様々な小説の2次小説とオリジナル小説

 日もたっぷりと暮れたところでルチェルはようやく酒場を見つけていた。
 賑やかなその雰囲気を一瞬でぶち壊しそうな沈んだ気配を携えてルチェルは酒場の扉をくぐる。

「ガハハハ!」

 男たちの下品な笑い声がルチェルの耳を叩いたんだろう。ルチェルのしかめ面が怖い。

「そりゃお前スケルトンカージってやつだよ! 死体じゃねえ」

「けど俺は確かに死体になったと思ったんだ! アシディムスライムが俺の仲間を一瞬で骨にしたのを見たんだから」

 一方の机では、

「ついでに謝礼金を受け取ったらどうだ? この間の討伐は単なる仕事の範疇を越えていただろう」

「エルフにそんな期待をするだけ無駄だ」

 一方の机では、

「俺はもう年を行き過ぎた。この間の若い奴なんか俺を見てこう言いやがったんだ。年寄りは後ろで火でもくべて横になってなってな」

 他にも色々な会話が一瞬で頭に入ってくるから俺はすぐに探知を切った。
 至近距離でこれだけ喧騒が多くなると勝手に拾ってしまうらしい。
 危なく鼻血出して倒れるところだった。

「すみません」

 ルチェルはカウンターの大男を見上げるとそれに気づいた男は舌打ちする。

「なんだい、ここはお前のような女子供の来るところじゃないぜ」

「食事をください。一番安いのを」

「ふん」

 全く歓迎されていないことが丸わかりな対応だ。
 魔女っていうけど、これじゃ知名度もそんなにないのかな。

 何故か石の俺がルチェルに握られてしまうんだが、どうしたのか。
 少し震えているのか? 外は寒かったかな。

「なああんた、魔女じゃないのかい?」

 ルチェルがカウンターに腰掛けていると隣の男が話しかけてきた。
 俺はとっさにルチェルの薄い谷間に仕舞われる。

「いいえ、旅の者です」

「へえ若いのに立派だね……胸の宝石がなんだかそういう気がしたんだ。悪かったね」

「魔女をご存知なのですか?」

「ああ、ここより東の街で魔女に遇った。驚いたよ、大の大人を吹き飛ばしてたからね」

 男は割と紳士っぽい日本じゃどこにでもいるような優男に見えた。

「おいそこの、こっちで一緒に飲まねえか」

 男はそういった誘いを苦笑いで流している。

「僕は吟遊詩人の見習いでカリオスと言ってね。色々見て回ってるんだ。ただなんて言うか才能がなくてね、魔女が男をぶっ飛ばした話なんて滑稽なだけだからさらに東にいる反乱軍の歌でも作ろうと思って旅してるところさ」

 聞いてもいないのによく喋る男だった。

「この店で一番安い香草スープだ」

 男が持ってきたのは草が浮いたようなスープだ。
 ううん、本当にこんなのしかないのか?

「このお嬢さんに何かもう少し精の付くものを足してやってくれないか。金は僕が持つ」

「ここは食堂じゃねえんだ。食ったらさっさと帰ってくれよ」

 男は苦笑いしてルチェルを見た。

「君もわざわざこんな無愛想な男の店にきて良く食事をしようなんて思い付いたね」

 おやっと男は声を上げる。

「おら、干し肉だ」

 ルチェルは干し肉に噛みついてから渋い顔をした。

「スープに少し浸してから食べた方が柔らかいと思うよ」

 そう言うと男は立ち上がって残ったビールを飲み干した。

「さて、僕は騒ぎが起こる前に立ち去るから君も早く食べて宿に戻るんだね」

 メランという通貨は金色に光っているが純金ではないらしい。
 どこかの人物が描かれている。きっと国王か何かだろう。

「オラァ! おれの何処が薄情か言って見やがれ!」

「言ってやらんと分からんか? 故郷に家族を残して放浪しているような奴を義に厚いとは言わんと言ってるんだ」

 テーブルがひっくり返りルチェルがびくりと肩を震わせた。
 本当に賑やかな酒場だ。

「表へ出な!」

 周りの野次は完全に煽りだった。やっちまえとか殺してやれとかいい加減な言葉が飛び交う。

『ルチェル、スープだけ飲んで早く出ないか?』

「わかってるわよ」

 重い足取りでルチェルは殴り合いの酒場を後にした。ちょっと見てみたい気もするがまあいいさ。
 外は星空がよく映えている。冷えているのかルチェルが軽く身震いしていた。

