外の豪雨は朧気な明かりを揺らす勢いだった。
地面に忘れられたランタンは既にその明かりを弱々しくしており、ルチェルが扉を閉める頃にはすっかり消えてしまう。ランタンとはいっても黄色い不出来な蝋燭に火が灯されるただの鉄の箱に過ぎない。
「 灯火に(イグニ)――」
ルチェルの手の平からわずかばかりの火が起こる。
再び弱々しい火を灯したランタンを手に取りルチェルは奥へと慎重に進んでいく。
魔力は空だと言っていたのに。
意識を保つように首を振るルチェル。
先を急ぐのは早く体を休めたいからだろう。
足下は砂と石に覆われて人の通った痕跡も所々にある。
俺は早速索敵を開始する。
しかし、洞窟という入り組んだ空間の中では障害物が思うように魔力を通さない。
早く休まるところが見つかればいいが……。
「……ひっ、ひっ、ひっ」
不穏な気配はすぐにやってきた。
ルチェルがまともじゃないと予想するにふさわしいまともじゃない嬌声は男のものだった。
不意にルチェルが息を呑む音が聞こえる。
照らされた部屋には無惨にも殺された男たちの死体が赤い海に転がり、その中に浮かぶ一人の男。
石の台座の上に乗る空瓶がからからと音を上げているのはこの男が原因だ。
「何よこれ……」
そこら中に散らばる小瓶。
そして殺された男たちの表情は一様に笑っていた。
ここで凄惨な過去があったのは想像に難くないが、その状況は想像できないな。
『あの男に話を聞こう』
「いやよ……見るからにおかしいじゃない」
男はルチェルが部屋に入っても気づいた様子はない。
ここは立ち去るべきか。
そう思った矢先、男が額を石に打ち付け始めた。
『なんなんだ?』
がしがしと鈍い音が何度も響き、俺とルチェルは唖然と男を見守っていた。
いくら自虐的になろうと決してあんな勢いでぶつけるもんじゃない。
やがて男はぴくりとも動かなくなり、ルチェルが近づくと息絶えたことが分かった。
「一体何が起こってるの……」
ひとまず洞窟には奥があるようで、ルチェルはこの血生臭い部屋を後にして先へと進む。
そこでは打って変わって華やかなムードだった。
生きている人間たちが和やかに過ごしていたのだ!
「かんぱぁい……」
その誰もが対話を虚空と繰り返していた。
俺もここまで来るとこれが真っ当な人間たちの居場所じゃ無いことに気がつく。
『ルチェル、ここは……避難所だったんじゃないか』
「なんの……っていってもそれは1つか」
アンタイラントから逃れた人々はここで過ごしていたに違いない。
出るに出られず、暗い洞窟の中でひたすらに助けを待つ日々。
それにしたってこんなに早く気が触れるのか?
「見て、さっきと同じ小瓶」
『何の小瓶だ?』
手の平に収まるほど小さな小瓶。ラベルもないし、蓋もない。
その辺に転がってる木片がそうに違いない。
中に桃色の液体が少し残っていた。
俺はそれをスキャンしてみると聞いたことのない名前が並ぶ。
「すごい臭い……」
小瓶からは蜂蜜と生ゴミを混ぜたような嘔吐くほどの臭いがすると言う。
ルチェルはよろよろになりながら部屋の隅に横たわった。
『ルチェル? おい』
限界を迎えたのかもしれない。
呻くだけで明瞭な返事は得られない。
俺はひとまずルチェルの唇を奪って実体化する。
意識のないときにばっかりやらしいことしてる気がするのは気のせいか。
まずはルチェルを部屋の隅に動かすか。その後、この洞窟の調査を勝手に再開しよう。
しかしこのままだとルチェルが危ないか……。
触れてみると予想以上にルチェルの体は冷え切っていて、ランタンの明かりでは気がつかなかったが額から汗がにじみ出ている。
いろいろヤバいんじゃ無いのかこれ。
とりあえず濡れた服を脱がせて見るも、解決にはならない。
岩壁に腰掛させたルチェルは濡れた髪がエロくて裸で……視線は自然と下に向かう。
「くそ」
部屋の中を見渡してみる。
男たちが暗闇の中で空き瓶を持って彷徨いている。
女性というのはいないようだ。
この部屋の状況、何かがおかしい。
そもそもこの男たちは何をしているんだ?
