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「おおっ、陛下。某のために、貴重なお時間をいただき感謝いたします」

 アンデッド古代竜が、僅か十二歳の少年たちによって討伐されて王都中が大騒ぎになってから4日後。
 余、ヘルムート37世は、ここ王城の謁見の間において、わが国が誇る王宮筆頭魔導士であるクリムト・クリストフ・フォン・アームストロングとの会見を行っていた。

 アームストロング導師は見た目は三十歳くらいに見えるが、実は若造りで実年齢は四十歳近い。
 十年ほど前から、王国の王宮筆頭魔導士を勤める天才であったが、もう一つ彼には大きな特徴があった。
 身長ニメートル十センチ、体重百三十キロという巨漢であり、魔法使いなのでローブを着ているのに、そのローブの中は鋼のような筋肉で一杯であった。更に、その手に持っている杖がまた凄い。
 自分の身長ほどのサーガに出てくる魔法使いが持っている普通なら木製の杖は全てミスリルで出来ていて、その先端にはスイカほどの大きさの真っ赤な魔晶石が付いている。
 見た目からして、魔法使いというよりも武道家や戦士と言った趣きの彼なのだが、魔法使いとしても近接戦闘特化タイプに分類されるタイプであった。
 その膨大な魔力を使って極限まで身体能力を上げ、超高速の飛翔魔法で三次元を縦横無尽に動いて、敵を粉砕する。
 本人は、不得手だと公言する放出系属性魔法の威力も侮れない物があった。
 元から尋常ではない魔力の持ち主だ。中級レベルの魔法使いでは、逆立ちしても彼には勝てない。
 見るものを畏怖させる巨蛇をした炎や氷などを一度に八体まで自由に出現させてコントロール可能で、威力については、今さら言うまでもないであろう。
 ここ暫く戦争など無かった世の中で、王宮筆頭魔導士にも特殊魔法が使えるなどのバランスが求められる時代に戦闘特化の彼がそれに任命された理由とは、ただ戦闘能力が強大であったからだ。
 他の誰にも文句言えないほどだ。

 それは、年に一度行われる軍事演習において、『一個軍団にも匹敵する』と言われるほどの戦略クラスの戦闘力を有しているせいであった。

『戦争なんてしないが、下手に攻め込んで、苦労して編成した軍団がアームストロング一人に皆殺しにされたらソロバンが合わない』

 これが、あるアーカート神聖帝国軍幹部の正直な感想であった。

「余は、そなたと会うための時間は惜しまぬよ」

「光栄の極みにございます」

 王宮筆頭魔導士に対して会見というのはおかしいのかもしれないが、一国の王ともなると色々と忙しいので、いくら王宮筆頭魔導士でもそう簡単に長時間話などは出来ないという事の証明でもあった。

 それでもヘルムート三十七世は、アームストロング導師とはなるべく早く会おうと努力する。
 それだけ、信用されている証とも言えよう。

「ふむ。パルケニア草原の偵察任務ご苦労だったな」

「いえ、偵察自体は楽でしたな。もう七代もの王宮筆頭魔導士が直々に偵察していますし、新しい情報も無いので」

「それもそうであったな。やはり、グレードグランドを倒せなければ草原は開発不可能か」

「残念ながら……」

 ヘルムート王国の首都スタットブルクは人口が百万人を超える大都市であったが、実は代々の王が宿題にしている課題があった。
 それは、あまりに人口が多いので食料事情に難を抱えていたのだ。
 勿論、完全自給など不可能に近いので、王国側もそこまでは求めていない。
 ただ、穀物類を補給する穀倉地帯がスタットブルクから千キロ近くも離れたホールミア辺境伯領だと言うのが問題なのだ。
 距離的な問題もあるが、安全保障的に考えて直轄地内にも大規模な穀倉地帯が欲しい。
 小・中規模な物は何箇所か存在するが、大規模な物となるとその地理的条件が厳しくなる。
 ところが、条件に付随する場所ならば、実はスタットブルクから百キロと離れていない場所に存在していた。
 それが、パルケニア草原だったのだ。
 このパルケニア草原は広大で平坦な草原地帯で、降水量もあり、農業に必要な水も三本も河が流れているので、開発は比較的簡単に出来るはず。

 では、なぜ今まで誰も開発しなかったのか?

