使ってください」といっていたのだが……。

「なんだかんだで、いちばん厳しいところはカズ殿たちに任せることになるでござるよ。その八個の保険で、少しでも勝率を上げて欲しいでござる」

「そうよー、わたしたちは本当に厳しい戦いじゃ役に立たないものー」

 結城先輩も啓子さんもガンとして受け取らなかった。
 蓄魔石は、魔法を込めて発動できるものみたいだ。

 アクセルを蓄魔石六個にリフレクションを蓄魔石二個に込めていた。
 そんなことをしている間に、水鏡のなかの映像に変化があった。
 アルガーラフ配下と思われる魔獣軍団が、ディアスネグス率いるアンデッド軍団に対してえらく強引な攻勢に出たのである。
 あちこちでアンデッド軍団の守りを食い破るも魔獣軍団の被害も甚大なようだった。

「これは……魔獣軍団は高等部の校舎を目指しているようですね」

 ルシアが呟く。

「アルガーラフの部下たちは、あそこになにかあると気づいたのでしょうか」

「なにかって……そういえば、グラウンドの下によくわからない施設があったか。でもあれは、爆破しちゃったよね」

 残った二体の四天王同士が争っているという状況で、だからぼくたちは、なんとかして彼らの目を盗み、最高のタイミングで動く必要があるのだが……。
 この動きを利用することはできるのだろうか。

「魔獣軍団がここまで強引に動く以上、よほどのなにかがあるのでござろうが……もしそれが、われわれにとっても重要なものであるなら、介入するのはいましかないでござろう」

「あの、それって世界が滅ぶとかそういうことですか」

「そうでござる、アリス殿。一昨日の夕方、ミアが両脚を犠牲にしてアルガーラフから手に入れた情報が確かであれば、あやつはほかの魔王軍と違い、この世界が滅亡しては困ると考えているのでござろう」

 結城先輩のいう通り、この両軍の対決において重要なのは、彼らがなにを巡って争っているかである。
 もしアルガーラフたちの敗北によって世界がヤバいことになるのなら……。
 ぼくたちは、一時的にでも彼らと共闘する必要があるだろう。

「最悪の場合、生贄になる可能性もありますが……。一部の部隊を魔獣軍の近くに送り出しましょう」

 リーンさんがいった。

「うまくいけば、アルガーラフの方から接触してきてくれるかもしれません」

「待ってください、だったらぼくたちが行きます」

「それはダメです」

 世界樹の守護者たる少女は、きっぱりと首を振る。
 犬耳がぴょこぴょこと動いて、彼女の落ち着かない心中をあらわしているようだった。
 彼女は、和弘を澄んだルビーの瞳で見つめてくる。

「カズ、あなたがたは切り札なのです。このような危うい賭けの駒にはふさわしくありません」

「わかってはいるけど……みすみす捨て石を繰り出すのはさ。ぼくたちなら、万一襲われても生き残れる可能性が高いよ」

「それでもです」

 きっぱりと断られてしまった。
 ちらりと志木さんの方を見れば、腕組みして胸を張って、厳しい顔をしている。
 当然だとばかりに睨んでいた。

「カズくん。わたしたちは、いまできることをしましょう」

「たとえば?」

「あの戦いに介入するなら、準備しないと。とりあえず、アンデッド対策のお守りとかね」

 なるほど、三池歌音の音楽スキルか。
 聞けばあれからいろいろと研究が進んだという。
 ジャージにお札を縫い込むことで、条件起動型効果付与することが可能だとか。

「条件起動型?」

「たとえば、ジャージを切り裂くような攻撃がきた場合、お札が破れてその効果を減殺する、とかね。リアクティブアーマーみたいなものだと考えて」

「それ、結城先輩の案でしょ」

 志木さんは目を丸くして驚いた。

「よくわかったわね」

「なんか、だんだんあのひとの思考パターンがわかってきたというか……」

 いかにもって感じだもんなあ。



 ぼくと志木さんと和弘で、歌音のところにいってみることになった。
 ワープで歌音の仕事場の小屋へ赴くと小屋のなかから複数の歌声が聞こえてくる。

「ほかのひとにも音楽スキルを取ってもらって、ちょっと研究をね。高等部の子なんだけど」

「そうか。ま、戦いに向いてないひとは多いだろうからね」

 小屋のなかで待っていたのは、歌音のほかにふたりの少女。
 高等部の一年生と二年生だという。
 高等部は、音楽スキルを4まで上げたとのことで、このスキルは複数人が同時に歌うことで相乗効果が得られる等の研究成果があったようだ。

「複数の効果を付与することは、未だにできていませんけど……。お札の能力を強化することはできました」

 歌音は、ぼくを見て少しはにかんだ笑みを浮かべる。
 最年少ではあるものの、いちばん最初に音楽スキルを研究していた彼女がリーダーであるとのことだ。
 ちらっと見る限り、高等部のふたりはおとなしそうな子だからなあ。

「リーンさんから状況はお聞きしました。どんなお札を用意しましょうか」

 部屋の隅で、一匹の鷹がぴしっと片羽根を持ち上げた。
 ああ、リーンさんの使い魔がここにいるのか……。
 あらかじめ説明してくれているのは、助かることだ。

「アンデッドに強い効果とか、付与できるかしら」

「スケルトンとかですよね。話には聞いていますけど、実際には見たことがないんですが……。守る方でいいんですよね。とりあえず、やってみましょうか」

 歌音は青く染めたハンカチサイズの布を束にしてテーブルに乗せ、上級生のふたりと声をそろえて歌い始めた。
 君が代だった。
 普通に歌っているだけに見えるのに、聞いているとなぜか涙が出てくる。

 そういえば、昨日、彼女がさくらさくらを歌っているときも、こんな感じだったな……。
 胸の奥底にあるなにかが、じんわりと熱を持つ。
 じわじわとこみあげてくるものがある。

 見れば、志木さんも泣いていた。
 やっぱり、これって……音楽スキルの効果なのかなあ。
 ぼくは思わず、胸を押さえた。

 歌が終わる。
 ぼくと志木さんと和弘は、拍手をしていた。
 歌音が恥ずかしそうに笑う。

「これ、ジャージに縫いつけて使ってください」

 青い布を二十枚ばかり手渡された。
 ジャージの裏に縫いつければいいという。

「ミシンは事務所の方にあるから、いきましょうか」

 歌音は、最後に「がんばってくださいね!」と激励してくれた。
 高等部のふたりが、頭を下げてくる。



 すみれたちのいる木のうろで、ミシンの音が響く。
 こういったことに長けるという少女が、まだぼくたちの付与魔法で強化されていないジャージの裏面に、青い布を手際よく縫いつけていく。
 それが終わったら、ぼくたちがハード・アーマーをかけるのだ。

 これ、順序を逆にするとミシンの針が通らない。
 ハード・アーマーのかかったジャージは、折り曲げたり引っ張ったりしても柔らかさが変化するわけじゃないけど、穴をあけたり叩いたりすると、その衝撃を見事に吸収してみせる。

 予備のジャージがたくさんあって幸いだった。
 中等部の子用のジャージもぼく用のジャージも。
 なぜか忍者装束もここに複数、保管されていて……おいこれ、誰が置いていったんですかねえ。

「あ、その忍者装束、一着とってください。次に縫います」

「はいよ……」

 次の作戦に結城先輩が参加してくれるなら、心強いことだけどさ。
 ちなみにぼくは、ちょこちょこ彼女たちを手伝っていた。
 ハード・アーマーの作業を切り上げると、リーンさんの元に戻っていく。