様々な小説の2次小説とオリジナル小説

 とある県に住む1人の高校生は今日も普通に高校生活を送り、今日も普通に生きる予定だった。
 普通の日常、普通の生活を何の疑問もなく受け入れていた彼にとっての衝撃は普通というのは意外とあっけなく終わりを迎えるということだった。
 修学旅行中のバスが山中で横転。
 ガードレールを盛大にぶち破った後に二転三転と山腹を転がり落ち、気がついたときには天上が地面に来ていた。

 事故にあったと認識したのは彼の意識が戻ってから数分したときのこと。
 周囲からは他の生徒らの呻き声や泣き声が聞こえている。

「先生、先生は?」

「わからないよ……」

「誰か、誰か……」

「お母さん、お母さん……」

 律儀にもその声を混乱しながら聞いていた彼はシートベルトをしっかり着用していたために命が助かっていた。
 頭に多少の傷を負ってはいるものの他の生徒の怪我に比べられば軽傷で済んでいる。
 それでも天地が逆転した状態ではどんどん血が頭に集まってきて気分が悪いと思った彼はシートベルト外してどさりと落ちた。
 ハクはバスから一旦出ることにした。
 ハクは開いた窓から外へ出る。
 途中死んだ生徒を跨いだりしたが、その間にハクは吐き気と恐怖に苛まれた。

「ハクか、生きてたか」

「みんな……何してるの?」

 ハクがバスの周辺を歩こうとしたところですぐに怪我を負った生徒や他の生徒の集団を見つける。
 今もまだ他の生徒が出てこようとしているのを助けている生徒もいる。
 その中で一際冷静沈着な北島大地がハクの前にいた。
 一見無事そうに見えて頭からは血を流して腕もおかしな方向へ曲がっている。

「生きてる奴を外に、な」

 バスの中から聞こえる呻き声に急きたてられるように北島は立ち上がって周囲に声を張り上げる。

「みんな聞いてくれ。上を見てみろ、かなり下まで落ちた」

 50メートルはくだらない斜面が続いていてそこにはバスが転がった跡がところどころにはっきり窺えた。反応は様々だ、泣き出す者や落ち込む者、携帯を取り出す者。
 ハクは登って道に戻るのはやろうと思えばできなくもなさそうだと思った。
 北島は視線を戻すと、薬を飲むような仕草をした。それから北島は隣に立つ女子に目配せした。

「はいこれ、ジュースだけど」

 風紀委員の眞鍋立夏と書かれたネームプレートが光る。

「なんでジュース?」

「落ち着かせるために全員に飲んで貰ってる。いいからみんな飲んで……飲め」

 言われた通りにハクはジュースを飲むと思いの外喉が渇いていたのかすっと溶け込むように感じた。

「いいか、全員心して聞けよ。まず携帯がこの場所だけ電波が入らない。だから、移動する必要がある」

 言われてからハクは携帯を探るためにポケットに手を入れると確かに圏外になっていた。
 こんなところでと思ったが、北島はある点を指さした。
 そこには立ち入り禁止の看板が転がっていてバスの転倒と共に巻き込まれたのか、立と禁止のところが大きくひしゃげている。

「俺の勝手な予想だが何か特別な施設があるのかもしれない」

「だとしたら助けは案外早いんじゃないか?」

 そうだといいなと北島は苦笑いする。

「この際もう余計な希望的憶測はやめてくれ。生き残るために全員がまず道に戻らなきゃならない。いいか、時間が無いんだ」

 携帯が示す時刻は17時過ぎ。
 日没までは後何時間あるかもわからない。加えて曇り空だった。
 ハクは最悪の状況がこれから始まることを予感する。

 今も呻き声をあげる誰かを助け出そうとすれば助かるかも知れない。
 でもその後も生きていられるかは別だ。
 皆がそれぞれ斜面を登り始める。そのとき急に天候が一変する。

「ちくしょう!」

 誰かが叫んだ。ハクの耳にもはっきりとそう聞こえると同時にザザアと大粒の雨が降り注ぎ始める。

「急げ! 急げ!」

 下の方で北島が叫んでいる。
 斜面はみるみるうちに滑り始めて足を取られる。
 ハクは急いで登っていった。途中で女子の金切り声が聞こえて下を振り向くと誰かが滑り落ちていくのが見えた。もう視界もほとんど消えてきた状況でハクだけは細い樹木の枝にかろうじて掴まりながら登り進んで行く。

 車道に出たとき、遠くから車が走ってくるのが見えた。

「おーい、助けて! 止まっ――」

 車は全く減速しなかった。慌てて身を引こうとして小石に足下を滑らせる。
 ライトアップされたハクは自分の視界がどこかに一瞬で吹き飛ぶのを感じた。

 ――ちょ、えっ?

