様々な小説の2次小説とオリジナル小説

「ワシに客だと?」

「はい」

「誰だ?」

「それが……」

 ヘルムート王国の王都にある王城内の財務卿執務室において、現在、ワシは積み重なる書類へ懸命にサインを続けていた。
 ところがこの忙しい最中に客が来たと秘書官であるコンラートから告げられる。

「いやに歯切れが悪いな。コンラート」

「実は、『あの方』でして……。まさか、ここに来るとは予想外だったと言いますか……」

 いつもとは違って報告しない。このまだ二十代前半の若い男性秘書官を非難めいた口調で追求すると彼はしどろもどろな口調で『あの方』が来たと告げていた。
 珍しく歯切れの悪い言い方をするなと思ったら、どうやら招かざる客のようだ。
 コンラートは優秀だし同じ財務閥の大物貴族家の跡取りでもある。前途を嘱望されたエリートで、将来は財務卿も夢ではないと噂される若者であった。
 それほどの男が、来客の名前すら告げられないで動揺する。
 となれば、『あの方』とは間違いなく、あのルックナー会計監査長であろう。
 ルックナー会計監査長は、認めたくないがワシの不肖の弟である。
 父違いとか、母違いという事もなく、同じ両親から生まれた年子の弟で、子供の頃は仲だって悪くなかった。
 ルックナー侯爵家は財務系の要職を世襲する名門法衣貴族家で、当主は必ず一期五年は財務卿職を全うする。
 急死でもすれば別だが、そういうことは滅多にない。
 王国では他にも財務卿を世襲可能な伯爵家や侯爵家が四家ほど存在する。
 ルックナー侯爵家を入れて五家。なるべく五家が同じくらいの期間、財務卿の職を全う出来るよう談合に近い、水面下での交渉があったりするのだ。

 これを悪と言うべきなのか、王国の治世が安定しているからと言うべきなのかはここで論じる話ではない。ワシには判断がつかぬ。
 ワシら兄弟は子供の頃は仲が良かったのだが、大人になるにつれて弟が家を継げない事実を知り、ワシと対立するようになる。

 子供が食べるお菓子は分けられるが、侯爵家当主の地位と世襲可能な財務卿職は、お菓子のように分け合うわけにはいかないというわけだ。

 子供の頃は仲が良かったのに大人になると憎み合う貴族の兄弟など、さほど珍しくもなかった。
 成人したワシは、財務系のエリートコースに弟の方は、家を出て中級官吏からその経歴をスタートさせた。
 中級からスタートなのは、せめてもの実家や兄からの援助というやつなのだ。
 弟からすればその程度の支援など、当たり前というか上から目線の嫌味にしか見えず、結果、弟はワシへの憎悪を募らせていた。

 それでも、努力に努力を重ねて法衣男爵の爵位と会計監査長の地位も手に入れている。
 ワシは、あまり感心しない手段を用いてでも弟がその地位を掴んだ事に驚いていたが、弟の方は、ワシが先に財務卿の地位に就いた事を知って余計に憎悪を募らせたようだ。

 ワシとしては、だからと言って弟に地位を譲る気など無かったし、不可能でもあった。
 それに、この件で弟に謝ったりすれば、余計に彼のプライドを傷付ける事になる。

 この頃から、次第に弟がワシと敵対する財務系法衣貴族達と組んで嫌がらせをするようになったので、自然と対抗する他は無くなってしまったのだ。

 そのような経緯のその結果、会計監査長になった弟はこの執務室に一度も入っていなかった。

 意地なのか、暗殺を恐れてなのかは知らなかったが、不自然ではあったが、別に会計監査長がこの執務室に来なくても政務に支障があるわけでもない。

 仕事上の話は、定期的に開催される会議ですれば良いのだから。
 ただ、ワシとしてはお互いにビジネスライクに徹しようとした結果、萎縮してしまう部下達に申し訳ない気持ちで一杯であった。

「用事があるのなら通せ」

「あの……本当に宜しいので?」

 今まで意地でも訪問して来なかったのに今になってから自分に用事があるという。
 コンラートからすると何か良からぬ事でもと考えているのであろう。

「暗殺などあり得ん。それをした時点で、あいつも終わりなのだからな。ただ、どうせ碌な用件ではあるまい。早めに聞いてしまう事にする」

「わかりました」

「ああ、それと。あのバカに出す茶などない」

「……承知しました」

 数分後、コンラートの案内でルックナー会計監査長が入室してくる。
 久々に直接顔を合わせる実の弟ではあるが、もうそんな事はどうでも良かった。
 なまじ血が繋がっていると面倒だなと思いながら、用件があるのなら早く言えとワシは弟を急かしていた。