 それは、この平原が魔物のテリトリーであったからだ。

「平原なので、グレードグランドは良く見えました。のん気にホーンシープの群れを襲って捕食中でしたな」

「あの忌々しい老土竜め」

 グレードグランドとは、パルケニア草原を縄張りとする巨大な属性ドラゴンであった。
 年齢は五千歳を超えるとされ、全長は三十メートルほど。
 先のアンデッド古代竜には及ばないが、人類にとっては災厄クラスの化け物である。

「パルケニア草原なら、あのグレードグランドさえ倒せれば、冒険者と軍で一気に魔物を駆逐可能なのだが……」

 残されている魔物の領域の大半は、わざわざ王国が解放する理由もないのだが、パルケニア草原だけ唯一の例外であった。
 王都周辺の更なる発展のためには不可欠なのだ。
 グレードグランドさえ倒せばすぐにでも大規模農地の開発が可能で、王都から百キロの草原地帯が魔物の領域でなくなり、周辺地域とのアクセスで余計な迂回をする必要が無くなるのだ。
 流通網整備の観点から考えても、経済効果は計り知れない。

「そう考えて、代々の陛下は……」

「まあ、死屍累々であったな」

 余以前の先祖代々の王達は、冒険者を多数集め、グレードグランドの首を狙った。
 軍部が功績を求めて出兵要請を運動し、それを時の王が認めて数千人の軍勢を派遣したことも一度や二度ではない。
 だが、それらの試みは全て失敗している。
 王国は、成立当初には比較的攻略が容易な魔物のテリトリーの開放に成功している。
 成功していなければ、大陸の痣である領域は今の倍以上はあったであろうし、ただ無人なだけの未開地へのアクセスも繋がらなかったであろう。

 しかし今は、ここ千年ほど魔物の領域の開放が成功した例はほとんどない。
 比較的簡単に開放可能な場所は、既に古の人達がとっくに実行していたからだ。
 残っているのは、地理的に難所であるか、そこを守る魔物やそのエリアの食物連鎖の頂点であるボスの難易度が高いかのどちらかであった。

「よくも属性竜が主の領域ばかり残った物よ」

「前人未到の領域ならば、運が良ければ土亀や風鳥が主の場所もあるかもしれませぬが・・・」

「可能性で強行軍をしても意味があるまい。以前に病弱の跡取り息子を治す霊薬の材料を求め、貴重な軍を壊滅させた者がおる」

「ブライヒレーダー辺境伯ですな」

「先代のな。今代の当主は、そんな無謀な真似はしないであろう。どうにか、立て直してくれたようだしな」

 先代ブライヒレーダー辺境伯の魔の森への遠征と、その軍勢の壊滅は王宮でも衝撃をもって受け止められていた。
 これが、男爵程度の独断専行なら王宮側も気にも留めない。
 だが、ブライヒレーダー辺境伯が王国南部諸侯の取り纏め役であった事から騒ぎは大きくなった。
 もしブライヒレーダー辺境伯領に混乱が生ずれば、王国南部の統治に大きな影響が出ていたからだ。

「そなたの親友やライバルも亡くなったしの」

「はい。アルフレッドやアティはあんな無茶な遠征で死んで良い人間ではなかった。アティは、某の尊敬する親友であり、アルフレッドは、某の最大のライバルだったのです」

 王都で同じ魔法使いの素質を持って生まれ、一方は親も知らぬ孤児の出で、自分は王国有数の名家アームストロング伯爵家の次男であった。

 本来なら、一生視線すら合わさないで人生を終えたであろうアティと親友のブルーノと某は、魔法の才能があったために王都にある冒険者予備校で机を並べ、武芸や魔法の鍛錬に励んだ。アルフレッドとは、冒険者になった1年後にブルーノを亡くした事件後に親しくなったのだ。

「魔力は某の方が少し上、身体能力向上魔法も某の方が上。放出系の魔法の威力はアティやアルフレッドの方が上。あと、アティやアルフレッドは多彩な魔法を器用に使いこなしました。不器用な某では、王宮筆頭魔導士は不可能であると思っていました」

 そんな自分が王宮筆頭魔導士になれたのは、孤児出身で王都にはあまり良い思い出がないアティやアルフレッドが、冒険者を引退後にブライヒレーダー辺境伯のお抱えになってしまったからであろう。

 ところがその選択は、彼と彼女の若い才能を永遠に閉ざしてしまう。

「いつか某は、アルフレッドと本気で魔法勝負をしたいと思っていたのですが……」

「アルフレッドの事は、師匠であるブランタークも惜しんでおったからの」

「一番目をかけていた弟子でしたからな。あれほどの偉大な魔法使いが、師匠でもある自分よりも優秀だと公言したのですから」

 クリムトは、アルフレッドの師匠であったブランタークの事も良く覚えていた。
 魔力は自分達には及ばなかったが、その不足を頭脳と経験と訓練で補っていた尊敬すべき人物であると評価しているのだ。
 クリムトをして、評価に値すると言わしめる魔法使いなどそうはいない。
 余も数名しか聞いたことがない。
 少々口が悪いのと酒好きが過ぎるのがタマに傷であるといっておったが

