アリスは、壁際に寝転ぶ、まだ生きている少女たちに治療魔法を使う。
ヒールをしたあと、キュア・マインド。
絶望的な表情を浮かべていた少女たちの目に光が宿る。
それを見ていたハクカが正気に戻り、少女たちに駆け寄りアリスを真似してヒールをした後、キュア・マインドをしていた。
「たまき、ミア、狭間君!」
たまきとミアの肩を叩く和弘。
「いまのうちにあちこち調べるぞ」
ぼくたちはアリスとハクカにこの場を任せた。護衛にソルジャーを4体ほど置いた。
和弘が召還した狼と共にた、まず一階の探索に入った。
廊下はしんと静まり返っていた。
ひとつひとつ、部屋を見てまわる。
いくつかの部屋には鍵がかかっていた。
いまさら遠慮する必要はないので、たまきの斧でドアを破壊し、室内を調べる。
「あー、そういや、ふたりの部屋はどこだ」
「あ、あたしとアリスの部屋は、そこ。隣」
「わたしの部屋、三階」
和弘は少し考えたすえ、たまきには自室へ赴き、着替えるよう指示した。
「ついでにアリスの着替えとかもまとめておいてくれ。あと、適当な部屋を漁って、食堂の女の子たちに着せる服とかを」
「わかったわ。こっちは任せて」
「少し待って。和弘さんとタマキさんは1階の捜索をしてほしい。僕とミアで3階と2階の捜索をする。もしかしたら生き残りがいるかもしれない」
「そうよね」
ぼくとミアは、たまきと和弘と別れ、階段をあがった。
幸いにして、敵はすべて外に飛び出してきていたらしい。
オークの姿はまったく見えなかった。
二階も、三階も、蠅の羽音が耳触りなくらいうるさいくらいだった。
死体を見つけて、集まってきたのだろう。
まず三階のミアの部屋にいき、彼女を着替えさせる。
「着替え、覗く?」
「覗かない」
ぼくは部屋の外でソルジャーと一緒に待つ。
ぼくは床に体育座りで座る。
「染みつきパンツ、いる?」
また室内から声がかかった。
「いらない。捨てておけ」
「じゃあ、染みつきジャージ」
「それもいらない」
ミアの着替えと簡単な荷物まとめが終わる前に、ぼくは一度失礼して、屋上を見に行った。
大量のカラスと蠅が、屋上の六つの死体に群がっていた。
ぼくはオークの姿がないことだけ確認すると、階下に戻る。
屋上へ続くドアは閉めておいた。
ちょうど、ミアが旅行鞄をかかえて部屋から出てくるところだった。
「いこう、アキっち」
ミアの顔はさっぱりしていた。
少し目もとが腫れている気がしたけど、暗がりだからよくわからない。
ひょっとしたら、もう泣いていたのかもしれない。
三階の部屋を、順番にドアをあけて、なかを調べる。
とある部屋で、ふたつの死体を見つけた。
ミアは死体をじっと見つめたあと「ごめんね。あとでまた、来るね」と呟いた。
「知り合いだったか」
「クラスメイト」
ミアは表情を変えなかったが、しかし鞄の取っ手を握る手が震えることまでは抑えきれなかったようだった。
親しい間柄だったのか、とは聞かなかった。
いや、聞けなかった。
僕は、ミアの手を握る。
「アキっち」
顔を上げるミア。
ぼくは、ミアの手を握りながらも三階のすべての部屋を見てまわった。
ミアによれば、三階に住んでいたのは全員、中等部一年生であるようだ。
同じクラスのひと以外とはあまり交流がなかった、ともいった。
「次、二階、いこう。二階は二年生の部屋。わたし、知り合いいないよ」
ぼくはそうか、とうなずいた。
ぼくたちは、まったく襲われることなく三階、二階の探索を終えた。途中、2階でハクカの部屋に入り、ミアにハクカの服などを旅行鞄につめるように頼んだ。そしてもとの食堂に戻ってくる。
たまきは先に着替えて、食堂にいた。
死体の山のなかに知人の姿をいくつも見つけたのだろう。
座り込んで、泣いていた。
アリスとハクカが、黙々と生存者の治療を続けている。
「ごめん、ごめんね、アリス。もうちょっと、もうちょっとだけ、泣かせて」
たまきは、せっかく着替えたジャージの腕で、頬にこぼれる涙をぐしぐし拭っていた。
アリスは無言だった。
能面のように表情を消して、ひたすらにヒールとキュア・マインドを使い続けていた。
ハクカは、目に涙を浮かべながらヒールとキュア・マインドを使っていた。
和弘はサモン・クロースで呼び出した布で、治療を終えてなおぐったりしている生き残った少女たちの身体を隠していた。
アリスとハクカの治療を受けてなんとか生き延びたのは、ちょうど十人。
魔法によって身体の傷が癒え、心に受けた衝撃も魔法のケアで多少は緩和された。
