ケイの転生小説 - ボクは異世界で 108
 またフライング・シップを使うかどうかの議論したすえ、普通にフライで飛んでいくことになった。
 やはり、あれは目立つ。
 幸いにしてこのあたりは霧が濃いから、人間サイズの物体が複数、飛行しているくらいなら周囲のモンスターに気づかれないことも期待できる。

 リーンさんが持つ昔の地図を信じるなら、目的地はこの道に沿ってまっすぐ、フライの移動速度で五分ほどとのこと。
 ディフレクション・スペル+フライで皆を飛行させる。
 保険としてのエア・ウォークはかかったままだから、万一、途中でフライがきれても安心だ。

 先頭を飛ぶのは、気配察知能力がむやみに高い啓子さん。
 道の左脇から二、三メートルの樹上を、縦二列で飛行する。
 ぼくは後ろから4番目、ハクカの隣だ。
 しんがりはルシアとミアである。

 フライの飛行速度ならバックアタックはないだろうと考えての配置だった。

「嬉しいわ、カズくんがわたしのために命を捧げてくれるなんて」

「見捨てていいかな?」

 フライでも、時速60キロは出せる。
 飛行を始めてから気づいたけど、足もとの青々と茂った木々は、風もないのにゆらゆら揺れていた。
 ひどく不気味で、あのなかに落ちたくはない。

「あらー」

 一分ほど飛行したところで、啓子さんが間の抜けた声をあげた。

「来るわよー」

 次の瞬間、右手に見える林道の奥から、濃い霧を割って白い槍のようなものが無数、伸びてくる。
 それは先頭の啓子さんだけでなく、ぼくたち全員を襲い……。

「リフレクション」

 啓子さんがとっさに反射の盾を展開し、己に向かってきたそれを弾く。
 結城先輩やアリス、たまき、桜といった面々は剣や槍で白い槍を迎撃。
 ぼくは、ハクカの手を取って、アリハの後ろに退避する。

「グラビティ」

 アリハが白い槍の盾として、重力フィールドを展開する。
 白い槍は、そんなものに構うものかと重力フィールドを突き抜けてきた。
 僕は、剣を抜くと白い槍を迎撃していく。
 グラビティは風魔法ランク7である。効果は、周囲の重力を加重に変化させる。
 静止した白い槍を見て、ぼくたちは知った。

「これは、触手だ!」

 そして触手の先端がもぞもぞと蠢き先端部分に穴が開く。

「アリハ」

 ぼくは、ハクカをアリハに押しつける。
 アリハも心得たもので、ハクカと僕の手を握ると

「ディメンジョン・ステップ」

 後方にテレポート。
 風魔法ランク9である。効果は、900メートル以内の任意の目標地点にテレポートすることができる。ただし連れていけるのは術者の手につきひとりずつ、つまり術者自身を含めても最大で三人。また、目標地点までの視界が通っているという条件も存在する。

 周囲を見るとミアと志木さんも移動していたようだ。

「カズっち」

 ミアの声に前方を見ると和弘が、吹き飛ばされていた。

「カズさんっ」

 たまきの悲鳴。
 アリスとたまき、桜、アカネも何発か銃弾を浴びていた。
 桜の左腕がない。
 和弘の左足と左腕がない。

 敵の姿が見えない。

「後退!みんな、距離をとって!」

 和弘に指示を出すのは不可能と判断して僕は、命じた。
 皆、すぐに了解する。
 啓子さんとたまきをしんがりに、きびすを返す。

「ディメンジョン・ステップ」

 和弘の回収は、ミアが行った。

 銃弾は……爆発した。

 さっきとは違うタイプの弾丸か!

 距離で爆発するタイプって……あんなの食らったら、タダじゃ済まないぞ!

 あ、リフレクションを展開した啓子さんが吹き飛ばされてる。
 ひょっとして、リフレクションのすぐ手前で爆発したのか。
 謎の敵は、この瞬時に、こっちの戦法に対応したというのか……。

 触手は、一時的にぼくたちの存在を見失ったようだ。
 いまはしんがりを務める啓子さんとたまきが集中砲火を浴びている。
 たまきは黒い剣を左手に持ち、右手に抜いた銀の剣で遠距離攻撃を飛ばしまくるという擬似二刀流で銃弾を迎撃していた。

 派手に爆発が起こり、煙が立ち込める。
 敵の姿が見えなくなる。
 よし、このタイミングで彼女たちが退避できれば……。

 ふたりがきびすを返して、こちらに飛んでくる。
 なんとか距離を稼いで欲しいところだ。
 サクラの治療は、ハクカが

「リヴァイブ」

 を使用して、左手を再生させた。

「いま、治療します。せめて傷口だけでも」

 ルシアが、和弘にフレイム・ヒールを使い、出血を止めた。

「フェニックス」

 彼女は火魔法ランク9、再生の魔法を使用する。
 これはリジェネレート系魔法でもあって、ゲーム的にいえば徐々にHPを回復させるといった効果を持つ。
 ちぎれた手足も、そのうちまた生えてくるとか。

「できれば、うまく撤退できるといいけど……」

「支援を入れる」

 煙を突き抜け、白い触手が追ってくる。
 そこにミアが、ストーム・バインドを叩き込んだ。
 強烈な竜巻によって、質量の少ない触手たちは否応なく翻弄される。
 風魔法ランク8である。効果は、重くうねる空気の渦が相手を拘束するのである。
 なるほど、これなら銃も撃てまい。
 ミアのやつ、考えたな……。

「ん。やったか」

「ってなんでこの状況でフラグ立てに走るんだよ!」

「どうせ、時間稼ぎにしかならない」

 悔しいけど、彼女のいう通りだった。
 触手群が、淡い銀の輝きを放つ。
 次の瞬間、嵐がぱっと消え去る。

「デバフか、あれ」

「たぶん」

 ディスペルの類なのだろう。
 神兵級となると、このくらいは当然、やってくる。

 それでも、竜巻は敵にほんのわずかの混乱を引き起こした。
 撤退の支援としては充分であったといえる。
 最後尾を務めていた啓子さんとたまきが、ぼくたちのもとへ辿り着く。

「啓子さん、敵の正体とか、わかりますか」

「うーん、ぜんぜん本体が見えなかったからー」

 ま、そうだよなー。
 ぼくたちは、アリハとルシアを見る。

「あれがどんなモンスターか、伝承とかにありませんかね」

「そう……ですね」

 ルシアはさきほどから考え込んでいる。

「残念ですが、あのような異形、まったく心当たりが……」

「私もです。オラーお姉さまもご存じないと思います」

 こりゃ、参ったな……。