「実は、さる筋から入手した情報なのですが……」

 早く言えと言ったのはワシであったが、まさか挨拶も無しにとは、ワシは驚きつつも更に話をするようにと促していた。

「財務卿閣下が現在、梃入れをしている南端未開地と東南未開地なのですが……」

 梃入れというか、あれだけの大金を投じる未開地開発だ。
 誰かが仕切らないと欲に塗れた貴族達の行動で計画が頓挫する可能性が高い。
 極論すれば、バウマイスター男爵やファブレ男爵から金だけ抜いて、あとは未開地開発の成否なんて知ったことかという貴族たちも珍しくはないからだ。
 そこで、ワシやエドガー軍務卿にバウマイスター男爵やファブレ男爵の寄親であるブライヒレーダー辺境伯などが、近隣でバカ貴族達の監視をする事になっていた。

 勿論、その苦労に見合う成功報酬はいただくつもりであった。

「卿には、関係の無い話だ」

 この計画が国家予算を投入した物なら、会計監査長の出番は多い。
 ところが、この計画は100%バウマイスター男爵とファブレ男爵が出資をして行われる。
 当然、出番などあるはずもなかった。
 王国も補助金を出す予定ではあったが、普通にチェックだけして終了である。
 そこにルックナー会計監査長が利権に加われる要素は一つも存在していなかった。
 何かケチでも付けてきたら、それを口実に役職を解こうとまで考えていたからだ。

「確か卿には、バウマイスター男爵とファブレ男爵を亡き者にしようとした疑惑があったな」

 バウマイスター男爵とファブレ男爵による古代遺跡探索の際に冒険者ギルドに圧力をかけてガイドをわざと少なくした。
 真実は、冒険者ギルドが役職持ちとはいえ、いち男爵の圧力に屈するはずもないという物であった。
 ところが、それを理解している平民達などは極少数であり、今もその噂はかなりの人数に信じられている。
 しかも、その噂を流したのは、この弟が認知をしていない血の繋がった息子とはな。
 その話を聞いた時、ワシは、笑いを堪えるのに懸命であった。
 自分でも嫌な奴だとは思うが、今まで散々に嫌がらせをされたのだ。
 自爆した弟をバカにするくらい少しは許されるであろうと思っている。

「その疑惑は完全に誤解かと。それよりも早めにお知らせした方が良い情報がありまして……」

 公式の場では、財務卿と会計監査長である二人。
 当然、その地位の高さは財務卿の方が上である。
 なので、目の前の弟は自分に敬語で話しかけてくる。
 裏ではボロカスに言われているのであろうが、会計監査長になるくらいの実力はあるので、その辺は弁えているようだ。
 個人的には、公の席で失言でもすれば良いのにと思ってしまうのだが。

「知らせたい情報?」

「はい。その情報とは、バウマイスター男爵とファブレ男爵の暗殺計画なのですが」

「ほう、卿もついに決断したのか」

 弟から告げられた未開地開発計画の要であるバウマイスター男爵とファブレ男爵暗殺計画。
 それを聞いて、弟が自分で自分のバウマイスイター男爵とファブレ男爵暗殺計画を告げに来たのかと嫌味な口調で尋ねる兄。
 我ながら、歪んだ兄弟関係だなと思う。

「ご冗談を。とあるフリーの冒険者が、バウマイスター騎士爵領とファブレ騎士爵領の次期当主に古代の魔道具を融通したそうで」

「なるほど」

 『どうせ、その冒険者も魔道具もお前が準備したんだろう?』という言葉をワシは喉の奥に呑み込んでいた。
 証拠もないのに罪を問えば、それはワシ自身の失態になってしまうからだ。

「そのような重要な情報を卿がどうやって手に入れたのかは知らぬが……」

 ワシとって、明らかに自作自演でバカらしい茶番なのは理解している。
 だが、貴族が他の貴族に情報源などを聞いても笑われてしまうだけ。
 それこそが栄達や飯のタネなのに無料でペラペラと喋るはずがないのは常識以前の事であった。

