ケイの転生小説 - ボクは異世界で 104
 ぼくたちは光の民の住居ではなく、その木々の下で思い思いに身体を休めることにした。
 サモン・フィーストで召喚したお菓子をむさぼる女子たち。
 結城先輩が、もくもくと武器の手入れをしていた。

 結城先輩はいま、啓子さんと同じ銀の剣のほか、こちらもこの世界のものとおぼしき小剣、投げナイフなどを使っているようだ。
 スキル的には全部、剣術だから問題ない。

 和弘は征龍王カナーグと天亀ナハン、二体との契約の書をぱらぱらとめくる。
 
「カズ殿、たしかアジャストメントは効果時間が二十四時間でござったな。MPが全回復しそうなら、いまのうちにかけておいて欲しいでござる」

 結城先輩が、ふとそんなことをいってきた。
 アジャストメントは、付与魔法のランク8、あらゆる環境に適応する魔法だ。
 水中でも呼吸ができるようになるけれど、それだけじゃない。

 Q&Aによると宇宙空間でも活動できるようになるとのこと。
 ただ、毒の霧のなかとかは普通にダメ。
 そのへんの差異って、じつのところよくわからないんだけど……。

「これから拙者たちが赴くことになる幽雷湿地は、異界化しているとのことでござるよ」

「異界化……ですか」

 そういえば昨日、リーンさんがいってたな。
 モンスターたちが長年支配することになった土地は、異形のかたちに変化するって。
 それを差して、異界化か……。

「具体的にどうなっているんですかね」

 指示通り、パーティを組みかえながら、出陣する予定の全員にアジャストメントをかけてまわる。
 和弘のパーティの五人と僕たちのパーティ4人と結城先輩、啓子さん、長月桜、それに百合子&潮音の火属性コンビ、そして志木さん。
 さきほど神兵級を相手にした3パーティ十人プラス志木さんということである。

 育芸館組と高等部組のトップが両方とも出陣する。
 多少の無理をしてでもそうする理由は、幽雷湿地の奥に存在するというテパトの寺院が魔王に関わりのあるものだという情報の真偽を確かめるためだ。
 そう、魔王がぼくたちと同じマレビトであるという聖女ポクル・ハララの言葉の意味を確認するのだ。

 それに加え、リーンさんも使い魔の鷹を経由して情報面で援護してくれることになっている。
 今回は、各地の賢者もリーンさんのもとへ集め、ぼくたちの見る光景を実況、適宜コメントするとのこと。

「カズさん、なにニヤニヤしてるの? ちょっと不気味だよ?」

 ケーキを口のなかいっぱいに詰め込んだたまきが、きょとんとしていた。



 そんなこんなで、小一時間後。
 リーンさんから声がかかり、ぼくたちは慌ただしく準備を整える。
 飛行魔法で樹上の町に戻るとリーンさんと志木さんが待っていた。

「それじゃ、出発しましょうか。わたしは……カズくんのパーティにお邪魔していいかしら」

「ほほう、ぼくのハーレムの邪魔をすると」

「気兼ねなくいちゃいちゃしてくれていいわよ。……ちょっと話し合っておきたいことがあるの」

「そうだ。リーンさん・・・これ」

 僕は、白い指輪をリーンさんに手渡した。

「これは、カノンに手渡していたものですよね」

「白い部屋に行くことができる道具だ。指に装着すれば効果を発揮するらしい。もしものために渡しておく」

「わかりました」

 ルシアと潮音の頭に鷹が止まった。
 いざというときは、この鷹を通したリーンさんの転移魔法で逃げ帰る。

「それでは、出発してください」

 ぼくたちはリーンさんの指示で、世界樹の転移門を通り……。
 いつものくらりとくる転移の感覚。
 気づくと視界が変化している。



 一瞬、地獄にでも来たのかと思った。
 空が赤黒い雲に覆われている。
 周囲は泥湿地だった。

 ぼくたち15人の立つ十二畳ほどの地面だけは、硬い岩盤に覆われている。
 でもその周囲の泥水は、まるでコールタールのようにどす黒くて、しかもぶくぶくと泡立っていた。
 灰色の霧のようなものが周囲に立ちこめている。

