問題は、白い部屋の様子が、いつもと違うことだ。
部屋の中央に両替機のようなものが配置されていた。
液晶パネルがあり、なにやら文字が表示されている。
本当に両替機ならお金を入れるはずの部分が、漏斗状になっていた。
なにかを入れろ、ってことなんだろうけど。
なにを?
ぼくたち3人は、顔を見合わせる。
「なに、これ」
首をかしげるハクカ。
両替機のようなものを見る。
疑問点はふたつ。
これはなんなのか。
なぜこれが現れたのか。
「アキっち、いまレベル10になった?」
「あ、ああ」
「レベル10になったボーナス、とか?」
その発想はなかった。
「触る前に、PCに聞いてみるか」
かくして恒例の質問タイムが始まった。
各人のPCで、手分けして質問を連打する。
主にこの両替機のようなものについて質問した。
わかったことは、以下の通り。
・この両替機のようなものは、ぼくのレベルアップ・ボーナスである。
レベル10以上の者がパーティに存在する場合、白い部屋にこの機械が出現する。
なお機械の名前については、ぼくたちが勝手につけろ、と突き放された。
・この両替機のようなものは、ひとことでいって、トークンをアイテムに変換する装置である。
この場合のアイテムとは実体のあるものだけでなく、スキルや魔法や特殊能力も含まれる。
むしろ、スキルや魔法や特殊能力がメインである。
・トークンというのは、どうやらオークを倒したときに落ちる赤や青の宝石のことらしい。
以後この宝石を赤トークン、青トークンと呼ぶ。
・赤トークンが1点、青トークンが10点となる。
なるほど、エリート・オークのドロップは十倍の価値か。
・一度、この機械に入れたトークンは、二度と払い戻せない。
またこの部屋で使ったトークンは、もとの場所に戻っても消えている。
「とりあえず、この機械の名前だけど、自動販売機でいいか?」
「アキっち、センスない」
「ミアが命名して」
ミアは、うっ、とひるんだように身をのけぞらせた。
「え、ええと……アイテムベンダー?」
「英語にしただけじゃないか」
「中二病的に正しい」
ドヤ顔で指をVの字に突き出してくる。
「じゃあ、アイテムベンダーでいいか」
いや、まてよ。
ぼくはふと、あることを思い立ち、ノートPCに質問を入力する。
・Q:ここで決定した前述機械の固有名詞は、ほかの生徒がレベル10になったときにも使用されることになるのか。
・A:イエス。
・Q:ほかの生徒とは、ぼくたちが接触していない生徒も含まれるのか。
・A:イエス。
「これ、メッセージに使えるんじゃ?」
ぼくは二人を見た。
まだ接触していない人々に、ぼくたちからの言葉を伝える。
それはとても魅力的な提案に思えたが……。
「それ以前に、アキっち。重要なことがもひとつ」
ミアがピッと人差し指を立てる。
「これ、10レベルに最初に到達したのがアキっちなんじゃ?」
「あー、そうかも」
一応、質問してみたが、返答はなかった。
まあそうか。
いままでの感触から考えて、このノートPCの後ろにいるやつは、ぼくたち全員に対してフェアに振る舞おうとしている。
裏づけは得られなかったが、ミアの推測は当たっているだろう。
そうじゃなきゃ、ここで固有名詞を決めろ、なんていってこないはず。
さて、じゃあこのささやかな先行者特権をどう使うか、だが……。
「たとえば『育芸館に集合』という名前にすれば、ぼくたちが育芸館を拠点としていることを伝えられる、けど」
「それナシで」
ミアがばっさりと切って捨てた。
「10レベルになった生き残りが、味方かどうかもわからない」
兄を助けるため高等部にいきたいといっている彼女が、あっさりそういってのけたことに、ぼくは驚く。
はたしてミアは……。
「ねえ、アキっち。よく聞いて」
「う、うん」
「ゾンビ映画のオチって、ゾンビよりほかの人間の方が恐ろしいって感じになること、多い」
そうか。
「たしかにその考え方には、一理あるな」
実際のところ、ハナっから『育芸館に集合』なんて名前にするつもりはない。
じゃあ、この命名権をどう有効に使えばいいのかといわれると……。
「そのうえで、わたしが名前をつけたい。わたし個人のために、使って、いい?」
「別に構わないけど、どうするんだ」
「兄に、メッセージを送りたい。もし生きていれば、だけど。わたしも生きているって、伝えたい」
ああ、とぼくはうなずいた。
たしかにこれは、ぼくたちにとってなんのメリットもない話だ。
だが彼女にとっては、とても重要なことだ。
「じゃあ、名前をつけてくれ」
「ん」
ミアはうつむいて少し悩んだあと、顔をあげた。
「シンプルに『ミアベンダー』で」
「いいのか、自分の名前つけて」
「兄は馬鹿だから、ちゃんと伝わるように」
うん、お兄さんに対する絶対の信頼が伝わってくるな。
まあその兄が生きている可能性は……ほとんどないだろうけど。
ミアという名前は珍しいから、お兄さんが生きてレベル10になれば、ミアの意図を理解するだろう。
肉親に生存を伝えたいという気持ちは汲み取ろう。
それが彼女にとって大切なことなら、いいだろう。
そう考えながら、ぼくはノートPCに、固有名詞を入力した。
「じゃあ、改めて。このミアベンダーをどうするか、なんだけど」
「ん。よく考えたら、まるでわたしが売り物にされるみたい」
「そこまで考えてなかったのかよ」
思わずツッコみを入れてしまう。
次
部屋の中央に両替機のようなものが配置されていた。
液晶パネルがあり、なにやら文字が表示されている。
本当に両替機ならお金を入れるはずの部分が、漏斗状になっていた。
なにかを入れろ、ってことなんだろうけど。
なにを?