俺はルチェルを背負うことにした。
一旦担ごうとして予想以上に下半身も濡れてたからパンツ1枚になってもらった。
自分の制服をあんまり汚したくなかったが、ランタンが生きているうちに奥へ行くか外に戻るか決めなければ。
ルチェルの体、ふにふにしていてドキドキする。
魔装の時も感じてはいる感触が背中にぎゅうとのし掛かるとまた違ったいい案配だ。
この申し訳程度の胸は……これはこれで……。
ただ欠点は普通に重い。今回はなるべく長く実体化しようと思っているからエコノミーモードだ。
そんなモードあったのかと俺も自分自身で驚いた。
ようはキスする瞬間に実体化に使う毎分/メーターの分配を意識するだけだ。
高くすればするほど俺の能力が上がるものの、すぐに石に戻ってしまう。
カラクリさえ分かればこういうことも可能なんだろう。
さて、俺は地球上にいたときと同じくらいの肉体になっているがこの状態で死んだらどうなるんだろう。
石に戻るのか、戻らず死ぬのか。ちょっと気になる。
それにしてもこの安定しない足下をランタン片手に歩くのはちょっと厳しい。
ああ、愚痴りたくなる。
ランタンに残された蝋燭は限りなく少ない。
こんな気味の悪いところで取り残されたら一巻の終わりだ。
見えてきたのはさらに広がる空間だった。
川の音がする。
洞窟の中に川が流れている!
なんてこった。最初にこの洞窟を見つけていればルチェルは濡れずに済んだのか。
そしてもう一つは血生臭さが鼻を突いた。
「またか」
争ったように2人が倒れていた。
その後ろには大量の小瓶。しかも中身は入っている。
今までずっと見てきたこの小瓶の正体はなんなのだろう。
俺は一旦ルチェルを脇に降ろし石に戻ってスキャンする。
【素材///】
【素材///】
様々な素材から出来ているのはわかった。
しかし、この液体の総称は一体なんだろう。
【魔力変換しますか?】
一個魔力変換してみるが、普通の素材よりも少し多いくらいの回復量だ。
ううん……俺が思うにポーションか、何か効能のあるものだとは思う。
魔力変換はゴミ素材に使うべきだと思うんだよな。
【保管しますか?】
保管!?
持ち帰って調べたいと思ったら何か新しい選択肢が出て来てしまった。
どういうことかと思ってやってみると俺の石の中にある空間に小瓶が落ちた。
保管(物理)。
いやこれ下手したら俺の石(部屋)の中がゴミだらけになるぞ。
この石の中は無限の空間などでは断じてない。
ガラス張りの部屋みたいな感じだ。
俺はこの中で常にモニターしながら周囲を見ているが、自分の体を内部に保とうと思えば保てるのだ。
だからか外のアイテムをこの空間に持ち運ぶことが出来るなんて……。
俺はひとまず残りの小瓶を木箱ごと保管してみた。
特に異常なし。
さて、戻るか。
ルチェルの唇に乗ると俺の視界が一気に高くなる。
それと同時にがちゃーんがらがらと酷い音がした。
恐る恐る振り返ると後ろで先ほど保管したはずの小瓶がひっくり返っていた。
「あちゃあ……そういうことか」
俺という存在が外に出ると石が消える。
すると中に保たれていたアイテムも全て排出される仕組みらしい。
これは使えない。不便すぎる。
無限のアイテム袋みたいなテンションが一気に萎えた。
まてよ、これでルチェルを石の中に入れたらどうなるんだ?
