様々な小説の2次小説とオリジナル小説

 だが、二日目になると様子が一変する。

「交渉の公平性を保つために王都からマーラー外務委員にお越しいただきました」

 突然、ブロワ家側が王都から来たという法衣貴族を連れて来たのだ。
 五十代前半くらいに見えるデップリと腹が出た、いかにも汚職とかに身を染めていそうな男に見える。
 そもそも公平性を保つとか言っている癖に、こちらへの通告もなくいきなり連れて来るのが怪しい。
 挙句にマーラー外務委員とやらは、交渉が始まると一方的にブロワ家側の肩を持ち始めたのだ。

「これ以上の東部と南部の騒乱を王宮は望みません。ここで片意地を張っても仕方がないでしょう。戦前の状態に戻し、捕まっている貴族達の身代金は相場通りという事で」

 昨日ブロワ家側が出した条件を、まるでオウムのようにマーラー外務委員が言い始めたのだ。
 しかも丁寧に、これ以上の争いの継続は王宮が望まないという大義名分付きである。
 当然、お話にもならない。
 ブライヒレーダー辺境伯は昨日と同じく理論的にブロワ家側の非を指摘し、昨日とまるで同じ条件を言ってから席を立っていた。

「あのマーラー外務委員って何者なんです?」

「外務卿をしているシュティーリケ侯爵の子分です」

 そういえば王都滞在時に、その名前と顔くらいは見た事があった。
 ただ、ヘルムート王国において外務卿の影響力は小さい。
 その理由は、唯一の交渉相手であるアーカート神聖帝国の相手だけをしているからだ。
 他に沢山の国でもあれば、外務卿も花形の閣僚であったはず。
 だが、現実には一国のみの相手なので役所の規模も予算も小さい。
 戦争が二百年以上も無いので、定期的に送っている親善団の編成とガイドをするか、向こうの首都に置いている大使館で情報を収集するくらい。
 更に親善団の編成とガイドは交易をしている商務省と工務省の管轄に被っているし、情報収集も大使館には軍も駐在武官を派遣しているので、これも半分仕事を奪われている。
 なら、『こういう貴族同士の裁定などは?』と聞かれると、これも同国の貴族同士の争いなので内務卿の管轄に入っていて、『全閣僚の中で一番影が薄い』、『体の臓器に例えると盲腸』などと言われてしまうほどであった。

「外務委員とは言っても特に仕事などありません。貴族にポストを分け与えるために存在していますので」

 そんな名誉職にあるので、誰も彼の動向など気にもしない。
 もし裁定で大きな影響力を振るえるのなら、事前にルックナー財務卿などから注意が行くはずだ。

「ブライヒレーダー辺境伯は、彼をご存知なのですか?」

「はい」

 法衣子爵で、能力的には凡庸。
 ただ、ブロワ辺境伯の妹を妻にしていて、その縁で外務委員に就任できた人物らしい。

「思いっきりブロワ家側の人間ですね」

「まあ、何の役にも立ちませんけど」

 マーラー外務委員は、別に王宮からの命令でこの交渉に参加したわけではないからだ。
 しかも、交渉の席でこちらを脅かすように王宮の名前を出している。
 潰すのは容易であった。
 ヴェルが王都に瞬間移動して、事情を説明すればいいのだ。

 わずか1時間足らずで戻ってきた。

「で、どうだった」

「ああ」

 私的な理由で公職を名乗り、王国の名前も出し、他の役所の職務に手まで出している。
 しかも、貴族家同士の紛争で血縁がある片側に一方的に肩入れしているのだ。
 それがどんなに危険なのかを考えたら、彼の解任は当然とも言えた。
 可哀想に、もう彼は外務委員ではなくなる。
 どうやらシュティーリケ外務卿にとっては、マーラー子爵は特に惜しい人材でもなかったようだ。
 その解任を本人が知るのは、もう少し先かもしれない。

 ブロワ家側からすると切り札であったマーラー子爵であったようだが、1週間もすると姿が見えなくなっていた。
 どうやら、外務委員の職をクビになって裁定に顔を出すところではないようだ。
 なぜそれがわかったのかと言えば、事前に王宮から裁定の仲裁に入る特使を送ると連絡が入ったからだ。
 特使は、ベッカー内務卿の下で貴族籍の管理をしているクナップシュタイン子爵であった。
 年齢は三十歳ほどで、短めの頭髪を真ん中でピッチリと分けている、真面目なお役人といった風貌の人であった。
 どういうわけか、役職を世襲する貴族というのは代々似たような雰囲気や容姿を纏う人が多い。
 代々軍家系であるアームストロング伯爵家の人達など、その典型例であろう。

