「あれはないのか。普通あるだろアイテムボッ……ん、んんっ」
誰かがわざとらしく咳払いをして誤魔化す声がする。その人もアイテム欄を見ていたのだろう。探しているのは『アイテムボックス』で間違いない。
定番中の定番、物を大量に収納でき、入れた物は腐ったりせずに保存ができる。魔法として存在する場合と道具袋として存在するパターンがあるのだが。ここではアイテム扱いになるようだ。
アイテムボックスは確かに欲しいけど、300Pも消費するから、今、取らなくても問題無いと思う。
剣術に必要な『鋼鉄の剣』を購入した。
『鋼鉄の剣』は50Pである。
他に100Pで『食飲料水1週間分』を入手した。
「取ったスキルを確かめたりできないのかな」
「してもいいわよ。ただし、派手な能力や手元にない素材が必要なスキルは無理よー。周りの人を傷つけたり危害を与えるのは厳禁なんだからね。あとー皆さんは魂の存在としてここにいるから、ステータスの増減とかは今は影響出ていないわ。上げた筋力の効果を確かめたいとかは、異世界に降りてからにしてちょうだいね。ええと、まだあったかしら。あ、そうそう。練習で使用したスキルは変更ができません。有益なのを探したいでしょうけど、そんなの許したら、みーんな同じスキルになっちゃうかもしれないしぃ」
女教師の許可が出たこともあり、クラスメート達が能力を発動している。
『皆さん聞いてください。このスキル表にはわ――』
突如、頭に響いてきた声に思わず声が漏れそうになり慌てて口を塞ぐ前に女教師の声が割り込んできた。
「はい、今、スキルを使って人のスキルを覗き込んだり、傀儡系のスキルで人を操ろうとした人。あと情報を流そうとした人……今回だけは見逃しますが、次にやったらそのスキルとスキルポイント全部没収、す、る、わ、よ」
茶目っ気のある物言いだが、その目は真剣で心当たりのあるクラスメートたちが、机に目を伏せ慌ててスキルを解除しているようだ。
頭に響いてきたのは若い女性の声だった。
良い人だ。
僕は、女性の警告に従い、10Pで『第6感』を手に入れ、発動させた。
僕の姉は、勘がいい。スキルにしたら『第6感』あるいは『直感』らへんの効果だと思う。
ここで重要なのは、危険なスキルがどれか、あるいはどのようなスキルが必要か確かめる必要性があるのだ。
僕がとったスキルの中に危険なスキルはないと思う。
ただ、必要なスキルがどれか確かめたら、スキルが呼んでいる気がする。
これが『第6感』の効果かな?
姉もそういったことがなんとなく分かるといっていたしね。
呼んでいるスキルを習得することにした。
『消費軽減』である。
残り時間、見落としは無いかスキル表の隅から隅まで調べ、やるべきことはやったと自分自身に言い聞かせている内に運命の時は訪れた。
「はーい、終了! 皆さんそこまでですよー。余ったスキルポイントは異世界に持ち越せますので、レベルアップした時に増えたポイントと一緒に、いつでも消費できますから安心してね。あ、ただしぃ、ポイントを使って新たにスキルを取るのは無理よぉ。異世界では自力で新たなスキルは覚えてね。ここで取ったスキルのレベルを上げるのにポイント消費するのは全然OKなんだけどねっ。では、そろそろ出発ね。皆さん、異世界での活躍を祈っているわ。じゃあ、バイバイ」
僕の足元が急に安定感を失った。慌てて視線を下に向けると、そこには何もなかった。
フローリングの床は消え去り、そこにあるのは真っ暗な闇。
その闇に吸い込まれるようにゆっくり落ちていく僕たちを見つめ、妖艶な笑みを浮かべた女教師が、
「まあ、大半が異世界に立つこともできないでしょうけどね」
と言い放ったのを聞き逃さなかった。
徐々に体が沈んでいき首から下が完全に闇に埋もれたところで、頭に何かが滑り込んでくる感覚があった。それは問答無用で叩き込まれるスキル表のシステムだった。かなりの情報量だったのだが一瞬で理解することができた。
そう、本来なら初めに伝えておくべきスキル表についての説明。それと自分の取ったスキルについての詳細。
女教師が異世界へ出発する直前で伝えた理由。それは――
「何だよ、何だよこれ! 聞いてないぞ!」
「待って! お願いだから待って!」
「ステータス振りなおさせて!」
「このままだったら、動くこともできないじゃないか!」
「いやああああああああっ!」
「このスキル使えねえじゃないかっ!」
「おい、戻せ! やり直させろ!」
「嫌だ! 嫌だ! 俺はハーレムをつくって、屑どもを殺して楽しくやるんだっ!」
泣き叫ぶ者、怒りのあまりに罵倒する者、やり直しを要求する者、慈悲を願う者、首から上だけが教室から生えた異様な状況で、この空間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
僕は、視線をそらした。