にもかかわらず、すぐ立てる者はひとりもいなかった。
和弘はようやく立ち上がってきたたまきと旅行鞄を両手に握って食堂の入り口に立ち尽くすミアに指示を出していた。
「ふたりで急いで育芸館に戻って、五人ほど連れてきてくれ」
「わかったわ。でも、あたしひとりでいく。待ってて、すぐ戻るから。……ミアはここにいて」
ひとりじゃ危ない、と和弘がいう前に、たまきは武器の大斧すら置いて駆け出す。
和弘は、使い魔の狼にたまきの護衛を命じた。
了解の印にひとつ吠えると、たまきを追って駆けだした。
「死体を埋めるのは、後日だな。この調子だと、まだほかの建物にも生き残っている人がいるだろうし。なるべく生存者の救出に時間を当てたい」
「はい。……そう、ですね」
アリスとハクカは立ち上がったものの、ふらりとその身をよろけさせた。
僕と和弘は慌てて駆け寄り、彼女たちの支えとなった。
「すみません」
「・・・ごめん」
「気にしなくていい」
ハクカを支えながらいう。
「きみたちのおかげで十人も助かった。胸を張れ」
「でも……わたしのお友達が、何人も」
そうか、と和弘はうなずいた。
ミアが一階の部屋を巡り、手際よく集めた着替えをいくつかの紙袋に詰め込んできた。
「すまないな」
「ん。働いている方が、気が休まる」
それはそうかもしれない、とぼくはうなずく。
「じゃあ悪いけど、ついでにキッチンから包丁とか、そういうものをかき集めてきてくれ」
「あいあいさー」
ミアは食堂から逃げるように駆けていく。
二十分ほどで、たまきが戻ってきた。
命令通り、育芸館の子を五人、連れてきている。
そのなかには、高等部の女の子がいた。
高等部の子を除く中等部の四人が、壮絶な現場を見て息をのみ、次いで泣き出す。
高等部の子は、そんな少女たちの頬を叩いた。
「辛いのはわかるけど、生き残った子たちを守るのが、いま一番、大切なことよ。いつ育芸館が襲われるとも限らない。長く留守にするのはまずいわ」
高等部の子は、ぐずる彼女たちを叱咤する。
和弘は彼女たちにマイティ・アームをかけてまわる。
育芸館から応援に来た子たちが、生き残って手当ては受けたもののぐったりしている少女たちを肩にかつぐ。
さすがに重そうだった。
幸いにして、助けた少女のうち、四人は自力で歩くと宣言し、よろめきながら立ちあがった。
互いに肩を貸しあい、歩きだす。
「状況、よくわかりませんけど」
そのうちのひとり、ポニーテールの少女がいう。
オークの体液で濡れた髪を布でぬぐい、不快にべとつく感覚に顔をしかめつつ、和弘を見る。
「余裕、ないんですよね。だったら、わたしたち、なるべく足手まといにならないようにします」
和弘は「無理はするな」とだけいった。
あとは彼女たちの自主性を尊重した。
「サモン・ドローン、サモン・クリエイト・ウォーター」
大なべと温泉水と布を召還した。
「とりあえず、そこにいる10人は、これで身体を洗い流すといい」
「ありがとうございます」
早速、育芸館の子達が10人に向かって温泉水を使って、オークの体液を洗い流す。大なべに温泉水がなくなった端から補充をした。都合、50回ほど補充した。
女子寮の水道は、予想通り使えなかった。
地震でどこかに不具合が起きているのだろう。
「これが使えないならタンクから直接、水を補充するしかないか」
「タンクの水ね。屋上かしら?」
「大抵はそうだね。後は、学校の近くだと貯水池があるからそこから水を補充する手もある」
「詳しいわね」
「エコキュートが壊れたときに学んだ知識だ」
「なるほどね。自己紹介をしておきましょう。私は志木 縁子よ。高等部1年生よ」
「狭間 秋です。中等部2年生」
「羽藤 白花です。同じく中等部2年生です」
「それじゃ、賀谷くん、狭間君、いきましょう」
志木さんは両肩にひとりずつ少女を抱えていた。
重そうだったが、和弘が持つというと「あなたたちは、ダメよ」と拒否された。
「帰り道に襲撃されたとき、わたしたちを守るのがあなたたちの役目。そうでしょう」
「あ、ああ」
ぼくたちは、女子寮から迅速に撤退し、育芸館に戻る。
もうすぐ育芸館に到着というところで、使い魔の狼が、耳をピンと立てた。
同時に、救出した女子生徒を背負って少し前を歩いていた志木さんが立ち止り、振り返る。
「賀谷くん。前方から戦闘音」
志木さんが、緊張した声で告げる。
「育芸館がオークに襲われているわ」
次