ルチェルの様子はあまりよくない。
ランタンの火ももうすぐ消える。火を起こすこともできない。
でも石の中はここよりはずっと暖かいし快適だ。
そうと決まれば再び石に戻るぜ。
【保管しますか?】
これでルチェルは助かるはず。
だが、待てよ。
この石は外にいる女性がキスをして初めて俺が出るだよな。
ルチェルをこのまま保管したら、当然、石に閉じ込められたままになるよな。
北島を見習いたくはないがこれしかないな。
次
地面に忘れられたランタンは既にその明かりを弱々しくしており、ルチェルが扉を閉める頃にはすっかり消えてしまう。ランタンとはいっても黄色い不出来な蝋燭に火が灯されるただの鉄の箱に過ぎない。
「 灯火に(イグニ)――」
ルチェルの手の平からわずかばかりの火が起こる。
再び弱々しい火を灯したランタンを手に取りルチェルは奥へと慎重に進んでいく。
魔力は空だと言っていたのに。
意識を保つように首を振るルチェル。
先を急ぐのは早く体を休めたいからだろう。
足下は砂と石に覆われて人の通った痕跡も所々にある。
俺は早速索敵を開始する。
しかし、洞窟という入り組んだ空間の中では障害物が思うように魔力を通さない。
早く休まるところが見つかればいいが……。
「……ひっ、ひっ、ひっ」
不穏な気配はすぐにやってきた。
ルチェルがまともじゃないと予想するにふさわしいまともじゃない嬌声は男のものだった。
不意にルチェルが息を呑む音が聞こえる。
照らされた部屋には無惨にも殺された男たちの死体が赤い海に転がり、その中に浮かぶ一人の男。
石の台座の上に乗る空瓶がからからと音を上げているのはこの男が原因だ。
「何よこれ……」
そこら中に散らばる小瓶。
そして殺された男たちの表情は一様に笑っていた。
ここで凄惨な過去があったのは想像に難くないが、その状況は想像できないな。
『あの男に話を聞こう』
「いやよ……見るからにおかしいじゃない」
男はルチェルが部屋に入っても気づいた様子はない。
ここは立ち去るべきか。
そう思った矢先、男が額を石に打ち付け始めた。
『なんなんだ?』
がしがしと鈍い音が何度も響き、俺とルチェルは唖然と男を見守っていた。
いくら自虐的になろうと決してあんな勢いでぶつけるもんじゃない。
やがて男はぴくりとも動かなくなり、ルチェルが近づくと息絶えたことが分かった。
「一体何が起こってるの……」
ひとまず洞窟には奥があるようで、ルチェルはこの血生臭い部屋を後にして先へと進む。
そこでは打って変わって華やかなムードだった。
生きている人間たちが和やかに過ごしていたのだ!
「かんぱぁい……」
その誰もが対話を虚空と繰り返していた。
俺もここまで来るとこれが真っ当な人間たちの居場所じゃ無いことに気がつく。
『ルチェル、ここは……避難所だったんじゃないか』
「なんの……っていってもそれは1つか」
アンタイラントから逃れた人々はここで過ごしていたに違いない。
出るに出られず、暗い洞窟の中でひたすらに助けを待つ日々。
それにしたってこんなに早く気が触れるのか?
「見て、さっきと同じ小瓶」
『何の小瓶だ?』
手の平に収まるほど小さな小瓶。ラベルもないし、蓋もない。
その辺に転がってる木片がそうに違いない。
中に桃色の液体が少し残っていた。
俺はそれをスキャンしてみると聞いたことのない名前が並ぶ。
「すごい臭い……」
小瓶からは蜂蜜と生ゴミを混ぜたような嘔吐くほどの臭いがすると言う。
ルチェルはよろよろになりながら部屋の隅に横たわった。
『ルチェル? おい』
限界を迎えたのかもしれない。
呻くだけで明瞭な返事は得られない。
俺はひとまずルチェルの唇を奪って実体化する。
意識のないときにばっかりやらしいことしてる気がするのは気のせいか。
まずはルチェルを部屋の隅に動かすか。その後、この洞窟の調査を勝手に再開しよう。
しかしこのままだとルチェルが危ないか……。
触れてみると予想以上にルチェルの体は冷え切っていて、ランタンの明かりでは気がつかなかったが額から汗がにじみ出ている。
いろいろヤバいんじゃ無いのかこれ。
とりあえず濡れた服を脱がせて見るも、解決にはならない。
岩壁に腰掛させたルチェルは濡れた髪がエロくて裸で……視線は自然と下に向かう。
「くそ」
部屋の中を見渡してみる。
男たちが暗闇の中で空き瓶を持って彷徨いている。
女性というのはいないようだ。
この部屋の状況、何かがおかしい。
そもそもこの男たちは何をしているんだ?