「ああっ、これよ! これが見たかったの! 歓喜から絶望。幸福な未来から地獄。いいわぁ、ぞくぞくしちゃう。うふふふ。絶望に歪む顔って、さ、い、こ、 う。あ、でもぉ、私を怨んじゃダメよ。私は何も嘘は言ってないんだから。ちゃんと気づく人は気づいて対応できているみたいだしぃ」
取り乱していた人が、少しだけ冷静になったらしく、涙と鼻水に濡れた顔で周囲のクラスメート達に目をやった。
僕たちに視線を向けると彼らの顔が更に怒りに歪んだ。
「てめえら、知っていたのか! 何で、何で教えなかった!」
「ねえ、助けてよ! 使えるスキル取ったのでしょ! だったら助けてよ!」
「怨んでやる! 呪ってやるからなお前ら!」
諦めきって怒る気力もない者も多いが、多くの人が気づいた僕たちを罵倒してくる。
「お前らが間抜けであって、俺たちが批難されるいわれはない!」
厳つい顔つきの男性が周囲へ怒鳴りつけている。確かに、この男性の言っていることは正しい。間抜けまで言う気はないが、自分たちはそれに自力で気づき、何かずるをしたわけではないのだ。
「……いやだぁ、死にたくないよぉ」
「くそっ、くそおおおおおっ」
「これなら、異世界転移なんて無くて良かった……」
嗚咽や慟哭が響く室内で僕たちは完全に闇に落ちた。
「相変わらず悪趣味だな」
誰もいなくなった教室で、全身にうっすらと汗をにじませ光悦な表情で、小刻みに体を震わせていた女教師。その背後に、スーツ姿の生真面目そうな男が立つ。
「ああんもう、快感の余韻に浸っていたのにぃ、邪魔しないでよ」
「そうか、すまなかったな」
「それに悪趣味何て言われるいわれはないわ。本来なら何もわからずに死んでいた人たちへ救済してあげたのよ。貴方が殺した人たちにチャンスを与えてあげたの」
「そうだな」
男は淡々と言葉を返す。その声には感情が見当たらない。
「そのチャンスを逃したのは彼ら。私は慈悲の女神さまよっ、あははははは」
狂ったように笑う女教師に背を向け、男はその場から立ち去った。廊下の窓越しに一度、消えていった人々がいた場所に目をやる。
「すまないな、キミたち。だが、これで日本は素晴らしい国へと生まれ変われる」
教室内に向かって大きく一度頭を下げた男は顔を上げ、室内の一か所を見つめた。
「あやつは気づいていなかったようだな。所詮我々も作られた存在。出し抜かれもするということか」
表情に全く変化がなかった男の口角が少しだけ上がり、その場を足早に立ち去っていく。
次
誰かがわざとらしく咳払いをして誤魔化す声がする。その人もアイテム欄を見ていたのだろう。探しているのは『アイテムボックス』で間違いない。
定番中の定番、物を大量に収納でき、入れた物は腐ったりせずに保存ができる。魔法として存在する場合と道具袋として存在するパターンがあるのだが。ここではアイテム扱いになるようだ。
アイテムボックスは確かに欲しいけど、300Pも消費するから、今、取らなくても問題無いと思う。
剣術に必要な『鋼鉄の剣』を購入した。
『鋼鉄の剣』は50Pである。
他に100Pで『食飲料水1週間分』を入手した。
「取ったスキルを確かめたりできないのかな」
「してもいいわよ。ただし、派手な能力や手元にない素材が必要なスキルは無理よー。周りの人を傷つけたり危害を与えるのは厳禁なんだからね。あとー皆さんは魂の存在としてここにいるから、ステータスの増減とかは今は影響出ていないわ。上げた筋力の効果を確かめたいとかは、異世界に降りてからにしてちょうだいね。ええと、まだあったかしら。あ、そうそう。練習で使用したスキルは変更ができません。有益なのを探したいでしょうけど、そんなの許したら、みーんな同じスキルになっちゃうかもしれないしぃ」
女教師の許可が出たこともあり、クラスメート達が能力を発動している。
『皆さん聞いてください。このスキル表にはわ――』
突如、頭に響いてきた声に思わず声が漏れそうになり慌てて口を塞ぐ前に女教師の声が割り込んできた。
「はい、今、スキルを使って人のスキルを覗き込んだり、傀儡系のスキルで人を操ろうとした人。あと情報を流そうとした人……今回だけは見逃しますが、次にやったらそのスキルとスキルポイント全部没収、す、る、わ、よ」
茶目っ気のある物言いだが、その目は真剣で心当たりのあるクラスメートたちが、机に目を伏せ慌ててスキルを解除しているようだ。
頭に響いてきたのは若い女性の声だった。
良い人だ。
僕は、女性の警告に従い、10Pで『第6感』を手に入れ、発動させた。
僕の姉は、勘がいい。スキルにしたら『第6感』あるいは『直感』らへんの効果だと思う。
ここで重要なのは、危険なスキルがどれか、あるいはどのようなスキルが必要か確かめる必要性があるのだ。
僕がとったスキルの中に危険なスキルはないと思う。
ただ、必要なスキルがどれか確かめたら、スキルが呼んでいる気がする。
これが『第6感』の効果かな?