ヒールをしたあと、キュア・マインド。
絶望的な表情を浮かべていた少女たちの目に光が宿る。
それを見ていたハクカが正気に戻り、少女たちに駆け寄りアリスを真似してヒールをした後、キュア・マインドをしていた。
「たまき、ミア、狭間君!」
たまきとミアの肩を叩く和弘。
「いまのうちにあちこち調べるぞ」
ぼくたちはアリスとハクカにこの場を任せた。護衛にソルジャーを4体ほど置いた。
和弘が召還した狼と共にた、まず一階の探索に入った。
廊下はしんと静まり返っていた。
ひとつひとつ、部屋を見てまわる。
いくつかの部屋には鍵がかかっていた。
いまさら遠慮する必要はないので、たまきの斧でドアを破壊し、室内を調べる。
「あー、そういや、ふたりの部屋はどこだ」
「あ、あたしとアリスの部屋は、そこ。隣」
「わたしの部屋、三階」
和弘は少し考えたすえ、たまきには自室へ赴き、着替えるよう指示した。
「ついでにアリスの着替えとかもまとめておいてくれ。あと、適当な部屋を漁って、食堂の女の子たちに着せる服とかを」
「わかったわ。こっちは任せて」
「少し待って。和弘さんとタマキさんは1階の捜索をしてほしい。僕とミアで3階と2階の捜索をする。もしかしたら生き残りがいるかもしれない」
「そうよね」
ぼくとミアは、たまきと和弘と別れ、階段をあがった。
幸いにして、敵はすべて外に飛び出してきていたらしい。
オークの姿はまったく見えなかった。
二階も、三階も、蠅の羽音が耳触りなくらいうるさいくらいだった。
死体を見つけて、集まってきたのだろう。
まず三階のミアの部屋にいき、彼女を着替えさせる。
「着替え、覗く?」
「覗かない」
ぼくは部屋の外でソルジャーと一緒に待つ。
ぼくは床に体育座りで座る。
「染みつきパンツ、いる?」
また室内から声がかかった。
「いらない。捨てておけ」
「じゃあ、染みつきジャージ」
「それもいらない」
ミアの着替えと簡単な荷物まとめが終わる前に、ぼくは一度失礼して、屋上を見に行った。
大量のカラスと蠅が、屋上の六つの死体に群がっていた。
ぼくはオークの姿がないことだけ確認すると、階下に戻る。
屋上へ続くドアは閉めておいた。
ちょうど、ミアが旅行鞄をかかえて部屋から出てくるところだった。
「いこう、アキっち」
ミアの顔はさっぱりしていた。
少し目もとが腫れている気がしたけど、暗がりだからよくわからない。
ひょっとしたら、もう泣いていたのかもしれない。
三階の部屋を、順番にドアをあけて、なかを調べる。
とある部屋で、ふたつの死体を見つけた。
ミアは死体をじっと見つめたあと「ごめんね。あとでまた、来るね」と呟いた。
「知り合いだったか」
「クラスメイト」
ミアは表情を変えなかったが、しかし鞄の取っ手を握る手が震えることまでは抑えきれなかったようだった。
親しい間柄だったのか、とは聞かなかった。
いや、聞けなかった。
僕は、ミアの手を握る。
「アキっち」
顔を上げるミア。
ぼくは、ミアの手を握りながらも三階のすべての部屋を見てまわった。
ミアによれば、三階に住んでいたのは全員、中等部一年生であるようだ。
同じクラスのひと以外とはあまり交流がなかった、ともいった。
「次、二階、いこう。二階は二年生の部屋。わたし、知り合いいないよ」
ぼくはそうか、とうなずいた。
ぼくたちは、まったく襲われることなく三階、二階の探索を終えた。途中、2階でハクカの部屋に入り、ミアにハクカの服などを旅行鞄につめるように頼んだ。そしてもとの食堂に戻ってくる。
たまきは先に着替えて、食堂にいた。
死体の山のなかに知人の姿をいくつも見つけたのだろう。
座り込んで、泣いていた。
アリスとハクカが、黙々と生存者の治療を続けている。
「ごめん、ごめんね、アリス。もうちょっと、もうちょっとだけ、泣かせて」
たまきは、せっかく着替えたジャージの腕で、頬にこぼれる涙をぐしぐし拭っていた。
アリスは無言だった。
能面のように表情を消して、ひたすらにヒールとキュア・マインドを使い続けていた。
ハクカは、目に涙を浮かべながらヒールとキュア・マインドを使っていた。
和弘はサモン・クロースで呼び出した布で、治療を終えてなおぐったりしている生き残った少女たちの身体を隠していた。
アリスとハクカの治療を受けてなんとか生き延びたのは、ちょうど十人。
魔法によって身体の傷が癒え、心に受けた衝撃も魔法のケアで多少は緩和された。
にもかかわらず、すぐ立てる者はひとりもいなかった。
