暖かい闇と言うものを舞は初めて体験していた。闇はいつだって冷たいものだと思っていた。冷たく拒絶を含んだ恐ろしい現実の象徴。
自分と姉と母親が何度それに飲まれそうになったか。
だが今、舞を包んでる闇は柔らかくて暖かい。それはまるで――――
(お母さんのお腹の中みたい)
遠い記憶。まだ自分が何者でもなかった頃。確かに充足していたあの頃。
しかし人が何者でもないという期間はおそらくないのだ。
人は発生したときから、何者かであるのだ。
決して抗いようのないそれを、人は運命と呼ぶのだろう。
やがて何もない闇の中からぼうっと浮かび上がるものがある。それは柔らかそうで、すべすべとしていて、ここから命が生起しそうで。
(あぁっ!?)
舞が多幸感にその身を震わせる。全身が桜色に染まり、子宮の奥から歓喜があふれ出す。
(あぁっ!?)
舞が充足感にその身をよじる。乳房が揺れる。
(あぁっ!?)
舞が幸福感に涙を流す。愛液が止め処なく流れ落ちる。
命は生まれ巡り繰り返し。
世界を潤してやがて広がる。
舞は命の廻りと生起に歓喜し、圧倒的な安堵の泥濘に落ちていった。
「夕闇舞さん?」
「はっ・・・」
係員に名を呼ばれ、舞は慌てて目を開ける。レベルアップの為の瞑想室。いつの間にか眠っていたらしい舞は扉の向こうからかけられる声に恥ずかしげに答えた。
「ご、ごめんなさい。寝ちゃってました」
「あら、いいんですよ。それより、無事レベルアップしましたか?」
「あ・・・」
係員の声に、舞は慌てて端末を取り出した。
『学徒番号(再発行準備中):----------
固体名:夕闇 舞
レベル:弐
種族:人類
筋力:4(+5)(ただしアンデッド補正により1365)
敏捷性:3(+3)(ただしアンデッド補正により1277)
知力:4(+5)(ただしアンデッド補正により156)
魔力:1(+0)(ただしアンデッド補正により290)
魅力:10(+12)(ただしアンデッド補正により800)
保有スキル 能力複製 強制搾取 魂喰らい 永久に美しく 贄の血 魔力無哮 魔力耐性弱化(中) 剛力LV2
皆が経験点を積んでレベルアップに血道になるはずだと舞は得心した。能力値の上昇幅がとても大きいのだ。もっとも、相手の魂を喰らうという舞のスキルほどの高率さはないが。
「いらっしゃい。あぁ、貴女が夕闇舞さんね?」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて舞は困惑した。学閻内のクラスチェンジの為の施設「職級選定所」に始めて訪れた舞は、黒いベールに頭をすっぽりと覆った選定官の女性と会ったことなどもちろんない。ゆったりとした黒いローブに全身を覆ったその女性は、よく見れば目が見えないようだった。
「珍しい?」
「え?あの・・・」
「初めてなんですものね。貴女の初めてに立ち会えて恐縮だわ、夕闇舞さん」
「その、なんで・・・」
舞がそう言うと女性は小首を傾げて苦笑して見せた。肌が随分と綺麗だった。顔がよく見えないが、存外に若い女性のようだ。
個室に机を挟んで、舞と女性は二人きりだった。舞の魅力値はかなりの数値だが、対面する黒い女性は少しも堪えた風がない。魅力値が舞より高いかと言うと、そういう風でもない。
「あなたたちは有名人なのよ、舞さん。私たちと同じ隷奴でありながら、松涛迷宮を突破したのは、実はあなたで30年ぶりなのよ」
「えっ・・・」
舞は驚愕した。隷奴の死亡率が高いとは聞いていたが、まさか30年間100%だとは思っていなかったのである。
だが、それも当然かもしれない。
隷奴のステータスなど誰も舞と大差はないだろう。舞と言えどもレアスキルである「能力複製」によりほとんど反則にステータスをあげて何とか突破したのである。
本来、規族の子弟でもなければ到底合格しない理不尽な試験なのだろう。
「貴女たちは私たちの希望だわ。皆が貴女たちを応援してる。負けないでね」
「は、はい!」
知らず、舞は大きな声で返事をしていた。女性はくすりと笑って言葉を続けた。
「さて私の名前は扇。扇彩香。職級選定士としてクラスチェンジのお手伝いをします。準備はいいかしら?」
「え、えぇ」
舞が返事をすると、扇は手元から数十枚のカードを取り出した。それをゆっくりと手早く切り、更にその中から5枚のカードを選び出して舞の前に並べる。それら5枚のカードが淡い光を放ってほんの少し宙に浮く。
「こ、これは・・・?」