 その思考は声にならない。
 どちゃりと嫌な音が頭蓋に響き、暗闇の中で静かに眠り始めたハクにかかる声はもうどこにもなかった。



「で、その術式は完成したの?」

 木目の板の上には円形の文様が幾重にも広がり中央には黒い石がぽつんと置かれていた。
 訝しむような目で見る金髪の彼女は整った鼻をちょんと摘まんで栗毛の少女を見下ろす。

「ちょっと嘘でしょ、なんかこの術式臭い始めてる」

「完成が近いのよ。黙って」

「昨日から毎晩毎晩その文様を付け足していってるけど、そろそろ白老にもバレる。魔力使いすぎだからな」

 黒髪の少女はきつめの瞳で見下ろす。
 栗毛の少女は集中力を一旦切らして息を呑んだ。
 魔法陣が光り始めたのと同時に3人は息を呑む。

「こんな光見たことねえ……絶対やべえやつだよ」

「いいの、もう何でも」

「ルチェル必死すぎ」

「だまってよ」

 ぶんぶんと音が鳴り響いた後には地響きが起こった。
 寝台をがたがたと揺らすほどの地響きが起こったので金髪の少女と細身の少女は慌てて声を上げる。

「ちょっとちょっと! これはおかしいって! 絶対」

「早く止めなさい! 今すぐ止めなさい!」

「無理よ! 魔石がないなら私の 魔女(ウィーラー)としての道はないもの!」

 白い煙が立ち籠めてきたのを見かねて金髪の少女が魔法陣に飛び込んだ。

「ちょ! 何するの!?」

 遅れてどんと音がして後ろに新たな気配が立つ。

「何をしておったのだ」

 全身白装束で包んだ老人が少女たち3人を見下ろす。

「え、違うんです。ルチェルが魔石を発動できないので練習を」

 すんすんと老人は鼻を鳴らす。

「妙に血生臭いが?」

「ルチェルがあの日なんです」

「はぁ!?」

 ジト目で睨め付ける老人にルチェルはそれ以上何も言えなかった。

「ここを発つお前たちに魔石があるかないかはもう重要ではない。わかったら大人しくしていろ」

 老人は次に騒いだら今すぐ追い出すと言い残して部屋を去った。

「ちょっとカナリア! 今の……それよりどうしてくれるのよ、私の魔法陣!」

「あのままだと暴発してたかもしれないのよ!? ああするしかないでしょう」

「ああもう、こんなところでおちおち寝られやしねえ」

 黒髪の少女がポニーテールを揺らして去ってから金髪の子が寝台に登った。

「そのような文様をまた描いてどうするんですか? ルチェルの魔装石が発動しないのは感応する力が存在しないからでしょ?」

 寝台の上から語りかける少女は垂れ目を鋭く細めて見下ろしている。

「そんなはずないわ……私にだって消したい過去はあるもんっ」

 ……。
 …………。

 ハクの視界は今一生懸命涙ぐみながら白い模様の描かれたチョークを手にしている女の子を映している。
 時折胸元の間から見える2つの小さな丘が見える度にどきりとする。
 認めたくないが、ハクは今の状況が人間のそれじゃないと理解した。