「そのブランタークだがの。アルフレッドの弟子の面倒を見ておるらしい。今は、王都に滞在しておる」

「そういえば、某はその件を聞きたかったのです!」

 クリムトの声が大きくなる。やはり、あの竜殺しの2人が気になるであろう。
 しかしながら、少し声が大きいの。みんな驚いておるわ。
 自分が唯一認めた最大のライバルと親友が、語り死人になってまで自分の技を伝えた弟子の存在。
 しかもその弟子たちは、兄の結婚式で王都に向かう途中、とんでもないことをしたのだ。
 奇跡のような確率で発生したアンデット古代竜をほぼ2人で打ち破ってしまったのだ。
 その報告を聞いた時に魔法使いでもない余でも興奮したのだ。魔法使いであるクリムトが無視できるはずがないのだ。

「陛下がその少年たちを呼び出した時には、某はまだパルケニア草原でしたので」

 パルケニア草原偵察は余が命じた。
 間が悪かったとはいえ、クリムトには悪いことをしたな。
 そこで、その兄の結婚パーティーに参加して話をしようかと思ったのだが、無粋な真似はしてくれるなと財務卿であるルックナー侯爵から釘を刺されてしまったからだ。
 あれだけの功績を挙げた者が参加するのだ。これを機に縁を結ぼうと欲深な連中が殺到しているのは明白といえよう。早計に失するとはまさにこのことか。
 この国の王たる余なので強引に押し込んでもよかったのだが、それをするとクリムトに非難が言ってしまう。諦めざるを得なかった。

「某は、その少年たちに会いたいのです」

「その気持ちは良くわかる。だが、もう数日待つが良い」

「もう数日ですか? おおっ! 某の作戦が承認されましたので」

「いくらそなたが強いとはいえ、あのグレードグランドを一人では討てまい。余とて、そんな博打でそなたを失いたくはない」

 いくらクリムトが強くとも単身では危険すぎる。
 だからとって、竜を相手に軍を向けるのは無謀の極みであった。
 遠方から広範囲にブレスを吐くので、どうしても無駄に損害が増えてしまうからだ。
 下手をすると何もしないまま殲滅してしまう事態もあり得る。
 竜を討つには、古来より『飛翔』の魔法が使える魔法使いによる攻撃が有効とされる。
 巨大な竜を相手に地上で武器を振るっても足元くらいしか傷が付かないし、いくら俊敏に動けても、その巨大な尻尾を振り回されれば回避すら不可能で蝿のように潰されてしまう。
 少数精鋭の魔法使いによる空中戦が、いわば自明の理なのである。
 だが、いかに一騎当千とはいえ、クリムト1人では不測の事態に対応できない。余としては、親友にして強力な魔法使いを失うわけにいかないのだ。

「某のような者を心配していただき光栄の極み」

「そこでだ。魔法の素人の策と笑ってくれても良いのだが・・・バウマイスター準男爵、ファブレ準男爵、ブランターク・リングスタットの4名ならばどうかの?」

 余の作戦に、クリムトはこれまでに見た事も無い心からの笑みを浮かべていた。
 余には分かる。縦横無尽に暴れるためのバックアップ要員が現れたこととあの少年達の実力が見られることに歓喜しているのだと。

「某とバウマイスター準男爵とファブレ準男爵でグレードグランドへの攻撃を続け、後方でブランターク殿が補佐を行う。十分に勝機あり!」

「それは良かった。では、余の権限においてグレードグランドの討伐命令を出すかの」

「大変に楽しみでありますな」

「そうよな。そなたとバウマイスター準男爵とファブレ準男爵で、派手に祝砲をあげるが良い」

 様々な喜びでこぼれんばかりの笑みを浮かべながら、クリムトは作戦準備のために余の元を辞した。他の者達は、クリムトの表情におびえているようであったが、付き合いの長い余には分かる。
 クリムトは、久しぶりに心の底から歓喜しているのだ。
 彼を見送ってから、余は冷静な統治者として次々に家臣達に正式な命令を出していく。
 ブルックナー農務卿には、開墾事業の準備と開墾を行う開墾民の募集を命じた。
 エドガー軍務卿には、グレードグランド討伐後に行う軍による掃討作戦のための準備と冒険者の募集を命じた。
 ルックナー財務卿には、これらの行動に必要な予算の執行準備を命じた。
 他の者達は、作戦の成功に半信半疑なようだが、余1人は、成功を確信していた。
 あのクリムトとアンデット古代竜を倒した少年達が、熟練のブランタークと組むのだ。
 できれば特等席で観戦したい気分である。
 あの少年達も大変であろうが、これも力を持って生まれたものの宿命でもある。
 世はできる限りバウマイスター準男爵とファブレ準男爵を庇護していこう。
 なかなか王城から出られない余に代わって。派手に人生を謳歌してくれることを期待しておるぞ。
 それが、余の楽しみでもある。



 貴族の紹介 ヘルムート王国土地

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