「運命は、いつも知らない間に、けれど明確に決定されていくものだわ。貴女が選び取る運命もそう。さぁ夕闇舞さん。選びなさい。貴女の運命が呼ばうままに」
「え?」
「カードを選ぶの。貴女が選び取るのよ。あなたの運命を。5枚のカードはそれぞれ貴女の職級を示しています。クラスアップと言って職級を上の段階に進めることは出来るけれど、それは一方通行の道で後戻りは出来ない。これが貴女の一生を左右する選択よ。でも気負う必要はないわ。さぁ、引きなさい」
「え、と、え?」
いきなりの選択だった。
初めてのクラスチェンジ。それは舞の今後の運命を左右すると言う。
「戦士系、術士系、補助系に特殊系。様々なクラス系統が存在し、それらはステータスとスキルに大きく影響するわ。剣士なら魔法剣士。術士系なら魔法使いなんてのもあるわね。ほら、夕闇舞さん。選び取りなさい。貴女の運命をっ」
「あ、あぁ・・・」
おそらく。隷奴と言うことは舞の10分の1にも満たないステータスであろうこの女性に、舞は抗いがたいプレッシャーを感じていた。
しかいそれは正確には女性に感じているのではない。
抗いがたいのは、いつも運命なのだ。
「さぁっ!」
「・・・・・・・・・っ!?」
やがて、不安げに、舞の細く白い指が動く。宙に浮かぶ5枚のカードの手前で指は止まり、ぶるぶると震え始める。
(こ、この選択が、私の一生を決める?)
そう思えば、指が震えるのは当たり前だ。息が弾むのも当たり前だ。その結果呼吸が苦しくなるのも当たり前だ。
(一度きり。一度きりの選択)
どのくらいの間逡巡しただろう。舞はようやく指を伸ばすと、カードの一枚を手に取った。
そこに描かれていたのは――――
「はく・・・・し?」
それはただの白い紙だった。拍子抜けした舞がカードの理由を問おうと扇に目を向けた瞬間。
「え?あぁっ!」
突然カードが目映い光で輝きだし、光の欠片が舞の中に飛び込んできた。
「あ・・・あが、あ・・・」
まるで男に無理矢理蹂躙されたかのような強力な脱力感の中、確かに自分の中に何かが入り込んでくる。
自分が改変される。
(こ、これが・・・?)
「そう。クラスチェンジ」
光に打ちのめされる舞を、扇がどこか恍惚とした表情で見ていた。
たっぷり10分ほどの間、舞はカードがから流れ出る光の本流に包まれていたが、ようやくその光が収まり始めた。
「はぁ、はぁ。はぁ・・・」
再度支給された制服をぐっしょりと汗で濡らす舞。室内に甘い少女の芳香が立ち込めていた。
「さぁ、もう一度カードを見て下さい。そこに貴女のクラス名が表示されています」
ぐったりとした舞は言われるままにカードを見てみる。そこには。
確かに舞のクラスがこう表示されていた。
――――――――魔王つかいの巫女
「魔王つかいの巫女?」
とん。
舞の制服のポケットから滑り落ちた端末が、舞の今を表示していた。
『学徒番号(再発行準備中):----------
固体名:夕闇 舞
レベル:弐
種族:人類
職級:魔王つかいの巫女
筋力:22
敏捷性:16
知力:78
魔力:153
魅力:404
保有スキル 能力複製 強制搾取 贄の血(大) 剛力lv.2 永久に美しく 魔力無哮 魅力耐性無効 魔王化lv.1 引き出すlv.1
!種族:魂喰らいを捧げてアンデットから人類に蘇りました
!クラス:魔王つかいの巫女にクラスチェンジしました
!スキル:魅力耐性無効を取得しました。魅了に対する耐性を無効化します
!スキル:魔王化を取得しました。性交渉を持った相手を任意に一段階だけ魔王化することができます
!スキル:引き出すを取得しました。魔王化した相手の能力を一段階だけ引き出すことが出来ます。
!スキル:贄の血が強化されました。相手の能力を10段階ほど上げます。』
意味の分からない言葉の羅列に舞が困惑。
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自分と姉と母親が何度それに飲まれそうになったか。
だが今、舞を包んでる闇は柔らかくて暖かい。それはまるで――――
(お母さんのお腹の中みたい)
遠い記憶。まだ自分が何者でもなかった頃。確かに充足していたあの頃。
しかし人が何者でもないという期間はおそらくないのだ。
人は発生したときから、何者かであるのだ。
決して抗いようのないそれを、人は運命と呼ぶのだろう。
やがて何もない闇の中からぼうっと浮かび上がるものがある。それは柔らかそうで、すべすべとしていて、ここから命が生起しそうで。
(あぁっ!?)