「やっぱり教会に行かないとダメかしら……」

『教会?』

 今日も馬小屋で寝るのかと思っていたらルチェルは人目のない路地裏に向かう。
 腰のポーチから取り出したチョークで魔法陣を描き始めたからまたろくでもないことを始めたのだろう。
 それにしても暗がりで岩場に描いているにしては随分と正確だな。

「サカシナの精よ、魔女の井戸端へ道を開け――」

 魔法陣が紫色に淡く発光すると岩場の前に丸い穴が空いた。
 風音が低く唸り暗い穴にルチェルが躊躇いもなく入る。

 今まで見ていた景色が一変し、石造りで囲まれた不思議な空間へ出た。
 俺は今とんでもない現象を体験したんじゃなかろうか。

「あら……」

 光源がどこにあるかわからないその部屋では岩全体が光っているようにも見えてなんだか殺風景な場所だった。
 目の前に唯一気を引くものといえば水色の髪を肩まで揃えた蝋人形のような少女である。
 エメラルドのような瞳をこちらに向けて一度だけ瞬きした。

「はじめまして、ランク50のルチェルです。今日ここへ来たのは少し寝床に困っていまして……お助け頂けないでしょうか」

 少女は少し首を傾げた後、こくりと頷く。
 ルチェルはほっと胸を撫で下ろしたように部屋の隅に移動した。
 とくに遮るものもなく、四角い空間は出入り口も存在しない。
 中央に先ほどルチェルが描いた魔法陣があるだけである。

「ルチェル、話がある」

 静かでいて年相応の幼い声は清涼に響いた。
 近づいてくると水色の髪がフワリとしているのがよく分かる。

「はい」

 ルチェルが今までに無いほど緊張していた。そんなに凄い魔女なんだろうか?

「接続ノードはいくつ」

「55です」

「ん」

 何の話かはさっぱりだ。
 ただ見かけに反して蝋人形のようなこの子はルチェルより立場が上のようだ。
 部屋の広さはそこそこある。
 バレーくらいなら出来るんじゃないだろうか?

 少女は中央の魔法陣に何かを書き足す。

「ルチェル。あなたの接続ノードにティアの名を固定した。以降はこれを使うように」

「ありがとうございます」

 ティアの姿が魔法陣に呑まれて消えるとルチェルは「はあ」と大きな溜息を着いた。

『あの子は知り合いなのか?』

「ランク5のティアよ。まさか一番下の階位にいるなんて思わなかったわ。もっと弱い魔女ならいずれは離反できたのに」

 詳しく聞くと魔女教会というのは魔女たちが独自に持つ固有空間のことらしい。
 ただしその空間に接続するには莫大な魔力が必要なため駆け出しの魔女は上位の魔女の魔力を借りて空間を重ねるのだとか。
 その結果、そう言った下位の魔女はその空間を利用する以上は上位魔女の傘下として働くことになる。
 早い話が魔女同士の協力関係を結ぶようなもので、駆けだし魔女が先輩魔女に色々教わる場なのだろう。
 ルチェルはそういうのが嫌だったみたいで、自分で空間を作ろうと思っていたらしい。

「ランクが逆転するまでは一生あのティアって先輩の手駒みたいなものよ」

『別に悪そうな子には見えなかったぞ?』

「魔女はみんな利己的よ。私も含めてね」

 ルチェルが利己的。
 どうにも腑に落ちない俺だった。

 朝も昼もわからない部屋でルチェルは横になった。
 殺風景なこの部屋にあるものといえば冷たい石畳だけだろう。
 煉瓦を敷き詰めただけの床を注意深く観察するが一切の綻びはない。蟻一匹いやしない。

「明日は仕事を探しに行くわよ」

 どうやらルチェルの決意は固まったらしい。
 俺はといえば、ルチェルの体に付着したゴミを素材として吸収できないか試していた。
 所謂腐敗物……じゃなくて老廃物とかそういうものだ。
 割とあっさりできたのが驚きで、名称は『ルチェルのゴミ』とした。