「この時期にそれを通報しに来て、卿は何を考えているのかね?」

 貴族の子弟同士が殺し合う、たまに発生する事件であったが、その結末には大きな差があった。
 上手く病死や事故死で切り抜けて、問題にもならない事件。
 疑われても証拠が挙がらずに処罰されない事件。
 見事にバレて、厳罰を受ける事件。
 どのような結末になるのかは、これは様々な条件が加味されるので予測はつかない。

 だが、今回のケースでは。
 王国側が、犯人の処罰を手ぐすねを引いて待っていたケースになっている。
 当然、犯人には厳しい処分が下るはずだ。

 向こうが暴発してくれるのなら、処罰も容易いか。しかし……

 間違いなく目の前の男は、バウマイスター家とファブレ家の長男に暗殺に使う魔道具を融通している。
 そして、バウマイスター領とファブレ領の移動や連絡の困難さを考えれば、既に長男がそれを使用している可能性もあった。
 もし狙われたバウマイスター男爵とファブレ男爵に何かがあれば、この男の身も無事に済むはずがない。
 なのに、この男は平気な顔で恩着せがましく通報に来ている。
 一体、何を考えているのかと思うのだ。

「卿は、バウマイスター男爵とファブレ男爵の身に何かがあれば……」

 『お前は破滅なのだぞ』と言いかけたところで、弟がそれを遮るように話を始める。

「私とて、王国に仕える貴族なのです。此度の南端未開地開発と東南未開地開発を阻害するような真似はいたしませんとも」

「白々しいと言っても良いかな?」

「過去には、バウマイスター男爵殿とファブレ男爵との多少の諍いはあったものの私はそれを好ましいとは思っていませんので」

 今のままだと間違いなくこの男とその派閥に属している貴族達に未開地開発の利益は入ってこない。
 出来るかどうかは別にして、関係修復を急ぐのは貴族として当然とも言えた。

「(ワシの目が黒い内は、絶対に認めないがな)それで、卿は何をしたいのだ?」

「そのフリーの冒険者は、長男たちの依頼を受けて裏町の盗品市でその魔道具を手に入れたようですな」

「まあ、そんなところであろうな」

 遺跡から出土した魔道具は、基本的には発見した冒険者の物となる。
 冷蔵庫やコンロなどの便利なだけの物はそれで良いのだが、中には厄介な機能を備えていたり。
 場合によっては、呪われていて触るだけで大変な事になる危険な物もあった。
 なので、そういう物は冒険者ギルドによって強制的に買い取られ、王国が精査して物によっては厳重管理される。
 ただ、中にはそれを逃れて裏市場へと流れる品もあったのだ。
 冒険者が自己申告をしないで、その危険な魔道具を盗品専用の市場に流し、それを貴族が裏から手に入れて何か謀略や犯罪に絡んだ事に使う。
 いくら取り締まりを強化してもゼロに出来ないのは仕方が無い事なのかもしれない。

「そのフリーの冒険者は、その魔道具が『竜使いの笛』だと聞いて購入したようです」

「貴様……」

 『竜使いの笛』とは、遺跡から出土する魔道具の中でも危険順位が高い品となっている。
 この笛を吹くと竜にしか聞こえないその音が広範囲に広がり。
 それを聞いた竜が激怒して集まって来る半ば呪いのかかった魔道具であったからだ。

 しかも、その『竜使いの笛』を吹いている人間を竜は襲わない。
 その代わりに呼ばれた竜は死ぬまでその周辺を破壊して殺し尽くす。
 さすがに属性竜のような大物には効果はなかったが、飛竜やワイバーンには絶大な効果があるそうだ。

「未開地に隣接するリーグ大山脈は、飛竜の住みかなのだがな。卿はその通報をわざと遅らせて、領民達を根絶やしにするのかね?」

 だとしたら、この目の前の男は死刑にされても当然の罪を犯した事になる。
 ただ同時に、そんなヘマはしないのであろうなとも思っていた。

「本当に『竜使いの笛』であったらという話ですよ。あの裏市場の胡散臭い連中が勧める魔道具ですので」

 相当な目利きでないと基本犯罪者が売買する物なので騙されてガラクタを掴まされてしまうからだ。
 勿論、それで詐欺だなどと御上に訴えても『そこで買い物をしたお前が何を抜かす!』という結論になってしまう。
 裏市場でお得な買い物をするには、相当な度胸と目利きとコネが必要であった。