俺はルチェルを背負うことにした。
一旦担ごうとして予想以上に下半身も濡れてたからパンツ1枚になってもらった。
自分の制服をあんまり汚したくなかったが、ランタンが生きているうちに奥へ行くか外に戻るか決めなければ。
ルチェルの体、ふにふにしていてドキドキする。
魔装の時も感じてはいる感触が背中にぎゅうとのし掛かるとまた違ったいい案配だ。
この申し訳程度の胸は……これはこれで……。
ただ欠点は普通に重い。今回はなるべく長く実体化しようと思っているからエコノミーモードだ。
そんなモードあったのかと俺も自分自身で驚いた。
ようはキスする瞬間に実体化に使う毎分/メーターの分配を意識するだけだ。
高くすればするほど俺の能力が上がるものの、すぐに石に戻ってしまう。
カラクリさえ分かればこういうことも可能なんだろう。
さて、俺は地球上にいたときと同じくらいの肉体になっているがこの状態で死んだらどうなるんだろう。
石に戻るのか、戻らず死ぬのか。ちょっと気になる。
それにしてもこの安定しない足下をランタン片手に歩くのはちょっと厳しい。
ああ、愚痴りたくなる。
ランタンに残された蝋燭は限りなく少ない。
こんな気味の悪いところで取り残されたら一巻の終わりだ。
見えてきたのはさらに広がる空間だった。
川の音がする。
洞窟の中に川が流れている!
なんてこった。最初にこの洞窟を見つけていればルチェルは濡れずに済んだのか。
そしてもう一つは血生臭さが鼻を突いた。
「またか」
争ったように2人が倒れていた。
その後ろには大量の小瓶。しかも中身は入っている。
今までずっと見てきたこの小瓶の正体はなんなのだろう。
俺は一旦ルチェルを脇に降ろし石に戻ってスキャンする。
【素材///】
【素材///】
様々な素材から出来ているのはわかった。
しかし、この液体の総称は一体なんだろう。
【魔力変換しますか?】
一個魔力変換してみるが、普通の素材よりも少し多いくらいの回復量だ。
ううん……俺が思うにポーションか、何か効能のあるものだとは思う。
魔力変換はゴミ素材に使うべきだと思うんだよな。
【保管しますか?】
保管!?
持ち帰って調べたいと思ったら何か新しい選択肢が出て来てしまった。
どういうことかと思ってやってみると俺の石の中にある空間に小瓶が落ちた。
保管(物理)。
いやこれ下手したら俺の石(部屋)の中がゴミだらけになるぞ。
この石の中は無限の空間などでは断じてない。
ガラス張りの部屋みたいな感じだ。
俺はこの中で常にモニターしながら周囲を見ているが、自分の体を内部に保とうと思えば保てるのだ。
だからか外のアイテムをこの空間に持ち運ぶことが出来るなんて……。
俺はひとまず残りの小瓶を木箱ごと保管してみた。
特に異常なし。
さて、戻るか。
ルチェルの唇に乗ると俺の視界が一気に高くなる。
それと同時にがちゃーんがらがらと酷い音がした。
恐る恐る振り返ると後ろで先ほど保管したはずの小瓶がひっくり返っていた。
「あちゃあ……そういうことか」
俺という存在が外に出ると石が消える。
すると中に保たれていたアイテムも全て排出される仕組みらしい。
これは使えない。不便すぎる。
無限のアイテム袋みたいなテンションが一気に萎えた。
まてよ、これでルチェルを石の中に入れたらどうなるんだ?
ルチェルの様子はあまりよくない。
ランタンの火ももうすぐ消える。火を起こすこともできない。
でも石の中はここよりはずっと暖かいし快適だ。
そうと決まれば再び石に戻るぜ。
【保管しますか?】
これでルチェルは助かるはず。
だが、待てよ。
この石は外にいる女性がキスをして初めて俺が出るだよな。
ルチェルをこのまま保管したら、当然、石に閉じ込められたままになるよな。
北島を見習いたくはないがこれしかないな。
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