姉もそういったことがなんとなく分かるといっていたしね。
呼んでいるスキルを習得することにした。
『消費軽減』である。
残り時間、見落としは無いかスキル表の隅から隅まで調べ、やるべきことはやったと自分自身に言い聞かせている内に運命の時は訪れた。
「はーい、終了! 皆さんそこまでですよー。余ったスキルポイントは異世界に持ち越せますので、レベルアップした時に増えたポイントと一緒に、いつでも消費できますから安心してね。あ、ただしぃ、ポイントを使って新たにスキルを取るのは無理よぉ。異世界では自力で新たなスキルは覚えてね。ここで取ったスキルのレベルを上げるのにポイント消費するのは全然OKなんだけどねっ。では、そろそろ出発ね。皆さん、異世界での活躍を祈っているわ。じゃあ、バイバイ」
僕の足元が急に安定感を失った。慌てて視線を下に向けると、そこには何もなかった。
フローリングの床は消え去り、そこにあるのは真っ暗な闇。
その闇に吸い込まれるようにゆっくり落ちていく僕たちを見つめ、妖艶な笑みを浮かべた女教師が、
「まあ、大半が異世界に立つこともできないでしょうけどね」
と言い放ったのを聞き逃さなかった。
徐々に体が沈んでいき首から下が完全に闇に埋もれたところで、頭に何かが滑り込んでくる感覚があった。それは問答無用で叩き込まれるスキル表のシステムだった。かなりの情報量だったのだが一瞬で理解することができた。
そう、本来なら初めに伝えておくべきスキル表についての説明。それと自分の取ったスキルについての詳細。
女教師が異世界へ出発する直前で伝えた理由。それは――
「何だよ、何だよこれ! 聞いてないぞ!」
「待って! お願いだから待って!」
「ステータス振りなおさせて!」
「このままだったら、動くこともできないじゃないか!」
「いやああああああああっ!」
「このスキル使えねえじゃないかっ!」
「おい、戻せ! やり直させろ!」
「嫌だ! 嫌だ! 俺はハーレムをつくって、屑どもを殺して楽しくやるんだっ!」
泣き叫ぶ者、怒りのあまりに罵倒する者、やり直しを要求する者、慈悲を願う者、首から上だけが教室から生えた異様な状況で、この空間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
僕は、視線をそらした。
「ああっ、これよ! これが見たかったの! 歓喜から絶望。幸福な未来から地獄。いいわぁ、ぞくぞくしちゃう。うふふふ。絶望に歪む顔って、さ、い、こ、 う。あ、でもぉ、私を怨んじゃダメよ。私は何も嘘は言ってないんだから。ちゃんと気づく人は気づいて対応できているみたいだしぃ」
取り乱していた人が、少しだけ冷静になったらしく、涙と鼻水に濡れた顔で周囲のクラスメート達に目をやった。
僕たちに視線を向けると彼らの顔が更に怒りに歪んだ。
「てめえら、知っていたのか! 何で、何で教えなかった!」
「ねえ、助けてよ! 使えるスキル取ったのでしょ! だったら助けてよ!」
「怨んでやる! 呪ってやるからなお前ら!」
諦めきって怒る気力もない者も多いが、多くの人が気づいた僕たちを罵倒してくる。
「お前らが間抜けであって、俺たちが批難されるいわれはない!」
厳つい顔つきの男性が周囲へ怒鳴りつけている。確かに、この男性の言っていることは正しい。間抜けまで言う気はないが、自分たちはそれに自力で気づき、何かずるをしたわけではないのだ。
「……いやだぁ、死にたくないよぉ」
「くそっ、くそおおおおおっ」
「これなら、異世界転移なんて無くて良かった……」
嗚咽や慟哭が響く室内で僕たちは完全に闇に落ちた。
「相変わらず悪趣味だな」
誰もいなくなった教室で、全身にうっすらと汗をにじませ光悦な表情で、小刻みに体を震わせていた女教師。その背後に、スーツ姿の生真面目そうな男が立つ。
「ああんもう、快感の余韻に浸っていたのにぃ、邪魔しないでよ」
「そうか、すまなかったな」
「それに悪趣味何て言われるいわれはないわ。本来なら何もわからずに死んでいた人たちへ救済してあげたのよ。貴方が殺した人たちにチャンスを与えてあげたの」
「そうだな」
男は淡々と言葉を返す。その声には感情が見当たらない。
「そのチャンスを逃したのは彼ら。私は慈悲の女神さまよっ、あははははは」
狂ったように笑う女教師に背を向け、男はその場から立ち去った。廊下の窓越しに一度、消えていった人々がいた場所に目をやる。
「すまないな、キミたち。だが、これで日本は素晴らしい国へと生まれ変われる」
教室内に向かって大きく一度頭を下げた男は顔を上げ、室内の一か所を見つめた。
「あやつは気づいていなかったようだな。所詮我々も作られた存在。出し抜かれもするということか」
表情に全く変化がなかった男の口角が少しだけ上がり、その場を足早に立ち去っていく。
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