「それで、その魔道具は何だと言うのかね? ハエでも呼ぶ笛なのか?」

「いえ、『怨嗟の笛』だそうで」

「お前は……」

 ワシは、思わず目の前の弟に暴言を吐きそうになってしまう。
 『怨嗟の笛』とは、同じく古代に作られた『竜使いの笛』と大差ない、呪われた魔道具であった。
 当然、出土した品は全て王国が管理している事になっている。
 なぜなら、『怨嗟の笛』とは己の身を犠牲にした仇討ち専用の魔道具だからだ。

 あの長男たちも哀れだな……

 弟からの今までの話で事情を推理すると、これまでの弟は、ワシとバウマイスター男爵とファブレ男爵に対抗するために跡取りの長男に手紙で情報を送ったりして縁を結ぼうとしていた。

 ところが、その肝心の長男たちは思った以上に使えない男らしい。
 こう言っては悪いが田舎者の僻みという奴で、中央の貴族など全て業突く張りのロクデナシだと思っているらしく、なかなか協調体制に至らないのだそうだ。
 あんな僻地にいるので、余所者を受け入れ難いのであろう。
 せめて、表面だけでも愛想良くするのが貴族でもあるのに、その点でもこの長男は、バウマイスター男爵とファブレ男爵に劣る男なのだと思ってしまう。
 王国としても長男が男爵くらいで我慢して本家の相続をバウマイスター男爵とファブレ男爵に譲るくらいの度量があれば、別に無理に引き摺り下ろす算段など考えていなかった。
 ところが、情報を集めれば集めるほど、長男の狭量ぶりが目立ってくる。
 こうなると、もう排除するしか選択肢はない。
 社会的に生かしておくと長男本人がこれから長きに渡りバウマイスター男爵やファブレ男爵の足を引っ張る可能性もあるが、ワシの目の前の居るバカな弟のような存在を誘発してしまう。
 長男を神輿にして、未開地開発の利権やバウマイスター本家やファブレ本家の相続問題に関わって利益を掠め取ろうとする。
 正直なところ、そんな頻発するバカの相手をする労力が惜しい。
 ならば、可哀想ではあるが長男には退場して貰う方針になっていた。
 当然、陛下もその線で合意している。
 話を戻すが、ここで厄介なのはこの目の前のバカな弟がこちらの真意に気が付いているという点にある。
 だからこそ、あの長男たちを最後に有効活用する策を実行したのであろう。
 まず最初に、長男たちがバウマイスター男爵とファブレ男爵を暗殺しようとしている事実をワシに通報してきた。
 明らかに共犯関係にあるか、この弟の方が親切顔で長男に『怨嗟の笛』を提供したのであろう。
 した事を考えるととんでもない悪党なわけだが、結果的にはこちらの裏の意図を読んで動いているとも言える。
 三ヶ月以上と予想以上に挑発に耐えて自重していたので、この弟が暴発を手助けしたとも考えられるからだ。

「しかし、『怨嗟の笛』では万が一の可能性がないか?」

「あの僻地でですか?」

 弟は、こちらを見て嘲笑するかのような笑みを浮かべていた。

「『怨嗟の笛』は、人が大量に住まう場所でないと効果が薄い。そういう事です」

 通報を遅らせたのも万が一の可能性すらないと思っているからで。
 あとは、そのフリーの冒険者とやらは使える人間なので使い捨てにしないという事なのであろう。
 これから裏市場の捜査をしたとしても『怨嗟の笛』の出所や、ましてやそれを購入したフリーの冒険者が誰かなどわからないはず。
 この弟からの情報で探すにしても、こいつが嘘をつけば終わりなのだから。
 最悪、替え玉を準備されてスラムで死体となって発見という結末もあり得た。

