ケイの転生小説 - ボクは異世界で 102
 和弘はフライで舞い上がり、ミアと啓子さんのもとへ。

「僕たちはここで待機だな」

「ああ」

「は、はい! お気をつけて!」

 潮音が、すぐに事情を把握し、うなずいた。
 和弘はミアの左手を握る。
 すでに啓子さんは、ミアの右手をとっている。

「いってくれ」

「ん。ディメンジョン・ステップ」

 和弘たちが消え、神兵級の下に姿を現した。
 一体目のメキシュ・グラウを倒したアリスが振り返り、バリアを張ったメキシュ・グラウに腕を伸ばすところだった。

「グレーター・ディスペル」

 彼女が解除の魔法を使った瞬間、桃色のバリアがふっと消える。
 巨大ケンタウロスの背中に乗ったローブを着た人影が、慌てて次の魔法を使おうとするが……。
 十数メートルの間合いから、長月桜が槍を突き出す。

 彼女がコマンド・ワードを唱える。
 桜の槍の先端からエネルギー波が飛びだして、謎の人影に命中した。
 かん高い、男の悲鳴があがる。

「よし……っ」

 桜が、ちいさく、しかしちから強くうなずく。
 メキシュ・グラウの背中でバリアを張っていた人影は、長月桜の放ったエネルギー波をまともに食らって、よろめく。
 だが、それだけだった。
 人影が、顔あげる。

 ローブのフードがはだけた。
 南中する太陽の光を浴びて、青白い肌が見える。
 一見、ただの人間の男に見えた。

 なかなかにハンサムな男なんじゃないかと思う。
 腰まである長髪は、銀色に輝いていた。
 ただしその目は真っ赤に染まり、凶暴にひらいた口からは猛獣のような鋭い牙が見える。

「吸血鬼です!」

 ルシアが叫んだ。

「おそらくは、その最上位種、不死者の王クラス! 気をつけてください、あれは……」

「ん。以後、ノーライフ・キングと呼称」

「しまった、ミアに命名権を取られたでござる!」

 おい兄妹、なにを争ってやがる。

 吸血鬼、ヴァンパイア。
 たいへん有名なファンタジー種族だ。
 作品によってアンデッドだったり、ただの種族のひとつだったりする。

 基本的には、人間の血を吸って生きたり、それで眷族を増やしたりする。
 コウモリに変身したり、女性を魅了したり、なんやかやと特殊能力てんこもりだったりも。
 同時に、これも作品によって違うけれど、日光が弱点だったり流れる川を渡れなかったり十字架やニンニクが苦手だったりすることもあるけど……。

 この吸血鬼、思いきり日光を浴びてるなあ。
 この世界の吸血鬼は、太陽の光とかは全然平気のようだ。

 そのノーライフ・キングが、長月桜を睨む。
 不死者の両目が、怪しく輝く。
 だが……彼女の態度は変わらなかった。

 これはたぶん、いまのが魅了ビームかなんかで、ぼくたち全員にアイソレーションがかかっているおかげだろう。
 いまのぼくたちに精神攻撃は通じない。

「ならば拙者がいくでござるよっ」

 桜の槍がビームを放ったその隙に、結城先輩はメキシュ・グラウの反対側からまわり込んでいた。
 たまきと同じ白い剣を手に、ノーライフ・キングに接近戦を挑む。
 ノーライフ・キングは反射的に振り返り、鋭い爪を伸ばしてこの攻撃を受けた。

 ふたりが刃を交える足場であるメキシュ・グラウも黙ってはいない。
 四本の腕のうち右の一本で剣を構え、少し離れた間合いから桜めがけて振り下ろす。
 その刃先から、稲妻が飛びだす。

 邪雷斬だ。
 あらかじめこれを予測してたとおぼしき桜は、すっと落下してこれを回避、一度樹下へ身を隠すと位置エネルギーを運動エネルギーに変えて少し離れたところから飛び出る。
 だがそこを、別のメキシュ・グラウの背中に乗ったレジェンド・アラクネの伸ばした鋼糸が襲う。

「させないわっ」

 たまきが、そこに割って入る。
 白い剣を振るって鋼糸を断ち切り、態勢を崩した桜を守る。

「桜ちゃん、ニンジャ先輩のサポートを!」

「はい」

 完全に、乱戦だった。
 敵部隊は、メキシュ・グラウが二体、レジェンド・アラクネとノーライフ・キングが一体ずつ。

 和弘は、幻狼王シャ・ラウを召喚した。
 樹上の空中に出現したシャ・ラウがすぐに落下を始めるなか、ミアが彼に素早くとりつく。

「ん。ウィンド・ウォーク」

 シャ・ラウの蹄が、空中の足場を踏む。

「カズっち、ここが空の上だと忘れてた?」

「えーと、うん、ちょっとは」

『問題ない。いまのわれであれば、自らのちからで空を飛ぶ魔法を行使できよう』

「あ……それって、使い魔強化のおかげ?いま敵の四体は互いによく連携している。あれを切り崩したい」

『主よ、われはどこを狙う』

 ノーライフ・キングとレジェンド・アラクネが周囲のサポートをし、二体のメキシュ・グラウが暴れてアリスたちを寄せつけない。
 敵の戦い方の基本は、そんなところだろう。

 ノーライフ・キングに時折、結城先輩か啓子さんがとりつく。
 しかしレジェンド・アラクネのサポートがタイミングよく入り、なかなか孤立状態をつくり出せていない。

「レジェンド・アラクネだ。あいつをほかから引き離す。ぼくがきみの背中に乗る」

『それは、いささか危険度が高い』

「きみの背中なら、だいじょうぶだ」

『よかろう、勇敢なる主に最大の敬意と無限の幸運を』

「ん。これ使う」

 ミアが、自分の安産祈願のお守りを、シャ・ラウの太い首にかける。

『レディ、素敵な贈り物をありがとう』

「うむ、なんという紳士。カズっちもシャ・ラウを見習って……」

「はいはい、いくぞっ」

 和弘はシャ・ラウの背にまたがると、ヘイストを唱えた。
 銀の毛が赤く輝く。
 シャ・ラウは、駆け出した。

 シャ・ラウの頭がレジェンド・アラクネに体当たりしていた。
 レジェンドは、メキシュ・グラウの背中から弾き飛ばされ、そのままの勢いで吹き飛ばされる。

「う、うわあっ」

 レジェンドが、両手をぱっとひらく。
 粘糸が、傘のように広がって和弘とシャ・ラウを襲うが……。
 ぼくたちの首からかかった安産祈願のお守りが、二重に青白い光を放って爆発する。