「特使のマテュー・オスカー・フォン・クナップシュタインです。念のため先に申しておきますが、私は片方に肩入れなどしません。あくまでも中立の立場で動きますので」

 最初に一言だけ挨拶をすると、もう静かに聞き役に徹してしまう。
 彼はここに来る前に今回の紛争の経緯やら今の状況を調べて来ているそうだ。
 そして、その情報と過去の裁定案を参考に自分なりの裁定案は持っている。
 だが、それを口にするのは、双方の交渉がなかなか纏まらない時だけらしい。
 出来れば当事者同士で解決してくれた方が、王宮側から裁定案を押し付けた格好にならず、丸く収まるからだそうだ。

「では、昨日の続きから……」

 そう口にする、ブライヒレーダー辺境伯の表情は冴えない。
 なぜならこの1週間、互いの条件に差があり過ぎて折り合いの糸口すら掴めないでいたからだ。

「身代金は別途交渉。紛争案件を戦前の状態に戻す和解金は、百万セントだ」

「何度同じ事を言わせるのですか? その和解金では、今回の紛争の食料代にもなっていませんよ」

「百一万セントだ」

「ふざけているのですか? 私としては、和解金無しでこちらが抑えている利権を全て認めるという条件でも構わないのですがね」

「ふざけるな!」

 やはりとしか言いようがなかった。
 双方の主張は、平行線を辿るばかりだ。
 ブロワ家側は、今回の失態で自らのプライドを保ちつつ、なるべく経済的な損失を負いたくないなどと虫の良い考えを持っている。
 一方のブライヒレーダー辺境伯は、そこまで強欲でもないようだ。
 彼からすれば、一方的な快勝とはいえあまり過分な金額を要求すると、向こうが意固地になると思っているらしい。
 味方の貴族達の手前あまり手心は加えられないが、早く解決して開発の協力に回った方が利益になると判断しているのであろう。

「和解金は五億セントです。これ以上は引けません」

 今回の紛争で余計な負担をした貴族達に利権の分け前を戦前にまで戻す事を納得させる。
 そのためにはある程度の現金を渡す必要があり、それをブライヒレーダー辺境伯家が負担する義理もない。
 金が払えないなら、今の状況を容認せよ。
 立場のあるブライヒレーダー辺境伯としては、これでもギリギリの譲歩なのだ。

「そんな大金は払えん!」

 ブロワ家側で交渉を一手に引き受けている重臣は、声を荒げてその提案を否定していた。
 いくら地方の雄でも、その和解金を一括で払えるかは微妙なところなのであろう。
 今回は戦費も相応にかかっているし、間違いなく捕虜になった貴族達の身代金も負担しなければいけないのであろう。
 更に、この金を払っても未開地開発の利権には加われない。
 経済的には、もっと困窮する未来が予想された。

「バウマイスター伯爵はどう思います?」

「はあ。お互いの主張に違いがあり過ぎるので、このままだと何日経っても解決しなさそうですね。まあ、その分身代金の額も上がりますけど」

 身代金は、捕虜の管理費も上乗せするのが普通だ。
 なので、紛争が長引けば長引くほど負担が増えるのは当然ともいえた。

「私は若輩者なので、和解金の相場などは良くわからないのです。そこで、中立に立つ特使殿に指標となる案を出していただくのは如何でしょうか?」

「私がですか?」

「はい。念のために計算はされていると思いますが」

「そうですね。念のために、計算はしてあります」

 真面目な官僚タイプであるクナップシュタイン子爵は、やはり自分なりの裁定案を作って来ているようだ。

「ただ、こういう王宮側の裁定案はあまり採用された事はありませんよ」

「構いません。採用されなくても、指標にはなるでしょうから」

「そうですね。私も参考にはしますよ」

「……。念のために聞いておこう」

 ブライヒレーダー辺境伯も、ブロワ家の重臣も、ヴェルの提案を受け入れたようだ。
 というか、間違いなくブライヒレーダー辺境伯はその提案を受け入れる。
 なぜから、王宮はほぼエコヒイキせずに今の状況を客観的に見て裁定案を作るからだ。
 こちらが不利になる事などあり得ず、多少の和解金の減額があってもそれを受け入れる方が利がある。
 ブライヒレーダー辺境伯としては、多少の和解金の減額など開発利権ですぐに補えると思っているし、王宮側の裁定案に素直に従った事で王国に貸しも作れる。
 紛争当事者の貴族達に不満が出ても、それは少し利権を増やしてやれば解決可能だと思っているはずだ。
 更に、もしブロワ家側がその裁定案を受け入れない場合、彼らは王宮からも嫌われて孤立の度合いを深める事となる。
 どちらに転んでも、ブライヒレーダー辺境伯に損などないのだ。

「わかりました。試算した裁定案を発表します」

 とはいえ、条件はブライヒレーダー辺境伯が最初に出した物と差などない。
 唯一、和解金の額が四億セントに減額されただけだ。

「和解金の額が高過ぎる!」

「そうでしょうか?」

 ブロワ家側の抗議にクナップシュタイン子爵は表情一つ変えないで首を傾げていた。

「あの和解金の根拠は?」

「根拠ですか?」

 クナップシュタイン子爵は、冷静な表情のまま和解金の内訳を話し始める。

「今回の紛争は、条文の無い慣習法とはいえ、ブロワ家側の貴族達による奇襲から始まったと聞いています。事前通告は法には記載されていませんが、長年の慣習となっております。よって、ブロワ家側は慣習破りの責を負うべきです。あとは……」