舞が多幸感にその身を震わせる。全身が桜色に染まり、子宮の奥から歓喜があふれ出す。
(あぁっ!?)
舞が充足感にその身をよじる。乳房が揺れる。
(あぁっ!?)
舞が幸福感に涙を流す。愛液が止め処なく流れ落ちる。
命は生まれ巡り繰り返し。
世界を潤してやがて広がる。
舞は命の廻りと生起に歓喜し、圧倒的な安堵の泥濘に落ちていった。
「夕闇舞さん?」
「はっ・・・」
係員に名を呼ばれ、舞は慌てて目を開ける。レベルアップの為の瞑想室。いつの間にか眠っていたらしい舞は扉の向こうからかけられる声に恥ずかしげに答えた。
「ご、ごめんなさい。寝ちゃってました」
「あら、いいんですよ。それより、無事レベルアップしましたか?」
「あ・・・」
係員の声に、舞は慌てて端末を取り出した。
『学徒番号(再発行準備中):----------
固体名:夕闇 舞
レベル:弐
種族:人類
筋力:4(+5)(ただしアンデッド補正により1365)
敏捷性:3(+3)(ただしアンデッド補正により1277)
知力:4(+5)(ただしアンデッド補正により156)
魔力:1(+0)(ただしアンデッド補正により290)
魅力:10(+12)(ただしアンデッド補正により800)
保有スキル 能力複製 強制搾取 魂喰らい 永久に美しく 贄の血 魔力無哮 魔力耐性弱化(中) 剛力LV2
皆が経験点を積んでレベルアップに血道になるはずだと舞は得心した。能力値の上昇幅がとても大きいのだ。もっとも、相手の魂を喰らうという舞のスキルほどの高率さはないが。
「いらっしゃい。あぁ、貴女が夕闇舞さんね?」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて舞は困惑した。学閻内のクラスチェンジの為の施設「職級選定所」に始めて訪れた舞は、黒いベールに頭をすっぽりと覆った選定官の女性と会ったことなどもちろんない。ゆったりとした黒いローブに全身を覆ったその女性は、よく見れば目が見えないようだった。
「珍しい?」
「え?あの・・・」
「初めてなんですものね。貴女の初めてに立ち会えて恐縮だわ、夕闇舞さん」
「その、なんで・・・」
舞がそう言うと女性は小首を傾げて苦笑して見せた。肌が随分と綺麗だった。顔がよく見えないが、存外に若い女性のようだ。
個室に机を挟んで、舞と女性は二人きりだった。舞の魅力値はかなりの数値だが、対面する黒い女性は少しも堪えた風がない。魅力値が舞より高いかと言うと、そういう風でもない。
「あなたたちは有名人なのよ、舞さん。私たちと同じ隷奴でありながら、松涛迷宮を突破したのは、実はあなたで30年ぶりなのよ」
「えっ・・・」
舞は驚愕した。隷奴の死亡率が高いとは聞いていたが、まさか30年間100%だとは思っていなかったのである。
だが、それも当然かもしれない。
隷奴のステータスなど誰も舞と大差はないだろう。舞と言えどもレアスキルである「能力複製」によりほとんど反則にステータスをあげて何とか突破したのである。
本来、規族の子弟でもなければ到底合格しない理不尽な試験なのだろう。
「貴女たちは私たちの希望だわ。皆が貴女たちを応援してる。負けないでね」
「は、はい!」
知らず、舞は大きな声で返事をしていた。女性はくすりと笑って言葉を続けた。
「さて私の名前は扇。扇彩香。職級選定士としてクラスチェンジのお手伝いをします。準備はいいかしら?」
「え、えぇ」
舞が返事をすると、扇は手元から数十枚のカードを取り出した。それをゆっくりと手早く切り、更にその中から5枚のカードを選び出して舞の前に並べる。それら5枚のカードが淡い光を放ってほんの少し宙に浮く。
「こ、これは・・・?」
「運命は、いつも知らない間に、けれど明確に決定されていくものだわ。貴女が選び取る運命もそう。さぁ夕闇舞さん。選びなさい。貴女の運命が呼ばうままに」