ぼくたち3人は、顔を見合わせる。
「なに、これ」
首をかしげるハクカ。
両替機のようなものを見る。
疑問点はふたつ。
これはなんなのか。
なぜこれが現れたのか。
「アキっち、いまレベル10になった?」
「あ、ああ」
「レベル10になったボーナス、とか?」
その発想はなかった。
「触る前に、PCに聞いてみるか」
かくして恒例の質問タイムが始まった。
各人のPCで、手分けして質問を連打する。
主にこの両替機のようなものについて質問した。
わかったことは、以下の通り。
・この両替機のようなものは、ぼくのレベルアップ・ボーナスである。
レベル10以上の者がパーティに存在する場合、白い部屋にこの機械が出現する。
なお機械の名前については、ぼくたちが勝手につけろ、と突き放された。
・この両替機のようなものは、ひとことでいって、トークンをアイテムに変換する装置である。
この場合のアイテムとは実体のあるものだけでなく、スキルや魔法や特殊能力も含まれる。
むしろ、スキルや魔法や特殊能力がメインである。
・トークンというのは、どうやらオークを倒したときに落ちる赤や青の宝石のことらしい。
以後この宝石を赤トークン、青トークンと呼ぶ。
・赤トークンが1点、青トークンが10点となる。
なるほど、エリート・オークのドロップは十倍の価値か。
・一度、この機械に入れたトークンは、二度と払い戻せない。
またこの部屋で使ったトークンは、もとの場所に戻っても消えている。
「とりあえず、この機械の名前だけど、自動販売機でいいか?」
「アキっち、センスない」
「ミアが命名して」
ミアは、うっ、とひるんだように身をのけぞらせた。
「え、ええと……アイテムベンダー?」
「英語にしただけじゃないか」
「中二病的に正しい」
ドヤ顔で指をVの字に突き出してくる。
「じゃあ、アイテムベンダーでいいか」
いや、まてよ。
ぼくはふと、あることを思い立ち、ノートPCに質問を入力する。
・Q:ここで決定した前述機械の固有名詞は、ほかの生徒がレベル10になったときにも使用されることになるのか。
・A:イエス。
・Q:ほかの生徒とは、ぼくたちが接触していない生徒も含まれるのか。
・A:イエス。
「これ、メッセージに使えるんじゃ?」
ぼくは二人を見た。
まだ接触していない人々に、ぼくたちからの言葉を伝える。
それはとても魅力的な提案に思えたが……。
「それ以前に、アキっち。重要なことがもひとつ」
ミアがピッと人差し指を立てる。
「これ、10レベルに最初に到達したのがアキっちなんじゃ?」
「あー、そうかも」
一応、質問してみたが、返答はなかった。
まあそうか。
いままでの感触から考えて、このノートPCの後ろにいるやつは、ぼくたち全員に対してフェアに振る舞おうとしている。
裏づけは得られなかったが、ミアの推測は当たっているだろう。
そうじゃなきゃ、ここで固有名詞を決めろ、なんていってこないはず。
さて、じゃあこのささやかな先行者特権をどう使うか、だが……。
「たとえば『育芸館に集合』という名前にすれば、ぼくたちが育芸館を拠点としていることを伝えられる、けど」
「それナシで」
ミアがばっさりと切って捨てた。
「10レベルになった生き残りが、味方かどうかもわからない」
兄を助けるため高等部にいきたいといっている彼女が、あっさりそういってのけたことに、ぼくは驚く。
はたしてミアは……。
「ねえ、アキっち。よく聞いて」
「う、うん」
「ゾンビ映画のオチって、ゾンビよりほかの人間の方が恐ろしいって感じになること、多い」
そうか。
「たしかにその考え方には、一理あるな」
実際のところ、ハナっから『育芸館に集合』なんて名前にするつもりはない。
じゃあ、この命名権をどう有効に使えばいいのかといわれると……。
「そのうえで、わたしが名前をつけたい。わたし個人のために、使って、いい?」
「別に構わないけど、どうするんだ」
「兄に、メッセージを送りたい。もし生きていれば、だけど。わたしも生きているって、伝えたい」
ああ、とぼくはうなずいた。
たしかにこれは、ぼくたちにとってなんのメリットもない話だ。
だが彼女にとっては、とても重要なことだ。
「じゃあ、名前をつけてくれ」
「ん」
ミアはうつむいて少し悩んだあと、顔をあげた。
「シンプルに『ミアベンダー』で」
「いいのか、自分の名前つけて」
「兄は馬鹿だから、ちゃんと伝わるように」
うん、お兄さんに対する絶対の信頼が伝わってくるな。
まあその兄が生きている可能性は……ほとんどないだろうけど。
ミアという名前は珍しいから、お兄さんが生きてレベル10になれば、ミアの意図を理解するだろう。
肉親に生存を伝えたいという気持ちは汲み取ろう。
それが彼女にとって大切なことなら、いいだろう。
そう考えながら、ぼくはノートPCに、固有名詞を入力した。
「じゃあ、改めて。このミアベンダーをどうするか、なんだけど」
「ん。よく考えたら、まるでわたしが売り物にされるみたい」
「そこまで考えてなかったのかよ」
思わずツッコみを入れてしまう。
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