「あの未開地に篭る怨念では、バウマイスター男爵やファブレ男爵か聖女殿や聖女殿の弟子の浄化一発で消滅かと」

 確かに、この弟の言う通りであった。
 『怨嗟の笛』とは、笛を吹いた人物に周囲の怨念を呼び寄せてから集め、その存在を高度なアンデッドにして仇に復讐を果たさせるアイテムであった。
 集める怨念とは、説明が難しいが悪霊とかそういう物ではない。
 例えば、仕事をしていて上司から説教を浮け、その事でイラっと来たり、この野郎と思ったりする。
 この時の負の感情などは、その場に堆積する。
 だが、その程度の怨念では、その周辺にある霊的な存在などに変化は起こらない。
 さすがに殺人などで発生した怨念は、被害者の霊をその場に留まらせる効果があったが。
 そして『怨嗟の笛』であるが、これは笛の音が聞こえる範囲内にある怨念を笛を吹いている人間に集める機能を持っていた。
 笛の音も魔道具なので想像以上の広範囲に広がるわけで、一箇所では微量の怨念でも、数が集まればと膨大な量になるという仕組みだ。

 そして集まった怨念は、笛を吹いた人間の命を奪い、その存在を強力なアンデッドにしてしまう。
 少量の怨念では人間に害を及ぼさないが、大量ならばそういう効果もあるというわけだ。

「あの長男たちは、バウマイスター男爵とファブレ男爵の暗殺を目論んだ。ですが、罪を裁く前に死なれると困る。私もそう考えたのですが、如何せん私の情報網に引っかかるのが遅かった」

 そのため、『怨嗟の笛』を持ったフリーの冒険者は、もうとっくに長男と接触しているはずであろうと弟は残念そうに語っていた。
 その嘘の白々しさと本当に心から残念そうな表情をする演技力と貴族らしいと言われればそうなのだが、今回に限っては腹が立つだけであった。

「間に合わなくて残念です」

 良く言う。呆れて何も言えん。

 というか、長男たちには死んで貰わないと困るのであろう。
 彼が生きたまま捕まり、『怨嗟の笛』の入手先を話せば全ては終わりなのだから。

 さて、どうした物か……。

 この弟は、あの長男たちを陥れてから切り捨てた。
 個人的には同罪で処分したいところであったが、長男たちの処分に手を貸したという見方も出来る。
 勿論、善悪だけで判断すると最悪な男なのだが、それだけで判断できないのも政治や貴族の世界だ。

 どうせ、ここに話に来た時点で自分が関わった証拠は消しているのは確実か……。

 証拠が無ければ、中央で役職についている貴族の処罰など不可能だ。
 ワシは、この件での処分は難しいであろうという結論に達する。
 一応、痕跡の調査は行うが、この弟が証拠を残している可能性は薄いだろうと考えていた。

「情報の提供には感謝する。だが、バウマイスター男爵とファブレ男爵に何かがあれば、わかっておろうな?」

 確実に潰す。 
 証拠など無くても、陛下も、エドガー軍務卿も、他の閣僚も、もちろんワシも言うまでもないと、人を殺さんばかりの視線で目の前の弟を睨みつける。

「それと例の分け前の事であるが……」

 公に未開地開発の利権とは言えないので、この表現になっていた。
 この弟は、それを得るためにあの長男を切り捨てた。
 一番気になっているであろうから、教えてやろうと思ったわけだ。

「バウマイスター男爵とファブレ男爵が決める事であろうな。ワシからは、何とも言えん」

 勿論、建て前的には本当でも真実は嘘である。
 利権にも様々な物がある。
 例えば、ファブレ男爵やバウマイスター男爵に紹介する家臣や未開地開発に必要な建材を手に入れるために貴族が懇意にしている商人の斡旋などである。彼らが未開地を大規模に開拓する場合は、最初は、どうしても自分達に縁のある貴族たちを頼るしかないのだ。
 それにバウマイスター男爵側の責任者である甥でもあるローデリヒが一セントとて許すはずもない。
 バウマイスター男爵やファブレ男爵も嫌がるはずなので、まず不可能という回答しか出て来ないのだ。
 こうなると、もう自業自得としか言いようがなかった。

「なるほど。確かに、その問題はありますな」

「(何がその問題だ!)せっかく虎口を間逃れたのだ。余計な欲をかくべきではないと思うが……」

 多分、捜査をしてもバウマイスター男爵とファブレ男爵暗殺計画でこの弟に罪を与える事は難しいはず。
 証拠が見付かる可能性が低いからだ。
 悔しいが、今回は仕方が無い。
 だが、こいつらに利権を分けるのだけはあり得ないとワシは思った。
 罪から逃れられたのに、まだ欲をかくのかと思ってしまうからだ。

「感情論的に私達への分け前は認められないと?」

「いい加減にしたらどうだ?」

『お前など、つま先一つで崖に立って生き残っているに過ぎないのだぞ』とワシは心の中で悪態をついていた。

「ただ、貴族としてのコネがあれば可能だと私は思うのです」

「はあ? コネ?」

 コネどころか、嫌われている相手から利権を得るなど。

 そんな夢物語を一体どこから思い付くのか?