「え?」
「カードを選ぶの。貴女が選び取るのよ。あなたの運命を。5枚のカードはそれぞれ貴女の職級を示しています。クラスアップと言って職級を上の段階に進めることは出来るけれど、それは一方通行の道で後戻りは出来ない。これが貴女の一生を左右する選択よ。でも気負う必要はないわ。さぁ、引きなさい」
「え、と、え?」
いきなりの選択だった。
初めてのクラスチェンジ。それは舞の今後の運命を左右すると言う。
「戦士系、術士系、補助系に特殊系。様々なクラス系統が存在し、それらはステータスとスキルに大きく影響するわ。剣士なら魔法剣士。術士系なら魔法使いなんてのもあるわね。ほら、夕闇舞さん。選び取りなさい。貴女の運命をっ」
「あ、あぁ・・・」
おそらく。隷奴と言うことは舞の10分の1にも満たないステータスであろうこの女性に、舞は抗いがたいプレッシャーを感じていた。
しかいそれは正確には女性に感じているのではない。
抗いがたいのは、いつも運命なのだ。
「さぁっ!」
「・・・・・・・・・っ!?」
やがて、不安げに、舞の細く白い指が動く。宙に浮かぶ5枚のカードの手前で指は止まり、ぶるぶると震え始める。
(こ、この選択が、私の一生を決める?)
そう思えば、指が震えるのは当たり前だ。息が弾むのも当たり前だ。その結果呼吸が苦しくなるのも当たり前だ。
(一度きり。一度きりの選択)
どのくらいの間逡巡しただろう。舞はようやく指を伸ばすと、カードの一枚を手に取った。
そこに描かれていたのは――――
「はく・・・・し?」
それはただの白い紙だった。拍子抜けした舞がカードの理由を問おうと扇に目を向けた瞬間。
「え?あぁっ!」
突然カードが目映い光で輝きだし、光の欠片が舞の中に飛び込んできた。
「あ・・・あが、あ・・・」
まるで男に無理矢理蹂躙されたかのような強力な脱力感の中、確かに自分の中に何かが入り込んでくる。
自分が改変される。
(こ、これが・・・?)
「そう。クラスチェンジ」
光に打ちのめされる舞を、扇がどこか恍惚とした表情で見ていた。
たっぷり10分ほどの間、舞はカードがから流れ出る光の本流に包まれていたが、ようやくその光が収まり始めた。
「はぁ、はぁ。はぁ・・・」
再度支給された制服をぐっしょりと汗で濡らす舞。室内に甘い少女の芳香が立ち込めていた。
「さぁ、もう一度カードを見て下さい。そこに貴女のクラス名が表示されています」
ぐったりとした舞は言われるままにカードを見てみる。そこには。
確かに舞のクラスがこう表示されていた。
――――――――魔王つかいの巫女
「魔王つかいの巫女?」
とん。
舞の制服のポケットから滑り落ちた端末が、舞の今を表示していた。
『学徒番号(再発行準備中):----------
固体名:夕闇 舞
レベル:弐
種族:人類
職級:魔王つかいの巫女
筋力:22
敏捷性:16
知力:78
魔力:153
魅力:404
保有スキル 能力複製 強制搾取 贄の血(大) 剛力lv.2 永久に美しく 魔力無哮 魅力耐性無効 魔王化lv.1 引き出すlv.1
!種族:魂喰らいを捧げてアンデットから人類に蘇りました
!クラス:魔王つかいの巫女にクラスチェンジしました
!スキル:魅力耐性無効を取得しました。魅了に対する耐性を無効化します
!スキル:魔王化を取得しました。性交渉を持った相手を任意に一段階だけ魔王化することができます
!スキル:引き出すを取得しました。魔王化した相手の能力を一段階だけ引き出すことが出来ます。
!スキル:贄の血が強化されました。相手の能力を10段階ほど上げます。』
意味の分からない言葉の羅列に舞が困惑。
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