 クナップシュタイン子爵は、俺やヴェルの方にわざとらしく視線を送っていた。
 慣習破りの奇襲に俺たちを出兵させないための後方かく乱工作にと。
 当然、王宮にはバレていて、それも裁定案がブロワ家側が不利になる理由となっていたようだ。

「捕虜に対する身代金については、王宮は関与しません。そちらで決まりに従って交渉してください。あと、紛争案件を戦前の状態に戻すための和解金ですが。ここまで負けているのですから、諦めて支払わないと全てを失うと思うのですが……」

 睨み合いだけなら双方兵を退けで済むが、もう実際に戦ってブロワ家側は全てを失っている状態だ。
 王宮側としては、和解金を支払えとしか言えないとナップシュタイン子爵は説明していた。

「とにかく、高過ぎます!」

「いきなり攻められ、一度利権を失いかけた当事者達が聞くと怒ると思いますよ」

 そもそも戦前の状態に戻すというだけで不満が出て来る可能性があるのだ。
 それなりの和解金を支払わないと納得するはずがなかった。

「それと私としては一つ疑問があるのですが」

 クナップシュタイン子爵は、ブロワ家側に聞きたい事があるそうだ。

「何でしょうか?」

「裁定案が纏まったとして、誰がサインをするのですか?」

「それは当然、カルラ様である!」

 全く声質を変えないクナップシュタイン子爵の質問にブロワ家の重臣は何を当たり前の事をという口調で答えていた。

「カルラ殿のサインでは、その裁定案は履行されない可能性がありますよね?」

「しかし、カルラ様はブロワ辺境伯様の代理で……」

「そこがおかしいのです。今回の紛争ですが、片方の責任者であるブロワ辺境伯殿は一体何をしているのですか?」

 どうやら、クナップシュタイン子爵も俺達と同じような疑問を感じていたようだ。

「ブロワ辺境伯殿ご自身がサインをしないと、いくら合意に至っても裁定案など無意味です」

「いや……。しかし、その……」

「もし、ブロワ辺境伯殿が自らサインなど出来ないほどの重病なら、跡取りが代理としてサインをすれば宜しい」

 カルラの総大将代理は飾りとしてはギリギリ有効だが、裁定案を記した書類にサインをしても、それは公的には有効にならない。
 クナップシュタイン子爵は、まるで役所の職員のように貴族法の解説を始めていた。

「ご長男のフィリップ殿か、ご次男のクリストフ殿か。こちらにお来しいただいて、交渉に参加されるべきだと思いますが」

「それは、その……」

 まさか、ブロワ辺境迫が明日をも知れぬ重病で、死んだ時に傍にいないと残っている方に出し抜かれるとも言えず、口をモゴモゴさせながらうろたえた姿を曝していた。

「では、ブロワ辺境伯殿を」

「それも……」

「なら、この交渉はお話にもなりません。条件を詰めて調印を迎えても、それが効力を発揮しないのですから」

 クナップシュタイン子爵は呆れた表情を浮かべながら、今度はブライヒレーダー辺境伯へと標的を変える。

「早く裁定案を決めたいのはわかりますが、出ても無意味な物に時間をかけて意味があるのですか?」

「私としましては、ブロワ辺境伯は屋敷から外に出られず、今回の出兵もこの裁定協議も彼が後方から指示し、全権をカルラ殿や家臣の方々に委ねたと認識しています。裁定案が出れば、どなたか調印に姿を見せると。この会議は、予備会議扱いだという認識ですね」

「はあ……。やはり、そういうお考えですか」

 こちらが集めた情報によるとブロワ辺境伯の容態はかなり悪い可能性が高い。
 擬態の可能性も考慮したが、ならばここまで戦況が悪化する前に前線に出て来なければおかしいわけだ。
 長男のフィリップが後継者として優位に立つために支持が多い諸侯軍幹部達に兵を集めさせ、今回の紛争を起こさせたという予想で大筋の一致を見ていた。

 多分、父親であるブロワ辺境伯が不予なのを利用して、かなり強引に兵を出しているはずだ。
 成功すれば優位に立てるが、失敗すれば次男のクリストフと文官達の突き上げが厳しくなる。
 だから、裁定案で無理な条件を出してこちらを辟易とさせているのであろうと。

「条件のすり合わせはこのまま行って貰っても結構ですが、そろそろブロワ辺境伯家側は、誰が協定書にサインを行うのかを表明する必要があると思います」

 クナップシュタイン子爵の勧告にブロワ家側の人達は意気消沈してしまい、その日も碌に条件をすり合わせられないまま、その日の協議が終了するのであった。



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