 水没樹の姿が、ちらほらと見えた。
 いずれも醜くねじ曲がり、まばらな葉は奇妙な虹色に輝いている。
 見渡す限り、生き物の姿はない。

 悪夢から湧き出したかのような光景だった。
 背筋に震えが走る。

「これが……異界化した世界?」

 思わず、和弘は呟く。
 僕たちも、茫然として周囲を見渡していた。



 最初に立ち直ったのは、予想通りというかなんというか、田上宮兄妹だった。

「ん。まるでデモンズ……」

「やめろ妹よ。兄はむしろ、デイドラたちのオブリ……」

「本当、あなたたちのそういうところには心から感心するわ」

 志木さんが呆れ顔になる。
 腕組みして胸をそらし、「ま、頼もしいということね」と薄笑いを浮かべる。

「うう、気味が悪いねー」

「本当に、お化けとか出てきそうです」

「私、お化け苦手だよ」

「私も」

 アカネとハクカとたまきとアリスは、順当に気味悪がっていた。
 百合子&潮音コンビも、やっぱりビビっているっぽい感じだ。

 桜は、相変わらずの無表情、無反応だった。
 アリハとルシアと啓子さんは、興味深げに周囲を見渡している。

「磁石が機能しないわね」

 志木さんがいつの間にか方位磁石を取り出していた。
 たしかに、磁石の針がくるくるまわっている。

 ふと足もとを見れば、三羽目の鷹がいた。
 ぼくたちの受け入れ先転移門を用意した個体だ。
 その鷹は、翼をひろげて舞い上がり、啓子さんの頭の上に移動する。

 静粛に、とばかりにひとつ鳴く。
 全員がそちらに振り向いた。

「方角はこちらで指示いたします」

 鷹はリーンさんの声で、そういった。
 なるほど、それは助かることだ。



 ミアが全員にウィンド・ウォークをかける。
 今回、フライではなくウィンド・ウォークなのは、効果時間の問題だ。
 フライが九分なのに対してウィンド・ウォークは三時間も保つ。

 もっとも移動速度は、普通に空中を歩かなきゃいけないウィンド・ウォークよりフライの方が圧倒的に速い。
 それでいいのだ。
 ウィンド・ウォークはあくまで保険なのだから。

「「サモン・フライングシップ」」

 ぼくたちは召喚魔法ランク8、その魔法を行使する。
 目の前に全長十メートルのモーターボートに似た船が出現した。
 ただしその船体は、地上二十センチくらいのところをふよふよ浮いている。

 船体は木製に近いものであるらしい。
 ボートの頭上に、申し訳程度の気球がついている。
 白い部屋のQ&Aによると、この気球がボート全体を魔法的に構成していて、気球が破損するとボートそのものが消えてしまうとのこと。

 なんでも、古代文明とかそのへんがつくりあげた「神の船」の再現だそうだ。
 だから気球のエネルギーが切れると、このボートそのものが消滅する。
 でもエネルギー切れまで、時速六十キロでおよそ三十時間ほど飛行できるらしい。

「時速60キロって、どのくらいだ」

「さあ」

「ああ、時速六十キロは野生の馬が全力で走った程度でござるよ」

 結城先輩が、あっさりとそういった。
 見れば、ミアが「このクソ兄っ」とでもいいたげな顔をしている。

「そういうことでしたら、グリフォンやワイヴァーン程度では追いついてこられませんね。幻想種であるドラゴンの大型なものであれば、というところでしょうか」

 ルシアが首をかしげつつ、そういった。
 鷹が、リーンさんの声で同意を示す。
 へー、ま、そういうことなら安全、かなあ。

「ただ、昨日の戦いで見た限りでもレジェンド・アラクネは馬以上の速度で走れるようでした。メキシュ・グラウも可能でしょう。ご注意を」

「神兵級は……なんというか、規格外だからなあ」

 さすがに、あいつら相手に逃げられるとは思ってない。
 雑魚がわらわらきたとき、振り切れるだけの速度を出せるなら充分である。
 いざというとき逃げ足が確保できているなら、やれることの幅が増えるというものだ。

 これで2台の足を確保できた。
 一台でも15人が乗り込むことはできるけど、ちょっと狭いし、なにより緊急時には予備機があった方がいい。

 いざというときは、隣の船までウィンド・ウォークで走るわけだ。

「問題は、どうやって動かすかだ」

「それなら、問題ないです」

 ルシアが言ってきた。

「どういうことだ」

「メインの操作は、一番上手だったミアとアリスがします」

「そうなのか・・・って、どこで操縦なんて覚えたんだ」

「白い部屋です」

「あそこで操縦できたっけ?」

「・・・それはですね」

 ルシアの説明によるとミアがリラックスできるようにレクリエーション施設セットをリクエストしたらトークン100消費するができたそうだ。

「僕たちも頼んでみるか」

「うん」

 ということで、このふたりをフライング・シップ二隻のメイン操縦士とする。
 操縦技術がそこそこだったルシアと和弘が、そのバックアップだ。