 ワシは、ただ弟の能天気さに呆れるばかりであった。

「コネならありますがね。何しろ、ローデリヒは私の息子なのですから」

「……(しまった!)」

 ルックナー財務卿は、己の迂闊さを呪い始めていた。
 バウマイスター男爵家の家宰ローデリヒは、この弟と血を分けた息子である。
 今までは、父である弟が息子であるローデリヒを認知していなかったので、二人は王国の貴族法においては他人の関係にあった。
 ところが今になって、急に弟はローデリヒを息子として認知すると宣言した。
 ローデリヒからすれば、『ふざけるな!』と言いたくなるのであろうが、ここが王国が二千年も前に制定した貴族法の盲点とも言える。
 当主の力が著しく強いせいで、親である当主が子供を認知するしないは自由でも、子供の側から当主である親と縁を切るのは不可能。
 というか、そもそも想定していないのが現状であったからだ。

「お前……。ローデリヒを……」

 貴族なので、利のために捨てていた子すら利用する。
 自分も貴族なので否定は出来ないが、さすがに人間としては酷過ぎるとルックナー財務卿は思ってしまう。

「ええ、認知した後、バウマイスター男爵が利権を分けないなら、当主命令でローデリヒを連れ帰りますよ」

「貴様」

「ローデリヒの代わりが見つかりますかね」

「(対策が無いとも言わぬが……)」

 詳しい事情を知れば、人は弟を非難してローデリヒに同情的な視線を向ける。
 ところが、世の中はそれだけで全てが決まるわけもない。

『利権のために、今さら捨てた子供を認知とか。ルックナー男爵は人の道から反れている』という本音を隠し。

『長年不仲であった親子が和解をして目出度い』という建て前の元で、それを拒絶する主を狭量だと言って非難する。

 非難を世間に広めるのは、間違いなくルックナー男爵の派閥に属する貴族達と、ただ単に利権が得られない貴族達のはずであった。

「(この男は、そういう連中を纏めて大規模に圧力をかけてくるはず)」

 この厭らしい策に、完璧な対策など存在しない。 
 悔しいが、ある程度の利権を認めてやるしかないのだ。
 早めに和解しておけば、さすがに派閥に属さない連中を纏めて扇動したりはしない。
 言い方は悪いが、その辺の駆け引きはマフィアに似ている部分がある。
 和解で約束する利権もショバ代その物とも言えなくはなかった。

「少し、待て」

「わかりました」

 このやり取りを最後に弟は何も言わずに執務室を出ていく。
 利権の分配なので、ワシが勝手に決めるわけにもいかず、他の貴族達にも諮る必要があるのを向こうも知っているからだ。

 あの腐れ野郎が!

 もう実の弟だとは、欠片も思わない。 
 ただの政敵として、自分が死ぬまでに確実に社会的に葬り去ってやる。
 ワシは心の中で、弟を口汚く罵りながら決意する。

「ところで、バウマイスター男爵殿とファブレ男爵殿の無事の確認ですが……」

「そちらもブライヒブルクに緊急連絡だな……」

 秘書であるコンラートの指摘にワシは了承はしつつもこの場から逃げ出したくなってしまう。
 実の弟のせいで、ブライヒレーダー辺境伯からも他の閣僚達からも嫌味を言われるのは確実であったからだ。

「あの野郎、急死でもすれば良いのに」

「……」

 コンラートは、ワシが呟いた貴族らしからぬ言葉を聞かなかった事にし、今日の予定の変更作業にとりかかる。
 ワシの憂鬱な一日は、まだ始まったばかりであった。



タグ

Menu

メニューサンプル1

メニューサンプル2

開くメニュー

閉じるメニュー

  • アイテム
  • アイテム
  • アイテム
【メニュー編集】

編集にはIDが必要です