「ねえ、今光らなかった?」

「からかわないでカナリア。もう一度やるから追い出されたくなかったらあんたもどっか行って」

「はあ、もういっそルチェル。あなたの破瓜の血でも使ったら?」

「やめてよそういう冗談。一生に一度の魔力でこの石に半端な力を宿せっていうの?」

「だって……あなたの今やってることだって同じようなものじゃない」

 金髪の少女カナリアは寝台の上から顔を覗かせながらルチェルを見下ろしていた。
 ルチェルはチョークを動かす手を止めて小さな愛らしい溜息を着く。

「歴代の魔女に私みたいなのがかつていたと思う?」

「いないわね、500年続く魔女の歴史にルチェルみたいな落ちこぼれは1人もいなかった」

「うぐっ……ずいぶんストレートよね」

「誤魔化してもしょうが無いわよ。見て、私の金の魔石……いつ見ても完璧な美しさだわ」

「何それ嫌味?」

 ルチェルが魔石を取り上げると同時、ユウは突然上がった視界に驚いて声を上げる。

『ぐわっ、なんだ!? 体が勝手にッ』

 手足をじたばたさせてみるが当然そんな機構はハクにはない。
 蝋燭に近づけられたハクはわずかな温かみを感じる。

『なんだか、俺って凄く小さくないか?』

 まず少女に片手で握られるっぽいこと。
 それから自分の足元と天上の視界の範囲がもの凄く狭い。
 360度ある謎の視界。琥珀色。
 もはやそれを人間とは言わない。

『俺は、石か何かか?』

 例えるなら楕円形の球体。

「うーん、何も色が見えない……あれ?」

「ルチェルの石は最初から黒いままだったわよね。普通はそこに私みたいな色が着くのに」

 ルチェルは遠ざけたり近づけたりして石を見ていた。

「どうかしたの?」

「うん、何だか時々変な色が見える」

 カナリアは甲高く笑った。

「それは良かったじゃない」

「なんで? 失敗してるかもしれないじゃない」

「魔装して見ればいいんじゃないかしら?」

「白老の許可もないのに?」

「そうね、バレたら今度こそこの寒空の下に捨てられるわね」

「もう」

 そう言ってルチェルが石を胸に抱えた時、石は強く光った。

「え?」

 ルチェルが胸から石を離すと光は収束する。

「どうしたの?」

「今の見た?」

「なに?」

 ルチェルが再び胸に石を当てると石は白く輝いた。

「うそ……」

「やった! 成功よ! 絶対そうよ!」

 カナリアは悔しそうな顔をする。
 それでも1つ腑に落ちないのはルチェルが胸からその石を離すと石は光を失うということだった。
 そんなことが気にならないのかルチェルは翌朝、叫びながら起き上がった。

「そんなぁああ!?」

「うるさい! 朝から何よ」

 寝台から降りてきたカナリアは乱れた髪に櫛を通そうと化粧台へ向かう。
 ルチェルは天上に石を掲げては何度も自分の胸に石を宛がう。

「ああ、やっぱり一時的なものだったのね」

「違うわよ! 夜はずっと輝いていたのよ!」

「もう、朝からうるさいって言ってるでしょ」

 朝起きたら石は光らなくなっていた。そのことを力説するルチェルにカナリアはもう付き合いきれないと鏡に向き合う。

「とにかく今日からみんな 魔女(ウィーラー)なんだから少しは節度を持ってよ」

『一体何が起きてるんだ?』

 ハクはルチェルに抱擁されるのになれ始めていた。
 石であることにももうほとんど慣れてしまい、ご飯もいらないなあなんて軽く考えてひとまず様子を見ることに決めたのだ。
 単純に適応力が高すぎた。

 ルチェルの甲高い嘆き声にハクも辟易してきた頃、突然カナリアが全身すっぽんぽんになったのを見てハクは大興奮する。

「えっ、何!?」

 突然サーチライトのような光を浴びたカナリアは驚きのあまり体を隠した。
 それと同時に光も弱まっていく。

「ほらぁ! 私の言ったとおり、今の光見たでしょ!」

「え、ええ! 凄まじい光だわ……多分歴代1位よ」

 裸で驚いたのが恥ずかしいというのがカナリアの偽らざる気持ちだった。
 しかし今はその光はない。

「もう、もう一度光ってよ!」

「ルチェル、私は先に白老の元にいくからね」

「え? 待って、私も支度する」

 そう言って今度はルチェルが服を脱ぐと再び凄まじい光が石から溢れ出た。

「ちょっ、何なの!? この魔石」

「わからないけど……」

 ルチェルが下半身や諸々の肌を隠すと光も徐々に収束する。
 ルチェルは呆れたような瞳になっていくのをカナリアは涙目で堪えながら石を見つめる。
 ばっと肌を晒した瞬間化粧台に置かれた石が再び煌びやかに輝いた。
 何度か繰り返してルチェルの顔は完全に生気の抜けた真顔になる。

「ぷっ、くっぐ……」

「笑ってもいいわよ、カナリア」

 腹を抱えて転げるカナリアにルチェルは呆然と立ち尽くす。
 やがてふるふると肩が震えだして石を掴んだルチェルは思い切りそれを振りかぶった。

『どわぁあ――ッ!?』

 壁にぶつかって撥ねた石は一瞬輝いて止まった。

「なんなの! ねえ、なんなのあなたの魔石……っ!」

「知らないし、わからないわよ! 人の裸で発光するなんて卒業間近に分かったってもうどうしようもないぃ」

「あははは!」

 ルチェルは本当に泣いていた。
 ただ、嬉しさと悔しさと表現できない空しさ故に泣いていたのか。
 とにかく入り乱れた感情はルチェルに何の喜びももたらさなかった。

「同情する、同情するわルチェル。笑ってごめんなさい、でも……本当に、本当に悪気はないの。そうね、その魔石は早々に売っちゃった方がいいかもしれないわね」

「本気で言ってる?」

「ええ、女性の……たぶん白老の体を見ても発光しないと思うのよ」

「その根拠は?」

「女の勘ね、だって昨日あなたが胸に抱えていたときだって少しは発光してたじゃない」

 ルチェルは少し青ざめていた。
 既に衣服は着替えて荷物もまとめている。
 魔女として生きていく上でもっとも重要な魔石を売るという行為はただの現役引退。
 魔女として生きていくその日に魔女を引退するなどあり得なかった。

「あり得ないわよ」

「普通はそうよ、けれどあの魔石を使ったらあなたきっと貞操なくなるわよ?」

 笑いを堪えているカナリアがわかってルチェルは駆けだした。
 魔石を拾って白老と呼ばれる老人に挨拶もなしに飛び出した。


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