 もう少し気を利かせた方が良かったような気がする。ネーミングが嫌すぎる。
 詳細には『ルチェルが外気を纏うことで得た大気中の微少な分子。またはその他の汚れ。ルチェルの皮膚と体毛、体液や細菌が含まれる』
 もうね……やるんじゃなかったよ。

 これを俺が【魔力変換】か【経験値変換】しないとならないんだけど、老廃物から魔力になるとかなんてエコなんだ。
 まるでルチェルの全てが 素材(エネルギー)じゃないか?
 無限機構とはこのことか。
 そのままルチェルに還元してやろう。

 ポイントが1増えた。
 マジかよ。

 朝起きると例の如くルチェルは既に動き始めていた。
 別に同時に起きるのを望んではいないけど、起きたら自分の意志とは別に歩いてるのは不快な感覚だ。
 服の中に仕舞われてしょろしょろ音がしているから川かと思ったけど小便してるみたい。
 いつもはどこかに置き去りにされるけど今日は珍しくトイレも一緒か。

 俺には何故か尿意がない。何も食ってないから当たり前とは思うけど。

「起きてる?」

 小便してる間にそれを尋ねるとかコイツ……。
 俺はじっと無言。ルチェルの小便が終わって服の外に出されるのを見計らった。

『ふぁあ……』

 わざとらしく声を上げてみたら案の定「起きたのね」なんて白々しく声を掛けてきた。

 少し安心したような声色なのは気のせいだろう。
 周囲にはまたも男たちの行き交う店があった。

『ここは?』

「街の人に聞いたら仕事はここにあるらしいのよ」

 読めん……というか文字かこれ?
 子供の落書きみたいな字だ。

「騎聖ギルドって書いてあるわね」

 寄生? なんだって?

「だから騎聖よ」

 ひどい名前のギルドだ。

 中に入ると一様に同じような格好をしたヤツらが4〜6人ほどで固まって動いていた。

「おいおい、ガキが紛れ込んだぞ」

「い、いえ私は仕事を探しに来ただけです」

 周囲の男たちはかっと笑う。

「そりゃお前ここじゃなくて冒険ギルドの方じゃねえのか? 確かに街の仕事はここにあるがお前みたいな子供にこなせるほど柔な仕事はここにはねえ」

 ルチェルは胸の宝石を見せる。

「ほう」

 目を細めたその男は唾を吐いた。
 ルチェルの頬にその唾が掛かる。

 剣呑な空気を察した他の男がルチェルの方に注意を向けた。

「何事だ?」

「なにかあったのか?」

 男は甲冑をガチャンと鳴らすと去って行く。

 少し涙目になったルチェルは袖で男の唾を拭うとそのままカウンターに向かった。
 当然ながらもうギルド内に活気はない。
 全員がルチェルを見ているような感じだ。

「すみません」

「はい」

 カウンター越しにいたのは妙齢の女性で困惑気味だった。

「依頼はありませんか? 私は魔女です」

 ざわりと周囲の男たちに刺々しい空気が走った。

「おい待て。ここがどこだか分かってんのか!?」

「よせダン」

「あんだよ! お前らこんなガキ1人にビクビクして恥ずかしく――ってぇ!」

 頭を叩かれた男はまだ若くその後ろにいた初老の男はこちらにずかずかと歩み寄ってきた。
 ルチェルの目の前に立つとその身長差は倍近くあるように感じる。
 とにかく見上げるのみだった。

「魔女さんよ、ここは騎聖ギルドと知ってのお越しですかな」

「はい」

「なぜここに?」

「今なら仕事があると街の人が言っていたので」

 ルチェルは精一杯声に張りを持たせているがいつ決壊してもおかしくない。
 しまった、昨日のポイントを精神振りするべきだったか。

「ふむ、確かに我々にも荷が重い依頼はある」

「団長!」

 後ろの男が叫んだ。

「しかし我々がこなしているのは国の依頼だ。魔女さん、これがどういう意味かお分かりか」

 国の依頼……そんなものを横取りしようとしていたのかルチェル。

「多少は。でも国に取り入る魔女は少なくはないはずです」

「なるほど、相応の覚悟があるのならよろしい。引き留めて悪かった」

 カウンターの女性には初老の男がくれぐれもと一言添えた。
 相応の覚悟ってのは何だろう?

「ではこちらにお名前をお書きください」

 静寂に包まれた中ルチェルの筆は進んでいき、騎聖ギルドにルチェルは入団した。


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