和弘はようやく立ち上がってきたたまきと旅行鞄を両手に握って食堂の入り口に立ち尽くすミアに指示を出していた。
「ふたりで急いで育芸館に戻って、五人ほど連れてきてくれ」
「わかったわ。でも、あたしひとりでいく。待ってて、すぐ戻るから。……ミアはここにいて」
ひとりじゃ危ない、と和弘がいう前に、たまきは武器の大斧すら置いて駆け出す。
和弘は、使い魔の狼にたまきの護衛を命じた。
了解の印にひとつ吠えると、たまきを追って駆けだした。
「死体を埋めるのは、後日だな。この調子だと、まだほかの建物にも生き残っている人がいるだろうし。なるべく生存者の救出に時間を当てたい」
「はい。……そう、ですね」
アリスとハクカは立ち上がったものの、ふらりとその身をよろけさせた。
僕と和弘は慌てて駆け寄り、彼女たちの支えとなった。
「すみません」
「・・・ごめん」
「気にしなくていい」
ハクカを支えながらいう。
「きみたちのおかげで十人も助かった。胸を張れ」
「でも……わたしのお友達が、何人も」
そうか、と和弘はうなずいた。
ミアが一階の部屋を巡り、手際よく集めた着替えをいくつかの紙袋に詰め込んできた。
「すまないな」
「ん。働いている方が、気が休まる」
それはそうかもしれない、とぼくはうなずく。
「じゃあ悪いけど、ついでにキッチンから包丁とか、そういうものをかき集めてきてくれ」
「あいあいさー」
ミアは食堂から逃げるように駆けていく。
二十分ほどで、たまきが戻ってきた。
命令通り、育芸館の子を五人、連れてきている。
そのなかには、高等部の女の子がいた。
高等部の子を除く中等部の四人が、壮絶な現場を見て息をのみ、次いで泣き出す。
高等部の子は、そんな少女たちの頬を叩いた。
「辛いのはわかるけど、生き残った子たちを守るのが、いま一番、大切なことよ。いつ育芸館が襲われるとも限らない。長く留守にするのはまずいわ」
高等部の子は、ぐずる彼女たちを叱咤する。
和弘は彼女たちにマイティ・アームをかけてまわる。
育芸館から応援に来た子たちが、生き残って手当ては受けたもののぐったりしている少女たちを肩にかつぐ。
さすがに重そうだった。
幸いにして、助けた少女のうち、四人は自力で歩くと宣言し、よろめきながら立ちあがった。
互いに肩を貸しあい、歩きだす。
「状況、よくわかりませんけど」
そのうちのひとり、ポニーテールの少女がいう。
オークの体液で濡れた髪を布でぬぐい、不快にべとつく感覚に顔をしかめつつ、和弘を見る。
「余裕、ないんですよね。だったら、わたしたち、なるべく足手まといにならないようにします」
和弘は「無理はするな」とだけいった。
あとは彼女たちの自主性を尊重した。
「サモン・ドローン、サモン・クリエイト・ウォーター」
大なべと温泉水と布を召還した。
「とりあえず、そこにいる10人は、これで身体を洗い流すといい」
「ありがとうございます」
早速、育芸館の子達が10人に向かって温泉水を使って、オークの体液を洗い流す。大なべに温泉水がなくなった端から補充をした。都合、50回ほど補充した。
女子寮の水道は、予想通り使えなかった。
地震でどこかに不具合が起きているのだろう。
「これが使えないならタンクから直接、水を補充するしかないか」
「タンクの水ね。屋上かしら?」
「大抵はそうだね。後は、学校の近くだと貯水池があるからそこから水を補充する手もある」
「詳しいわね」
「エコキュートが壊れたときに学んだ知識だ」
「なるほどね。自己紹介をしておきましょう。私は志木 縁子よ。高等部1年生よ」
「狭間 秋です。中等部2年生」
「羽藤 白花です。同じく中等部2年生です」
「それじゃ、賀谷くん、狭間君、いきましょう」
志木さんは両肩にひとりずつ少女を抱えていた。
重そうだったが、和弘が持つというと「あなたたちは、ダメよ」と拒否された。
「帰り道に襲撃されたとき、わたしたちを守るのがあなたたちの役目。そうでしょう」
「あ、ああ」
ぼくたちは、女子寮から迅速に撤退し、育芸館に戻る。
もうすぐ育芸館に到着というところで、使い魔の狼が、耳をピンと立てた。
同時に、救出した女子生徒を背負って少し前を歩いていた志木さんが立ち止り、振り返る。
「賀谷くん。前方から戦闘音」
志木さんが、緊張した声で告げる。
「育芸館がオークに襲われているわ」
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